第11話 下僕の少年
例の事件から一週間が過ぎた。
あの後どうやって城に戻ったかというと、勇者様が迎えに来てくれたのだ。赤い光について訊いてみたが、勇者様は見ていなかったそうだ。だが、爆発音は聞こえて来たらしい。その爆発音を聞いた瞬間に、攻め込んでいた悪魔たちが突然撤退したそうだ。
僕は勇者様を目の前で深く頭を下げた。
「何かできることはないでしょうか」
どうして僕がこんなことを言ったかというと、僕は勇者様の城に住ませてもらっていて、何も恩を返すことができていないからだ。
顔を上げると、勇者様は何か考えているような表情で僕を見つめていた。数秒経つと言葉を発した。
「下僕、と言えばいいのかな。俺の下僕になってくれないか」
「下僕、ですか?」
勇者様は目を細めて、笑いながら頷いた。
「そう、下僕だ。いままでルナとレナに掃除とか庭の手入れを任せていたのだが、君が来るようになってからサボるようになってしまたんだ。まあ、幼児だから仕方ないと思う。と言うことで、君が代わりに君がやってほしい。しかし、これだけでは下僕とは言えない。だから君は勇者である俺の言うことを何でも聞いてくれないか?」
僕は満面の笑みで頷いた。これから半年後、僕がどうされるかもしらずに。
それからまた一週間が過ぎる。働いているおかげか、時間が早く過ぎていくような気がした。
僕は城の陰に隠れた細長い箒を手に取って落ち葉を払い始めた。葉の鳴らすガサガサという音が妙に心地良い。
そういえば、「もうこんな季節か」と勇者様が不安そうな表情で呟いていたのを思い出した。
確か、ルーテリアという貴族の一家がこの城に訪れるらしい。それは、勇者様がこの国に召喚された、三年前の頃から一年に一度、この季節に来るのだそうだ。
ルーテリア一家について勇者様はこう言っていた。
「あの一家はぎくしゃくしている。家族として成り立っていないような気がする」
そんな一家は、今日訪れた。
僕は両手で箒を持ちながら、茫然とルーテリア一家を運んでくる金色の馬車を見ていた。
敷地に入るための唯一の扉が自動的に開くと、馬車は僕の脇を、気にすることもなく通り過ぎていった。
――勇者様に伝えた方がいいのか?
僕は箒を投げ捨てて慌てて城に向かった。馬車が真横に来ると、馬と目が合った。馬の目からは競争心が芽生えてきていることが伝わってきた。
きっと、この馬車を追い越したら、馬は僕を追い抜こうと足を速めるだろう。そして、競争のようになってしまい、ルーテリア一家は馬車の中で困り果て、そして、城の中から出てきた勇者様が僕と馬の様子を見て困り果てる。
そうなると予想はしていたのに結局やってしまった。
ルーテリア一家は、馬車から出てくると、勇者様を睨みながら城の中に入って行った。
勇者様は愛想笑いを浮かべて、ルーテリア一家を城の中に入るように促すと、僕を見た。
今後そんなことはしないようにと目が言っていた。
僕は振り返って馬を見た。馬はちょっとした興奮状態になっていて、僕を睨みつけていた。
馬を睨み返し、下を少し出すと、勇者様に続いて城の中に入って行った。
食堂にはルーテリア一家の六人が縦に二列に座っていた。
僕はまじまじと一家を見た。
一番前にいる男女二人は喧嘩していた。二人とも老けているが、暴言だけは達者のようだ。
その後ろにいる男二人は、そのまた後ろにいる女性と討論していた。険しい表情をしていた。
そして最後尾にいる少女。僕と同じくらいの年齢であろう彼女は、彼らと一人分席を開けて座っていた。どこか悲しそうな表情をしていた。
すると、肩を叩かれて振り返ると、勇者様が困ったような表情で立っていた。
「一つ頼みごとがある。どうやら予約していた料理が運ばれてくるのに時間が掛かるそうなのだ。だから、その間に一家を楽しませるようなことをしておいてくれ」
「え、楽しませるようなことって……」
勇者様は僕の言葉を無視して、足早にその場を立ち去った。
僕がどうにかしなければいけないのか。
ため息をつき、ルーテリア一家の前に出ると咳払いをした。
全員の視線が僕に集中する。
僕は微笑を浮かべたまま無言でいた。
何も言葉が思いつかない。僕に、先ほどまで口喧嘩や、討論、悲しそうな表情をしていた彼らを、楽しませることなどできるのだろうか。
すると、後ろからまた肩を叩かれた。
勇者様かと目を輝かせて振り向いたが、全く知らない美人な女性だった。
女性は僕をまじまじと見つめて微笑んだ。
「なんでそんなにうれしそうな表情をしているの?」
「え?いや、すみません。ある人と間違えました」
僕は頭を下げた。
「なんで謝るの?」
「え?」
僕は頭を下げたまま固まった。こっそりとルーテリア一家の方を除くと、皆目を合わせまいと女性から目を反らしていた。
「なんで頭を下げたままなの?」
僕は頭を上げて女性と目を合わせたが、彼女の目のするっどさを感じると、目を逸らさずにはいられなかった。
「なんで視線を逸らすの?」
先ほどよりも強い口調だった。
「みんなも、そうだよ」
ルーテリア一家はうつむいた。
「そういえば聞き忘れてたけれど、あなたは誰?」
「ロナです。勇者様の下で働いています
「ふーん」
女性は意味あり気にうなづいた。
心の中がもやもやしてきた。女性の微笑が気に喰わない。
僕は女性を睨んだ。
「そういうあなたは誰でしょうか?」
「私はリデナ・ルーテリア。ここにいる一家の支配者よ」
僕は席に座っている皆を見た。皆彼女を怖がっているようだ。
「そういえば皆さんの名前を聞いてませんでしたね。前の方から名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
皆頷き、前にいる男から自己紹介を始めた。
まず、喧嘩していた二人の名前は、男性の方はクロックサス。女性の方はリュンデネア。
討論していた女性はメへルキア。男性の二人は、黒髪で小太りな方がデラキ・ロネヒー。赤髪で体つきの良い方はファリア・ピエンデル。どうやら彼らは、どちらと結婚するかを決めていたらしい。
――僕だったらファリアさんを選ぶだろうな。
そして、悲しそうな表情をしていた少女は、レニティカ。
皆が自己紹介を終えると、僕は頭の中に叩き入れて、名前を暗唱した。
「クロックサスさん、リュンデネアさん、メへルキアさん……」
「もういいでしょ?それで、私から質問。私はどこに座ればいいの?」
リデナさんが顔を近付けながら聞いてくるので少し動揺したが、平静を取り戻すと、レニティカさんの座っている関らへんを指差した。
「あそこらへんに適当に座っていただければいいです」
リデナさんは私の肩を一度ポンと叩くと、レニティカさんとメへルキアさんの間に座った。
すると、背後からいい匂いが漂ってきた。振り返ると、料理を持っている人たちが並んでいた。
僕は一度例をして、その場を後にした。
「ロナ、ありがとうな」
勇者様に感謝されて嬉しかった。心が浮き上がった。だから僕は満面の笑みで「ありがとうございます」と深く頭を下げて礼をした。
「でも、僕はあまりしていませんよ。ただ自己紹介をしてもらっただけで……」
「いや、それが助かったんだ。実は俺、今まで彼らの名前分からなかったんだ。一方的に彼らが俺の名前を知っているだけで」
――え、いままで名前も分からずに接してきたの?
僕は心の中で笑い、自分の部屋へと向かった。
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