第2話 首席押し付けてすみません!?
「えーと、僕のクラスは・・・・・・」
少年、レイ・アスタルテはごった返す新入生の人ごみの中、入学式前に確認した自教室へと足を進めていた。
ここは世界最高峰の高等魔術教育機関《マルノス魔術学院》。
新入生は入試結果により各々振り分けられたクラスへと向かうことになる。
クラスは全部で六段階あり、難解な入試で高得点を記録した天才たちが集う《Aクラス》から何とか滑り込むことができた――とはいっても世間からすれば十分に秀才である生徒たちが入る《Fクラス》までのどれかに割り振られる。
学校の規模からして新入生の総数は男女合わせて千数百人に及んでいるにもかかわらず、トップである《Aクラス》に入れるのはその上位15名。
あまりに狭すぎるその門ではあるが、そもそも一般の生徒であれば入れただけでも十分におつりがくる学校だ。高位のクラスを目指しているものなどほとんどいない。
レイも振り分けられるクラスを気にしていない『一般』生徒の一人だった。
貴族の豪邸もかくやという、豪奢な廊下を進むこと数分。
何度目かの曲がり角を曲がったところにレイの目指す教室があった。
「場所だけ確認してクラス見るの忘れてたからなぁ・・・・・・。まあ、多分きっと《Fクラス》でしょ」
なぜかひとりでにそう呟いてからレイは教室の扉を開いた。
「お、ようやく来たな、この遅刻ん坊が。ほれ、さっさと座れ」
教師だろうか、初めにそう声をかけてきたのは教室前方に置かれた教壇の上に立つ、くたびれた目測三十過ぎの男性だった。
「あ、すみません。僕の席は――」
レイはあえて周りを見ないように空いている席を探した。
普通であれば一クラス当たりの人数は各クラスをさらに細かく振り分けている場合でも約五十人。それだけ席数も多いのだから探すのも自然と大変になる、はずなのだが。
レイが座るべき空席はすぐに見つかった。理由は簡単だ。
そのクラスにはそもそも席が十五人分しか用意されていなかった。
教室左斜め後方窓際の席。
校舎の一階に位置する一年生フロアは中庭を吹き抜けてくるさわやかな風が大変気持ちよく、春の陽気に照らされた窓際の席は、文句なしの良席であることは確かであり、『一般』の生徒であるレイとしても学園生活の素晴らしい始まりに歓喜の声を上げたいのはやまやまなのだが・・・・・・。
重要な問題が一つ、残されていた。
レイが恐る恐る席に着いたのを確認すると、教壇に立っている先ほどの男性教諭が口を開いた。
「さてと、全員揃ったところでホームルームを始めようか。私の名前はオリーブ・カール。植物みたいな名前だねってよく言われるけど、その通り私の専攻は植物を介した生命術式だよ。これから持ち上がりで三年間君たち《Aクラス》の担任をすることになった。お手柔らかによろしく!」
見た目のくたびれた印象とは裏腹に、オリーブ教諭はにかっと人の好い笑みを浮かべ陽気にそう言い放った。
どうやら悪い人ではなさそうだ。
レイはまた一つある部分を聞かなかったことにした。
と、オリーブ教諭が話し終わるのに食い気味で、一人の女子生徒の凛とした声が室内に響き渡った。
「先生っ! これで全部なんて嘘です。彼が、入試首席の彼がまだ来ていないじゃないですか!」
明確な怒気を込めてそう言い放った女子生徒は、先ほど入学式で新入生代表挨拶を行っていたセレーナだった。
教室内を見回す過程でレイと目が合ったセレーナは「あっ・・・・・・」と顔を赤く染め、やってしまった、という風に座り込んでしまう。
「うん? セレーナ君。新入生代表挨拶をしたのはほかでもない君じゃないか」
オリーブ教諭からの当然の返答にセレーナは消えそうな声で「でも!」と漏らした。
「その、噂なんですけど聞いたんです。首席なのに・・・・・・。新入生代表挨拶の名誉を蹴って次席だった私に・・・・・・。私にこのような屈辱を」
先ほどレイを助けた時のような柔和な態度とは逆に、憤怒の意思を感じさせるセレーナの表情にレイは心臓をわしづかみにされたような気持だった。
先の新入生代表挨拶で知ったことだが、セレーナは魔術の名門――世界を統括する
そのような名門の令状が次席の泥をすすっただけではなく、あまつさえ首席の生徒から己が欲した名誉を押し付けられたというのだから、その心中は察するに難くない。
まさしく苦渋をなめさせられた気分だろう。
「私は、私は奴が許せません。名誉を重んじず、踏みにじる彼が――【賢者】の孫がっ!」
そう言って涙を流しだしたセレーナ。
そんな精神状態で先ほどレイを助けたというのだから、その高潔な誇りは本物と断言できる。
クラス全員が何とも言えないいたたまれないムードに包まれた・・・・・・はずだったのだが、そこには一人、例外がいた。
「フレイア嬢。わめくのはいいがそれでは何も変わらん。そろそろ気づいたらどうだ? 自分が何をすべきかということを」
そう言い放ったのは黒髪短髪の青年だった。
この年にして壮年の戦士のような風格と鋭い眼光を持つその青年はおもむろに立ち上がるとクラス全体を見回した。
「俺の名前はクロイス・ヴァン・シュタイン! 貴様らも知っているだろう、《セブンス》が一角【剣聖】のエグゼス・ヴァン・シュタインの息子だ。俺は自分の家格に誇りを持っている。そこのフレイア嬢も、貴様らも同じように誇りを持っていると思う」
高圧的で、しかし説得力のある調子でクロイスは続ける。
「己の道は自分で切り開け。苦い思いをさせられたのなら自らの修練の結果でもって見返せ! それが高潔たる俺たちのやり方ではないのか!」
クロイスからの言葉にクラス全員が「おおっ」と声を上げ、オリーブ教諭が促すよりも先に、自ら自己紹介と抱負を述べ始めた。
その光景はまさしく『革命』といった感じだった。
セレーナもいつの間にか落ち込んでいた気分を振り払っていたようで、
「私は【賢者】の孫を叩き潰します! この手で、ぬくぬくと育ってきたやつの鼻頭をへし折ってやりましょう!」
などと決意に満ちた抱負を宣言する。
「さ、次はあなたの番ですよ。レイ。私たちにあなたの誇りある抱負を聞かせてください」
同じクラスに振り分けられたことだけでも十分に運命的であるというのに、さらにそれに重ねて、セレーナはまたもレイの手を取る。
レイは一人座ったままでいたのだが、さすがにこの『十五人』のクラスでも浮いてしまっており、やむなく立ち上がると、宣言を終えた同級生からの視線が突き刺さる。
さて、ここで少し説明をつけたそう。
魔術機関の最高峰に君臨する七人の魔術師《セブンス》には様々な分野の魔術師が存在するが、その中でも特に名をはせている老獪がいる。
齢百歳とも、二百歳とも、はたまた自身の時間を止めているとさえ言われるその老人は【賢者】と呼ばれており、その名をグリモール・アスタルテと言った。
彼が魔術の天才であり、絶大な権能を持っていることは言うまでもないことだが、彼にはもう一つ特質されるべき事項があった。
【賢者】グリモールには孫がおり、その孫が今年、《マルノス魔術学院》に入学する予定である、と。
歴代類を見ないほど注目を集めた【賢者】の孫は、しかし一向に姿を現すことがなかった。
入学試験でも特質すべき事項は確認されておらず、新入生代表挨拶を行ったのはフレイア家の令嬢だった。
「僕は、ええと、レイ・アスタルテと言います。目標とかは、その、特にありません」
そんな自信なさげな自己紹介を、まあそんな内気な生徒もいるか、と流しかけた彼らだったが、ふと、一種の違和感が脳内をよぎる。
その違和感が最も強く表れたのは、一度は流してしまっていたセレーナだった。
「あ、アスタルテ・・・・・・!? レイ君、あなた今、アスタルテって言ったんですか?」
食い気味にそう聞いてきたセレーナに、レイはよっぽど首を横に振りたかったが、こうなってしまった以上は正直に言うしかない。
認めよう。
レイ・アスタルテは【賢者】の孫であり、割り当てられたのは新入生の頂点である《Aクラス》だ。
何の間違いか、おそらく孫バカの祖父が何やら手を回したのだろうが、レイはこの学園に入学し、このクラスに入ってしまった。
こくりとうなずいたレイを信じられないといったような表情でセレーナは固まったまま再度問う。
「なら、首席を取ったのは・・・・・・?」
「僕・・・・・・です」
そう、確かに裏で手を回されたりせずともレイはこの学園にダントツトップの『首席』で入学していた。
しかし、そうであっても彼がこのクラスに入れられるのは明らかにおかしかった。
そして、その異変はレイがごまかしたことともつながる。
レイは確かに首席を取った。
『筆記試験』においてのみだが――。
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