第2話 ルナの部屋で

 城は純白で、見上げるほど大きかった。城を囲んでいる庭もとても広い。一つの町と匹敵するほどの大きさだ。庭の中心には底が透けて見える湖があり、小さな魚や、蟹が暮らしていた。幼女二人は、どや顔を見せつけてきて、感想を聞いてきた。

「どう?」

「とても大きい」

「それだけなの?」

 二人の方を見ると二人とも顔をゆがませていた。

 僕は腕を組んでしばらく考えたが、他に何も思いつかなかった。すると二人から苛立ったような気配が漂い始めた。

 ――何か悪いことを言ったか?

 自分が言った言葉を思い返すが、二人に悪いことを言った覚えは全くない。

 二人からの気配に挟まれながら城まで歩むと、勝手に城の大きな扉が開かれた。僕が驚いてその様を見ていると、再び二人がどや顔を見せつけてきた。

「すごいでしょ?」

 僕は大きく頷いた。

「今まで見た建物の中でどれくらい?」

 緑髪の幼女が訊いて来たので、人差し指を立てた。

「一番?やったあ!」

 緑髪の幼女は、僕の手を取り、城の中を案内した。

 城に入るとまず玄関がある。そこから右に行くと居間があり、反対に左に行くと、食堂があるのだそうだ。僕らは右に曲がって居間に入った。壁と床の色は雲よりも白くて、天井は太陽や空が描かれていて、いかにも高級な家だと感じさせた。

 居間には三つの扉があり、そのうちの一つは入って来た時の扉だ。残りの二つは、入って来た時の扉の対象の壁にある。

 右側の扉は倉庫に続いていて、左側はそれぞれの部屋に続いているのだそうだ。

 僕らは左の方に進み、まず緑髪の幼女の部屋に案内された。

「どう?綺麗でしょ」

 彼女の言ったとおり、とても綺麗だった。壁は居間と同じく白色だったが、床と天井は肌色だった。窓から差し込んだ光が、右片隅にある机とベッドを照らしていた。

 僕は眉間にしわを寄せた。

「きれいなのは綺麗だけど、バランスが悪いと思う」

 僕がそう言うと、緑髪の少女は苦笑した。

 さっき追いついて来たばかりの赤髪の幼女は、爆笑した。そんなに笑うところがどこにあっただろうか。すると、緑髪は、赤髪の後ろで結ばれた長い髪を強く引っ張った。

「痛い!」

 悲鳴交じりに赤髪が叫んだ。

「何するの、髪の毛が全部抜けるところだったでしょ!?」

 緑髪はまた赤髪の髪を掴んで引っ張ろうとした。すると、赤髪が悲鳴を上げて地面に倒れた。

 僕はしばらく二人のやり取りを腹を書開けながら見ていたが、自分が影の存在のように感じると、二人の間に割り込んだ。

「ねえ、二人を何て呼べばいいか分からないから名前を教えてくれる?」

 二人はお互いに髪を掴んだまま離さなかったが、一息つくとお互いに髪を離した。

 そして緑髪が最初に自己紹介を始めた。

「私の名前はルナよ。これからよろしくね?」

 彼女が手を伸ばしてきたので、僕はその手を取り、握手した。

 とてもやわらかくて、赤ちゃんの手ようだった。と言っても、僕は赤ちゃんに触れた記憶おぼえが全くない。ただ城に来るまでに、ある女の人が綿を触りながら「赤ちゃんの手のように柔らかい」と言っていたからである。

 話は代わって、次は赤髪の少女が自己紹介した。

「私の名前はレナよ」

 僕はレナと握手しようと手を伸ばした。すると彼女から手の甲ではじき飛ばされてしまった。

 僕は一瞬何をされたのか気づかなかったが、手のひらがひりひりするのを感じて、やっと理解した。握手を拒否されたのだと。

 不安だった。僕は彼女に何か不満を持たせただろうか。

 ルナが頬を膨らませてレナの肩を叩いた。

「なんで拒否するの」

 レナは肩を竦めて僕から目を反らした。その瞬間に、僕を生んだ貧乏人に向けた怒りと似たような怒りが沸き上がってきた。

 レナは僕の怒りを感じたのか、一歩後退ったが、ため息をつくと、二歩進んで浅く頭を下げた。

「悪かったわよ。ごめんなさい」

 僕も頭を下げてレナを見たが、彼女は本当に後悔しているようだった。余談だが、レナの後悔している表情はとてもかわいかった。

 僕は、頬を赤くしてレナをまじまじと見ている自分に気付いて、僕は慌ててレナから視線を逸らした。

「今回は許してやる」

 隣で見ていたルナは爆笑していた。

 僕はそれに少し苛立ちを覚えて、少し強めに行った。

「そんなに笑うなよ」

 レナも同じタイミングで言った。

「笑わないでよ」

 僕の声は、レナの声と合わさって何と言っているのか自分でもわからなくなった。

 僕とレナはお互いに目を合わせた。そしてどこもおかしくないはずなのに、なぜか笑ってしまった。

 しばらくして、先に笑いがおさまったルナが、冷やかすかのように言った。

「同じタイミングで二人が言ったよね?もしかしたら、これからそんなときが増えて、増えていくにつれて、言うことも同じになって、そして……」

 それから先は何も言わず、ルナは一人ではしゃいでいた。

 僕は何を言っているのか分からず、首を傾げてレナを見た。すると、レナは異常なほどに顔を真っ赤にしていて、驚く他なかった。

「大丈夫か!?」

 レナは首を振って深呼吸を始めた。すると、次第にいつもの顔の色に戻っていった。

 ――熱を一瞬で治せるなんて。

 僕は輝く目でレナを見ていた。

 レナは、僕がまじまじと見ているのに気づくと、奇声を上げて僕を蹴ってきた。

 その瞬間、怒りとは別に違う感情が押し寄せてきた。

 前にも同じことを感じたような気がする。

 それはとても昔。

 僕は今年で十歳になる。しかし、昔感じた感情は、僕が生まれるよりも、ずっと昔のときだったような気がする。

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