第6話 撫瀬防衛戦:準備

 午前11時。

 岡山駅西口を上から出て駅前の噴水近く。


 女性がゆっくりと歩いている。


「・・・今日の獲物、どれにしようかな・・・」


 彼女は今日の狩りの獲物を探していた。周囲を見回し、獲物にふさわしい人間を探している。


「ふふ、あの女の人、良さそう、ふふふふ」


 その先にいたのは、朦朧とする意識と必死に闘っていた撫瀬だった。





 午後1時。


(やばい。ダルいわけじゃないのに意識が途切れ途切れになっちゃう)


 撫瀬が一人、机にうなだれて悩んでいた。


(昨日から意識が飛び飛びになっている。今朝もだ。頭痛とか風邪じゃ無さそうなのに・・・)

「大丈夫? 昨日お酒を飲み過ぎたの?」


 気分が悪そうにしている撫瀬を見かねて葵が心配になっていた。もっとも葵は、全く別の原因だと考えているが。


「うーん、二日酔いとかはしてないと思う。ただ、なんか眠くないのに意識が飛ぶのよ」

(意識が飛ぶ?)「それって色々やばいわよ。ちょっと顔を上げて」

「おでこにおでこを当てるのはロリっ子がいい・・・」

「そんなこと言う元気があるのは分かったけど、顔を上げなさい」(多分今なら分かるかもしれない)

「なんで・・・」

「いいから。『記憶共有』」


 葵は撫瀬のおでこと自分のおでこを当て出した。撫瀬には、単に熱を測られているような感じでしかなかった。


(瘴気、きっかけ・・・。うーん、どれなの? うん? 撫瀬と小さい女の子? 何を話しているの? ノイズがかかって聞き取りにくい。それに女の子の顔がぼやけてる、なんで?)

『矢掛に行くんだよ、先生』

『へぇー、そうなんだ』

『ーーー、美味しいもの持って帰るねー』

(!? 何? 今何かおかしかったような)

『だから先生食べて欲しいなー』

(何、何かあの子が撫瀬にしたの!?)

「ねぇ、何驚いてるの?」

「あっ、ごめん」


 葵は慌てて解除し、撫瀬から離れた時、ある事に気がついた。


「・・・撫瀬あんた、甘い匂いがするけど最近香水でもつけて来た?」

「えっ、なんで? 香水なんてつけて来てないけど?」

「えっ?」


 困惑して答える撫瀬を見た葵はその正体に気づいた。


「それが瘴気なのね」

「瘴気? アカツキちゃんが言ってた、温羅を呼び寄せちゃう瘴気のこと?」

「そうね・・・この甘い香り、よく考えたら昨日もしてたの」


 葵は昨日、酒でふらふらしてた撫瀬を介抱していたが、その時も甘い匂いはしていた。


「そうなの?」

「うん。だけど、誰がなんでどうやって撫瀬に瘴気をつけたのか・・・」


 謎が深まるばかりで困惑する二人だった。




 同刻、アカツキは撫瀬や葵がいる塾の建物の屋上にいた。

 昨日、葵からの電話を受けてやってきたのだ。


「瘴気がわらわの真下、撫瀬からしてるのぅ。しかもこの前より強い。そんなに欲しかったのか。警戒すべきじゃ」


 アカツキはすぐ様、スマホを取り出し電話をかけた。


『アカツキさん? どうしましたか?』

「アカネよ、今急な仕事は入っておらんかのぅ?」

『いえ、今日も調査なので特段ありませんが』

「なら今日はわらわと行動するのじゃ」

『は、はぁ。どうしたのですか? 何か急がれているのですか?』

「今日、撫瀬が危険な目に遭う可能性が高いのじゃ。犯人がいるかもしれないのぅ」

『わ、分かりました! 今すぐそちらに向かいます! 』

「場所はLMD塾岡山駅前社の屋上じゃ」

『了解です! 』



 アカツキが場所を伝えるとアカネが『箱開け』でやってきた。


「アカツキさん! 来ましたよ! 」

「ふむ。ちょっと結界を張ってるのじゃ」

「はい! あれ? どうしましたか?」

「・・・なんであやつが? 電話しようかのぅ」





「瘴気がするのはここか?」


 女性がポツリと呟く。彼女は見た目や人相がいわゆる不良に見える。本人は好んで着ていたので特には気にしていない。彼女が見回した場所は撫瀬や葵が働いている塾校舎。もちろん、屋上にはアカツキもいた。


「ん? なんでアカツキがあんなとこに? あ? 誰だよ、オレのケータイ鳴らす奴は」


 アカツキを見つけたのと同時にスマホの着信音を鳴らされ不愉快になった。もっと言えば、電話の相手がアカツキなのも彼女を更に不愉快にさせた。


「なんだよ急に、見えてるオレに電話するとかどういう了見だぁ?」

『お主が見えたから電話したのじゃ。何か悪いかのぅ?』

「悪いわ、ボケェ。こっちはピリピリしてんのによぉ。屋上で呑気にオレに電話とはとんだ暇人だなぁ」

『む? それはすまんかったのぅ。それと『アヅマ』よ、お主は後ろから『ヤタ』がダッシュで来てるのに気付かんのか?』

「え?」

「『クロガネ』センパーイ!! 追いつきました!! 」

「んん!?」


 アヅマはギャルメイクをしている女性、ヤタに抱きつかれた衝撃で少しよろめいた。面倒事が更に増えてアヅマの怒りは上昇していく。


「オイ!! てっめえ! オレに後ろから抱きつくんじゃねぇ! 後、旧名で呼ぶな! アカツキと電話中なんだよ! 」

「マジ? 『カゲロウ』センパイと電話中? やっぱマブダチなんじゃーん」

『相変わらずじゃのぅ、ヤタは。わらわは気にせぬが、余り大声でわらわの旧名も言うでない』


 アカツキが電話越しで指摘をしていたが、ヤタの耳には届いていない。


「はぁ、こいつにベタベタされんのは諦めてるけど、アカツキに聞かないといけねえことがある」

『ふむぅ、それを聞きたいところだが、わらわに協力してくれんかのぅ』

「はぁ!? なんでオレがお前のお手伝いしないといけないんだ」

『・・・わらわもお主らに話したいことがある』

「なんだよ、お前もあんのかよ」

『まぁそれはシグレがヤタに連絡しているからヤタに聞くのじゃ』

「は? ヤタが?」

「ん? あっ!? 『ルリ』センパイに聞かれてたことを忘れてちゃってわー、テヘペロ」

「おい」


 アヅマは笑って謝るヤタに対し、呆れながらゲンコツした。痛がるヤタをよそに電話に戻る。


「分かった分かった、それで交渉成立だ。多分その方が円滑に行くんだろ?」

『話が早くて助かるのぅ』

「それで、今回は何するんだ? 瘴気を持った奴をぶっ倒すのか?」

『馬鹿者、そやつは一般人じゃ。問題はこの瘴気に寄ってくる輩じゃ』

「んな!? 一般人がなんで瘴気なんか纏ってんだよ」

『分からんから敢えてこのままにしていたんじゃ』

「・・・あー、それで今日来るであろうそいつをぶっ倒そうということか。なるほどな。しかもこいつはオレらも知らねえ類いだからまともな対策ができない。全く、『最強の巫子代』が聞いて呆れるぜ」

『名乗った覚えはないし、言われたくはない通り名じゃ』

「へいへい。じゃあオレらは下担当するから上からちゃんと見とけよー」

『うむ、助かるのじゃ』


 アヅマは電話を切る。改めて周りを見回すと先程よりほんの僅かに雰囲気が変わっている。しかし、それは昼の賑やかさのせいではない。確実に複数の温羅や巫子代がここに近づいている。人気の多さなぞお構いなし。巫子代と言えど、昼間から騒動を起こされるのはよろしくない。


「ヤタ、人型の半固定霊を探してくれ」

「はーい。『霊探知』」


 ヤタは左手を地面に着けてしゃがみ、霊を探りだす。周囲を見渡し終えると解除し、立ち上がった。


「く、アヅマセンパイ、ちょっと言っていいですか?」

「あぁん、なんだよ」

「マジ面倒なことに半固定の霊の中に『鉄鬼』の奴らがいんだけど」

「おいおい、早速問題児かよ。過激派は犬かなんかかよ」

「どうする? ウチら見つかったら、攻撃されるの間違いないじゃん」

「まぁアカツキが結界張って仕舞えば、半固定の人型の霊以外は入れんくするだろうし。見つかったら、とりあえず逃げ回っとけ。人がいないところでぶっ殺す」

「えっー、それだと犯人見つかんのセンパイ?」

「知らん。今回の事件の犯人が鉄鬼の連中だったらラッキーくらいに思っとけ。目撃情報的にはそうじゃねえだろうけど」

「じゃあ捕まえたら、聞き出しておけまる?」

「まぁ世間話程度には有りだ。最近の事件からして有益な情報を持ってるかもしれねえ」


 アヅマはそう言うと空を見上げ笑みを浮かべる。最近のピリピリした気持ちを気力に変える。


「来いよ雑魚共、オレに勝てるならな」

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