第9話 ルーロス城脱走 中編

 気が付いた時には目の前にセルナがいた。僕が目を開けると、青くなっていたセルナの顔が肌色に戻っていった。

 僕は気を失っていたのだろうか。それとも……。

 上半身裸になった自分の胸を見ると、穴が開いたような跡がついていた。

「もしかして僕死んだの?」

 セルナはほっと息をついたまま何も言わなかった。

「おい、何か言えよ」

 セルナは何も言わなかった。

 今訊いても無駄だと諦めて、立ちあがる。

 多少ぐらついたが、しっかり立つことはできる。

「セルナ、ルナとレナを助けに行くぞ」

 セルナは「あ!」と言葉をこぼして立ちあがった。

 もしかしてさっきまで僕が言っていたこと聞いてなかったのか?

 怪しげにセルナを見るが、彼女はただ微笑するだけだ。

「それで何でしょうか?」

 やはり聞いてなかったらしい。

 僕はさっき言ったことを繰り返した。

「ルナとレナを助けに行くんだ。ほら、本に載ってた二人の幼女だよ」

 セルナはにこにこと笑顔を見せて頷いた。

 よほど僕が生き返って嬉しいのだろう。

 自慢するわけではないが、僕はなかなかかっこいい顔つきをしている。

 意外とかっこつけた方がいいのではないだろうか。

「よし行くぞ、セルナ!」

 ポーズをつけて言ってみたがセルナは苦笑していた。

「ロナさんの性格に合いませんよ?」

 だろうなと肩を落として、ため息をついた。

「どうせ僕は貧弱な子供ですよ」

「そこまでは言ってないんですけど……」

 僕は何も言わずにレナの牢へと向かった。

 セルナが牢の扉の鍵を解除すると、レナは嬉しそうな表情で牢から出てきた。

 いままで同年代の子のようにしか思えなかったが、今のレナの表情は幼い子供にしかできない笑顔で、改めてレナは幼女なのだと感じた。

「レナはルナの場所知らないか?」

 レナはすまなそうな表情で首を振った。

「でも、ルナが左の方に連れていかれるのは見たよ」

 それだけでもありがたい。情報はないよりかあった方がましだ。嘘の情報じゃない限りは。

 もしこの情報が嘘だった場合、あとでレナを怒ろうか。

 すると、はるか左の方から女の子の鳴き声が聞こえてきた。

 ルナかもしれない。

 僕ら三人は固まってルナを探し始めた。ここで別行動をするのは馬鹿がすることだ。そう、セルナの様な馬鹿が。

 僕が固まって行動しようと提案した時、セルナが別行動をしようと提案してきた。僕らは無力だからと説得しようとするが、セルナは別行動をすると言って聞かず、レナが説明したとたんに別行動を諦めてくれた。

 僕に何か恨みがあるのかと見ていたが、セルナはただ顔を赤くするだけで僕を睨む様子はなかった。

 もう一つおかしい所があるとするならば、全然僕を見てくれない事である。

 ――もしかして僕に惚れたのか?

 そう考えただけで体がもやもやしてきた。

「あ、いた!」

 突然レナが叫んだ。

 レナが指した先にはルナが泣きじゃくっていた。

 体中の緊張がほぐれてた。

 僕は鍵を解除しようとしているセルナの隣に少しづつ近づいて耳打ちした。

「セルナ、僕に言うことがあるんじゃないのか?」

 セルナは悲鳴を上げてレナの後ろに隠れた。

「か、鍵の解除は出来ました。それとロナさんは私に近づかないでくれますか?」

 ――そんなに僕が怖いのか!?

僕のもやもやは消え去ってしまった。

 涙が洪水のように吹き出しそうだった。いっそのこと泣きわめいてしまおうか。

 そして泣きわめこうとしゃがみこむと、牢の扉が頭に直撃した。

「何をする!」

 立ちあがって扉を睨みつけると、扉の前にルナが立っていた。

「ご、ごめんなさい……」

 ルナは今にも泣きそうだ。僕のように。

 すると、周囲から怒声が沸き上がってきた。

「俺も助けてくれ!」

 イライラする。僕はただ仲間を助けただけだ。赤の他人などどうでもいい。

 僕は三人を連れて早足で牢の外へと向かった。

「急げ、こんな騒ぎだったら誰かが来るかもしれない。いや、来る……!」

 牢から地上階まで行くことができる唯一の道の前には大きな悪魔が立っていた。いや、悪魔ではない。先ほど戦った悪魔とは違って鋭い角も無ければ尻尾も牙なかった。だがコウモリの様な翼だけあった。変形的な悪魔だろうか。

 セルナはハッと息を呑んで呟いた。

「唯一血を嫌う邪神ロビウス」

 ロビウスという邪神は、にやりと笑うと、大きな足音を上げた。

「そうだ。我こそがロビウスである。血は一生の穢れ。血に触れたら我は汚れてしまう。見るだけでも汚れてしまう。だから私は、悪魔を使って割れの代わりに人を殺してもらっているのだ」

 そういえば、ルーロスで見た遺体に全て血がついていなかった。つまり、悪魔たちが、ロビウスが血を見ないように、外からの傷を作らないようにして人を殺したのだろう。

 そう思うと悪魔も大変だな。ご主人様が血嫌いってだけでこんなことまでしなければいけないなんて。

 ロビウスは僕を睨んできた。

「私は戦えないと思うなよ?ただ血が嫌いなだけだ。姿が見えないほどの距離ならば私は戦うことができる」

 それってつまり戦わないのではなかろうか?いや、相手は神だ。姿が見えなくても攻撃は出来るのだろう。

 僕は不安げに後ろを見た。女三人はそろって蒼白な顔色をしている。役に立ってくれそうなセルナでさえ恐ろしく思うのだから相当強いのだろう。

 ――でも待てよ……。

 僕はにやりと笑って、左手をロビウスに向けた。

「何をするつもりだ?」

 ロビウスは小首をかしげて睨みつけてきた。

「見ればわかるさ」

 右手を左手の上にのせて爪を立てた。

「今から俺は血を流す。見たくなければ今からすぐに立ち去……」

 ロビウスはいつの間にか消えていた。姿を隠しただけかもしれないと考えたが、セルナが言うには、ロビウスにはそんな能力は持っていないそうだ。

 僕は震える右手で左手を突き刺した。

 最初は痛かったが、徐々に痛みは消えていった。ん?痛みは消えなかった。むしろ痛さが増していった。

「痛てえぇ‼」

 後ろにいた女三人は、呆れたように僕を見た。

「ロビウスはもう消え去ったのになんで血を流す必要があるのですか?」

「ロビウスがまた現れるかもしれないだろ?」

 女三人は僕の言ったことを聞かず、先に階段を上がっていった。

「待ってくれよ!」

 この時は必死だったが、後から思えば幼いガキのようだ。

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