第20話 中途半端な結末

 僕はフェリアさんを睨みつけた。

 フェリアさんは、腰に隠していた鋭いナイフを手に取り、デラキさんの首に向けた。

「一歩でも動いてみろ。こいつが死ぬぞ」

 デラキさんは天井を見上げて目を閉じた。もう死んでしまうのだと思っているのだろう。

 僕は何もできずに木のように突っ立っていた。

 ルナ、レナ、レニティカはフェリアさんにこっちに来るように言われたので、大人しくフェリアに向かって歩んでいた。

 フェリアさんは慣れた仕草で三人を縛っていく。

 クロックサスさんとリュンデネアさんは僕をまじまじと見ていた。僕は彼らと目を合わせるのが恐ろしくなり、うつむいてしまった。きっと彼らはこんな状況になって怒っているのだろう。

 フェリアさんを呼んだのはルナだが、みんなは僕が指示したことだと考えている事だろう。

 フェリアさんはナイフを器用にくるくる回してみせた。

「ロナ君だっけ。君は僕とリデナお嬢様がメヘルキアさんの夫を殺した犯人だと分かっていたようだね。そして、デラキ、君も。どうしてわかったか聞こうじゃないか」

 僕はうつむいたまま小さな声で言った。

「日記帳を見て……」

「聞こえねえよ!」

 部屋の外に聞こえないくらいの声で言う。

「デラキさんの日記帳を見て分かりました」

「私の日記帳を見たのか!?」

 デラキさんの視線を感じる。とても痛い視線だ。

「デラキ、君はなぜ分かった」

「君とリデナの仲を見ていたらふと閃いただけさ」

「なるほど……」

 デラキさんが肩を竦めて見せると、フェリアさんは食堂の外に聞こえるくらい大きくて高い音の口笛をした。

 その途端に、外にいた兵士たちとリデナさんが食堂に入ってきた。

 リデナさんは微笑を浮かべながら縄で結ばれた人たちを見下しながら言った。

「無様な姿ね。特にデラキ。あなたはもう終わりよ」

 デラキさんは、兵士たちに抱き上げられ、消え去って行った。

 その時デラキさんは無表情だった。

 食堂を残りの兵士たちが囲っている。その中心に、僕と、僕に呼ばれたメヘルキアさん以外のルーテリア一家とフェリアさん、ルナ、レナがいる。

 ルナとレナは僕を心配そうに見つめていた。僕は二人を安心させるために頷く。

 するとリデナさんがコツコツと足音を立てて近づいてきた。

 そして僕の前にしゃがみこむと、リデナさんはくすくすと笑いながら僕を見上げてきた。

「さあ、どうする?」

 僕はリデナさんから目を逸らした。

「なんで逸らすの?」

 僕はその言葉を無視してルナとレナをただ見ていた。

「どこ見てるの?」

「……」

「ねえ、答えてよ。なんで私に反抗するの?」

 僕……いや、俺は久々に頭がかっとなった。怒りがこみあがる。

 俺が黙っていると、リデナは俺の胸を突っつき始めた。

「ねえ、答えてよ。あれ、もしかして怒っちゃった?」

 俺はリデナを見下すように睨みつけた。そしてリデナの顔面を手の甲で思いっきり叩いた。

 部屋の中が静まり返った。

 誰もが驚いたように目を見開いていた。

 俺はリデナの頭を地面につけると、足で踏みつけた。

 兵士たちが動き出す。

「動くな!」

 その途端に兵士たちの動きは止まった。

「フェリア。まず縛っている奴らを解放させてやれ」

 フェリアはおどおどと皆の縄を解き始めた。

 遅い、遅すぎる。

 俺はリデナを踏みつけている足に力を加え始めた。

 リデナが悲鳴を上げる。

「フェリア!縛るのは直ぐにできるのに解くのはそんなに遅いのか」

 フェリアは歯を狗縛りながらするすると縄を解く。なんだよ、最初からそうしてくれよ。

 それから数秒して皆の縄は解かれた。

 その時だった。食堂の扉が全開され、勇者様とメヘルキアさんが入ってきた。

「これは……」

 勇者様は静かに俺を見た。怒りの熱が冷えていく。

 僕はリデナさんから足をどかせ、立ち上がらせた。

 リデナさんは涙目になりながら勇者様の背後に隠れた。

「あの子が、いきなり暴力を……」

 勇者様は冷酷な声で言った。

「今回は私の下僕であるロナが迷惑を掛けました。失礼ではございますが、もうお帰りになられてください。ロナと話したいことが沢山ありますので」


 ルーテリア一家とフェリアは、それから一時間後に、帰宅の準備を済ませて馬車に乗り込み始めた。兵士たちが道の間を挟んでいる。

 レニティカが自分の荷物の入った鞄を重そうに持ち上げながら僕に近づいてきた。

「ロナ、謝りたいことが……」

「いいよ、謝らなくて。僕が全部悪いんだ」

 すると、馬車の中からメヘルキアさんが馬車に乗るようにレニティカに言った。

 レニティカは不安そうな表情で僕を見つめ、手を振ると馬車に乗り込んだ。

 次にルナが近づいてくる。

 僕に同情するつもりかと思っていたら、思いがけないことを言われた。

「最初、幼女の力が必要って言ってたけど別に必要じゃなかったじゃない。反対に要らなかったんじゃない?」

 僕はがっくりと肩を落とした。

 今言うような言葉じゃないと思う。

 ルーテリア一家たちの乗った馬車と、リデナさんの兵士たちの姿が見えなくなると、勇者様は深刻な表情で僕に向き直る。

「ロナ、話がある」

 僕は勇者様と向き合って、勇者様を見上げた。

 生唾を飲みこむ。


 この時の自分は、まだこれから起きる出来事を知らなかった。

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