第21話 見捨てられた下僕
勇者様は僕を見つめたまま黙っていた。僕も黙って勇者様を見つめていた。
ルナとレナは、僕らの邪魔をしないように、先に城の中に戻って行った。
先に言葉を発したのは勇者様だった。
「今回君がやったことはいけない事だ。君もそれは重々承知だろう」
そして勇者様は一息ついた。
「話すよりも、痛めつけた方がいいらしいな」
僕は勇者様の後に続いて馬に乗った。
どこかに行くらしい。
馬が走り始めると、風が髪をなでてきた。
その風は冷たくて、とても心地良いとは言えなかった。
しばらくすると、小さな洞穴に着いた。しゃがんでやっと入れるぐらいだ。
勇者様は、その洞窟に入って行った。最初は狭くて歩きずらかったが、進むにつれて歩きやすくなった。
勇者様が立ち止まると、僕も立ち止まる。
「怪物をお前一人で倒してくれ」
勇者様の背後から顔をのぞかせて勇者様の先にいるものを見ると、僕は目を見開いた。
僕の母さんがそこに吊るされていたのだ。
母さんは僕が来たことに気づくと、微笑んで見せた。そして静かな声で呟く。
「ごめんね……」
なぜ母さんが謝る必要があるんだ?
母さんは監獄にいるはずじゃ?
僕は勇者様の方を振り向いた。勇者様は無表情で、洞窟の向こうを見ていた。
僕も勇者様につられて洞窟の向こうを見た。暗くて何も見えない。
すると洞窟全体が揺れ始め、そして怪物の姿が現れた。
勇者様の言う怪物ってこいつの事か?
怪物は僕よりも、そして勇者様よりもはるかに高かった。洞窟にぎりぎり入るくらいの大きさだ。
「こいつは俺が唯一倒せなかった怪物の一つ。城の最上階にいた怪物と同じく、かなり強い。俺は、倒せなかった怪物はこうして人を殺さないように閉じ込めているんだ」
僕は生唾を飲みこんで問うた。
「僕が、あの怪物を倒すんですか?」
勇者様は僕をみてにやりと嫌な笑みを浮かべてうなずいた。
「無茶ですよ。勇者様でも倒せない怪物を僕が倒すなんて」
「無茶でいいんだ。あの怪物を倒さない限り、お前の母親は死ぬぞ」
僕は歯をかみしめた。
あの怪物を倒さなければいけないのか?
ふとあることが頭に過った。
なんで僕は母さんを助けたいんだ?僕を殺そうとした奴を。
苦笑いを僕は浮かべた。
僕の答えは直ぐに出た。
家族だから。それだけの理由で僕は母さんを助けたいのだ。
とんでもないくらい簡単な理由。本当だったら、もっと考えて、もっと納得のいく答えを出す方がいいのだろう。
でも、今はこの答えしか出せない。考える時間が無いのだから。
僕は怪物に向かって一歩歩み出た。
やってやるさ。勇者様に見直させてやる。
その時、悲劇が起こった。
怪物は、僕が一歩歩み寄るよりも早く、母さんを飲みこんでしまったのだ。そして怪物は僕に向かって牙を見せた。
次のターゲットは僕なのだろう。
怪物が僕に噛みつこうとした途端、僕は怖気付いて尻もちを搗き、それを予想していなかった怪物は獲物を数センチで取り逃した。
怒ったのか怪物は立ち上がり、洞窟を破壊する。
洞窟が粉々に砕け散ると、直ぐ近くに町があるのに気がついた。
町が危ない。
しかし、そう思ったときにはもう遅かった。怪物がバリアの様なものを張っていっている。
「まずい……!」
勇者様が低い声で唸る。
勇者様が馬に乗るのを見て、僕も勇者様の後ろに乗った。
そして馬が走り出す。
背後を振り返ると、町は炎と化していた。
今はまだ深夜三時ごろ。まだ真夜中である。なのにこの町だけは、昼のように明るく、そして混乱していた。
「もっと早くしろ!」
勇者様が馬に向かって怒鳴りつけている。
あのバリアは、そんなに恐ろしいものなのだろう。
すると勇者様は怒り狂った表情で僕を睨みつけた。
「そうか、こいつが邪魔だからか。お前、どけよ。馬から飛び降りろ」
勇者様は僕の裾を掴むと自分の前に持ってきて怒鳴った。
「全部お前が悪いんだよ!お前が災いを呼ばなければ!だからもうお前はこの町と一緒に消えろ。永遠にさよならだ」
そして勇者様は僕を放り投げた。
放り投げられた僕は、地面に転げ落ち、闇の中に消えていく勇者様と、勇者様の乗った馬を見つめていた。
勇者様の姿が見えなくなったと同時にバリアが町全体を完全に囲った。
僕も町と一緒に囲まれている。
町の中心に、怪物が目を赤く輝かせながら町を破壊していた。
僕はそれを絶望した表情でしばらく見つめていた。
そしていつの間にか気を失っていた。
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