怪木

ミュウ@ミウ

怪木

 中学の頃。とある噂が流れた。

 神社に不思議な木があるらしい。その名も怪木。これは、クラスの女子が噂をしていただけの都市伝説のような話なのだ、何でもそこに行けば会いたい人に会えるとか何とか。その木の特徴は、春は桜。夏は椿。秋は紅葉。冬はモミ。と、姿形を変えて同じ場所に存在しているのだという。

 良太はクラスの女子どもがあまりに大声でその話をしだしたので、すぐに教室を出てしまった。だから、それ以上の情報はない。

 ×××

 その日の朝のことだ。良太が高校の教室に着くとくと、クラスに重たい空気が流れていた。いつも大声で話をしている女子の声が心なしか小さい。

 やがて、一人の女子生徒が「甲斐が交通事故に遭って……」涙を流しているのを目撃した。

 甲斐とは小学生時代から良太が密かに思いを寄せている少女の名前だ。

 小学時代は仲が良く、よく一緒に遊んだ。他愛のない会話で一緒に笑ったことも数え切れないほど。彼女が笑うたびに良太は嬉しくなった。

 勉強だって教えてもらったり、教えたり。

 ただ、中学に上がると、クラスが別になったせいか自然と疎遠になった。

 そして、奇跡的に高校が、ましてもクラス一緒だと知ったとき、良太はとても嬉しくなった。

 一度疎遠になったせいか、クラスメイトとしての必要最低限の会話しただけで一年経ってしまった。

 このままではまずいと思い、良太は今日の昼。新しい気持ちを持って、幼き日々のような会話をチャレンジする予定だったのだが、それすら叶わぬ夢となったようだ。

 ふと、良太の脳内に中学時代の噂が蘇る。

 クラスにお通夜のような空気が流れた放課後、いつもなら真っ先に帰宅するのを止めて、それを探すことにした。

 幸い、狭い地域なので神社の数は少なく、学校を出て十分。それはすぐに見つかった。

 錆びれた神社の境内にポツンと立っている桜の樹。薄ピンクの花びらが満開で、見ごろだ。立札には「怪木」とか書かれている。

「見つけた」

 その木向かって両手を合わせた。目を瞑る。

 すると、後ろに人の気配を感じた。

「こんにちは。良太君」

 透明感のある声。懐かし音色に似ていた。

「こ、こんにちは」

 慌てて後ろを振り返り、会釈をする。

「こんにちは」

 顔を上げると、童顔のせいで幼く見えるが、同じクラスの女子生徒が立っていた。その証拠に黒のブレザーに黒と灰色のチェック柄のスカート。白い太ももを隠す黒いストッキングに黒の革靴を履いている。

 肩まであるセミロングが風に揺れていた。

 少女は良太の視線に気づくと、悪戯っぽく笑み浮かべた。

 甲斐の目頭が熱くなる。

「また会えるとは思いませんでした。甲斐さん」

 緊張のあまりか、思わず声が裏返ってしまう。

「さん付けは止めてください。一応、同じクラスなんですから」

「でも……」

「「でも」も「しかし」もなしです。わかりました?」

 甲斐は両手を腰に当てて、頬を膨らませる。お冠のようだ。

「はい」と、良太は仕方なく返事をした。

「敬語もです」

「はい……」

 言われっぱなしでは流石に終われない。

「それなら。甲斐さ……」 

 と、言おうとしたが、鋭い眼光で睨まれたので「甲斐も敬語はやめないと……」と言い換える。

「私は……。その……。まだ、恥ずかしいので」

 そういうと、甲斐は頬を赤らめてそっぽを向いた。

 理不尽だと思ったが、あまりに可愛らしい反応に良太の頬も赤くなる。

「俺だってそうですよ」

「ごめんなさい。自分勝手で」

「甲斐さ……。甲斐は悪くないですよ。緊張しているのはお互い様ですから」

 結局のところ敬語になった。

「そう……ですよね」

 二人の気まずい空気が神社に流れる。

 間を置くことに、良太の脳が熱くなる。

 そのおかげか、良太は開き直ることができた。

「今日は、どうしてここに?」

「え~と。それは……」

 大方の予想がついていながら、良太はわざとらしく質問する。

「笑いません?」

「笑いませんよ」

「噂を聞いて」

「噂ですか」

 学校で良太が聞いた噂とおなじものだろう。良太は知らないふりをして彼女の言葉に耳を傾けた。

「はい。噂です―――」

 その内容は、良太が聞いた内容とは少し違っていた。

「とある神社に不思議な木があるらしい。その名も怪木。何でもそこに行けば死人に会えることができる。その木の特徴は、春は桜。夏は椿。秋は紅葉。冬はモミ。と、姿形を変えて同じ場所に存在している。

 ただし、その願いが叶った場合。願った人のところには叶えられた人が来て、願った人と入れ替わらなければならない。

 このお願いは、死んだ人間が一度だけ利用することができる。ただし、願った人間は利用できない」

 その話を聞いた途端、良太の背筋は冷や汗をかいた。同時に動悸が早くなり、体震えた。

「え~と」

「だからありがとうございます。良太君」 

 良太の意識が遠くなる。甲斐の不敵な笑みだけが脳裏に焼き付き、良太は倒れこんだ。

 甲斐は両手を天に伸ばし、怪木に一礼して境内を出た。

 境内には良太は居ない。赤い桜が凛と咲いていた。

 この噂に続きがある。入れ替わった人間は不特定多数の人の前でその噂を話さなければ、入れ替わった人もろとも誰の記憶に残らず永遠に消える。

 こうして、怪木は成長する。

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