Re:port 5/相良 未来は、寝たい

「俺と一緒に、寝たい」。

 数分前までは、そこに特別、年相応の含意なんてかった。

 文字通り、「俺と添い寝したい」とか、「寝るまでお喋りしたい」とか。

 その程度の、造作もい、可愛かわいらしい内容だっただろう。



 しかし、今は違う。

 ちゃんとした知識を、彼女は身に付けた。

 その上で、そういう意味で、俺に迫って来ているのだ。



「……ナオくんさ。

 昨日、私が言ったこと、覚えてる?

 相変わらず、事情は話せないけどさ。

 私には、もう、あまり時間がいの。

 こっちには、私の居場所が存在しない。

 本当ホントは、もっと沢山たくさん、ナオくんと一緒にたいけど。

 そうすることで、ナオくんに、ナオくんを好きになってもらいたいけど。

 世界が、それを許してくれない。

 私は本来、この世界に。

 ナオくんとちゃ、駄目ダメなんだと思う。

 ……多分」



 俺の両肩を抑え込み、伸し掛かりながら。

 神妙で意味深な面持ちで、そう明かす未来みき

 


 深くまで言及されずとも、読み取れた。

 今、彼女が俺を欲している理由は、そこにると。


 

「……だから、俺と一線越えたいと?

 自分は長くないからって?

 こんな短い、出来たての関係性で?

 まだそんなに、話してもいないのに?

 俺の気持ちだって、ろくに確かめずに?」

「私なら、平気。

 この体、ちょっと特殊だから。

 多分、赤ちゃんも出来できないし。

 ナオくんが喜んでくれれば、それだけでい。

 私と結ばれることで、ナオくんに、ほんわずかでも自信が生まれるなら、満足。

 君が、一抹でも君を好きになれる。

 そのためなら、私はなんだってするし、なんだって出来できる。

 勿論もちろん、ナオくんは、なにも悪くない。

 ただ、私に応えてくれるだけ。

 誰にも、お咎め無しで済む。

 それに、ほら。私、レイヤーだから。

 声も、見た目も、性格も、ナオくん仕様に瞬時に変えられるよ」



 そこまで行ったら、『レイヤー』違いな気がする。

 それでいて、齟齬が生じてる気がする。

 が、それは置いといて。



 一体、彼女はなにを抱えているのか。

 なにがそこまで、彼女を駆り立てるのか。

 それほどまでに重大、深刻、訳ありだというのか。

 そんな、モバゲ◯の初体験みたいななにかが。



 いや……多分、少し違う。

 未来みきは、ついさっきまで、メカニズムを知らなかった。

 俺と合体すること自体が目的なら、手段を把握していないのは本末転倒だ。



 とどのつまり。

 彼女の願いは、なおも変わらない。

 俺に、俺を好きになってしいのだ。

 自分の体、みさおさえ、犠牲にしてまで。



 ……我ながら、最低な発想ではあるが。

 正直、殺し文句だとは思う。



 際限く再現された、自分好みの異性に、ここまで求められ。

 責任も認知も要らない、と断言されて。

 趣味のみならず気分にまで合わせてくれる、と明言されて。

 ここまで、深く、強く、必要としてくれて、好きでいてくれて。

 


 こんな、都合のぎるシチュエーション。

 大抵の男なら、コロッと自堕落に完落ちするに違いない。



 惜しむらくは。

 その『大抵』の中に、俺は混ざれないことだ。



「……」



 無言で、彼女の手を離す。

 上体を起こし、彼女と見詰め合い、正面から告げる。



「……なんで?

 私……なにか、余計なこと、した?

 それとも……私じゃ、不満?」

「……違うよ、未来みき

 確かに、過程とかムードとか諸々、素っ飛ばしてるのは事実だけど。

 君には、なんの落ち度もい。

 悪いのは、俺だ。

 俺に、問題がるんだ」

「そんな……!

 違うよ!

 ナオくんに、問題なんてい!

 だって私、ナオくんのこと、大好きだもん!」

「そう。

 君は俺を、一方的に慕ってくれている。

 行き過ぎで、行きり。

 が、問題なんだ」



 俺の本性は、がらっぱちだし。

 こんなの、偽善、逃げ口上かもしれないけど。

 そもそも、『優しい』とか『純粋』とか、よく言われる割に、ちんぷんかんぷんだけど。



 それでも。

 俺は、未来みきの手を握り。

 少しでも穏やかに聞こえる様に努め、意識し。

 彼女に、告げた。



「君は、とても魅力的だ。

 趣味も気も合って、可愛かわいくって、楽しくって。

 あまつさえ、俺を好いてくれてる。

 それは、すごくありがたい。

 なんせ、歳も歳だし、今まで真面まともな経験もいし、俺も男だし。

 出来できことなら、俺だって。

 今ぐ、君とつながりたいよ。

 こんな千載一遇のチャンス、もういだろう。

 でもさ……それでも無理なんだよ、未来みき

 君の、俺に対する『好き』と。

 俺の、君に対する『好き』が、釣り合ってない。

 しかも今、君が俺と寝たいのは、『俺を好きだから』じゃない。

 ましてや、『君のリミットがるから』でもない。

 そうすることで、『俺に発破かけたいから』だ。

 そんなんさぁ……互いに、キツいだけだよ」



 未来みきの手を解放し、だらんと肩を下げ、続ける。



「俺さ……なんいんだよ。

 財力も、地位も、甲斐性も、度胸も、度量も、若さも、経験も、テクも、イケボも、キャラデザも。

 君に自慢出来できような、ひいでた部分なんて、なにい。

 君に気に入られる要素なんて、一つとして備えてないんだよ。

 今の俺の持ち合わせなんて精々せいぜい、劣等感くらい

 だから、君とはちぎれない。

 君を奪えるほど、君にすべてを捧げてもらえるほど

 俺は、大した男じゃない。

 そうじゃなくても、出来できないよ。

 豆腐メンタルだし、女々しいし、レトロな観念で、申し訳ないけどさ。

 盲信、猪突猛進されてるだけじゃ、君を抱けない。

 そういうのは、もっと互いを知り、好き合って、後ろめたさのい恋人になってからじゃないと。

 本当ホント……時代錯誤もはなはだしいけどさ。

 今この場で、流れと勢い任せで、君の体を傷付けるくらいなら。

 俺は望んで、君のプライドを傷付けるよ。

 たとえ、君に嫌われようとも」



 拒絶、軽蔑されても、い。

 それでも俺は、彼女を止めないといけない。

 彼女の恋人、想い人。

 そして何より、君生きみじょう 直希なおきという、一人の男として。



「そりゃ、『素敵な異性とねんごろになることで自尊心、自己肯定感が高まる』とか。

 そういう、オーソドックスな人種も、るけどさ。

 俺は、そこまでじゃない。

 そんなに傲慢、強欲じゃない。

 そこら中に咲いてる雑草みたいな。

 どこにでもる、しがない、しょーもないフリーターだ。

 路傍の石が、宝石みたいにキラキラした子と、交われる道理はい。

 まれにデートするくらいが、関の山だ。

 現に、形はどうあれ。

 今日の俺は、君とのデートで、満足しちまってる。

 い夢見させてもらったなって。

 逆に言えば……それ以上は、キャパ・オーバーなんだよ」



 この期に及んでって、自分でも思う。

 向こうは命懸けで臨んでいるのに、分からず屋が、って。

 


 でも。

 だからこそ、無下むげには出来できない。

 こんな形とスピードで、彼女を大切を、かなぐり捨てさせられない。

 


 俺の言葉に、嘘はい。

 正直、かなり惜しいけど。

 今この場で、彼女に切られても、構わない。

 それどころか、そっちのが喜ばしいまである。

 そしたら彼女は、俺なんかとは比較にならない理想的な相手を新しく選べるかもしれないんだから。



本当ホンット……。

 ナオくんは、ナオくんだね」



 そんな俺の思いが、伝わったのか。

 それまで無言だった未来みきが、沈黙を破り、開口する。



流石さすがの私も、お手上げ。

 ここまで懇願しても、微動だにしないなんて。

 呆れて物も言えないよ。

 掛け替えのい人が、ここまで懸け甲斐がいいだなんてさ。

 おかげで、私の心は、ボドボドだ。

 でも……惚れ直した」



 体を反転させ、そのまま俺の方へ倒れ。

 俗に言う、膝枕の状態となり。

 目を閉じながら、未来みきは語る。



うれしいよ。

 結構アレ寄りなのは、これでも自覚してるからさ。

 ナオくんが、そんな私のこと、ちゃんと見てくれてる、考えてくれてるなんてさ。

 でも……それはそれとして、不満だし、悔しいな。

 てんで説得力いかもだけど。

 これでも私、背水の陣で、君を求めたんだけどな」

「そういう所にも引くから殊更、気を削がれるんですけどねぇ」

「あはは。

 そっかぁ。

 だったら、しょうがないね」



 力く笑く未来みき

 方針転換するもりは皆無らしい。



「ナオくんも、強情だよねー。

 ここだけの話さ。

 あと一歩、もうひと押しって所まで、行けてたと思うんだよね。

 ナオくん、理性崩壊してるっぽかったしー」

「なっ……!

 なんで、分かるんだよっ!?」



 確かに、危うかったけど!!

 マジのマジで、限り限りギリギリだったけど!!

 未来みきの荒波に飲まれそうなまでに、崖っぷちだったけど!!

 正直、断った今だって、めっちゃ後悔してるけど!!



「え?

 あー、うん。

 ……顔?

 そういう顔してたよ、うん、確か、きっと、そうに違いない」

「いや、適当っ!

 超、即興!!

 取って付けた感、やっつけ感凄まじいぞ!?」

「だって、その通りだし。

 てか、分かるに決まってるよ。

 私、ナオくんの理性担当だし」

「は?

 何言ってるんだ? あんた」

「事実」

「違う、そうじゃない」

「まぁ、いじゃん。

 理由なんて、どうだって」

「あんた、そればっかだな!?

 話、そらしてばっかだな!?」

「えー?

 でも、こういうミステリアスな相手に、男は惹かれるんでしょ?

 ロマが、そう言ってたよ」

「だから、誰なんだよ、それっ!!

 初対面の時も、なんか触れてたけど!

 施設の仲間かっ!?」

「ふんだ。

 教えなーい。

 私を拒んだナオくんなんて、嫌いだもーん。

 最後の最後で加点されたからって、調子に乗らないでよね。

 一生、根に持ってやるんだから。

 私の言うこと、聞いてくれなかったの」



 分からん……。

 本当ほんとうに、ー分からん……。

 女性ってのはみんな、こうなのか……?

 それとも、未来みきが非常識なのか……?



「それより、ナオくん。

 私の一世一代のリクエストを、ことろうに、言うに事欠いて、素気すげ無く却下したナオくん。

 袖にされ、名誉も心も傷付けられ、それでもまだ期せずして、私に多少なりとも好かれたナオくん」

「含意なり悪意なりが迸ってるなぁ、怖いなぁ」

「自業自得でしょ?

 それくらいの報いは、甘んじて受けなよ。

 少しは反省なさい、ヘタレ」

「乗ったら乗ったで、機嫌損ねそうだし。

 最後まで致しても、それはそれで『解釈違い』とか、後出しで言いそうなくせに」

「ナオくんって、マイナス方面だけ、やたらと鋭いよね。

 話、戻すよ。

 私は今、怒っています。

 次の選択肢次第では、今度という今度は、君を破門するかもしれません」

「あんた、俺のナマカかお師匠さん?」

「その上で、えて乞います。

 私のお願いを、聞いてくれませんか?」

「内容によるな」

「少しは逡巡しなよ」

「したらしたで、文句言うくせいでででででっ!」



 ひ、膝ぁっ!!

 ひざつねって来やがった!

 涼しい顔して、なんて獰猛、凶暴なんだ!



「別に、難しいことじゃないよ。

 今夜は、私と一緒に寝て。

 同じ布団ふとんに包まれ、同じベットの上で、沢山たくさんお喋りして。

 どっちかが、寝落ちするまで。

 それくらいなら、別にいでしょ?」

「ここを、修学旅行先のホテルかなんかと勘違いしてね?」

「煮え切らないなぁ。

 でも、いや」



 起き上がり、片付けていた布団を被り、スタンバイ完了となる未来みき

 そのまま、肘枕でポンポンと叩き、俺を誘導する。

 

 

 そんな姿を見ながら、改めて痛感した。

 俺達は、互いの性別がバグってると。


 

 余談だが彼女は、すでに俺と同じ枕を用意していた。

 サイズも、色も、形も、なんならカバーまで丸っきり同一の枕を。

 ツッコむ気力も湧かないので、見なかったことにしよう。


 

「……んぅ……。

 ナオくんのぉ、化石ぃ……」



 しかも、寝てる。

 てか、マジで恨んでるし、夢の中でまで文句言ってる。



「悪かったなぁ」



 軽くデコピンし、未来みきに背中を向けつつ、布団ふとんに入る。

 


 本当ほんとうに、滅茶苦茶な奴だ。

 でも一応、添い寝だけはしとくか。

 起きた時に騒がれてもしゃくだし。

 別に、他意なんていけど。

 


「ふぁ……」



 などと思っていたら欠伸が勝手に口を衝いて来た。

 いや、誤用だろ、それ。

 流石さすがに頭が回らんくなって来やがった。



「寝よ……」

 ぼちぼち限界なので、俺も落ちることにした。



 ーーその先に待っていたのが、どんな悪夢だったかなんて、予想だにしないまま。





「……ん?」



 気付けば俺は、真っ暗闇の中に居た。

 辺り一面、何も無く、それでいて何故なぜか視界は明瞭で、地面が無いのに何かを踏んでいる感触だけは有る。



 ……何だこれ。

 気味が悪いな。



「ここは夢の世界。

 ……ううん。正確には、趣味の世界だよ」



「何?」

 突如、背後から聴こえて来た声。



 俺は、とんでもなく驚いた。

 この場に他の誰かがことにでも、その人物が黒のフードに覆われていて怪しさしか無いことにでもない。

 その声に、聞き覚えが有ったことにだ。



「……未来みき

 おいおい……ついに俺の夢の中にまで化けて出て来るようになりやがったのか?

 確かに、てんでしゃべってなかったけどさ」



 不安を隠したい一心で、現実を直視したくないといつ本心に突き動かされ、気付けばそんな冗談めいた発言をしていた。

 そんな俺に対し、フードの人物は口元を歪ませ、微笑ほほえんだ。



「惜しかったね。

 僕は、ミキであって、ミキじゃない」

「ーーは?」



 それまで俺は、こんな不安定、不可思議な世界でも、目の前に現れたのが知り合いだったからこそ、どうにか理性を保っていた。

 が……その、かろうじて繋ぎ止めてくれていた最後の希望が今、断たれた。


 フードを外し、正体を現した。

 不健康に見えるほどに真っ白いフワフワとした長髪が特徴的な。

 未来みきに瓜二つの何者かによって。



「初めまして、父さん。

 そして、さようなら……永遠に」



「っ!?」



 次の刹那せつな、謎の女の手が怪しく思わせぶりに動かす右手に直結してるかのごとく。

 俺は指一本ですら動かせなくなり、頭どころか全身を激しいノイズと痛みが襲う。

 いや……最早それは、満たされると言った方が正しいレベルだった。



「やっと会えてうれしいよ。

 彼女は、僕の期待通りの働きをしてくれた。

 さぁ……中学のリベンジだ。

 今度こそ、一緒に叶えよう、父さん。

 僕達二人の夢……父さんの、もっとも強く、古き願い。

 このせかいに、破滅をもたらそう」



「がぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」



 体の感覚すら無くなって来た俺は直立さえ許されず。

 可視化されない地面をゴロゴロと横たわることしか出来できず。

 それすらも彼女の足で、やがて止められた。



「安心して、安らかに眠って?

 そして、見守ってて。

 僕が、このせかいに存在するすべてのブレストを、永遠なる幸福、すなわち永眠へと導くさまを。

 だって、それが父さんの一番いちばんの願いだもん。

 僕は、そのために、そのためだけに、そのためにこそ、生み出されたんだもん」



「っ……ぁ……」



 激痛に襲われ、理性を失いかけ、言葉を真面まともに発することすら出来できなくなった。

 そんな俺の顔を、彼女は無邪気に、実に満足気に、伸ばして来た右手で覆い隠し。

 手向たむけの一言を送って来る。



「またね、父さん。

 来世つぎこそ、幸せになってね」



 やがて俺の意識は、完全に途絶えた。

 まるで、シャットダウンしたPCのように。

 コンセントを強引に抜かれた機械みたいに。

 静かに、穏やかに、いとも容易たやすく。



 すべてが、黒で埋め尽くされた。

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