第13話 水槽の中の夫婦

 まず僕らはクロックサスさんをターゲットにすることにした。

 見た目的に結構な老夫婦に見えたから、子供には区別することなく優しいはずである。

 なぜそう考えるかというと、それはある出来事が関係している。それはつい先日の事。

 買い物に行っていた時に、一人のおじいさんが僕に話しかけてきた。何と言っていたかよく覚えていないが、その後にぞろぞろと老人たちがやって来たのである。その時から、老人というものは子供に寄りたがるものだと考えたのだ。

 僕は自信満々に食堂へと向かい、ドアを開けた。

 しかし食堂には誰もいなかった。

「みんなどこに言ったんだ?」

「今日泊まっていくって言ってたからたぶんそれぞれの部屋にいると思うよ」

 すると、背後から声がした。

「どうしたんだ?」

 声の主は勇者様だった。

 僕は微笑して訊いた。

「クロックサスさんの部屋はどこですか?」

 勇者様はしばらく考えて思い出したように言った。

「二階の最奥の部屋だったはずだ。今行くのはやめておいた方がいい。リュ……リュンデナ、いや違う。そうだ、リュンデネアさんと口喧嘩しているからな」

 勇者様はまだ名前を覚えきれていないそうだ。

 僕らは目を合わせて無言で頷き、二階の最奥の部屋へと向かった。ドアを開けると、勇者様の言うとおり、口喧嘩をしていた。

「もういい加減別れましょうよ」

「呪いのせいでそれは出来ないんだよ」

「はあ、いつも呪い呪い呪いって。あなたの親父さんはとんでもない悪党ね」

「おい、親父の事を悪く言うのは止めろ。親父は生きていた時は最強の呪術師と言われていたんだぞ」

 僕は茫然として二人の話を聞いていた。

 僕は一度咳払いをして老夫婦に僕たちの存在を気づかせてから言った。

「あの、話したいことがあるんですけどいいでしょうか……?」

 クロックサスさんは眉間にしわを寄せてレニティカを睨むと、ベッドに座った。

「どうせレニティカに何か言われたんだろ」

 僕は愛想笑いを浮かべて言った。

「要件の前に一つ訊きたいことがあるんですけどいいですか?」

 クロックサスさんは頷いた。

と聞こえたのですがどういう事でしょうか」

 リュンデネアさんは鼻で笑い、話始めた。

「私たちは生また時から結婚が決められていたの。彼の親父さんと私の御父上が仲が良くって、結婚させることにしたそうよ。でも二十歳になり、私は反抗した。でも彼は嫌なはずなのに反抗しなかった。その理由が!もううんざりよ。親父さんは私たちが結婚を拒むだろうと予想してたらしいの。だから逆らったら痛い目に合う呪いをつけた」

 クロックサスさんは苦い表情をしていた。

 僕はクロックサスさんを見つめて言った。

「どんな呪いですか?」

 クロックサスさんは袖をまくり上げて腕を僕に見せてきた。

「全てで三つだ。『結婚の呪い』『怒りの呪い』『殺人の呪い』。結婚の呪いは結婚の強制と離婚不可の効果がある。怒りの呪いは怒りの度合いによって罰が下される。注意ぐらいであれば何の効果もないが、激怒すると、最悪死んでしまう危険性がある。そして殺人の呪いは人を殺そうとしたときに、自分が代わりに死んでしまうというものだ」

 腕には横に三列に文字が書かれてあった。

 上から順に「マリアージュ」「ラージュ」「メルタ」と書かれてあった。

 僕は思わず触ってしまった。そしてすまなそうにクロックサスさんを見上げたが、クロックサスさんは何も表情を浮かべずに、ただ呪いの文字を見つめているだけだった。

「この呪いで痛い目に合ったことはありますか?」

 クロックサスさんは首を横に振って、袖を下した。

 僕は呪いが服で隠れるまでずっと見つめて、隠れると、夫婦に視線を移した。

「話は変わりますが、クロックサスさんとリュンデネアさんはリデナさんの事をどう思いますか?」

 二人ともハッと息を呑んで真面目な表情で答えた。

「悪女だよ。昔っから」

「そうね、根からの悪女よ」

 レニティカは驚いた様子で口を開いた。

「違う。昔はもっと優しかった。今のように悪い人じゃなかった」

「いいや、昔からこうだったんだよ。少しでも調子が狂うと暴れだす。レニティカが優しいと思っているのは、たぶんリデナにとってお前はとっておきの人形だったからだろう」

「人形?」

 レニティカは茫然と立っていた。

「違う。そんなはずがない。私は姉さんが優しいから姉さんに従ったの」

「それは違うな。お前は赤ちゃんの時からリデナに従っていた。だから、リデナはお前を手放す事が無いように、わざと優しく見せていたんだ」

 レニティカは必死に首を横に振って「違う」と叫び続けた。

「静かにしろ!」

 僕はレニティカに向かって怒鳴りつけた。ルナが僕を落ち着かせようと肩を掴んできたが、その手を振りほどいてレニティカの前に来ると静かに言った。

「今はただ彼らの意見を聞いているだけだ。意見を聞いてから、リデナに反抗するように頼んでみる。そうするつもりだったんだよ」

 レニティカは足を抱いて顔を太ももの中にうずくまらせた。

「なあ、少し聞こえたんだが、リデナに反抗するって?」

「はい、そうです」

 クロックサスさんはとんでもないと言わんばかりに手を振った。

「そんなの無理だ。こんなことリデナに知られたらひとたまりもない」

 リュンデネアさんは目を輝かせて賛成してくれた。

「クロックいいじゃない。リデナを私たち一家から追い出せばいいんだわ」

 僕は微笑してクロックサスさんに言った。

「リュンデネアさんの言うとおりです。リデナさんに反抗しましょうよ」

 するとクロックサスさんは小さな声で静かに言った。

「私らは水槽の中にいる金魚の様なものさ。飼い主に反抗しようとしても到底勝ち目ないし、反抗することがばれてしまえば水槽を壊されて生きていけなくなるんだ。私ら夫婦はいつもそうなんだよ。呪いという水槽、親父という飼い主……」

「それなら……」

 僕は胸に手を置いて自信満々な表情で言った。

「リデナさんという飼い主の水槽から勇者様の水槽へと移動させてましょう!」

 クロックサスさんは苦笑を浮かべて頷いた。

「わかった、降参する。不安なことばかりだが、勇者の水槽へ運んでおくれ」

 僕とクロックサスさんは手をつないだ。二人とも笑っていた。

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