第3話 レナの部屋
ルナの部屋の壁の色が、いつの間にか橙色と化していた。窓越しに外を伺うと、日が傾き始めていた。
僕は夕日から目を逸らして、城を囲んでいる庭に目を向けた。
ここからは湖は見えないが、その代わりに町の集落がはるか遠くにまで広がっていた。もう帰りの時間だからなのか、人々や馬車などの姿が沢山見える。
空には雲が一つもなくて、僕とは正反対で麗らかだった。
今の僕は、朝であっても、夜であっても、大きな雨雲のせいで真っ暗だ。雨雲はいつも僕の真上にいて、雨を降りかけてくる。この雨雲をどうにかしてどかそうとするが、雨雲は動じない。だが、一瞬だけ自分の空が晴れた時があった。それは、ルナとレナと一緒に笑った時である。心の底から笑うことができた。
僕が思いに耽っていると、誰かが肩に手を置いて来た。
僕は驚いて振り返ったが、ルナだと気づくと、後頭部に手を置いて苦笑した。
「驚いた」
「へえ、こう言うことで驚くんだ」
ルナはにやにやと笑い始めた。
「それはともかく、次はレナの部屋に行こうよ。レナの部屋、楽しみにしてて」
ルナの背後では、レナが手で顔を覆っていて、微かに開いている隙間から僕を睨んでいた。来るなと言っているような気がした。
「不安だから僕はいかないでおくよ」
ルナは僕を睨んで手を取ってきた。
「私の部屋を見たからレナの部屋も見ないと吊り合わない」
その後もしばらくレナの部屋に行くことを拒否したが、ルナの方もレナの部屋を見せようと諦めないので、止むを得ず、レナの部屋に行くことにした。
レナの部屋までの距離はそんなになかったが、レナからの威圧を感じるせいで長く感じた。
レナの部屋の前に着くと、ルナが一歩前に出て、一度礼をしてからドアを開けた。
一目見たとたんに僕は驚いた。部屋の中は驚くほどに散らかっていた。
「もういいでしょ?」
レナは慌ててドアを閉めた。作り笑いをしようとしているのだろうが、全くできていない。顔が真っ赤になっていて、目が大きく開かれているし、口が大きくゆがんでいて恐ろしかった。
「ルナ、こっち来て」
ルナは、レナに髪を引っ張られて部屋の中に入っていった。
部屋の中から幽かに声は聞こえてきていたが、何を言っているのかまでは理解できなかった。
僕は、恐る恐るドアに身を寄せた。
ドアの向こうからは、レナの狂ったような声が聞こえてきた。
私はルナを目の前で腕を組んで立っていた。ルナも腕を組んで立っているが、どこか笑っているようだった。私はそれに苛立って叫んだ。
「これからあの子も住むんだから第一印象だけは良くしようと思っていたのに、こんなの見せたら第一印象が悪くなるでしょ?ほら、片づけて!」
ルナはしばらく黙って私を見ていたが、一度ため息をついて言葉を発した。
「いつかばれることだし、いいでしょ?最初のうちに見られていた方が、後でドン引きされるよりマシでしょ?」
私は、床に置かれた木の棒を拾うとルナに向けて投げた。だが、木の棒は思いもよらない方向に飛んでいった。
ルナは木の棒を見つめて、呆れたよう一息ついた。
「相変わらず命中率は0%ね。というか何で部屋の中に木の棒が入ってるのよ」
私は肩をすくめた。
「分からない。私には興味を持ったものが勝手に部屋の中に入ってくる特技があるらしいわね」
「ただ自分が持って入っただけでしょ?」
私はルナから目を逸らして口笛を鳴らした。
すると、ルナが舌打ちをしたような気がしたから一度ルナを見ると、さっき私が投げた棒を振り上げていた。
「な、何するつもり!?」
ルナは微笑を浮かべながら少し首を傾げた。
「別に何もしないよ?レナがこの部屋を片づけさえすれば!」
私は急いで片づけに取り掛かった。
背後から、木の棒の空を切るような音が聞こえてくる。片づけを少しでも怠けるようであれば、即座にこの木の棒をぶち当てに来るだろう。
「う~ん。この棒は投げにくいかな。もっと尖ったものが欲しいな」
体が思わず震えてしまった。ルナが私を脅すために言っているのか、それとも本気で私に当てようとしているのか分からなかった。
しばらく片づけを続けていたが、一向に終わる気配はなかった。
「全く終わらないわね。いっそのことこのごみ部屋を丸ごと捨てちゃおうかしら」
「そしたら私の部屋が無くなる!」
私は振り返って反論したが、ルナが目を輝かせて、先がとがった太い針を持っているのを見ると、直ぐに片づけを再開した。
すると、うなじを何かでつつかれているような気がして飛び上がった。
「止めてよ!」
ルナはにやりと笑った。
「片づけ、怠けたわね?」
私は震えが止まらなかった。止めようとしても無理だった。今目の前にいる彼女の持っているものを見て、誰が震えずにいられるだろうか。
ルナは先ほどまで持っていた針よりも鋭くとがっていて、且つ、重そうな槍を持っていた。
「ね、ねえ。その槍を私に投げるつもり?」
ルナは何も言わずに、槍の刃の部分を私に向けた。夕日の光に反射されて、刃の鋭さが増したような気がした。
――あの槍に刺されないためには……。
もう何も考えきれない。私はあの槍の餌食になると思っていた。だが、槍は私を通り越してドアを突き抜けた。
「危ね‼」
ドアの外からあの男の子の声がした。
――そういえば、あの子の名前は何だろう。
私は直ぐに男の子の方へ向かった。
ドアは崩壊されて治せそうになかった。
男の子の方は耳にかすり傷があるだけで重傷はなかった。
「大丈夫?ほら……」
自分が手を伸ばして男の子の手を取ろうとしたの気付いて、直ぐに手を引き戻した。
――危ないところだったぁ。異性と手を結ぶなんてできるわけがない。
私の手を取ろうとしていた男の子は、私がいきなり手を戻したので苦笑した。
「そんなに僕と触れるのが嫌なのか?」
私は首を振って、顔を赤くしながら訊いた。
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわね。名前は何?」
男の子は、床に座ってしばらく呻きながら考えた。
――もしかして……。
私は、心の中に浮かんだ考えを追い払い、微笑を浮かべて答えを待った。
――絶対にそうでありませんように。
しかし、その願いは聞き通らなかった。
日の当たらない暗い廊下の上で、男の子は暗い声で答えた。
「名前、憶えてない……」
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