奴隷の少女

第1話 勇者の力

 勇者様から見捨てられ、町を襲う怪物を見ているうちに僕は気を失った。

 だから僕はその後町がそうなったかなんて知らない。

 誰かが町を救ってくれたのだろうか。それとも町は滅んでしまったのだろうか。

 そう思いながら目を開けると、材木でできた天井が目に入った。

「ここはどこだ」

 体を起こして辺りを見渡したが、全く身に覚えのない部屋だった。

 僕は誰かに助けられたのだろう。それともここが天国なのだろうか。

 すると見覚えのある少女が部屋の中に入ってきた。

「やっと起きましたね」

 僕は小首をかしげる。

 どこで会ったか思い出せない。

「誰だったっけ」

 少女は頬を膨らませた。

「セルナです。大体一週間前に会いましたよ。ほら、ルーロス城で一緒に脱走した」

 僕は相槌を打つ。

 やっと思い出した。彼女は神で、確か僕の一生について書かれていた本を持っていた。

 そして僕はふとある事を思い出した。

「そういえば、あの時、僕が近づいたら恥ずかしそうに逃げてたけどどうしてなんだ?」

「それを訊きますか?」

 彼女は嫌そうだった。

 とても気になる。

「実はですね。あなたの体をちょっと改造したんです」

「え?」

 改造?どこを改造したんだ?

 セルナは手を振って言う。

「改造と言っても少しだけです。少しだけ。ぽっちゃりなお腹をバキバキにしただけです!」

 僕は顔をひきつらせた。

「ぽっちゃりなお腹だって?」

「い、いや。ぽっちゃりと言っても太ってはいませんよ?ただ筋肉がないという意味で……」

 僕はもういいよと首を振った。

「どうせ僕は……」

「でも今は違いますよ。誰が見たってバキバキに鍛えられた腹筋です」

「とにかく……」

 僕はそこで話を切った。

「町はどうなったんだ?」

 セルナは少し悲しそうな表情で町は滅んでしまったことを告げた。

「でも、怪物はどうなったんだ?」

「私の姉と弟が倒してくれました」

 僕は目を見開いた。

「姉と弟?お前、最近生まれたばかりだろ」

「義の弟です。姉は槍使いの神で、弟は弓使いの神です」

「お前は?」

「奴隷の神です……」

「奴隷の神?」

 セルナは小さく頷いた。

 僕は笑いそうになった。

「奴隷の神ってどんなことができるんだ?」

「奴隷を癒すことくらいです」

 僕は思わず大笑ってしまった。

 セルナが悲しそうにうつむく。

「ごめん。ちょっと笑い過ぎた」

「ちょっとどころじゃありません」

 話が終わると、部屋の中は静かになった。

「ちょっと訊いていいですか?」

 僕は素っ気なく頷く。

「なんでロナさんは町の近くで気を失っていたんですか?」

 僕は苦笑した。

「勇者様に捨てられたんだよ」

「勇者に!?」

 セルナは驚いていた。

「しょうがないよ。あんなに強い怪物だったんだから」

 セルナはとんでもないと言わんばかりに首を横に振った。

「勇者ならばあんな程度敵、一瞬で倒すことができるでしょう」

「それじゃあ何が言いたいんだ?」

 セルナはコホンと間を開けてから語った。

「勇者というのは、他の世界から連れてこられた選ばれし者の事です。勇者は、この世界に連れてこられるついでに、神の力と等しい力を与えられているのです。そして、成長するに連れて神の力を超えた存在となる。それが勇者というものです。勇者をこの世界に連れてきたのは、父上が言うには三年前。三年も経っていれば、神よりも強くなっているはず」

「それじゃあつまり、僕のみた勇者様は本物じゃないと言うことなのか?」

「いや、本物という可能性もあります。感情によって力が封じ込められているのか、それとも力を奪われたか……」

 僕はおどおどと手を挙げた。

「感情で力を封じ込められるのか?」

 セルナは頷いた。

「はい。神も怒り、妬み、苦しみ、悲しみ、という感情があまりにもひどいと力がその感情によって封じ込められます。封じ込められてしまった場合、一年もすれば神は雨となって消えてしまいます。ついでに力を奪われた場合は、奪われたものを自力殺さなければなりません。もし他の人が殺せば、力は永遠に戻ることはありません」

 僕は相槌を打った。

「勇者様なら感情に封じ込められていることはないと思う。たぶん、誰かに奪われたんだと思う」

 セルナは険しい表情で人差し指を立てた。

「もしかしたら、勇者のなりすましかもしれません。父上が言うには、前回勇者様をこの世界に連れて来たときも、数人、勇者に成りすまして暮らしていた人がいました。その人たちはみんな本物の勇者によって倒されましたけど」

 僕は頭を抱えた。

 僕が今まで見て来た勇者は本物の勇者なのだろうか?最後に見た勇者はとても臆病だった。なら偽物?いや、僕の見て来た勇者は、城の五階で僕を助けてくれた。きっと本物の勇者だ。

 頭の中では勇者が本物か偽物か討論していた。

 本物だったら……。偽物だったら……。

 体が震えてきた。どちらにしても、町の人々を置いて自分だけで抜け出したことには変わりない。

 僕は抱えていた手を放してセルナを見た。そして告げる。

「セルナ、勇者のところまで付き添ってもらっていいか」

 セルナはもちろんと小さな声で言った頷いてくれた。

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