第4話 魔術が使えなくてすみません!?
「えぇと、今から君たちには、各々の魔術的特性を知るための検査・・・・・・というか試験を受けてもらいます」
昼休みが終わって午後。
春の日が窓から差し込む修練上では、担任のオリーブに集められた《Aクラス》の生徒たちがこれからの行程に関しての説明を受けていた。
「と言ってもやることは簡単だよ。ここに私が書いた魔法陣がある。その上で魔力を放出してくれるだけでいい」
オリーブはそういうと、自分の足元にあるチョークで書で描かれたと思しき魔方陣を足で指した。
魔法陣には緻密なルーン文字が書き連ねられており、同じものが修練上の中にいくつかあった。
「ふ、ちょうどいいですね。レイ君。あなたに我が誇りあるフレイア家の家格を見せてあげましょう」
「え・・・・・・。いや、それはいいんだけど」
レイの横にずいっと座り、そう宣言するセレーナからは魔力が漏れているのか熱気があふれており、周囲にうっすらと陽炎が漂っているほどだった。
「お、そこの二人はずいぶんと仲が良くなったみたいだね。と――関心ついでに魔力放出のお手本をみんなの前で頼めるかな?」
オリーブは「説明はちゃんと聞きなさい」という意味も込めてか、隣同士に座っていたセレーナとレイを自身のもとに呼び出した。
「それじゃあ、まずはセレーナ君。この陣に魔力を注いでみてください。そう、自然体でいいですよ」
「はい――」
まずはセレーナがオリーブに言われたとおりに魔法陣の上に立つ。
すぅ、とセレーナが一度深呼吸をした――瞬間だった。
ごう、と足元の魔方陣から爆炎が吹き上がり、思わず後ずさってしまうような熱風が周囲の生徒たちだけでなく、広い修練上のガラス窓までをもぎしぎしと震わせる。
この世における《奇跡》の集合ともいわれる《魔術》にはいまだ解明されていないことが多いが、多くの場合、各個人が持つ《魔力適正》はその血筋、家系に大きく影響される。
セレーナが属する《フレイア家》の属性は《炎》だった。
くすみ一つなく透明な炎の中でセレーナの赤髪が揺らめくさまはある種の完成された芸術作品さえ想起させる。
そしてその場にいた誰もがようやく一つの忘れてはいけない事実を思い出した。
これほどまでの圧力を持った炎でありながら、まだ、彼女は魔力を放出したに過ぎないのだということに。
この炎に何かしらの意思、指向性が与えられ、一つの術式として起動したとき、それがどれほどの威力を持つかは《Aクラス》の秀才たちでなくとも容易に想像できてしまうことだった。
「・・・・・・このくらいでいいですか?」
「はい。やはり見事ですねセレーナ君。君の測定は終わったのでもうでてもいいですよ」
オリーブの口ぶりから察するに、足元の例の魔方陣が対象の魔力を読み取り、半自動的に記録をしているようだ。その証拠に、オリーブ教諭が持つ分厚い本にすらすらとひとりでに文字が浮かび上がっている。
「君の属性はやはり《火》。そして魔術特性は――《イグニッション》とでています」
オリーブ教諭の言葉を聞いてセレーナは「以前にも測ったことがあったので」と涼しげに返した。
が、クラスのほかの生徒は大きく目を見開いている。
なぜか――それは彼女の持つ魔術特性の特異性にあった。
本来、魔術特性とは『火属性の術式に追加効果が発生』する《フレア》のように属性単位で付与されるボーナスポイントのような存在なのだ。
しかし、セレーナの持つ
魔術特性はそのほとんどが先天的なもので、『名付』を獲得できるものは世界でもほんの一握りしか存在しないとされている。
自然と、次に魔法陣の中に入ったレイにも皆の注目が集まった。
「あの、僕はその、やっぱりやめておこうかなー・・・・・・なんて」
及び腰になってなかなか陣に入ろうとしないレイの肩を見かねたセレーナがぐいとつかんで、無理やり陣の中に押し込める。
「あなたも男性なのですから、潔く魔力を見せなさい」
「いや、そういうことじゃなくて・・・・・・」
レイが魔法陣に入りたがらないのを見てオリーブ教諭は、はは、と笑った。
「この時期の君たちでセレーナ君と同レベルの魔力放出ができるのは世界でも五人とはいないと思うよ。だから、恥ずかしがらず測ってみよう」
クラスのみんなもレイがセレーナに対して引け目を感じていると思ったのだろう。レイに温かい応援をかける者さえあった。
レイのような小心者にとってはまさに地獄絵図。
(うぅ・・・・・・。まずい。このままじゃすごくまずい)
抵抗むなしく、レイは魔法陣の中に押し込められてしまう。
「この魔方陣は測定用なのでかなり微弱な魔力でも検出できます。レイ君、やってみてください」
「ぅ――」
レイはそれとなく魔力を込めるような『フリ』をするが、いつまでたっても何も起きない。
当然だ。前提条件としてレイはある事情から魔力が一切使えなかった。しかも、だからといってほかに何か特筆すべき技能を持っているわけでもない。一般人でも微弱ながら魔力を放出することはできるというのだから、それ以下ということになる。いくら事実として筆記試験が解けたからと言って《Aクラス》に入れるはずがないのだ。
視覚的変化はおろか、オリーブ教諭の持つ記録用紙にすら何の変化もないことにじれたのか、セレーナがレイをきっ、とねめつけた。
「あなた、この期に及んで何をふざけて――」
セレーナが言いかけたところでそれまで黙ってみていたクロイスが横から言葉をはさんだ。
「待て、セレーナ嬢。ここに準備されている魔法陣は空間中に漂う微弱な魔力にさえ下手をすれば反応してしまうような繊細な計測装置だ。そうだな?」
クロイスからの問いにオリーブ教諭がこくりとうなづく。
「そうですよ。せっかくなので君たちの魔術特性をしっかりと測りたいと思いましたので。しかし、これは――」
「ああ。ありえないんだ。そもそも魔力に対する指向性を持った人間がその上に立っているというのに陣が何の反応も示さないということが」
クロイスの言葉を聞き終わるのを待っていたかのように、記録用紙上に『測定不能』の意味をあらわす文字列が現れる。
何とも先の予想がつく不穏な空気の流れを察して、レイは冷や汗を垂らした。
(なんか、話がどんどん変な方向に向かっているような・・・・・・)
「つまりあなたたちは、彼が《ゼロ》に相当する、完全に別次元の魔術特性を保持していると、そう言いたいんですか?」
セレーナの発した言葉に、その場にいた全員がごくりと喉を鳴らした。
それは曰くこの世のことわりから外れた、魔術の奇跡さえ侵食する虚無なる力とも。
それは曰く、あまりに膨大な魔力量ゆえにいかなる装置においても測定のできない力とも噂される世界最強の能力。
そして、【賢者】の孫であるレイがその力を受け継いでいても、さして不思議はなかった。
何とも大ごとになってきたのを察して、レイの顔が引きつる。
「は、はは。そんな大したものじゃないです・・・・・・よ?」
そう、本当に大したことではないのだ。
ただ単純に魔力が使えないだけ。
しかし、そんな前例のない結論にたどり着く者はおらず、皆の好奇心に満ちた視線がレイに向けられる。
「どうなんですか、レイ君!」
ずいっと、体を寄せて詰問してくるセレーナの圧力に押し負け、レイはついにこう言うしかなかった。
「は、い。そそそそうなんですよ。僕の魔術特性は祖父と同じ《ゼロ》です。あ、でも、くれぐれもほかの人たちには言わないようにしてください・・・・・・」
祖父の名誉のためにも、まさか、世界最強の魔術師【賢者】の孫が誰でも扱える魔力を一切使用できないなどとは口が裂けても言えなかったのである。
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