第4話 模擬戦

 夜の7時。


 撫瀬と葵は行きつけの居酒屋で晩酌をしていた。久しぶりに会ったから飲もうという話になったので来たのだった。


「はぁー、まさかあんたが温羅に巻き込まれるとは・・・」

「それはこっちのセリフよ。葵が巫子代をやってたなんて。ところで夕方のは何? 何がしたかったの?」

「あーあれねー。・・・うーん、力試しかな?」


 葵が若干惚けた表情ではぐらかした。撫瀬は府に落ちなかったが、酒の勢いと葵の表情の裏にある何かに対して深入りしようとはしなかった。




 昼の3時。


「まさかお主らが同級生で仕事の同期とはのぅ。人の縁とは末恐ろしいものじゃ」


 アカツキは撫瀬と葵が同じ塾の講師だという事実に驚きが隠せなかった。一方のシグレは二人を不敵な笑みを浮かべながら見ていた。


「同級生で仕事の同期ねー。これはもうお付き合いを疑うしかないわー。遠距離恋愛から至近距離恋愛になってる感じがどことなくしてるわね。お姉さん毎日覗き見したいわ」

「いや私、あんなショタコンじゃなくてかわいい幼女を募集中の身なんですけど」


 シグレの変な発言を変な発言で返す撫瀬に対し、少し気持ち悪いと思ったアカツキだったが


「ん? ショタコン? ・・・葵が?」

「い、いえ、でも、その、アカツキさんがかわいい男の子なら、是非写真に収めたいなんて、あはは・・・」

「あぁ・・・」


 改めて肉体を移したのが男児じゃなくてよかったと一瞬考えたが、既に女児の姿で興奮してた撫瀬がいたことを思い出して天を仰いだ。


「10歳のロリボディに拘るアカツキが思うのは変だと思うなー」

「うるさいのじゃ! 人の考えてることを読むな! 15歳なんて半端じゃ! 」

「そう? 15歳も魅力的だと思うけどー。アカツキのお姉さんになれたみたいで興奮するわね」

「えっ、えぇ・・・」


 理解できないものはできない。葵は拘りとはそういうものだと再認識した。


「ところで今からどこに行くのですか? 」

「ん? 今日はもう帰るのじゃ。後は調査班に任せたのじゃ」

「・・・そうですか」



 葵が何か心残りがあるようにアカツキは感じた。今日はシグレに連れ回された挙句、撫瀬と痴話喧嘩をしてるだけだから、不満があったのかなと思い


「・・・そうじゃのう。お主が良ければ、ここは一つわらわと模擬戦でもするかのぅ」

「えっ!? 」

「まっ、まああくまでお主の希望じゃ。わらわも本気でやらないから安心するのじゃ」

「・・・その、できるならやりたいです。やらせてください! 」

「おおぅ、いい食いつきね。お姉さんうれしー」

「いやなんでシグレが嬉しいのじゃ」



 こうして模擬戦をすることになった。



 アカツキの家。四人はアカツキの箱開けで玄関から入った。昭和にある家と思えるような和風の雰囲気がある。アカツキが家の外側を見せない為、撫瀬と葵にはどんな家かは想像がつかなかったが、二階はあるのでおそらく世間一般が思うような一軒家のイメージだと思われる。



 居間につくとアカツキは三人に向いて


「お主らは何か飲むものあるかのぅ? わらわのお気に入りのコーヒー牛乳でもよいか?」

「えっ!? あれ飲んでいいの? じゃあ私アカツキの飲みかけを直に飲むわ」

「私もそれがいいです! 」

「は? お主らは新品を飲んでおくがよいのじゃ」

「「・・・」」


 緊張感が全くないシグレや撫瀬とは違い、葵はガチガチに固まっていた。そのことにシグレはすぐに気がつき


「んもう、葵ちゃんてばー。ショタ要素がゼロだからってガチガチになっちゃって。もう、アカツキがショタにならないから葵ちゃん緊張しちゃってるじゃない」

「いや、わらわが少年の姿じゃないから緊張してるわけじゃないがのぅ。まあその、葵よ、真面目なのは良いことじゃ。こんな緊張感を削ぎ落とす馬鹿者が二人いても保てるのは素直にいいことだと思うのじゃ。だが、わらわは必要以上に固いのは好きではない。ほれ、わらわのコーヒー牛乳でも飲んでほぐれるとよい」

「は、はい・・・! 」

「あっー! ズルい! 私もアカツキの飲みかけが欲しかったのに! 」


 葵の前に置かれたアカツキが入れたコーヒー牛乳のコップをシグレが羨ましそうに見ていた。


「シグレよ、お主はふざけてないで準備してくれんかのぅ」

「はーい・・・」


 シグレはとぼとぼと居間の隅に歩きだした。



「ふぅ。じゃあいくよ。『空間切除』! 」


 シグレが叫んだ途端、居間から突如として何も無い空間に切り替わった。宇宙空間を連想させるようなずっと遠くのものが見えてしまいそうな広大な空間。


「うわっ、なんですかこれ!?」

「これはねー、特殊空間って言って、私達の時空間から切り離して作ったものなの」

「しかし、すごく広いですね。あっ、でも足は着けられるんですね」

「そうだよー。一応宙に浮ける空間も作れるけど、今回は地面がある空間にしてるよ」

「すっすごいです・・・」(先生達も『空間切除』を使ってたけど、シグレさんみたいに涼しい顔なんてしてなかった。ましてやこんな無駄に広い空間なんて見たことない)


 素直に関心を持った撫瀬と葵を見て、シグレは思わずしたり顔になっていた。


「お姉さんみたいに年季が入るとこのくらいは余裕なのですよ」

「お主は大人気ないのぅ」

「えーでも、東京の練習場じゃ、こんな空間絶対見れないって」

「そうじゃのぅ。それはそうとわらわと葵の靴を持ってくるじゃ」

「はーい」


 シグレは適当な返事をするとすぐにアカツキと葵の靴を出現させた。


「うわぁ!? 靴が出てきた!? 」

「やだー、反応がかわいいー」

「元の空間に干渉してこっちに持ってきたの!? あ、ありえない・・・! 」

「葵ちゃん、こういう細かい違いが分かるのはいいことだとお姉さん思うわー」



 葵はシグレの実力を目の当たりにし、固唾を飲みこんだ。300年から500年程度生きてきた人間を東京で見てきた葵にとって、1500年も生きたシグレがいかに異次元の存在なのか理解できた。『空間切除』は大技で葵の教師にとっては負担の大きなものと説明を受けてきた。しかし、そんな大技のはずのものを赤子の手を捻るようにシグレは使い、何事もなかったかのようにアカツキと談笑をしている。


「これがシグレさんの力・・・」


 ただただ恐怖でしかなかった。


「葵よ、何を震えておるのじゃ。わらわはまだ何もしておらんのにのぅ。全くシグレめ」

「ええっ!? 私? 私のせいなの!? 」

「全く、もうちょっと緩い雰囲気を出す努力をするのじゃ。お主はあまりブレーキが効かないから皆恐れられているのじゃ」

「えー、アカツキこそ本気出したらどうなるか分からないくせにー。岡山の力見せてよー」

「だから、全力を出してどうする。模擬戦に不要な力はいらんのじゃ」



 アカツキとシグレのじゃれあいに近い言い合いは続いたが、葵は意を決した。


「い、いえ、私は、大丈夫です・・・」

「ふむ。まあ葵が良いならわらわもそうするかのぅ」


 アカツキと葵は少し距離を置く。撫瀬は二人の邪魔にならないように、シグレの隣について身守ることにした。


「では、いきます! 」


 葵は右腕を前に突き出し、左手で右腕を固定する構えを取る。


「『陰玉』! 」


 葵の右手から射出された黒い大玉がアカツキに向かっていく。


「ほう、お主はもう『陰玉』を使えるのか。

『霊玉』かと思ったのじゃ」


 アカツキは当たる直前に『陽玉』を出し相殺させる。それを見たシグレが何故か嬉しそうになっていた。


「ふふーん。アカツキ、これが新人ちゃんの強さよ。ということでアカツキ、ちょっとくらい本気だしてもいいのよー」

「本気ってわらわはこれくらいじゃやらんのじゃ。『陽玉・瞬』」

「えっ? 」


 アカツキの放った『陽玉』が、一瞬の内に葵の目の前に迫ってきた。葵は咄嗟に『陰玉』を出し、既のところで相殺した。アカツキは葵が受け止めたのを見ると、ほんの少しだけ呆れた顔になっていた。


「出せるだけの努力は認めるのじゃ。しかし、初心の者が足りない力を求めるあまり、『陰玉』に手を出すのはいささか気に食わんのぅ。ならこれはどうじゃ、『剛・陽玉』」


 アカツキが最初に放った『陽玉』とは違い、遅い。葵は『陰玉』を放って当てた。

 しかし


「嘘、消えてない!? ちょっと!? 」


 葵は慌てて右に飛び込み、アカツキの攻撃を回避した。体勢を立て直すとすぐ様アカツキの方を見た。アカツキはただ立っているだけで追撃する素振りすら見せていない。


「あらあら、舐めプなのアカツキ? まあそもそも基本形の派生を律儀使ってる時点で下に見てるのは確かだよねー」

「ふん、わらわは初撃であらかた分かったのじゃ。だが、もうちょっと工夫が欲しいのぅ」

「・・・」(あれを使うべきなのかな?)

(・・・何かやりたそうじゃのぅ。しかもわらわの見たことのないものじゃ)

「・・・だけど、そうはいかない! 『陰玉』! 」

「ん!? いや、普通のじゃのぅ。しかも外れておる」

「・・・『反転』」


 しかし、それはアカツキの予想に反していた。アカツキから過ぎ去ったはずの葵の『陰玉』がアカツキに向かって戻ってきたのだ。


「おお、これはちょっと予想外じゃ。なら、わらわはこうじゃ。『陽玉』、『風進』」


 アカツキは『陽玉』を手から放たず、盾にして『陰玉』を防ぎ、葵の頭上を通りかかる。


「げっ、後ろを取られ・・・」

「影が出来てるのぅ。『影踏み』」


 アカツキは『陽玉』で出来た葵の影を踏みつけるように着地した。


「ああああああああ!!? 」


 葵は突然の激痛に混乱してしまう。体が退けぞろうとしたが、動いてくれない。倒れることもできない。理解不能な状況に更なる混乱を招いた。


(え? え? なんで? 痛いし倒れたいのに体が硬直してるの? )

「葵よ、見たら分かるのじゃ。わらわがお主の影を踏んで重りになってるのじゃ。ほら分かるかのぅ」


 アカツキが葵の影をワザと思いっきり踏みつけるのと同時に葵の体にまた激痛が走る。


「んんんん! がはっ! 」

「後ろを取られた上に身動きも取れない。お主はどうするのじゃ」

「くっ!?」(このままじゃ、まともに受けちゃう! )


とどめをさされる心配


(ん? 腕は動く。腕までは踏まれてない。反撃するならどうする? ・・・だ)

「ふむ、このまま『陽玉』を放てば終わりじゃ」

「・・・『陰玉・瞬』」


 するとアカツキの右横に突然『陰玉』が現れた。アカツキもこれには思わず驚いてしまい、後ろに飛び避けて自分の『陽玉』を消してしまった。


「なんじゃ!? 『陰玉』が出てきたのじゃ。って、しもうたのぅ。『影踏み』を解いてしまったのじゃ」


 葵には少し嘘臭く見えたが、とにかく危機から脱することはできた。シグレは葵が体勢を立て直したのを見計って『空間切除』を解いた。すると、広い空間からアカツキの家の居間に戻った。元の場所に戻ったのを確認して手を叩き


「はぁい、模擬戦はおしまいねー。二人ともお疲れ様でした。アカツキ、お疲れ様のちゅーはいる? 」

「それはいらんのじゃ。まぁ葵よ、模擬戦お疲れなのじゃ」

「えっ、ええ・・・!? 」


葵は勝ち負けよりも模擬戦が終わってしまったことに驚きを隠せなかった。疑問を持とうにもシグレがすぐ様声をかけた。


「葵ちゃんもお疲れ様。私のお疲れ様のちゅーは? いや、私がショタっ子じゃないからしなくていいよねー」

「全くお主は。それよりも葵よ、靴を脱ぐのじゃ。ここはもうわらわの家じゃ」

「あっ」


 葵は気づき、すぐ様靴を脱ぐ。アカツキはぶつぶつ言いながら靴を脱ぎ、下駄箱に向かった。シグレは一人残った撫瀬に笑顔を向けて


「どう? これが巫子代同士の戦いよー。凄かった? 」

「は、はぁ・・・」


 撫瀬は一連の状況に理解が追いついていなかった。

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