Re:port 10.5/ミキの、労い
あれから、かなりの年月が経った。
ナオくんは、
少しずつ、ネガティブな部分も改善されて。
仲間が減ったり増えたりしつつ、一喜一憂しつつも、なんだかんだ毎日、楽しそうで。
私の方はというと。
最初こそぎこちなかったけど、互いに謝罪と猛省、対話を済ませ、ハクも
けど、担当が担当なので、満場一致で、ライキング入りはしない方向で纏まって。
ハクがセーブしてくれるお
今ではすっかり毒舌、小生意気キャラとして定着しつつあって。
姉、母親の私としては、肩の荷が下りた気分だったりする。
そんなこんなで、ここに至り。
私の目の前には今、待ち焦がれた相手が。
ボロボロ、ヨボヨボになった、ナオくんが
心身共に傷だらけの彼を、少しでも癒せる、労える
「……お疲れ様。
ナオくんは……
欲目でも、ましてや建前でも
ナオくんは
昔からは、想像にも及ばない
原作も空気も読まない愉快犯による誹謗中傷、炎上の嵐。
反抗期に突入し多感になった
風評被害も
キャスト、スタッフの、相次ぐスキャンダル発覚と、それに伴っての打ち切り。
SNSをやってすらいないのに、彼を騙るアカウントやチャンネルの悪
彼に嫉妬した当時のクラスメートにより挙げられた、虐めの暴露と、それ絡みの大騒動。
そして、
最愛のパートナーとの、死別。
彼の人生で、断トツの不幸に見舞われた日。
後追いしようとする彼の自殺衝動を、どうにかハクが内側から押し留め。
同時に私も、彼の理性と
大切な人との絆を断ち切らせない
そうやって、
ナオくんは、それすらも乗り越え、立ち上がった。
夢さえ満足に見られず、私を始めとしたブレストにさえ会えない
拠り所を
そして
ミキちゃんや孫、友人、親戚。
ナオくんは、粛々と、外界を去った。
そうやって、
縛りも支配も使命も消えて。
ようやっと、記憶が引き継がれる形で、私と
過酷だった。
誇張でも冗談でも
特に、今日。
意識が薄れるに連れ、復活も敵わないまま、何十年も連れ添った仲間達が、今度こそ消え。
たった一人、私だけが置いて行かれた。
あの日の恐怖の再来となった、ナオくんの命日が。
苦しかった。
見ていられなかった。
喉も体も
「逆効果でしかないと、「理性も気力も損ない、彼の死を早めるだけだ」と分かっていても、彼に直接、会いたくなった。
そんな衝動に駆られても、必死に我慢した。
少しでも長く、多く、彼の
彼の命を、人生を、守ってみせたかった。
彼の
この体を、世界を、使命を、
けど、それすらもまだ温かったのだと思い知った。
彼の理性や気力、記憶を担当してこそいるものの。
私は、彼の心の全てを把握している
とどのつまり。
彼は、私や、私の想像などより
それこそ、死の痛みと恐怖から開放された今でさえ、一言も発せられないまま。
精神体となった今なら、見た目だって若かりし頃に戻せるのに、その調整すら
一歩も動けず、眼球すら移動せず、呼吸すら覚束ない。
それ程までに、今の彼は疲労困憊、茫然自失としていた。
きっと今、私に包まれている
当然だ。
彼の興味の先は、一つ。
いや……一人に、絞られているのだから。
「直希」
後ろで待ってくれていた彼女が、愛しき伴侶の名を、静かに呼ぶ。
それまで指一本、ピクリとさえしなかった彼の肉体。
にも
次いで、キャビアみたいに真っ黒だった両目に、徐々にハイ・ライトが灯り。
干からびていた体が、活力を取り戻して行き。
「あ……。
ああ……。
……あぁ……!!」
辿々しいながらも、若返ったナオくん。
焦点と視線の合った、愛する妻の元へ。
ナオくんは、一目散に走って行った。
ーー私の体を、すり抜けて。
……やっぱりか。
そういう
私は、ナオくんの心に巣食う精霊であり、間違っても人間ではない。
そして今の私は、ビフレストで外界に降り立った
今の私は言うなれば、ナオくんの魂に付着していた、
成仏寸前の霊体の
なんて、罰当たりな
もう、体が透けて来た。
まるで、ナオくんと別れた、あの日みたいだ。
別に、どこも不思議じゃない。
ナオくんは、『私を認識していなかった』んじゃない。
今の私こそが、『認識されない』状態にあっただけの
……
どこまでも、笑わせてくれる。
泣く気力すら
……神様。
最後の最後まで、私に一方通行を
あなたは、
「最後だけは」と。
「ナオくんが死んでからは」と。
「未来では、きっと」と。
そう信じていた私を、あなたは徹頭徹尾、嘲笑っていたんですね。
まさか、ナオくんが死んでからのが辛いだなんて、思いもしませんでした。
これ以上の地獄が、よもや天国で待ち構えていただなんて。
「ホンット……。
ダメダメだなぁ、私は。
さっすが……ナオくんに作られただけあるよね」
自嘲しながら、私は二人を見た。
結婚した当初の姿で、互いの健闘を称え、抱き合い、キスしている二人を。
……落ち込むな。
別に、悪い
これでナオくんは、誰にも苦しめらなくて済む。
誰にも酷い
もう、私が介入、介護する必要なんて、どこにも
私は、役目を終えた。
二人にとって、不必要な存在になった。
これは、祝福すべき門出。
ナオくんが立派に成長した、生き尽くした証左だ。
これから二人は昔、新しい友達と共に、幸せに暮らして行くのだろう。
まるで違う生活に苦労し、ゆっくりと慣れて行き、楽で快適な暮らしに
その過程で、私の
私の体が消えかかっているのは、その兆しなのだろう。
「
無駄な命だったなぁ……」
ちゃんと話せたのは3、4日だけ。
その間だって終日、密着だった
トータルしたら、1日にも満たない。
届かないのを承知で私が、一方的に、思ったり、愚痴ったり、叱咤激励したり、泣いたり、実況したり、煽ったりしただけ。
まるで、観戦でもしてるかの
自分の無力さ、無意味さ、無価値さに押し潰されそうになる。
心なしか、透明になるペースが上がった気がした。
そうだ。
もう誰も、私の
誰も、私なんて、覚えても、覚えててもくれない。
「ミキ」
背景と同化しつつあった私を、優しく抱き締め、包んでくれた。
振り返らずとも、取れる。
再会したばかりの頃は、こんな風になるだなんて、考えもしなかった。
私の妹で、娘。
「ハク……」
「そうだよ。
ミキの、バーカ。
ずっと呼んでるのに、気付かないでやんの。
どんだけ、パパにご執心なのさ。
正直、ちょっと妬いたぞ」
後ろを見れば、顔馴染みの
見渡す限りの料理を並べ、
まるで、手ぐすね引かれてる
……そっか。
私、無駄じゃなかった。
ちゃんと、意義が、居場所が。
ご褒美が、
私は、ナオくん達の方を見た。
想像力だけで作れるらしく、次々に料理やジュースにあり付いていた。
一様にして、満ち足りていて、
そして
「……そっか」
私は、保護者としての任を解かれた。
もう、ナオくんのお世話は要らない。
これからは、人間だけで、
そう思うと、自然と心が安らぎ、軽くなった。
思った通り。
私の、ナオくんに対する執着心は、あくまでも『母性』『プライド』『アイデンティティ』のみ。
そこに、特別な好意などは内包されていなかったのだ。
私は結局、やっぱり最後まで、ナオくんとは大して喋れなかった。
でも、彼は今、
残念ながら、その一員にはなれなかったけど。
これまでの道は決して、平坦でも
その団欒まで辿り着けた一因に、私が含まれていたのなら。
それだけで、私は本望だ。
胸に手を当て、深呼吸し、立ち上がり。
ハクと手を
「良かったね、ナオくん。
もう、寂しがったり、苦しんだりする暇さえ無いね。
これからも、
末永く、お幸せに」
今度という今度こそ、
でも、他の言葉が見付からないし、見付けたくない。
私達の関係を、寂しい、悲しいままにしておきたくない。
だから、
もしかしたらまた会えるかもしれない、その時を願って。
「……また、未来」
明るい言葉で締めて。
ハクと共に、私は仲間達の元へと、笑顔でダッシュした。
意識せずとも、振り返らずに。
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