六話 四肢欠損

「……ちっ、なんでおれがこっちに回されるんだか……あっちに居る吸血鬼、どう見ても真祖なのに……せっかく真祖相手に暴れられると思ったのによ……」


 聞きなれない声が聞こえる。俺とシスは瓦礫と化した机や椅子を掻き分けて、声の主を探す。すぐに見つかった。

 その姿に、俺は全身が怖気立った。


「な、なんだ……あれ……」


 それは、俺と同じくらいの年頃の青年のようだった。だが、身体が異様に大きい。

 まるで風船のように膨れ上がった筋肉に、血走った両目。軽々と担がれた、擲弾発射器。

 それだけでも恐ろしいのだが、更に目を引くのは青年の両手足だ。


「四肢が全部、義肢……いや、でもあれは普通の義肢じゃない」

「あれ、サイボーグだよ。多分手足だけじゃない、内臓のいくつかも人工のものと入れ替えられてる筈」


 シスが声をひそめる。サイボーグとは、人間が己の身体を機械によって戦闘に特化させた者のことだ。彼らの義肢は医療用とは異なり、耐久性も攻撃性も桁違いだ。

 場合によっては、内臓さえも人工のものと入れ替え、運動能力を無理矢理底上げしているらしい。


「あ? なんだ、人間も居るのか。いや……人間じゃねぇか。特に女、テメェはダンピールだな」

「っ⁉」

「へえ、結構カワイイじゃん。侵入者は好きにしていいって言われてるけど、それってどう遊んでも構わねぇってことだよなぁ?」


 青年がぎょろりとした目で、シスを見ながら見せつけるように舌なめずりした。

 うげっ、とシスが嫌悪をむき出しに唸る。


「ダンピールの女、このアレス様と一緒に遊ばねぇか? 心配しなくても、アッチはまだ自前のだから、死ぬまで楽しませてやるぜぇ」

「き、気持ち悪い!」

「二人とも、逃げてください。この人は僕がどうにかします」


 アレスのねっとりとした視線が気持ち悪いと、シスが自分を護るように肩を抱く。

 そしてシスを庇うように、ジェズアルドが立ち塞がる。


「レクスくん、シスさんをお願いします。この気持ち悪い人は任せてください」

「何だぁ? 真祖でもねぇ雑魚吸血鬼が、イキッてんじゃねえよ」


 舌打ちしながら、アレスが擲弾発射器をジェズアルドに向かって投げつける。俺の腕よりも大きく、重量もあるであろうそれをジェズアルドが避ける。

 それこそがアレスの狙いだった。


「先生!!」

「そのキレイな顔面、ぐちゃぐちゃにしてやるぁ!!」


 ジェズアルドが避けることを見越していたのか、アレスの拳がジェズアルドを狙う。体勢的に、もう避けるのは無理だ。俺もシスも、思わず目を瞑る。


 でも、アレスの拳がジェズアルドの顔面まで辿り着くことはなかった。


「……へえ。神父みたいな脳筋かと思いましたが、意外と考えてるんですね」

「なっ⁉」

「肉弾戦はそこまで得意ではありませんが。きみ程度なら、勝てそうです」


 恐る恐る目を開くと、想像していなかった光景が視界に飛び込んできた。

 ジェズアルドの右手が、アレスの拳を掴んで止めている。それどころか手中の拳を握り締め、みしりと嫌な音さえ聞こえてくる程だ。


「ぐ、くそ!! 離せ、離しやがれ!」


 焦りを隠そうともせず、ジェズアルドの手を振り払いそのまま大きく距離を取るアレス。俺達からも、かなり離れてくれた。

 逃げるなら、今しかない。


「シス、行くぞ」

「え、でも先生が――」

「俺たちがこのままここに居たら、それこそジェズアルドの邪魔になる。目的は果たしたんだ、今は何とかここを脱出し、神父様と合流しよう」


 カルテを入れたリュックを担ぎ、狼狽えるシスの手を掴んで俺たちは部屋を出た。アレスが怒鳴ったが、ジェズアルドが居る以上は俺たちを追いかけることは不可能。

 このまま階段を下りて、外に出られれば。そう考えたが、甘かった。


「待って、レクスさん! 外に人が集まってる!」


 階段を降りようとしたところで、シスが俺の腕を引っ張って止める。言われるままに窓から外を見下ろすと、確かに十人近くの人間が集まっていた。

 それも、全員銃を手に武装している。このまま降りて外に出ても、神父様の元まで切り抜けられるかどうかは微妙なところだろう。

 ならば、俺は階段を睨む。下へ、ではなく上へと視線を滑らせる。


「シス、上だ。上の階に行くぞ」

「う、上に?」

「そう。計画通りに、この施設を破壊するんだ。放火でも爆破でも何でもいい。上に行って、何か出来ないか探そう。ここで何か派手な騒動を起こせれば、神父様も気がついてこっちに来てくれる筈だ」


 急げ! シスと共に三階へと駆け上がる。三階はほとんどの明かりが消えており、非常灯がぼんやりと頼りなく辺りを照らしている。

 だが、吸血鬼となった俺はもちろん、ダンピールであるシスも夜目が利く。探索するには、問題ない。


「……なんか、静かだね」

「シスの言っていた通り、ここは病室がある階みたいだな」


 二人で物陰に身を隠しながら、辺りを注意深く見渡す。まるで病院のような景色だ。

 でも、医者や看護師の姿はない。どこからか規則正しい電子音が聞こえてくる以外は、とても静かな場所だ。


「どうするの、レクスさん。燃やせたり、爆発させられるようなものを探す?」

「そうだな……でも、これだけ人が居ないなら、手分けした方がいいかもしれない」


 アレスのようなイレギュラーな防衛装置が存在する可能性もあるが、かと言って二人で一緒に居るのは効率が悪い。

 ジェズアルドが簡単に負けるとは思わないが。証拠を確保した以上は、神父様と合流してさっさと撤退した方がいい。


「そ、そうだね。ちょっと不安だけど、それぞれ手分けして探そう。爆発させられそうなものか、燃やせそうなもの……燃料とか、薬品、衣類とかも使えるかもね」

「よし、シスはそこの薬品庫や隣の倉庫を見てきてくれるか? 俺は奥にある病室の方を見てくる。何かあったら、すぐに部屋を出て叫ぶんだ」

「わかった。レクスさんも、気をつけて」


 互いに見合って、頷いてから、それぞれ行動に移る。俺は『一号病室』と書かれた部屋の前に立ち、出来るだけ静かにドアを開けた。

 僅かに繋がった空間の隙間から、むせ返るような薬品の臭いが漏れ出してきた。


「ッ……そうか、ここがカルテの患者たちが居る部屋か」


 考えればわかるようなものなのに、どうして今までその可能性を考えなかったのか。怖じ気づきそうな心を奮い立たせて、俺はなんとかドアを開いて身体を中へと進ませる。

 誰か起きるかと身構えたが、杞憂に終わった。というより、驚かされたのは俺の方だった。


「な、なんだよ……これ……」


 それなりに大きい部屋に、ベッドが六床。その全てが埋まっているが、そこに居るものが人間だとは到底思えなかった。

 目は布で塞がれ、口には酸素ボンベ。首や胸、鼠径部には点滴などのチューブが繋がっており、それぞれ心電図の音が安定してリズムを打っていた。それだけなら普通の病院とさして変わらないから、俺もこんなに驚いたりしなかったが。


 ――なぜ、彼女たちには両腕と両足がないのだろうか。


「ま、まさか」


 俺は思わずリュックを下ろして、カルテを取り出してページを捲った。生まれつき四肢を欠損しているか、病気や怪我によって失ったか。たった一行でも、そういう記録があればとなぜか願ってしまった。

 でもそんな記述はない。どこにも、なかった。


「この病室に居るのはね、全員一回は妊娠を経験している女の子なの。つまり、吸血鬼の遺伝子を一度は体内に受け入れているってこと。そういう子はもう、人間じゃない。だからわたしたちの手足が無いのは、暴れたり逃げたりしないようにするために切り落とされちゃったからなのよ」


 

 


 

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