十話 目覚める真実


 吸血鬼の休眠状態には個体差がある。寝起きがいい者も居れば、完全に覚醒するまでに二度寝や三度寝する者も居る。

 『僕』は後者だ。一度起きても、抗いようのない眠気に勝てずに酷い時は何年も微睡んでしまう。今もそうだ。

 若い頃は……なんて言うと、急に老人になったような感覚になるけれども。とにかく、僕は昔よりも寝起きが悪くなった。

 昔はもっとすっきり目覚められていた気がするのだけれど……まあ、今居る場所が戦場のど真ん中とかでなければ、別に問題ない。


「……ここは、どこ……でしたっけ」


 のろのろとベッドから起き上がり、辺りを見回す。時間は夜……いや、明け方か。分厚いカーテンの隙間から、か細い朝日が差し込んでいる。

 この部屋は、見覚えがある。休眠に備えて用意していた隠れ家の一つだ。休眠に入る前と場所が変わってないというのは、意外と珍しい。あれから十年は経っただろうに。

 もう一つ幸運なのが、今の僕は休眠状態から抜け出せていないものの、意識はかなりはっきりしている。あと半月もあれば、完全に覚醒出来るだろう。

 このままもうひと眠りしようか。欠伸をしながらそんなことを考えたのも、束の間で。


「……眼鏡が、ない」


 思わず目元を擦る。愕然とした。今まで眠っていたのだから、眼鏡を外していてもおかしくはない。そもそも、僕は視力に何も問題はないので本来は眼鏡など必要ない。

 でも、あの眼鏡は別だ。


 あれはこの世界で、たった一つだけ残された繋がりなのだから。


「っ……くそ、身体が……まだ」


 焦燥感に背中を押されベッドから降りるも、身体に上手く力が入らない。少し動くだけでも息が切れる。それでも僕はドアまで歩くと、ドアノブを掴んで外に出ようとした。

 だが、ドアは開かなかった。


「開かない……そうか、この部屋は外鍵でしたっけ」


 何度かドアノブをガチャガチャと回してみるも、ドアは開かない。鍵はが持っている筈だが、待っている余裕はない。

 蹴破るか、窓から出るか。どちらにしようか迷っていると、立て続けに予想外のことが起きた。


「あの……誰か、居るんですか?」


 知らない声だ。まだ若い青年の声。僕は自分が犯した失態に苛立った。どうして、真っ先に隷属の居場所を探らなかったのか。

 この家に他の真祖が居ることに、なぜ気が付かなかったのか。


「あの……」


 ドア越しに、青年の声が聞こえる。このままドアを蹴破って、青年を殺せるかどうか。覚醒状態であれば簡単だが、今の状態では少し手こずりそうだ。

 何より、彼もまた吸血鬼だ。真祖の隷属だろう。この青年を殺したところで、真祖が出てくればこちらが返り討ちに遭う。

 さらに悪いのが、僕の隷属がどうやら動けない状態にあるということだ。自分の迂闊さに舌打ちしたいのを堪え、僕は出来るだけ穏やかに答える。


「ええ、居ますよ。きみは、吸血鬼ですね?」

「は、はい。レクスと言います」


 レクスくんと言うらしい。一目散に自分の主を呼びに行くような愚か者でなくて助かった。


「あの、あなたは……誰、ですか」


 恐る恐る、と言った様子で聞いてくるレクスくん。怖いもの見たさ、というよりも僕が何者かを把握したいようだ。

 ……まあいい。相手の出方をうかがうとしよう。


「初めまして、レクスくん。僕はジェズアルドと申します」

「……え、ジェズアルドって、そんな筈ありません!」


 僕の名前に、驚きの声を上げるレクスくん。人の名前を聞いておいて、そんな筈がないとはどういうことか、寝ぼけたままの頭では想像も出来ない。

 ぼんやり考えていると、レクスくんが声を震わせながら言った。


「だ、だって……ジェズアルドさんは今、大怪我をしていて……神父様が手当てをしてくれたので、今は別の部屋で眠っていますが」

「…………は?」


 なるほど。この屋敷の中には、ジェズアルドと名乗る吸血鬼がもう一人居るらしい。彼が否定するのも無理はない、納得である。

 ……一体、どういうことか。こめかみを押さえながら考える。


「もしかして、そのジェズアルドは長髪ですか?」

「え、はい」

「口数が少なくてどんくさい上に、何かと力技でどうにかしようとする男ですか?」

「どんくさいとは思いませんが……まあ」


 ……何をやっているのか、あの隷属バカは。


「まさかとは思いますが、その男は古い眼鏡をつけていますか?」

「はい。いつも大事そうにしていますが」

「なるほど……はあ、そういうことですか」


 気が抜けたせいで、凄まじい脱力感に襲われる。僕はドアに背を預けるようにして、そのままずるずると座り込んだ。

 とりあえず、眼鏡のありかがわかればいいか。


「あの、大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか。あまりにも呆れてしまって、今にも寝落ちしそうですが」


 それにしても、彼はなかなか賢い子だ。ドア越しとはいえ、こうして得体の知れない相手に話を続けるとは。

 意識的に、もしくは無意識的に、僕が自分の主にとって害がある存在かどうかを探っているのだろう。なんとも優秀な隷属だ。僕のと交換して欲しいくらいだ。

 彼の主……真祖も僕の存在に気がついていないわけではないだろう。それを放っておくということは、こちらの事情は把握しているようだ。


「レクスくん、お時間があるなら、少し僕とお話しませんか? きみときみの主が、どうしてこの屋敷に居るのか知りたいのです」


 せっかくだから、寝直す前にもう少し彼から情報を聞き出すとしよう。しばしの沈黙の後、了承の返事が聞こえた。

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