二章

出会い

一話 戦況

 ヒーロー・ヴィクトルは女たらしである。


 失礼極まりないレッテルだが、オレはあえて好きなように言わせている。彼女を寝取っただの何だのと、身に覚えのない言いがかりをふっかけられることもあって面倒だが、その面倒よりもメリットの方が大きいからだ。なぜか。

 理由は二つ。一つ、女が好きなのは事実であるから。事実を否定するような真似はしない。


 そしてもう一つは、オレが頂点に立つ為の優秀な手駒を増やす為だ――



「ヴィクトル、聞いておるか?」

「ん? あー、聞いてる聞いてる。聞いてますよー」


 会議室に集まった白衣姿と軍服のお偉いさん達が、揃いも揃ってむさ苦しく顔を顰めている。考え事をしていて全く聞いていなかったが、先日それなりの大怪我を負ったお陰か、それ以上のお咎めは無かった。

 代わりに、正面の席に一番着飾った格好で腰掛ける枯れ木ジジイ……ヴァレンシア教皇がオレを真っ直ぐに見る。


「もう一度聞くぞ、ヴィクトル。お前とライラが遭遇したという吸血鬼は、本当に真祖で間違いないのだな?」

「ああ。紅い槍を持ってたからな。串刺し公は剣、弟殺しは大鎌。吸血鬼は魔法以外にも色々な武器を使うが、血色の武器を持つのは真祖だけ。それにコウモリ越しではあるが、血の伯爵夫人が新たな真祖だってはしゃいでたからな。そうだろ、ライラ」

「……ええ、そうね」


 隣に居るライラに目配せするも、つんと目を逸らされてしまった。首都に帰ってきてからずっと不機嫌そうにしている。

 吸血鬼キュリロスに敗北し、逃げ帰って来てから三日が経った。オレとライラは持ち前の回復力ですぐに前線への復帰が出来たが、残念ながらオルセンは助からなかった。

 そしてまだ調査中ではあるが、クローゼ村のほぼ全ての住民も死亡したとも聞いている。


「シノミヤ博士、吸血鬼キュリロスについての調査を報告したまえ」

「はい」


 顔をしかめるライラは放っておくことにしたのか、教皇がオレ達の向かいに陣取る科学者の一人を指名した。シノミヤ博士と呼ばれた女が、立ち上がり白衣の裾を軽く直した。

 スミレ・シノミヤ。オレより少し年上で、遥か遠い島国からプラティーナへ留学し、そのまま教会に入った秀才だ。でも、まだ若いせいか実力に不相応な雑用を押し付けられているらしい。

 エキゾチックな黒髪をお団子で纏め、常に白衣という格好だが切れ長の目元と泣き黒子がセクシーだと思う。結構タイプだ。


「ええっと……件の吸血鬼について調べたところ、アルジェント帝国滅亡時にキュリロスという名前の神父が実在していたことがわかりました。『アルジェントの地獄』という、一時期話題になった古代の遺跡をご存知でしょうか」

「アルジェントの地獄……数万人の死者が埋葬されていた地下墓地だったか。教会だった建物を中心に広がっていたと聞くが……まさか」

「はい、そのまさかです。地下墓地を作ったのがキュリロスであると、調査資料に記録がありました」


 淡々としたシノミヤ博士の報告に、教皇が口元を押さえた。いや、教皇だけではない。誰もが驚きに目を見開き、口を間抜けにあんぐりと開きっぱなしにしている。

 かつての大国、軍事帝国アルジェント跡地の地下に発見されたおぞましい地下墓地。丁寧、とはお世辞でも言えない乱雑さで埋葬されていた夥しい数の人骨は、様々な憶測や議論を集めていたが。

 まさか、こんなタイミングで真実が明るみに出るなんて思わなかった。


「詳しい素性は不明ですが、キュリロスは国家滅亡の混乱から救いを求める大勢の人間に対し、神の試練という名目で拷問し、殺害していたとのこと。全ては」


 ――愛しい神の為に。


 シノミヤ博士の声が、脳裏に刻まれた吸血鬼の姿と重なる。

 美しくも無慈悲な神父は、果たしてどれくらいの人間を手にかけたのか。今となっては調べようがないが、地下墓地の資料から察するに千や二千では済まないだろう。


「神父が、大量殺戮……狂っておるな」

「それいいじゃん。七体目の真祖の呼び名は、『狂信者』で決まりってことで。とっとと本題に入ろうぜ」


 オレは拍手をして、さっさと最初の議題を終わらせた。老人達は不満げに睨んできたが、静かに腰を下ろすシノミヤ博士を始めとした若手は異論無いらしい。まったく、ジジイどもはどうでもいいことにこだわるから厄介だ。

 そもそも呼び名など、他の真祖と被っていなければ何でもいいだろうに。なんでわざわざ人を集めて議論するのか、理解出来ない。


「本題じゃと?」

「キュリロス……狂信者は真祖とはいえ、単独で行動している個体だ。隷属や仲間を増やす前に始末すべきだ」


 直接やり合って思い知った。キュリロスは強い。槍だけでなく、魔法も扱えるという隙のない戦闘能力は言うまでもなく脅威そのものだ。知能も高い。


「遠征の後で疲れてたとか、場所とタイミングが悪かったとか色々言い訳はしてぇけど。オレとライラの二人が揃っていたにも関わらず、手も足も出せなかったんだ」


 戦う前にライラとイイコトしてました、っていうのは流石に言わなくていいだろう。


「手段を選んでいる場合じゃねぇ。科学と武力。下っ端から上層部まで巻き込んで、総力戦でかからねぇと、マジで潰されるぞ。特に科学者サマ達は、出し渋ってるものがあるだろ?」

「ヴィクトル様……出し渋るとは、一体何のことでしょう?」


 オレの言葉に、科学班のリーダーが目を泳がせる。名前は忘れたが、だらしなく腹が出たオッサン博士だ。


「あっれえ? この前の会議で博士たちが言ってたの、オレの記憶違いか? ダンピールの力を底上げするおクスリとか、人間でも魔法を使う為の装置とか、他にも倫理を無視した秘密兵器イケナイオモチャがあるんだろ。焦らしてねぇで、さっさと出せよ」

「い、いや……それは、その」

「ヴィクトルやめぬか。先日、敵陣営の統率者が串刺し公から血の伯爵夫人マダムに代わったと正式に通達があった」


 もごもごと言い淀むオッサン博士に代わって、教皇が口を挟んできた。皆が不安を隠せないまま、視線が教皇に注がれる。


「ここに居る皆ならば知っているだろうが、夫人は串刺し公とは異なり交渉の余地がある。人類の生命と文明を存続させる為に、彼女との協定を反故にするような真似は出来ぬ」

「つまり、自分達の命と金を護る為には、夫人の言いなりになるしかねぇってか?」


 オレの揶揄に、声を上げる者は一人も居ない。思わず舌打ちするが、隣のライラが睨んでくるだけだった。

 これが、教会が必死に隠している、人類が置かれている現状である。


「……串刺し公との戦いで、物資も人も大きく疲弊しておる。このまま戦争を続けたところで、人類の未来には繋がらん」

「だから? 夫人のご機嫌を損ねないよう、オレ達はパペットのように踊りましょうってか。はっはっは! それは楽しそうだなぁ!?」


 ぐっ、とお偉いさん達が奥歯を噛み締め軋ませる音が聞こえてくるようだった。

 クローゼ村で夫人がコウモリを通して言っていたように、彼女が望んでいるのは戦争ではなく暇潰しの娯楽だ。彼女の機嫌をとっていれば、オレ達は最小限の損害で次の串刺し公との戦争に備えることが出来る。

 だが、一度ひとたび夫人の怒りを買えば、人類は吸血鬼に敗北する。それくらいの差が、両者にはあるのだ。

 教会は徹底的に人間の有利を謳い、優勢だと誤魔化しているが。実際はそうではない。オレ達はいつ皆殺しにされてもおかしくない。

 戦況は拮抗しているのではなく、敵に手を抜いて貰っているに過ぎない。


「……『ダンピール強化剤』なら、使えるかもしれません。もう少しだけ、調整が必要ですが」

「シノミヤ博士!?」

 

 


 

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