第2話 未知への入り口

 日の入りした夜に、撫瀬はある墓跡の前に立っていた。

 合言葉『話せば分かる』とその縁の地。そして、その返し言葉を言うために。


「『問答無用』」


 声と同時につま先を小さく墓跡に当てた。


「ぬぅ、お主分かっていたのかのぅ」


 撫瀬が右を向くと、アカツキがいままでいたかのように立っていた。


「来たわ。これで教えてくれるよね?」

「・・・お主、本当に知りたいのか」

「ええ」

「付いてくるのじゃ」


 アカツキが右手で四角形を空中に描いた後、角を掴むように握る。


「『箱開け』」


 景色が切り取られたかのように開くと玄関らしき場所が現れた。


「わらわの家じゃ。遠慮なく上がるのじゃ」

「えっ、ええ・・・」


 撫瀬はアカツキの後ろを恐る恐るついていく。


「よし、入ったのじゃ」


 アカツキが扉を閉めると目の前にあるのはどこにでもあるような玄関の扉だった。玄関は至って普通の一軒家にあるような感じであった。廊下も普通と思ってもおかしくないくらい当たり障りのないものだった。


「ほら、ここで話すのもあれだから広い所で話そうじゃないかのぅ」


 アカツキに居間までに案内されるとまだ普通の感じだ。


「まあここで待っとれい。飲み物を持ってくるのじゃ」


 居間を見回すと、ごく普通の昭和頃にありそうな家の間取りだと分かった。


(可愛い女の子の家が昭和っぽい家ね・・・ダサいわね。魔女っ子くらいの知識で止まってそう)


 上がって早々失礼なことを考え出した撫瀬だった。


(もうちょっとこう、可愛い小物とか逆にババくさいにも程があるレベルがあるものとか見たかったわ)

「持ってきたぞ。お主はブラックで良いかのぅ」

「えぇ・・・ん!?」


 飲み物を持ってきたアカツキの異様な姿に撫瀬は驚きを隠せなかった。半袖のブルマにエプロンという充分おかしな格好になっていたからだ。


「ん、なんじゃ? わらわのコーヒーは甘いコーヒー牛乳じゃぞ。岡山の有名企業やぞ。お主にはやらんのじゃ」

「え、え? その」

「なんじゃ、これから真剣な話をするんじゃ。どうしたのじゃ?」


 コーヒーを差し出す腕から見える脇。首元から見える薄い胸板。そのどれもが子ども特有の色気が出ていた。


「うわぁ、これを昭和のロリコン達が堪能していたのね・・・!! なんて罪深い作りなの。体育教師になってボディタッチしたいわ」

「やっぱりお主ロリコンやのぅ。ちなみにスク水も旧仕様を持っているぞ」

「!!!あなた、ロリコンの人が好きなの!?ねえ教えてよ!」

「ちょっと待つのじゃ!お主の性癖を満たすことよりも大事なことがあるじゃろ!」

「はっ、そうだった。そうよ、早く教えてその可愛い姿をカメラに収めたいわ」

「うむ、じゃったらよう聞くのじゃ」


 アカツキが間を持たせるように咳をし気持ちを整える。撫瀬もここばかりは真剣な表情になる。


「何から話すのか迷ったのじゃが、先日のアレついてじゃ。アレは『温羅おんら』、世に言う妖怪とか悪霊みたいな存在じゃ」

「『温羅』、ん?どこかで聞いたことあるようなないような・・・」

「お主よ、うらじゃを知らんかの」

「うらじゃ・・・あっ!鬼ね!」

「そうそう、鬼じゃが、あれをわらわ達は昔から『温羅』と呼んでおるのじゃ」

「ああそういう、ん?わらわ達?」


 撫瀬は改めてアカツキを見つめる。幼い容姿からは想像できない言葉の数々。先日の出来事。そして、冗談交じりにしか聞こえなかった2000歳という年齢。


「・・・アカツキは何かの団体か組織の所属の人? なの?」

「そうそう、わらわはそういう組織の人間じゃ」

(2000歳なら普通は妖怪の類いよね? 何故人間?)

「待って、アカツキは温羅と何が違うの?」


 撫瀬の言葉にアカツキは少しだけ考え


「わらわが奴らと違うのは『温羅』を討つ、『巫子代みこしろ』という存在だからじゃ」

「『巫子代』・・・?」

「ほら、あれじゃ陰陽師とかそういう類いと思えば簡単じゃろ」

「この世には『温羅』がいて、それを倒すのが『巫子代』」


 ここである疑問が浮かび上がる。


「じゃあ、『巫子代』ってどうすれば」

「『箱開け』」


 突然居間に四角の枠が出現した。


「お邪魔しまーす。あら、お客さん?」


 先程までの緊張感がなくなるくらい間の抜けた声の主は、アカツキよりも身体つきは良さそうな少女であった。靴をわざわざ脱いで上がってきてはいるものの、居間に来る必要があるのか。撫瀬にはそんな疑問が浮かび上がってくる。


「これ『シグレ』よ、お主はなぜ居間に『箱開け』をするんじゃ。玄関が分かっているなら玄関にせぬか」

「ええ、もう細かいなぁ。それより、報告しようと思って来たら、こんなきれいなお姉様をナンパでもしてー。もしかして今日の夜の相手?」

「なことしないのじゃ! お主はもうちょっと、貞操観念を持たんか」

「あっ、あのぉどちら様ですか?」


 痴話喧嘩のような雰囲気になってしまったので撫瀬も流石に止めに入る。『シグレ』と呼ばれた少女は見知らぬ撫瀬を興味深そうに見つめる。


「ああ、私? 私はね、『シグレ』。年齢は1500歳で、肉体は15歳でーす! 後、アカツキの元恋人でーす! 今はフリーなのでお姉様からのお付き合いもOKでーす! 」

「は、はぁ・・・私は平野撫瀬です・・・。その、色々知りたくて来ました」

「ふんふん、アカツキの元恋人の私が代わりに答えてあげるねー」

「えぇ」(見た目はかわいいけど、ツッコミどころが多いなぁ)


 シグレの自己紹介に混乱する撫瀬を見たアカツキは呆れてしまい


「お主の自己紹介は終わったのじゃ。だから早く報告をするのじゃ」


 アカツキの真剣な目つきと同様にシグレも真剣な目つきになる。


「ふふん。じゃあ報告するわ。最近、岡山駅に近辺の路地裏で誘拐事件があったことなんだけど、アレね、温羅の可能性があるの。犯人はどうも誰でもいいから魂を持っていこうとして肉体から切り離してるみたいなの。近辺の路地裏に張り付いておけば、その犯人に会えるかも」

「ふーん、そうかのぅ。しかし、この前岡山駅に来た時は野良しか見なかったし、何よりもっと大きな気配を・・・撫瀬から感じとったがのぅ」

「えっ?」


 撫瀬は突然自分の名前を呼ばれて驚きを隠せなかった。

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