第3話 ラギ
僕はラギの店に一度だけ行ったことがある。僕の感覚が狂っていなければ、ラギが営んでいる店は鍛冶屋からそうそう遠くないはず。
案の定。ラギの店は鍛冶屋の五店舗ほど隣にあった。
僕は恐る恐る店のドアに手を掛ける。
この店には嫌な思いでしかない。
なぜなら――
「いらっしゃあい!あれ?ロナ君じゃん元気にしてた?勇者に見捨てられてたようだけど大丈夫?ご飯用意しようか?」
僕は苦笑してラギに礼をする。
彼女は一歳年上で、だから僕を厚かましいほどに弟扱いしてくるのだ。
「元気にしてたよ。見捨てられたのは今日の深夜の事だし大丈夫。ご飯は頂くよ」
「姉ちゃんにお任せ!」
ラギは満面の笑みでりょりの準備に取り掛かった。
セルナが尊敬した真名獅子でラギを見ていた。
「とても活発な人ですね」
「うん。十歳までは両親と一緒に世界を旅していたらしいけど、両親とはぐれてしまってからはここで何とか店をやっているんだ」
「詳しいですね」
「本人から聞いたことだから」
僕は三、四日前の事を思い出した。僕が鍛冶屋からの帰りに足をくじいて倒れると、ラギが心配そうに駆け寄ってくれたのだ。他の人たちも駆け寄ってくれたが一番反応が良かったのは彼女だった。
そしてそのまま店の中に運ばれて、そして治療させてもらいながら、彼女の昔の事を聞かせてもらった。
ラギは生まれたときから家というものがなかったらしい。それほど貧しい家系だったのだ。
僕がそんな家系だったらどうしているだろう。
いや、自分も貧しい家系だった。苛立ち、母さんに暴力を振るって、そこに勇者が来たのだ。
それじゃあ反対の事を考えよう。金に恵まれた家系だったら僕はどうなっていただろうか。
すると勇者の城とルーテリア一家の姿が浮かんできた。
金に恵まれた家系に生まれると言うことが僕にとってはルーテリア一家に生まれると言うことにしか思うことができなかった。
そういえばレニティカは貴族の方でも貧しい方だから奴隷がいないため、自分たちで掃除をしていると言っていたな。もしかするとリデナさんよりもひどい人がいるのかもしれない。
奴隷の働きが駄目だと暴力を振るったり文句を言う。
僕は震えあがってしまった。
僕が勇者の下僕でよかったと改めて思う。
ラギがオニオンスープとクッキーを持ってきた。
ラギは苦笑しながら言った。
「そういえば私はスープ以外何も作る事が出来ないんだった……」
セルナが「構わないです」と言いながらオニオンスープを飲み始めた。
そういえば神は人のご飯を食べて大丈夫なのか?
セルナは僕の考えていることを察した様に頷いた。
「神が人のものを食べても害はありません。魚介類以外は」
僕はしばらく考えてセルナを見た。
「魚介類が嫌いなだけじゃないのか?」
セルナがギクッとなったような気がした。だがセルナはオニオンスープで顔を隠した。
「このオニオンスープ、美味しいですね」
ラギは微笑を浮かべた。
「そう?実は具が玉ねぎだけだと普通かなと思って魚の肉をちょっと入れておいたのよ。不味くなるかなと思ったけど、おいしいと言ってもらえて安心した」
セルナの表情が一変した。
「ラギさん。魚のだしと言いましたか?」
ラギが頷いた途端、セルナはオニオンスープを全て僕の器に移した。
「おい、何するんだ!美味しいんだったら最後まで食えよ」
「魚介類を食べたら……」
セルナはあまりにもわざとっぽくテーブルの上に倒れた。
僕とラギは目を合わせて苦笑すると、はあと溜息をついた。
「そんなに嫌いだったの。ごめんね?次は入れないようにするから」
ラギが愛想笑いを浮かべながらセルナの肩に手を置く。セルナは目に涙を浮かべながら顔を上げた。
「嫌いってわけじゃないです。ただ味が苦……いや、神が食べたら穢れてしまうってだけなので」
さっきこいつ味が苦いと言おうとしただろ。
ラギは小首をかしげて訊いた。
「あなたって神様なの?」
セルナはもちろんと言わんばかりに大きく頷いた。
「そうです。私はどれ……とにかく、神です。何の神なのかはどうだっていいでしょう?」
セルナは自分が奴隷の神だと言うことを知られたくないらしい。
そこで僕は少し悪戯をしてみた。
「彼女の名前はセルナ。奴隷の神で唯一の特技が人を癒す能力」
セルナが僕の口を塞ごうと手を伸ばしてきたが、僕はその手を押さえて最後まで言い終えた。
セルナは旬とうつむく。
「奴隷の神様?奴隷のために癒す力を持ってるのね」
思った通りの結果にならず、僕は心の中で舌打ちをした。
セルナに目をやると、セルナは微笑を浮かべていた。
「それで、今日は何の用で来たの?」
僕は用を思い出してラギに訊いた。
「勇者と話をしたいんだけどどこにいるか知ってる?」
ラギは予想通りに首を横に振る。
「たぶんこの町にいる人全員知らないと思う」
するとラギは満面の笑みで言った。
「旅をしようよ。私がいれば百人力だと思うよ」
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