五話 思考整理と情報収集
「だから、吸血鬼達も対策してるんだ。例えば、死体のフリをして自分を棺桶に入れて地中に埋められるとか」
「吸血鬼と棺桶のイメージって、そこからきてるんですか?」
「そうかもね。でも、運悪く墓荒らしにあって起きた時には全裸だったっていう吸血鬼も居たみたいだよ? 間抜けだよね、あはは」
「あははって……地域によっては、墓地の管理は神父が行うところもあるそうですが、神父様って意外とそういうところは適当ですよね」
「魂は神の元に、肉体は大地へと還るもの。お墓なんて建てて定期的に故人を偲ぶなんて無意味だろう? でも、死体ってそのままにしてても土に還るまで結構な時間かかるんだよねぇ。昔、監理を任された教会がそういう場所だったから、道端に落ちてた爆弾で地面に空けた穴に適当に放り投げてたら大変なことになっちゃってさぁ。臭いとか――」
「神父様、早急に話を戻しましょう」
なんか凄いことを暴露しようとした神父様を止める。地面に爆弾で穴を開けるとか、そもそも道端に爆弾が落ちてる国という時点でツッコミどころが満載だが、それはまたの機会に聞くとしよう。
……いや、このまま忘れた方がいいか。
「おっと、そうだね。まあ対策の仕方は色々だけど、定番なのは協力者を作る方法かな。まさに串刺し公と血の伯爵夫人がそうだからね」
「やはり、両者は協力関係にあるんですね?」
俺が知っている限り、両者が同時期に活動していた記録は少ない。
そうだよ、と神父様が頷く。
「串刺し公が休眠に入る時は、血の伯爵夫人が彼を保護する。逆もまた然り。どういう取り引きでそうなっているかはわからないけど、敵が多い二人が今でも頂点に立つ理由の一つさ。彼らは兵隊や部下達も共有しているからね。人間はもちろん、並の吸血鬼でも歯が立たないよ」
わざとらしく、神父様が溜め息を吐く。クローゼ村であっさり引き下がったのも、夫人がそれだけ盤石な体制を敷いているからか。
しかし、おそらく神父様はわかっているだろう。俺達の目的を完遂するには、夫人の存在が障害になってしまうことに。
「さて、そろそろ本格的に眠たくなってきた。レクスくんも寝なよ。起きたばかりで寝られないかもしれないけど、横になっているだけでも違うからさ」
「……はい、わかりました」
ふわふわと欠伸をすると、神父様が自分のベッドに潜った。俺も言われた通りに横になる。
「吸血鬼って、こういう人里が近い土地に居を構えることって普通はあんまりしないんだよ。どうしてか、わかるかい?」
思い出した、と言わんばかりに神父様がベッドの中から言った。オレは少し考えるも、答えは見つからなかった。
「いえ、わかりません」
「私のように擬態が出来ても、何年も姿が変わらないのは不自然だろう?」
「なるほど」
「ジェズアルドはどうしてこんな場所に居るんだろうねぇ。ダンピールの女の子を匿っているから、と考えるのが普通だろうけど……ふふ、長く生きてる人の考えなんてわからないね」
おやすみ、と神父様が目を閉じる。俺も彼にならって目を閉じた。
夜は静かにふけていき、結局朝まで目を覚ますことはなかった。
※
翌日、俺は朝から書斎に籠もっていた。古い机の前に座り、シスに譲って貰った未使用のノートとペンを眺める。
勉強が得意なせいか、何かを考える時はいつもこうして机に向かってノートに纏めるのが日課なのだ。俺は早速ペンをとると、白紙のページを開く。
ちなみに神父様はシスが「神さまのお話を聞きたいです!」などと言ってしまったものだから、リビングで張り切って授業を行っている。
ジェズアルドは朝から見ていないが、この部屋の使用についてはシスに許可を貰っていた。
「まずは目標の設定だな。教会へ復讐する為には、どうすればいいかな」
思いついたことを片っ端から書き出してみる。前にも考えたが、ただ手当たり次第に施設や建物を襲撃するのでは駄目だ。神父様ならそれくらい可能だろうが、それでは吸血鬼が悪である印象を強めるばかりで、むしろ教会の支持が強まってしまうかもしれない。
だから、教会の闇を暴きつつ骨子を狙って破壊する。それが出来れば、教会を再起不能に出来るだろう。それで一気に人間が破滅に追いやられたとしても構いやしない。
俺はもう吸血鬼なのだ。人間がどうなろうが知ったことではない。
「教会の闇、つまり機密情報だけど……これは後で神父様に聞くとして。骨子はやっぱり、教会の重要人物だよな」
そうなると、思いつくのは教皇と彼に連なる面々。それから貴重なダンピールである、ヴィクトルとライラだが……ここまで考えて、ふと思う。
「ダンピールって……どうして生まれるんだ?」
ダンピールは吸血鬼を滅ぼす者、言わば吸血鬼にとって天敵だ。しかし発生条件として、ダンピールは吸血鬼と人間の混血でなければならない。
吸血鬼はどうして、わざわざ人間との間に子供を成すのだろうか。ダンピールが発生する確率は低いとはいえ、人間の血が混じれば混じるほど吸血鬼としての力は薄れていく。メリットはなさそうだ。
そういえば、俺はライラの母親の話を聞いたことがある。
「ライラの母親は確か、ライラを身ごもった状態でクローゼ村に来たって言ってたっけ。それも、荷物なんかほとんど持たずに」
ライラの母親……ミラという人だと聞いたことがある。彼女は単身で、持ち物は旅行鞄一つだけという状態で村に移り住んだのだとか。
まるで、何かから逃げてきたかのように。ミラがそんな状態だったから、面倒はみたものの彼女自身の生い立ちは村の人は知らなかった。結局ミラはライラを生んだ後、重い病を患い亡くなったのだとか。
これは、どういうことだ? 吸血鬼の男に監禁されていた、とか? 少々非人道的な思考に耽っていると、答えは意外な所から降ってきた。
「教会がダンピールを量産しようと研究しているんです。そのミラという女性は、研究施設でダンピールを身籠った後で逃げ出したのでしょう」
「ッ⁉」
声にならない悲鳴を上げて、俺は椅子から立ち上がって背後を振り向いた。
その拍子に勢い余って、椅子が大きな音を立てて倒れた。しかも、俺自身までバランスを崩してしまい。
「う、うわ!!」
「落ち着いてください。驚かせるつもりはなかったんです」
手袋を嵌めた手が、俺の腕を掴んだ。何とか転倒することだけは免れた。
俺がほっと息を吐いている間に、ジェズアルドが椅子を直して俺を座らせる。
「これでも何回かノックしたんですよ? でも、返事がなかったので部屋の中に入ったら、あなたがやけに集中して何かを書いているようだったので、つい手元を覗いてしまいました」
「あ、す……すみません」
「いいえ、こちらこそ失礼しました」
そう言ってジェズアルドが離れると、彼は彼で一人がけのソファに腰を下ろした。席を譲ろうとしたのだが、用があるのは机や本ではなく俺らしい。
「神父がシスさんに授業をしてくれているようですね。ありがとうございます。既にシスさんは相当後悔しているようでしたが」
「あ、あはは……俺は止めたんですけどね」
「たまにはこういうのもいいでしょう。しかし、僕の時間が空いてしまいました。代わりと言ってはなんですが、授業が終わるまでの間、きみに必要な情報を提供してあげましょう」
「え、いいんですか?」
思わず聞いてしまった。昨日の様子を見る限り、ジェズアルドはあまり俺達の目的には否定的だったようだが。
ジェズアルドが気まずそうに眼鏡を押し上げる。
「僕個人としては、シスさんが危険にあうような状況にならなければいいので。それに、教会が意図的にダンピールを作る行為は見過ごせません」
「それは、シス自身が教会の手によって生み出されたダンピールだから、ですか?」
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