六話 銀のナイフ

 昨日の話を聞いて、予想は出来ていた。ジェズアルドは意外そうに俺を見ると、なるほどと呟いて僅かに腰を浮かせてソファに座り直す。


「神父がベロベロに酔いながらも、べた褒めしていただけありますね」

「そ、そんなに酔ってたんですか? ジェズアルドさんは、お酒は強い方なんですか?」

「さあ、普通だと思いますけど」


 足を組んで、ジェズアルドが咳払いする。


「話を戻しましょう。そう、シスさんも教会で生み出されたダンピールです。最近よく聞く名前のダンピール……ヴィクトルという名前でしたか。彼と母親が同じであるため、二人は兄妹なんですよ」

「ヴィクトルとシスが?」

「元々ダンピールは生まれ難いため、人間としてはどうにかして量産したいのでしょう。人間というものは、何年経っても変わりませんね」


 確かに、ダンピールが多く生まれればそれだけ人間側が有利になる。クローゼ村のような田舎でまで戦力を掻き集めようとしているくらいなのだ、よほど切羽詰まっているようだ。


「ダンピールを人工的に生み出すということは、あまりに苦痛で非人道的な行為になります。ですから、実験に耐えられなくなった母親が施設から逃げ出すこともたまにあるようです。ライラというダンピールの母親も、おそらくは施設から逃げ出したのでしょう」

「なるほど……」


 人間を守護し、正義を振りかざす教会が道徳に反した実験を繰り返している。これは教会の信用を失わせる一打になりそうだ。

 ……それにしても、ジェズアルドは妙に詳しい。


「なんか、意外ですね。ジェズアルドさんって、世俗に疎そうというか、興味がなさそうな印象だったので」

「……そうですね。まあ、過去に色々ありまして。ダンピールに関する施設は、見つけたら片っ端から潰すように言われているんです」

「言われているって……誰にですか?」

「え?」


 はた、と止まるジェズアルド。眼鏡の奥の目が泳いでいる。

 俺は昨夜の神父様との話を思い出すと、あえて茶化すように笑ってみた。


「あ、そういえば神父様から教わったんですけど、吸血鬼は休眠状態になる前に別の吸血鬼と協力することがあるそうですね。ジェズアルドさんにも、そういうお相手が居るんですか?」

「え……ええ、そうですね」


 凄い動揺している。あまり触れない方がいいのだろうか。とりあえず、一旦この件は置いておこう。


「なるほど、思いがけない情報ですね。ありがとうございます。あの、もう一つ質問……というか、相談があるんですけど」

「何ですか?」

「俺には、戦う為の武器がないんです。田舎育ちなので、身体も特に鍛えてないですし。どうすればいいと思いますか?」


 これは、神父様には相談出来ない悩みだった。俺は無理矢理神父様の隷属になったのだ。

 自らの弱みを相談する気には、どうしてもなれない。


「戦い、ですか……不得手なら、無理しなくてもいいのでは? きみが戦えなくとも、あの神父なら一人でどうにでもなりますよ」

「でも、ずっと神父様が護ってくれる状況だとは限りませんし。せめて、最低限でも自衛出来ればと思うんです」


 出来るだけ冷静に話すが、本当の目的はそれだけじゃない。

 ヴィクトルとライラ、そして教会の主軸となっている者達をこの手で殺したい。あえて口に出したりはしないが、この野望は絶対に果たしたい。


「……まあ、それくらいの手助けはしましょうか。この屋敷では武器をいくつか保管しているので、あなたでも扱えるものがあるかもしれません」


 ついてきてください。そう言って立ち上がるジェズアルドについて行く。書斎を出た彼が向かったのは、鍵がかかっている部屋の隣にある物置だった。

 昨日はあまりよく見なかったが、中に入ると確かに武器が置いてある一角があった。拳銃やナイフなどは見ればわかるが、知識がない俺では使い方がよくわからないものも多い。

 ……この部屋には鍵が無かったようだが、いいのだろうか。


「あの、なんか色々ありますけど……全部ジェズアルドさんのもの何ですか?」

「確かに管理はしていますが、僕のものではありません。僕には必要ないものですし」


 そう言いながら、ジェズアルドが銃に積もった埃を手で払う。管理しているというが、そこまで大事にしているようにも見えない。


「ここにある武器のほとんどは、形見みたいなものですね」

「え、形見ですか!?」

「ええ。とても古いものなので、銃などはもうほとんど壊れていて使えません。そもそもきみは銃の扱いに慣れていないようなので、選ばない方が賢明だと思いますが」

「いや、待ってください。そもそも形見だなんて、そんな大事なもの受け取れませんよ」


 俺は思わず後退る。相談を持ちかけたのはこちらだが、流石に形見を受け取るわけにはいかない。

 だが、ジェズアルドは不思議そうに首を傾げるだけ。


「大事……?」

「え、だって形見っていうくらいなんですから、大事なものなんでしょう? 亡くなってしまった人との、大切な思い出の品とか」

「いえ、別に。持ち主のことなんて、ほとんど覚えてないですし。これだけあるので、一つくらい持って行って貰っても構いませんし、武器は飾っていても意味がありません」


 そう言いながら、箱の中をゴソゴソと漁り始めるジェズアルド。

 ううむ、これも吸血鬼ならではの価値観なのだろうか。感覚の違いに狼狽えている内に、やがてジェズアルドが一本のナイフを手にしていた。


「ああ、これくらいが丁度良さそうですね。銀の成分も入っているので、吸血鬼相手でも使えます」


 どうぞ、と渡されたナイフを受け取る。古びてはいるが、傷みは少ない。刃を研ぎ直さなければならないが、ジェズアルドが言うように十分使えるだろう。

 しかし、ヴィクトル相手にナイフ一本では心許なく感じてしまう。それがジェズアルドにも伝わってしまったようだ。


「……不満ですか?」

「え、いえ! そういうわけではないんですけど、やっぱり銃も練習しておいた方がいいのかなって思って」

「銃は扱えれば強力な武器ですが、その分準備や手入れが面倒なんですよ。弾丸が無くなれば、銃はただの鉄の塊ですし」


 その点、ジェズアルドの手が俺の首を撫でる。ざわり、と肌が粟立った。


「ナイフはあなたが思っている以上に万能です。人間は首や胴体、太腿などに大きな血管があり、そこを切り裂けば相手は出血多量で死にます。滅多刺しにしなくても死にます。殺せなくとも、ナイフ一本で無力化させることは容易です」

「は、はあ」

「それに、リンゴも剥けますしね」

「リンゴ?」

「刃物は便利でいいですよ。銃や魔法よりも単純でラクです。ふふ……」


 今のは、笑った……のだろうか。表情はほとんど変わらなかったが……見なかったことにしよう。


「えっと、本当に頂いていいんですか?」

「ええ、どうぞ。ついでにナイフでの戦い方も教えてあげましょう」

「あ、ありがとうございます」


 こうしてこの日はジェズアルドにナイフの扱い方を教わったり、色々な話をしたりして過ごすことになった。

 神父様の授業は昼食を挟んで夕方まで続き、シスが疲れきった表情でリビングから出てきたのは日が暮れた頃だった。

 

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