第10話 ルーロス城脱走 後編

 今僕らは一列になり、壁に沿って階段を上がっている。壁はつるつるに光っていて、鏡のようだ。

 つまり僕らの姿は壁に写っているということだ。壁を見れば悪魔が来ているかどうかわかるが、その代わり相手からも僕らが脱走しているとばれてしまうことだろう。

 もしそうなった場合、僕らには逃げることしかできない。

 そう、今のように。

「武器があればあんな奴ら易々と倒せるのにな!」

 僕は走りながら皮肉で叫んだ。

「今は黙っててください。もっと悪魔が来るじゃないですか」

「だって本にはこんなこと書いてなかったじゃん!」

 セルナはため息をついた。

 ――そのため息ムカつくぞ。

「全部が本に書いているわけじゃないんです。例えばあなたが幼女たちと一緒に風呂に入ったことなんて書いてませんよ?」

「まて、何でそれを知っている!」

 すると背後でルナとレナがクスクス笑い始めた。

 ――だめだ、あのことは絶対に言うな。

 その願いは聞き通らず、ルナが言葉をこぼしてしまった。

「私たちを見たとたんに鼻血がぶわって出てたよね」

 レナがコクりと頷く。

 ああ、ここで死んでしまいたい気分だ。いっそのこと悪魔に……。

 するとうなじに触手が当たったような気がした。

 驚いて振り向くと、ルナとレナが触手に捕まっていた。

 触手の正体は、追いかけてきている悪魔の中で一番背の低い悪魔だった。

「セルナ、二人が捕まってしまった」

 セルナも振り返り、触手の悪魔を見たとたんに僕の背に隠れた。

「そんなに怖いか?」

 セルナは体をぶるぶる震わせながら答えた。

「あの触手。気持ち悪いです」

 僕はにやりと笑った。

 痛い目に合わせてやろう。

「セルナ、僕は無力だからである君がルナとレナを助けに行ってくれ」

 セルナは必死に首を振って僕のズボンを引き掴んだ。

 あれ?今更だが僕は上半身服を着ていない。

「セルナ……」

「セルナセルナうるさいです。あ、そういえば……」

 セルナは僕を押し出すと、自分一人だけで逃げていった。

 ――卑怯者め!

 僕はセルナの逃げ足の速さを恨んだ。自分があんなに早ければルナとレナが悪魔に捕まる前に、持ち運んで逃げることができただろうに。

 一息ついて悪魔たちと向かい合った。そして、後に後悔するようなことを発言してしまった。

「金を欲しくないか?」

 すると、悪魔たちの目の色が変わった。さっきまで激怒しているかのように真っ赤だったのに、今は純粋な青色の目に変わっていた。

 悪魔たちは円に固まり、話始めた。

 悪魔たちに任せていたらとんでもない額になりそうだ。

「い、一応言っておくが僕は金五枚しかもっていないからな」

 すると、悪魔たちはにやりと笑って僕の方を見た。

「小僧。今有利な立場いいるのは誰だと思っている?」

 僕は歯をかみしめた。悪魔たちが言うことは分かっている。どうせ額を上げろとでもいうのだろう。

「今有利な立場にいるのは我々悪魔だ。だから、我々の言うことを聞いてくれれば、この二人は放してやろう」

「もし言うことを聞かなければ?」

 触手のある悪魔は、ルナとレナを振って見せた。

「そのまま地獄送りさ」

「どうやってするのさ」

「そりゃあ丸飲みさ。血を出したらロビウス様に怒られるどころか殺されてしまうからな」

 僕はにやりと笑って左腕を見せた。

「僕はさっき、そのロビウス様に出会ったんだ。ロビウス様はこう言っていたぞ。『悪魔たちがお前たちに怪我をさせるものなら躊躇なく叫んでくれ。我がすぐに向かう』と。俺はそれを利用して今からお前たちに歯向かう。少しでも俺に触れてみろ。もともとついている怪我をお前たちのせいにしてやるぞ」

 悪魔たちは不承不承、ルナとレナを離した。

 二人は泣き目で僕にしがみつき、泣き始めた。

「今は泣くな」

 僕は悪魔に、金が欲しいのならついてこないように言って、二人を連れて走り出した。


 城の出口にはセルナが不安な表情で待っててくれていた。

 僕はほっとしてセルナに近づいたが、そのとたんに悪魔たちに囲まれてしまった。

 先ほどの事ですっかり忘れていたが、今になってやっと思い出した。

 汗が異常なほど大量に出てくる。体内の水分が不安になるほどに。

 僕らは悪魔に囲まれたまま外に出た。

 ――どうすればいい。

 考えが思い浮かばない。僕は一か八かでさっきと同じことを発した。

「金を欲しくないか?」

 悪魔たちは話を聞いていないようだった。

 金が欲しくないとなれば、ロビウスの事ならば。これには自信があった。

「ロビウス様は血を嫌っているんだろう?なら俺が今……」

「今ロビウス様はいない。だから好き放題できるんだよ。それにロビウス様からの許可も出ている」

 僕は苦い顔をして悪魔たちを一人一人睨んだ。もう負けを認めるしかないのだろうか。

 すると、空に紅い光が現れた。光はこちらに向かってきている。

 僕は慌てて三人の手を取り、城の中の方へ突き進んだ。

 光に見とれていた悪魔たちは、僕らに気づかずに、立ちすくんでいた。

 それは一瞬の出来事だった。

 城の中に逃げ込んだとたんに地面が揺れ、眩しい光に皆照らされた。

 外に出ていた悪魔たちが光に飲み込まれていく。

 しばらくして光が止むと、外には悪魔が一匹もいなかった。

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