第5話 騙してしまってすみません!?

「はぁ、災難だ・・・・・・」

 修練上の裏にある休憩場にて、レイは一人ベンチに座り、ため息をついていた。

 ただ魔力が使えないというだけなのに、【賢者】の孫だということでおかしな期待を押し付けられ、挙句の果て、あんなに優しかったセレーナからもねたまれているような気がする。

 【賢者】グリモール・アスタルテは確かに世界最強の魔術師ではあるが、レイにとってはこんな自分を大切に扱ってくれるただ一人の肉親であり、祖父なのだ。

 幼いころ両親を亡くしたレイは祖父の手によって育てられ、今この場にいる。親バカというのかなんというのか、心配性で今回の件だって裏で手を回されているのは確実だった。本人はレイが魔術を使えないこと自体を隠す必要はないというのだが、レイにとってそれはアスタルテ家の家格に泥を塗る行為のような気がしてなんだか後ろめたかった。

 亡くなった両親や祖父の思いが詰まった、今やたった二人きりとなってしまったアスタルテ家の血筋だが、レイには一つ、記憶にはほとんど残っていないものの、亡き両親が残してくれた『モノ』があった。

 と、そんなナイーブなことを考えていたところ、

「まさか僕が魔力を使えないなんてばれたら大ごとだなぁ・・・・・・」

 なんて呟きがつい漏れてしまう。

 普通ならそんな呟きは風で揺れる木の葉の音にかき消されるか、たとえ聞かれたとしてもそんなことあるはずがないと、一笑に付されてしまうようなことだったのだろうが、何の因果か果たしてそれが運命だったのか――。

「あなた、いまなんて――?」

 この半日で聞きなれてしまった、しかしそれでもなお美しく鼓膜をふるわせる声がレイの耳に入った。

「あ――セレーナ」

 レイの言葉が耳に入ったというのか、けげんな顔でこちらを見ているセレーナにレイはしまった、と思った。

 一番聞かれてはいけない人間に聞かれてしまった、と。

「そう、ですか。魔力が使えない? ふふ、でもあなたには《ゼロ》がありますもんね・・・・・・」

 暗い顔でそんなことを言いだしたセレーナにレイは混乱する。

(? これは一体)

「私はあなたのような人間が嫌いです。才能だけで生きてきて、自分より弱い人間を見下しているような、そんな態度が!」

 火山が何の前触れもなく噴火するように、セレーナは声を荒げてそう言った。

「!? え、それはどういう」

 セレーナの反応が自分が思っていたものと違ったのを受けて思わずレイは聞き返してしまったが、すぐにここはだまってこの場を離れるのが正解だったと思い返す。

「馬鹿に――していたのでしょう? そうに決まっています。【賢者】の孫ともあろう人間があんな暴漢二人を倒せないはずがないんですから・・・・・・。私が出しゃばって割り込んできたのを心の中では笑っていたんでしょう!」

 どうやら、セレーナはレイの魔力が使えないという発言を『でも、僕には《ゼロ》がある』という意味で受け取ってしまったようだ。

 セレーナはかつかつと音を立ててレイのもとまで寄ってくると、シャツの胸ぐらをつかみ、レイの首を締めあげた。

 よほど興奮しているのか、先ほどとは比較にならないほどの熱気が吹き抜け、パチパチと火の粉が飛ぶ。

「私はそれこそ血のにじむような努力をしてここまでの能力を得ました。だから、あなたのように才能の上に胡坐をかく人間が嫌いです」

「ぅ、僕は、ただ魔力が使えないだけ――」

「戯言を!」

 セレーナが叫ぶと同時、うっすらと炎が巻き起こり、空間中で魔力を媒介するといわれる精霊が徐々にだが可視化しだす。

(あ――息、が・・・・・・)

「そこまでだ、セレーナ嬢」

 一陣の涼風が吹き抜け、炎を打ち消す。

 現れたのはクロイスだった。

「貴様は入学早々、傷害事件を起こすつもりか?」

 クロイスは二人の間に割って入り、セレーナの腕からレイを開放する。

「邪魔を――!」

 しばし、二人の間に拮抗した魔力にって生じる蜃気楼のようなものが見えたが、先に折れたのはセレーナのほうだった。

「あなたには、私の気持ちなど一生わからないでしょうね」

 そう吐き捨てるとセレーナは二人を置いて立ち去ってしまった。

「やはり逆鱗に触れてしまったようだな」

「・・・・・・逆鱗、ですか?」

「ああ。セレーナ嬢はもともと後継ぎができなかったフレイア家の養子だ。だから、今の魔術特性や魔力量は完全に努力によって成り立っているものだ。貴様のような軟弱な男を見て機嫌を損ねるのも無理はなかろう」

 とはいえ、やりすぎだがな、とクロイスはレイの手を取って立たせた。

「だが、あそこまでされて反撃しないというのは逆に肝が据わっているな。それとも、何か理由でもあるのか?」

 それとなしにそう聞いてきたクロイスに、レイは意を決して事情を話すことにした。

「それは――」 

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