それは、俺にしか出来ない事

俺は監視員で良かったと思っている。

部隊として出撃するって事は、「人外」を捕らえたり・・・最悪この手で殺さなければいけないからだ・・・。

そんなの嫌に決まってる。

・・・勿論、他に嫌と思う「人間」がいるとは思わないが・・・。

だからこうやって、彼女達と話をする事ができる監視員で本当に良かったと思っている。


「調子、普通。」


俺に声を掛けてきたこの子はミーユ。

少しばかりボーっとしている事が多くて、話し方もたどたどしい。

額に小さな角が生えていて、時折両サイドで纏めたツインテールを揺らしている。

背が俺の半分にも満たないくらい小さく、髪型も相まってか、どこからどう見ても子供にしか見えない。

・・・ただ、「人外」は長寿だと聞く。

きっとこの子はこう見えて、俺よりも年上なんだろう・・・。


「こんな狭くて陰湿な所に押し込められて、調子もどうもあるか!!」


怒鳴り散らしてきたポニーテールの彼女はクシィ。

話し方から分かる通り、かなり勝気勝りな性格で、他の監視員や研究者も手を焼いている・・・。

口を開けば乱暴な言葉ばかり吐いている。

三人の中だと姉貴的な感じだろうか。

よく見ると、肘からは棘の様なものが生えている。


「もうクシィ!そんな大声出さないでよ!」


クシィの真横に居る彼女はフィア。

喜怒哀楽の表現が分かりやすく、今も頬を膨らませて隣のクシィに怒っている最中。

前髪を結んでいる・・・ポンパドールって言うらしい、フィアに教えてもらった。

肩から翼・・・と言うにはあまりにも小さな羽の様なものが生えている。

以前聞いてみたら、飛ぶ事は出来ないらしい。


「ご、ごめんクシィ。そんなつもりで聞いたわけじゃなかったんだ。」

「ふん!・・・まぁ、別にいいけどさ。」


そっぽを向きながらも許してくれるクシィ。

数か月前、この基地の回りを不用意にもうろついていた三人は、基地内にいた部隊員に捕らえられて、こうやって鉄格子の向こうに監禁された。

何故あんな所に居たのか、聞いてみたが、答えてはくれなかった。


「誓、お腹空いた。」

「分かった、食事を持ってくるよ。」


踵を返し、食事の用意をするために部屋を出て行こうとする俺を、クシィが呼び止めた。


「・・・なぁ、なんで「人間」のお前が、「人外」の私達にそんなに優しくしてくれるんだ?「人間」からしたら、「人外」の私達は害なんだろ?」

「・・・私もそれは聞いてみたいと思っていました。誓さん、どうしてですか?」


クシィに続いてフィアも同様にそう聞いてきた。

ミーユもそれを黙って聞いている。

俺は振り返らずに、昔あった事も話した。


「五年くらい前かな?「人外」に助けられたんだ。・・・周りからは害だって教えられてきて、初めて会った「人外」の彼女はとても優しくて、俺は「人外」は害なんかじゃないってハッキリ分かったんだよ。・・・それっきり、彼女とは会う事は無かったけど、今も俺の「人外」に対する気持ちは変わってない。・・・「人外」は、「人間」の害なんかじゃない。」

「「「・・・・・・」」」


俺の話を黙って聞いている三人がそういう表情をしているのかなんて分からない。


「・・・じゃ、じゃあ、食事持ってくるね!」


話し終えて、少し恥ずかしい気持ちが込み上げてきた俺は、速足にその場を後にした・・・。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


基地内は広い。

ここに配属された時に、必死に場所を覚えていた時の事を今でも思い出す。

この基地内から外に出る事なんて滅多にない。

ましてや、監視員である俺なんかは特に・・・。

長い通路の曲がり角に差し掛かった時、前から歩いてきた研究員に声を掛けられた。

どうやら、「人外」の繁栄について知りたいらしい。

「人外」は、女性の個体しか存在しておらず、どうやって子孫を残してきたのか今でも分かっていない。

「人外」を害だと嫌う「人間」が、「人外」について知っている事なんて数えられるほどしか無いのだ。

それ故に、「人外」と平気で話のできる俺にこの話を持ち掛けてきたのだろう。

あの三人がここに来てから、まともに話をしたり、食事を持って行ったりするのは俺しかいないからだ。

俺からあの三人に話を聞いて欲しいということか・・・。

詳しい詳細の書かれた資料を押し付けて、その研究員は俺の横を通り過ぎて行った・・・。


「・・・はぁ。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うめぇ~!!「人間」は嫌いだけど、食いもんだけは美味いんだよな~!」

「ちょっとクシィ!食べながら喋らないでよ、行儀悪いよ!」


ガツガツと食事を頬張るクシィに、それを注意するフィア。

少し離れた所で、モキュモキュという効果音でも聞こえてきそうな感じで、ミーユが食事をしていた。


「・・・・・・。」


食事をする三人を見ながら、俺は考えていた。

ここから三人を逃してやりたい・・・。

自由にしてあげたい・・・。

「人間」なんかのいい様にしてやりたくない・・・。

三人が楽しそうに、嬉しそうにしているのを目にする度にそう考える。

・・・けれど、現実はそう簡単には行かない。

どうやって逃がすのかも、どう理由付けるのかも・・・誰がどう責任を取るのかも考えていないんだから・・・。

思うだけではどうしようもできない・・・あの頃から俺は無力のままだ。


「誓、どうかした?」


ボーっとしていた俺にミーユが声を掛けてくる。

俺は鉄格子に近づいて、手を伸ばすと、ミーユの口元に付いたご飯粒を指ですくってパクリと食べた。


「何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけ・・・って、どうしたの?」


見ると、ミーユは両手で顔を隠していた。

隠れ切れていない部分が、赤みを帯びている様に見えた。

どうしたものかとクシィとフィアを見れば、二人も顔を赤くさせていた。


「えっ・・・と、どうしたの?」


訳が分からずにそう聞いた俺に、クシィが怒鳴り散らしてきた。


「ばば、ばかかお前!?今、いい今、何やって・・・!?」

「えっ?ミーユの口元にご飯粒が付いていたから・・・・・・あっ。」


自分で言って気が付いた。

確かに、そりゃ赤くもなるし、顔を隠したくもなる・・・。


「ごご、ごめんミーユ!ついその、わざとじゃ無いんだ!本当に!」


必死に弁解しようとミーユに謝る。

ミーユの見た目でついあんな事をしてしまった。

ミーユは俺よりも年上かもしれないという事を、未だに忘れてしまう・・・。


「別に良い、誓だったら。」


そう言って、俺に背を向けて食事をとるミーユ。

許してはくれたみたいだが、顔をこっちには向けてくれない。

クシィとフィアを見るが、やれやれと言った感じで顔を横に振る。

・・・結局、俺が出て行くまで、ミーユが俺に顔を向けてくれることは無かった・・・。


「そう言えば、頼まれた事も聞くの忘れた・・・・・・まぁ、次でも良いか。」

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