第3話 進展と出会い

 昼の12時。

 岡山市内の大型ショッピングモールは平日であっても人で賑わっている。中に入ればどこもかしこも人がいる。そんな人だかりを避けて、狭い通路に佇んでいる淑女が一人。


「はぁ、こんな時間じゃ可愛い女の子はいないよねぇ」


 相変わらず本音が漏れる撫瀬。彼女は今日の講師の仕事は休みのため、自由に活動できる。

 この日は、アカツキと落ち合う約束となっている。しかし、普通に考えれば昼間とはいえ平日では、小学生にしか見えないアカツキは怪しまれるに決まっている。どうやって活動するのか、やましいことを考えつつも気なっていた。

 その時、撫瀬のスマホが震え出した。


「ん?誰から?ああアカツキちゃんからのチャットかぁ。幼女(2000歳)とのチャット、この犯罪臭が堪らないわね。で、なになに?」


『お主から見て向こうの席にわらわがいるのじゃ。お主が近づいたら手を振ってやるからの。』

『シグレは別行動じゃ。新人を連れ回すそうじゃ。』

『後、使いの者がどこかにいたら挨拶でもしとくかの。お主が困ったら頼りにしてもいいのじゃ。』


「アカツキちゃんはあそこのフードコートにいるのね・・・」


 だが、明らかに目立つであろう幼い風貌の少女はいない。考えてもしょうがないのでとりあえずフードコートの席のコーナーに行ってみた。

 フードコートは昼時なので人がいっぱいだが、可愛い女の子とアカツキが見つからないので撫瀬のテンションは空になりつつある。


(そういえば、近づいたら手を振ってくれるって書いてあったわね)


 撫瀬は周囲を見回しながらフードコートを歩き回る。少し歩いたところで、見知らぬ女性が撫瀬に向かって笑顔で手を振っている。撫瀬はもしかしてと思い、声を掛けてみた。


「あのぉ、もしかして、貴女がアカツキちゃん?」

「もしかしても何もアカツキはわらわのことじゃ」

「はぁテンション下がるわ」

「いや、テンションを勝手に下げられても困るのじゃ。まぁたまには美人と食事をするのもよいぞ」

「私、幼女とデートのつもりで来たのに」

「いや撫瀬よ、美人二人でも充分デートだと思うが。お主はホント変な拗らせ方をしておる。ふむ」


 アカツキが急に撫瀬のあごをぐいっと押し上げる。


「な、何? そんな女を落とすテクみたいなことされても嬉しくない」

「ふむ。ちょっと遊んだが、それよりもお主よ」

「? 何?」


 アカツキは手を離さなかったが真剣な目付きになり


「温羅との接触は本当に先日が初めてか?」

「初めても何も知らないって。『うら』を『おんら』って読む人も歴史知ってる人だとそういないわよ」

「・・・と、言うことは可能性があるなら知らない内に接触してしまい、こんな厄介な瘴気を纏わされていることになるのじゃ」

「え? 私どうなっているの?」

「まあそれはわらわが説明するのじゃ」


 突然アカツキのスマホが震え出した。アカツキはスマホを手に取ると右耳を当て始める。


「アカネよ、なんの用じゃ」

『あーその、この前の調査なんですがあのー』

「ん? いやどうしたのじゃ? 言葉に困ってるように見えるぞ」

『言いづらいのですが、調査の結果、温羅が二体、それも動機が異なる疑惑があるんですよ』

「どういうことじゃ?」

『どうも最初の殺害方法が偶々同じだけだったみたいで。後は明確に違うんですよ』

「明確に違うと」

『はい。一体目は色んな殺害パターンかつ、時間帯が昼に多くなんて言いますかヌメっとしたものが付着していました。二体目は窒息死と霊魂分離で殺害していて時間帯は夜が多く、霊魂を呼び出して殺害しているためか霊魂跡が遺体から検出されました。おそらく誘拐犯の件と同一のものと思われます』

「ははぁ、それは不味いことになったのぅ」

『ええ、ミドリとキキョウも言ってましたが団体か個人にしても特定が面倒になりました。すみません』

「まあそういうことはよくあることじゃ。気にするでないぞ。それに新人の教育も必要だからのぅ」

『えっ!? 新人さんをもう連れ回しているんですか!?』

「練習場の東京から本場に来た生え抜きじゃぞ?厳しく教えるつもりはないが、みっちりやってもらうがのぅ、はっはっはっ!」

『いやいや!? だからなんでここなんですか?! それなら京都や島根、長崎だって、なんなら私の生まれ故郷の三重でも良かったじゃあ』

「まあそう心配することではないのじゃ。それじゃのぅ」


 アカツキはアカネの声を最後まで聞かずに切ってしまった。電話をポケットにしまうと撫瀬を改めて見た。撫瀬はアカツキの電話が終わるのが今か今かと待ち構えていた。


「・・・色々聞きたいけど、さっき言ってた瘴気って何?」

「さっき言ってた瘴気は厄介なやつで、温羅や巫子代達にとってはおいしい魂になるものでのぅ。まあそうじゃのぅ、美味しくなるようにコーティングされたとでも言っておくのじゃ」

「コーティングって・・・」

「いい例えが出てこんのう。まあいい、とりあえずお主はそのきっかけを思い出して欲しい」

「きっかけと言われても・・・思い出しても朧げだし」

「まあ朧げでも合っていないか別じゃしのぅ」

「うーん・・・、もういいわ。お昼ごはん食べるわ」


 考えるのをやめた撫瀬はフードコートの飲食店の看板をきょろきょろと見始めた。




「はぁ、今日は一体、何体温羅を狩るつもりなんですか?」


 笑顔でルンルンと歩くシグレにスーツ姿の女性はぼやく。女性は朝の6時から12時までずっとシグレに付き合わさせており、体力も気力も限界であった。


「ううん? 手当たり次第だけど? それよりもお腹が空いたねー。どこかでおいしいランチにしようかなー。うーん、それともアカツキとダブルデートランチにしようかなー、ねぇ三門みかどあおいちゃん?」

「・・・なんでフルネームで呼ぶんですか」


 葵は声を振り絞って答える。歩く度に手が膝につき、いつ倒れ込んでもおかしくなかった。しかし、シグレはそんな葵の疲れ切った様子さえ楽しんでいた。


「うーん、お目当てのものが見つからないしー、葵ちゃんバテバテだしー、アカツキにラブアタックした子にでも会おうかなー」

「アカツキさんに・・・ら、ラブアタック・・・!?」


 葵はシグレの言葉に驚きを隠せなかった。葵のような新米にとって、雲の上どころか大気圏より高いところにいるアカツキに対しラブアタックする、そんな無謀なことをする者がいたのかと考えただけで口がパクパクして止まらない。シグレは葵の反応が余りにも面白かったのでさらに


「えー、葵ちゃん気になるんだー? ふーん、ならダブルデートランチコース決定! よーし、つまらない調査はやめて、アカツキに直電しよー! 」

「えっ、その」


 シグレは葵の言葉を一切聞かず、すぐ様アカツキに電話をかけた。


「あっ、もしもし? アカツキの元婚約者のシグレですけど、今日の昼の合コンの準備をしたいんですけど? 大丈夫でしょうかー?」

『あぁん!? シグレと離婚して500年目くらいのアカツキじゃ!! 何が合コンじゃ!! 調査の報告をするのじゃ! 報告を! 』

「もう、いきなり言葉責めなんて相変わらずいやらしいねー」

『昼間から欲情せんでいいのじゃ』

「はーい。朝から岡山駅周辺を新人ちゃんと歩き回ってて分かったのが、魂を引っこ抜かれた死体がいくつかあったこととこの周辺では見ない温羅がいたことね」

「はぁ!? どういうことですか!?」

「あっ新人ちゃん、ちょっと黙ってね」

「すみません」

「夕方に調査した時は粘液みたいなのが多かったけど、朝行くとほとんど見つからなかった。これ、もしかしてそれぞれ別の温羅が原因じゃない?」

『そうじゃのぅ、先程アカネから電話があってのぅ。それを裏付けるかのような結果が出たのじゃ』

「うーん、これは結構不味いよね? 作戦会議とお昼を兼ねてそっちに向かうね」

『うむ、いつものショッピングモールの4階にいるからのぅ』


 電話が切れるとシグレは背伸びを一呼吸を置いた。


「よし、じゃあ行きますか」

「えっ!? また歩くんですか!?」

「もう、私もそんなドSさんじゃないのよー」


 葵の言葉を軽く受け流しながら縦長の長方形を空中に描き始めた。


「『箱開け』」

「それ、ここでできるんですか?」

「あら? こんなの景色が変わり映えしない岡山だと簡単よ? 葵ちゃんもしてみる?」

「いえ、もうヘトヘトでできないです・・・」

「しょうがないなー。ほらご開帳、あっ」


 箱開けで移動先である女子トイレが少し見えた瞬間、人が見えてしまっていた。幸い気づかれていなかったので急いで閉めた。


「こっちなら大丈夫よね?」


 もう一度開くと今度は人がいない女子トイレのようだった。周りを確認すると中に入っていった。


「ひとまず、大丈夫でしたね」

「いやぁドキドキして危うく透明になることも考えてたよ」


 トイレから出て安心した2人。ここはショッピングモールの4階。フードコートからは少し離れたところである。


「ところでアカツキさんはなんでショッピングモールにいるんですか?」

「まあそれはねー、ちょっと理由があってねー、あっいたいた」


 シグレはアカツキと撫瀬を見つけだすとパタパタと走りだした。


『ごめーん、今来た! 新人ちゃんもいるよー」


 アカツキはシグレの呼びかけに気づき振り向きだした。


「おう来たのぅシグレよ。それと新人よ、久しぶりの岡山は堪能したかのぅ?」

(久しぶりの岡山?)


 撫瀬はアカツキの言葉に対して疑問に思い、遅れてシグレと葵の方を振り返ると


「「えっ?」」


 撫瀬と葵は同時に声が漏れていた。

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