Re:port 0/ミキの世界

 気付けば私は、ひたすら白いだけの世界に存在していた。

 それは、奇妙と言う他無い状態だった。感覚は有るのに体が透けていて、足場が存在しないのに立っていられてる。

 そんな、何とも不自然、不可思議な空間に、私は居た。



「私は……。

 ……誰……?」

「あなたは、『ブレスト』よ」

 誰も答えてくれないと疑わなかった質問に、誰かが答えてくれた。

 この場に、私以外の誰かが?



「!?」

 声の聴こえた方へ即座に振り返る。

 そこには、私と違って実体を持っていた大人びた女性が、にこやかに立っていた。

 その微笑ほほえみは、初めてなのに妙に心地良く、この世界と同じくらいに不思議だった。



「……ブレスト?」

「ええ。

 人間の心の中、趣味で構成された世界、『趣味界ホビジョン』に存在する精霊よ。

 内側から、ある程度まで関心、思考に携わる、神秘の存在。

 そしてブレストは、それぞれに異なる趣味を司っているの。

 あなたは、彼自身に対する興味を担当する存在。謂わば理性、生命力、データ・バンクその物よ。

 そして」

 彼女は私の方へと伸ばした手を広げ、わずかに力を込める。

 すると、何も無かったはずの目の前に、映像が映し出された。

 赤ん坊だ。産まれたての赤ん坊が、女性にそっくりな母親に抱き抱えられ、元気に産声を上げていた。



「あれが、あなたのご主人であり父。

 あなたは、彼の内側にるのよ」

「じゃあ、あなたは?」

「あなたと同じブレストよ。

 あなたのご主人の、母に対する興味によって作られ、生きている者」

 なるほど。そういう理屈か。確かに、それなら納得だ。



「じゃあ、どうして私には実体が無いの?」

「産まれて間も無い彼の想像力が、まだ不安定だからよ。

 私の場合は、彼の母に寄せてイメージすれば済む話だもの。でも、あなたはそうは行かない。

 あなたはこれから、外見に髪、声に性格、所作の一つ一つでさえ、彼の理想とする女性の姿となるの。

 丁度、共に支え合い、時に間違いに気付かせてくれる、最愛の人のようにね。

 まだ少し年月がかかるけれど」

「ふーん」

 なーんか変な感じ。

 こうして間接的に遠くから見てるだけで、実際に会ったことも話したことも無い、互いに名前すら知らないのに、彼の理想通りのパートナーになるだなんて、ちょっとよく分からない。

 名前……名前かぁ。



「ねぇ。

 彼、なんていうの?」

「まだ決まってないわ。

 ただ、名字は分かってるわよ。『君生きみじょうさん』ですって」

君生きみじょう……」

 君生きみじょうくん。

 いつか私を、君の理想通りのヒロインにしてくれるマスター。

 えず、名前は良い人そう。



「ねぇ。

 私に、名前を付けてくれない?」

「私が?

 いの?」

「うん。だって私、まだあなた以外に友達がないの。

 でも、自分で付けるのは少し恥ずかしいし格好かっこ悪いから、別の誰かに付けて欲しいの。

 お願い」

「うーん……そうねぇ」

 女性は少し悩んだあと、程無くして手を叩き、嬉々として私に告げた。



「『ミキ』。『ミキ』は、どうかしら?

 『君生きみじょうさん』の『君』を反対から読んで、『ミキ』。

 いつかあなたが彼のアクセル、ブレーキとなり、彼が困ってる時は励まし、彼が間違っている時は止められる、そんな彼とは対象的な支えになれるように。

 それと、みんなの『みき』になれるくらい、立派で優しく、友達の多いブレストになれるように」

「ミキ……」

 その名前は、ストンと胸の中に綺麗に収まった。まるで、名前自体が足りないピースとなり、穴を埋めてくれたように。



「ミキ、ミキ……。

 ……うん。気に入った。ありがとう」

「どういたしまして。

 これから宜しくね? ミキ。

 どうかあの子を、正しく優しく、明るく導いてね」

「うん。こちらこそ、宜しく」

 私達は互いの健闘を祈り、固く握手を交わした。



「あら?」

「うん?」

 何かを感知したのか、映像をスクロールさせ、彼女が表情を綻ばせた。



「彼の名前、決まったみたい。

 『ぐ』な『望』と書いて、『直希なおき』さん、ですって」

直希なおきさん」

 それは、すごく不思議な感覚だった。

 その名前を呼ぶだけで、体の内側から、ポカポカとした何かがジュワ~ッと広がり、幸福感と愛情と期待で満たしてくれるような、そんな感じ。

 君生きみじょう 直希なおきくん。それが、私の主人であり、産みの親の名前。

 あ。でも、私は彼の理想のヒロイン像になるんだし、あだ名で呼んだ方がいかな?

 うーん……じゃーあー……。



「ナオくん。これから、宜しくね」

 映像越しに、私は彼に挨拶し、微笑ほほえんだ。

 これが私……相良さがら 未来みきの、始まりの日。

 そして、私の父であり主人であり最愛の人、ナオくんとの出会いの日だった。





 本を読むのと書くのが好き。

 オレンジ色が好き。

 クラスの紹介文に『優しさ検定一級』って書かれたり、家に連絡したいのに電話が無くて困ってる人がたら迷わず自分のケータイを貸したり、誰かがトラブルに遭っていたら初対面でも助けようとする、ぐな男の子。

 文化祭で『お年寄りに席を譲るで賞』をもらった時には、生まれつきのドジっりと、いきなり知らされた所為せいで動揺、緊張したのが原因で、壇上に上がる時に転けちゃったりする、可愛い男の子。

 時間が経つに連れてナオくんは、そんな男子に成長して行った。

 合わせて私の見た目や服装も、彼の好きなタイプへと変化して行った。



 って言っても、ことくめとは行かない。

 ナオくんはお勉強や運動が得意ではないし、社交的でもないので友達はないし、根が明るいわけでもなく、常に下から目線で、色々と溜め込む、背負い込む。

 どちらかと言うと控え目、ツッコミ役で、誰かとセットでいたりサポートに回ることで映える方なので、リーダーや主役には向かない。



 ナオくんのそんなところが、私は好きなのだけれど、どうにも他の子達たちには、その良さが伝わりにくいらしい。

 仕方しかたいけれど、必然だ。ナオくんは現在、中学生に上がる手前。この年代の男子は、とかく目立ちたがりで、そういった男子が女子にも好評だったりする。

 ナオくんはイケメンでもないらしいので、男子にも女子にもウケがイマイチなのだ。

 悪いのではなくイマイチというのが、また微妙なところだ。

 親友や恋人などではなく、くまでも友達留まりっぽいというかなんというか……。



 そんなわけで、私の目下の悩みは、『ナオくんに親友や彼女が出来できるか』『中学で虐められたしないか』といった内容だったりする。



「はぁ……」

 最近貰った一人部屋で休んでいるナオくんの映像を見つつ、私は願う。

「私がそばにいられたら、そんなこと、考えなくて済むのにな〜……。

 あるいは、早く大人になってくれないかな〜……。

 そしたらみんな、ナオくんの素朴さを分かってくれるのにな〜……」

 頬杖をつきつつ零していると、不意に目眩がした。



 あ、あれ……? おかしいな……。私は人間じゃなくてブレストで、別に産まれたてでもないから、睡眠は必要無いはずなのに……。

 なんで唐突に、眠気が……?

 などと怪しんでいるうちに私は、さながら底なし沼にでも嵌ったかのように、眠りに落ちて行った。





「ミキ。起きて頂戴ちょうだい」 

「……ん……」

 見晴らしのい丘で休んでいた私は、気付けば独房のような場所にて、遠い昔に聞き覚えの有る声によって、目を覚ました。



「ん……。ん〜……」

 目を閉じ体を伸ばしダランと戻したあと、そのベッドの上にた私は、声の主を見た。

 思った通り、視線の先にはナオくんのお母さんを模した女性が立っていた。

 私が産まれて初めて出会い、私に名前を付けてくれた、ナオくんのお母さんへの興味によって作られたブレストさんだ。



「久し振り〜。えと……」

 言葉を発してから私は、自分がまだ彼女の名前を知らないこと気付きづき、照れ隠しに軽く後頭部を掻いた。

 そういえば、あれからブレストが増えてからは、あんまり会ってなかったっけ。

 何せ、赤ちゃんのナオくんが、果てしない好奇心と覚束ない想像力で、次から次へと落書き染みたブレストを作っては、飽きて忘れ去って次々に消して行ったから、人混みならぬブレスト混みに巻き込まれて逸れてしまったんだった。

 


「……ごめん。

 名前、なんだっけ?」

「ユカリよ。

 今は直希なおきくんのお母さんだけじゃなくて、直希なおきくんに連なるすべての人のデータを管理しているわ。

 言ってしまえば、絆の管理者ね。もっとも、すっかり馴染んじゃったから、今もこの姿だけれど」

「え、何それズル格好かっこい」

 私からさきに出た感想に、ユカリは吹き出し、上品に手で口を隠した。



「あなただって充分、素的すてきだわ。

 何たって、直希なおきくんの理性、生命力、記憶を司っているんだもの」

「い、いやー……。あはは……」

 照れ笑いしていると、それまで柔和だったユカリが、少し気不味きまずそうな顔色を見せた。



「ところで、ミキ。突然だけれど、ちょっと付いて来てくれるかしら?

 あなたに説明しなきゃいけない大事なことが、いくつか有るのよ」

「え? ……うん」  

 神妙な雰囲気に押され、わずかに気後れしつつ、ベッドから降りた私は、ユカリに連れられ外に出た。





 いつだかナオくんが観てたSF映画。

 そこには、未来にタイムスリップした少年の眼下に、田舎暮らしで見慣れた景色には似ても似つかない、高層ビルやドローンや立体映像やロボットで溢れた光景が広がっているシーンが有った。

 それとは微妙に異なってるけれど。心境的には近いパノラマが今、私の視界と脳と心を根こそぎ奪って行った。



 お世辞にも褒められなかったレベルから、都会的なレベルにまで進化した、活気に溢れた街並み。

 見た事の無い、数え切れない、イマジネーションに溢れたオリジナルのブレストたち

 そして取り分け目立つ、街の中心に円状に広がった、一番でかくて派手で、何やら順位や名前、写真の描かれた、掲示板のような四枚のポップ。

 そんな、たった一日での変化とはおよそ思えない、まるでアニメ映画のような到底、信じがたい風景が、確かに実在した。



「何……これ……」

 ひたすら戸惑うしか無い私の肩に、ユカリが後ろから穏やかに触れ、隣に並んだ。

「ミキ。落ち着いて、聞いて頂戴ちょうだい。あなたが眠ってから、実に一三年もの歳月が経ったの。その間に、色々と生まれ変わったのよ」

「じゅう……さん……?」

 言われてみれば、さっきから妙にダルく、どうにも頭がボーッとしていた。

 っても、この衝撃的過ぎる展開のおかげで、流石さすがにはっきりしつつあったけれど。



 ていうか、え、待って。なんで、そんなことに? 『ナオくん、早く大人にならないかなー』って、私が口に出してまで祈ったから?

 いや、ま、あのままだとナオくんが悲惨な目に遭うのを見させられているのに助けに行けないもどかしさで、確実にどうにかなっていただろうから、万々歳だけど。

 あーでも、体育祭や文化祭のシーンは観てみた……くもないな、うん。ナオくん、ハブられてるかもだし。

 あとでユカリにでも、掻い摘んで聞こう。



「ふーん。すごいね」

「あなた……意外と落ち着いてるわね」

 私の横で、ユカリが冷や汗を掻いていた。

 いや、なんで私じゃなくてユカリの方がビビってるわけ

 落ち着いてて当然だよ。私は、落ち込んでても割とぐにことを忘れて切り替えられるナオくんの、理性を任された存在だもん。

 これくらいぐに順応してみせないと、ブレストの名前が廃るってもんよ。



「まぁね。

 ところで、あのでっかいボード、何? さっきから気になってたんだけど」

「え、ええ。あれは」

 少し戸惑いつつ解説してくれようとするユカリ。

 彼女の姿が、忽然と私の前から消えた。

「え、え?」

 ワープ? え、なんで? いや、出来できことは知ってたけど説明しようとしてくれてたよね?



「呼ばれたのよ」

「あの方、準レギュですものねぇ」

 辺りを見回していると、今度は初めて聴く声が二つ、届いた。

 如何いかにもOLっぽいのと、聴いてるだけで脳がトロけて来そうな甘ったるい声。

 目をやると、イメージ通りの女性が二人、目の前に立っていた。



「初めまして。リアよ。

 ボスの、仕事への関心担当。

 名前の由来は、キャリアとリアル。

 お見知り置きを」

「ロマですわぁ。

 ご主人様のラブコメ担当ですわぁ。

 よろしくですわぁ、ミキさんぅ」

「う、うん……こちらこそ……」

 内心、軽く引きながら私は社交辞令を返した。

 なんというか……対象的というか、くせが強いというか、分かり易いというか……どこから触れれば良いか、思案に余る……。



「ところで、リア。『呼ばれた』って?」

 私の横に座り、パソコンをカタカタと打ち始めたリアに、率直に質問する。

「読んで字の如しよ。

 彼女は、授賞式に招待された。彼女、ホビッグだから」

「ホビッグ?」

「はいはーいぃ。私が説明しますわぁ」

 聞いてもないのに、自分から割り込んで来るロマ。相変わらず、聴いてるだけで眠りそうな、甘々の声だ。



「私達ブレストは数年前から、日々の仕事っりを、一日毎に格付けされるようになったんですわぁ」

「『自分達の担当分野で、どれだけ主の心と脳内、延いては人生を幸せで満たし、癒やしたか』っていう貢献度でね」

「その通りですわぁ。

 ライキングと名付けられたそのシステムにより、一度でもベスト10に選出された方を、ホビッグと呼ぶんですわぁ」

「ホビー分野でビッグになったから、ホビッグ。

 で、そこに食い込めたら、本人の意志とか事情とかに関係無く、あそこのメイン・ステージで開かれた授賞式に強制的に呼ばれるってわけ

 若干ブラックね。よくもまぁ毎日毎日、飽きもせずにそんな催しを開き、あまつさえ一喜一憂出来できるわ。

 疲れないのかしら?」

「何その、底知れぬディ◯ニー感……」

 モンスターズ・イ◯クとか、シュガ◯・ラッシュとか、インサイ◯・ヘッドとか、ああいう路線じゃん、それ……。

 ブレストの時点で大概だったのに殊更ことさら、世界観に拍車かかったなぁ……。

 ……待って? 何か、知らない作品のデータがいくつも入ってる。

 どゆこと



「そりゃそうでしょ。

 あんたは、ボスのデータ・バンクも務めてるんだもの。あんたが眠ってる間も、ボスが味わった物の中で印象的だった記憶は、きちんと残ってるのよ。

 ま、ボスが完全に忘れたら流石さすがに消えるし、際立って思い出深い物はあたし達も覚えてるけど」

「ふーん。フィリッ◯くんみたいな物かー。なるほどー。

 ……ってぇ! フィ◯ップ、誰ぇ!?」

「それこそ、検索しなさいよ。

 あとで、きちんと更新しなさい。なんせ、一三年分も積もりに積もってるんだから」

「う〜……。分かった〜……」

 うーん……なんか複雑〜。ナオくんがナオくんじゃないよーな、私が私じゃないよーな……。

 あーでも、ナオくんが綺麗に成長したって証だし、新しい歴史も趣味も、ナオくんらしくはあるな。さいわい、悪影響っぽいのは少ないし、意外とすんなり最適化が出来そう。

 うん。深く考えるのは、後にしよう。

 そう一先ず決めた私は、気を取り直して質問し直す。



「話は分かった。

 まり、ユカリは今、そのセレモニーに招かれたんだね。

 ってことは……ナオくんにも、友達が出来できたってことぉ!?」

 少し考え至った結論に、私はおおいに舞い上がった。



 だって、そうでしょ!? ユカリは、ナオくんの絆担当!

 そのユカリがライキングってのに選ばれたってことは、ナオくんには今、そこまでナオくんが興味を寄せる相手が、きちんと身近にるってことだもん!!

 私の発言が意外だったのか、それまでパソコンしか見ていなかったリアが、やっと私の方を見た。



「あんた、意外と頭が回るのね」

「当然! ナオくんのブレイン担当だもの!」 

 えっへんと胸を張ると、リアはぐに視線を戻した。

 いや、リアル会話にまで既読スルーの悪習、導入すんなし。



「ご主人様さま、今の職場で同僚に恵まれたんですわぁ。

 食事は勿論もちろん、半日に渡ってカラオケでゲームしたり歌ったり、果ては電車や高速道路を使って遠くに映画を観に行ったりもしましたわぁ」

「きゃー♪ ほらね、ほらね!

 私の思った通り! 流石さっすが、私のナオくん! やっぱり今までは、周りに見る目や良心や運が無かったに過ぎなかったんだ!

 だって、あんなに優しいナオくんが親しまれない、溶け込めないなんて、嘘だもん!」

「肩を叩くな。肩凝りなんてしてないわよ」

 あ、やっとしゃべった。と思ってるうちに、リアにクールに手を払われ、私は頬を膨らました。

 何さ。つれないなー。この子、あんま好きくなーい。なんかお高く止まってるってか、ちょっと偉そうだしー。



「喜んでばかりもいられませんことよぉ。

 まだ働き始めたばかりで、完全に心を開けてはいませんので、レギュラーではありませんわぁ。

 常連というだけで、滑り込みセーフは勿論もちろん、他の趣味ブレストにライキングを席巻されることしばりますわぁ」

「あと、今までは散々、コミュニケーションをおことって来たツケで、接し方や常識が分からなくて暴走気味ね。さいわい、まだ同僚達には『フレンドリーでオープン』だと誤解されてるだけで済んでて、ダメージは負ってないけれど」

「何でもいいよぉ!! ビバ、ナオくん!!」

さっきから思ってるけど、ボスに甘過ぎない?

 よくもまぁ、そんな至上主義でボスの理性、生命力なんて務められてるわね」

「ね、ね!? ホビッグって、どんなブレストがるの!?

 もしかして、二人も!?」

「……あんたさっきあたしに対して『話、聞かない』とか思ったでしょ?

 あんただって、ニュアンスは異なれど同類じゃない」

「なーんだ♪ ちゃんとツッコミ出来できるんじゃん♪

 よく出来できました♪」

「だから、気安く触るな。話も逸らすな」

 どうやら誤解だったらしく、何だかんだで関わって行けそうで安心した。



「フー」

「ん?」

 リア(の反応)で遊んでいると不意に、ちょっと眠たそうな、女の子の声が聴こえた。

 見ると、兎をモチーフにしたパジャマを纏う小さな女の子が、同じく兎のぬいぐるみを抱え、瞼を擦りながら現れた。



「フーたぁん。

 もう授賞式は終わったんですのぉ?」

「フー……。パパマスター、おきたか……。

 ちょっと、おきゅうけぇ……。」

「そうね。

 時間帯的に、今のボスは少しスマホいじりしてるだけで、あと30分もすれば、また睡眠しゅみに没頭するわね」

「それに加えてご主人様さまは今日、朝帰りでお休みぃ。

 起き抜けにお風呂に入れば、フーたんはまた呼ばれますわぁ。

 フーたんの担当は、お風呂とお布団ふとんを始めとするリラクゼーションですものぉ」

「フー……。がんば……」

「……」

 ……何? この子。



「何この子、何この子、何この子ぉぉぉぉぉ!?」

「フー……?」

 堪え切れず、私は無我夢中で、目の前にいるフーたんとやらを抱き締めた。

 いや、もう、マジ天使なんですけど!? サイカワなんですけど!?

 服装とかぬいぐるみとか性格とか名前とか常に眠そうな所とか、『ら行』が上手く発音できない所とか、『フー』っていう口癖とか、台詞セリフを漢字で書けてなさそうなところとか、全部引っ括めても、一つ一つ取っても可愛過ぎる!!

 そりゃライキングにも入れるよ!



「いや……それは彼女の日々の、弛まぬ仕事っりと大役っりが有ってこそなんだけれど……」

「細かいこといのっ!

 ねぇ、フーたん! 私のビタミンになってぇぇぇぇぇ!!」

「ふ、フー……? フー……」

 どうやら了承してくれたらしく、フーたんは少し反応に困りながらもうなずいてくれた。

 こうして私の、趣味界ホビジョンでの新生活が、一からスタートした。

 ライキングかぁ。始まった経緯は知らないけど、そんなシステムが生まれた以上、なんとしてでもホビッグにならないとね!

 ま、簡単でしょ! だって今のナオくんには、ナオくんの良さを正しく理解してくれる人が沢山(かどうかは知らないけど)るんだもん!

 きっと、ぐに私も入り込める!!





「と思ってたのにさぁぁぁぁぁぁ!!

 どぉぉぉぉぉしてなのぉぉぉぉぉ!!」

「……今日も今日とてうっさいのよ、あんた……」

 あれからおよそ四年後。待てども待てども、私は一向にライキングに選ばれないでおり、忸怩たる思いで宙に浮かぶボードを眺める日々を送り続けていた。



「そりゃそうでしょ。

 ボスが同僚に好かれてるのは、働きりではなく、その純粋さ、気遣い、真面目まじめさ、取り分け天然ボケさを買われてのことだもの」

「『天然ボケさ』って何さ!?」

「事実よ。

 おまけに、そういう家庭かんきょうに身を置いて育ったばっかりに、そこら辺の自覚が当の本人にはほとんど無い。

 これじゃあ、自分を好きになれだなんて夢のまた夢、土台、無理な話ね。

 だって、『自分が周囲にこころよく思われているのは、みんない人だからに他ならない』、そう信じ切っていて、微塵みじんも疑わないんだもの。

 流石さすが、止まっていた時に車をぶつけられてもまったく怒らなかった人格者、変人なだけあるわ」

「ナオくんの鈍ちん、善人、博愛主義者!!

 無限愛してるぅぅぅぅぅ!!」

なお、その影響を特にモロに受けているためか、理性でさえ、てんで罵倒を飛ばせない模様もよう

「まぁまぁ、ミキさん、落ち着いてくださいぃ。

 きっと、ぐに上がれますわぁ」

「いつ!? なん時何なん分!?

 私が何回、泣くか叫んだ時!?」

「フー。

 ミキー。泣かないでー」

「フーたぁぁぁぁぁん、愛してるぅぅぅぅぅっ!!

 ナオくんの次にぃぃぃぃぃ!!」

 膝の上に座るフーたんをハグしようとしたら、両手がむなしく空を切った。



「おぉっとぉ、ここでまたしても参戦者だぁ!

 我らが共有ブレスト財産、可愛さと愛しさの権化、名実共に正真正銘、永遠、天下無敵のオアシス・ガール!!

 ここからは、私のターンだ! そう! フーターンだ!!

 ご唱和ください、彼女の名を!!

 ふぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ、たぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁんぅぅぅぅぅっ!!

 見事Uターンし、第一位に返り咲いたぁぁぁぁぁ!!」

「……あそこにも、うるさいのが一体……」

「フーたぁぁぁぁぁんっ!!

 カームバァァァァァックゥ!!」

「……どうせ、あと五分もすれば戻って来るわ。

 出勤前に仮眠取ってるだけなんだから」

 リアがパソコンから映し出した授賞式会場に向けて絶叫し、手を伸ばす私。

 ……ところで、待って?

 私、アレと同レベルでうるさいの?



「おっと、マスターのお休みタイムが終わったぁ!

 さらば、フーたん! また入浴時に会おう!

 て、変態かよ、私はぁ! ノーマルだぁぁぁぁぁ!!」

「フー。

 ミキー、ギュー」

「ふぅぅぅぅぅたぁぁぁぁぁぁんっ!!

 寂しかったよ、会いたかったよ、悲しかったよぉぉぉぉぉ!!」

 あ。同類だったわ。



「それでは、元通りかつ時間になったところで、本日の順位を発表だ!

 ずは第一位!

 みんなのヒーロー、憧れの的、広い心ですべてを許す、完全無欠でほぼ不動の正統派!!

 その名も、ずばり!!

 ヒィィィィィロォォォォォハァァァァァァルゥゥゥゥゥ!!

 オン・ステージィ!!」

さっきからずっと立っていたのだが、許そう!何故なぜなら、そう!

 私が、諸君等の希望、平和の象徴、すなわち!」

 椅子いすから離れ、むやみに妙なポーズを決め見切りまくり、カメラ目線をする、ヒーロー担当、ヒロハル。彼は、意図的に溜めを作り、そして。

「……ヒーローだからだ」

 飛び切りのイケボでクールに締め、聴衆を沸かせ、「ありがとう、そして感謝する!」と、溢れんばかりの拍手に手を振り応える。



「暑苦しいアトラクション、ありがとう!!

 熱量なら、私も負けません!! どんどん行きましょう!

 続いて第2位!! こちらもフーたんに負けじと、おかわわわ!!

 みんなのアイドル、罪深いほどにキュート、弾ける美貌は桜の香り!!

 多方面型クイーン・オブ・可愛い!!

 呼ばれて登場、アァァァァァカァァァァァリィィィィィ!!」

「や、だ……。何、その紹介……。

 恥ずかしっ……!?」

「おぉっと!!

 赤面かーらーの、お約束、十八番、シームレス衣装&髪型チェンジ!!

 それもそのはず! 主は今、職場の同僚と『昨日、推しのUR当たったー!!』などとノリノリで話している!

 その思い出し笑い、イメージにより、可愛さ担当の彼女に影響が出るのは当然の流れだぁぁぁ!!

 ちなみに、その話題は、ゲットしたと同時にすでにスマホで報告済みなので、ただの惚気、自慢話!!

 おかげで、これから主のタスクがタイトになるのは、自業自得ながら必然だぁ!!」

「い、いやぁ!!

 もぉ無理ぃぃぃ!! お家、帰るぅぅぅ!!

 バッファァァァァ!!」

「ところがどっこい、帰れません!

 なぜって!? あなたが、第ニ位だからですっ!

 あと、そろそろ慣れてください、我らが姫ー!! あなたもう、何度も言われてるでしょー!?

 ちなみに『バッファ』とは、皆さんご存知の通りアカリ姫の口癖で、本来なら『余裕が有る』などを意味する業界用語でーす!

 同じく口癖の『もぉ!』、『お家、帰るぅ!』も宜しく!

 アカリ可愛いよアカリー!」

 ピンクを基調としたドレス姿への早着替えを余儀なくされたことで、両手で服を隠し恥ずかしがり逃げようとする、上がり&赤面症のアカリ。

 あれで計算じゃないというんだから、物凄すごいあざとさだ。

 ナオくんの大好物だからなぁ、照れ顔……。



「続いて、第3位!

 ……は? 私? あー……そういや今日、神回観て来たんだっけ。

 ってわけで、第3位は私、動画担当のアドレナレーター、レナでした。

 自分の紹介なんてしても詰まらないので巻きまーす、はい次ー」

 ……普段あれだけ派手に騒いでるくせして、相変わらず自分に対しては興味が無い辺り、レナは私の次にナオくんの性格をモロに再現してるよね。うん。



「不公平だぞ、レナくん!

 君のコメントを心待ちにしている視聴者の事も、少しは敬いたまえ!

 だが、私が許そう! なぜなら、私は!」

「『ヒーローだから』ですね、はいはい、分かりますー。あと、勝手に入って来ないでください、座っててー。

 ほいでは、第位ー。今日のお昼ご飯がスイーツ尽くしだったために急浮上!!

 この甘ったるさ! 観てっ! そしてぇっ!! 聴ぃぃぃぃぃて、たっのっしっむぇぇぇぇぇっ!!

 立って服着て喋ってるぅ!? 歩くお菓子図鑑!!

  アァァァマァァァネェェェェェ!!」

「えー、なんでですカスタード?

 それっティラミス〜、可愛いアマネの実力じゃないってことですカラメル〜?

 プンスコプリン〜、チョコレっと可愛く怒っちゃいますヨーグルト〜」

「相変わらず、かろうじて通じるレベル!!

 そして、美味しそう!」

「食べたいんでスムージ〜?

 自分でどうにかしてくださイチゴパフェ〜。

 これは可愛いアマネが、可愛いアマネのために作ったのでシュークリーム〜。

 皆さんに分ける理由は無いのでスフレ〜。

 アマネは、可愛いアマネさえ幸せなら満足でスコーン〜。

 仲間とか同士とか同族とか友情とか、知ったこっちゃないでスモア〜」

「だだ甘なのは自分に対してだけなのも、相変わらず!!」

 スイーツをテーマにしたファンシーな衣装で全身をコーデしたアマネが、持ち前のスイーツ・ギャグ、そして唯我独尊的な発言でギャラリーを笑わせた。

 ちなみに、こっちも天然。

 いや、ナオくん、女性の趣味、悪くない? ハードル低過ぎない? 幼くない? 私の立場!

 あとギャグ、ノッさ◯とゼロワ◯よりひどい! どう足掻いても出オチじゃん!



「続いて第五位!

  昨日、新しくお気に入りのカラーの靴を買ったばかりなので人気急上昇!!

 ビビッドに行こうぜ!! ビィィィィィビィィィィィ!!」

「いや、低っ!! 順位、低っ!!

 え、そんなバフかかってて、この程度っ!?

 低っ!! マジで低っ!! 」

「どんだけ『低っ』言っとんねん!

 あんたの言動にわ、トラックでぞ、こらぁ!!

 低い自意識に反して、テンション高っ!!」

「倍にして決め台詞ゼリフ返された!

 私、レベル低っ!!」

 名前、そしてカラフルな見た目に反してビビってばかりのビビを華麗にスルーし、なおも続く。



「気を取り直して、第六位!!

 ここで、我らが心の嫁の登場だ!!

 アスファルト出身、噛ませ超人速攻!!

 こんなに可愛いのに、なん……だと……?

 ロックでキュートな乙子おとこ!!

 ロッッックッッットォォォォォッ!!」

「シカッとご紹介に預かりました、ロクトで〜っす!

 キチッとした演奏の前に、レナがドカンッと言ったのは別の作品せかいのグワーッとしたボクで、こっちのボクとはガラッと違うことをビシッとピシッと訂正させてくださ〜い!!

 それじゃあギュインギュインな新曲、『Musicalマジカル Death-tinyデスティニー DEAR-MONDダイヤモンド』〜!!

 ガガッとズドッとダダンッと、行っくよ〜!

 チャンッと聴いてくれない悪い子は、地獄の果てまでゴワンッと呪っちゃうぞ〜!!」

 下手ヘタすれば女子よりも女子してるヘソ出しパンク男子、ロクトが、その愛らしい外見とは正反対に恐ろしい発言をしてからガッチガチのヘビメタを弾き語り始め、会場をおおいに盛り上げる。

 いや、うん。格好かっこ可愛いのはうなずけるんだけど、ちょっと色々と悪影響じゃないかな?



「それではロッくんの新曲をBGMに、第七位!!

 笑いこそが万能薬!! ただし、薬の知識は皆無です!!

 コメディ風メディスン、お笑い担当、メェェェディィィイィィィ!!」

「ち……! な……! ま……! と……!」

「『ちょっ! 7位とか! マジウケる! とりま、これからもよろ!』だそうです!

 い加減、訳すの疲れて来たから、そろそろ誰か専属翻訳家になってください助けてください!」

 ツボってばっかりのメディが真面まともに話せてないので、代言する。

 正解だったらしく、いまだに「ヒィヒィ」言いながら、メディがレナに向けてサムズアップした。



「それじゃあ、次、第八位!!

 昨日は遊んでいたからかランクダウン!!

 小説王に、おれはなる!!書籍担当、フゥゥゥゥゥミィィィィィ!!

 ……はこの場にはずなんですが、またしても姿を隠しています!!

 そろそろ出て来ぉい!! これまで一度たりとも、この場に出て来てないって、どういうことだぁ!?

 普段、要らんほどに注意して来る風紀委員のくせ、痛っ! ここにたっ!

 ちょ、殴んなし! あと、隠れ身の術、解けしっ!」

 インク、あるいは白紙の力か、依然としてフミはステージ上にだけは姿を現さない。

 色んなブレストと話して来たけど、私はどうもフミだけはいけ好かないので、かえってありがたかった。



「あー、助かったぁ! 仕切「呼んだ……? ちなみに、これはギョーザ納豆カレー生姜焼きドリアン豚骨バーガー……」

 って、また台詞セリフ食べやがった!!

 あと、そんな、世界中の美食屋が一瞬、鼻を摘みそうな、悪臭戦隊みたいなのステージ上で食べんな!!

 てか、聞くからに地雷っぽい!なんでもバーガーって付ければいと思ってるだろ!

 以上、食べ物担当、第九位のシキでしたー!」

「匂いは消してる……。あと、きちんと美味おいしい……。

 それと今のは、そっちが紛らわしい言い方したから……」

 フーたんと同じくらいに幼く小柄かつ、マイペースで食い気味なシキが、性懲りも無く、ゲテモノ感マックスなお手製ミックス料理を、意思の有るフードに食べさせ、自身の空腹を満たす。

 同時に、視覚的かつ味覚的に恐怖を抱いたホビッグ達が一斉、立ち所に距離を取る。



「ラスト、第十位!

 遊び好きなれども遊ばれない!! 断じて遊び人じゃありません!

 ゲーム担当、ユウ選手ぅぅぅぅぅ!!」

「今回も、実にいゲームだった!! ナイス・ファイト!! 感動したっ!!

 諸君等の健闘を讃えよう!! また共に熱く燃え上がろうぞ!!」

「どうやら彼の辞書には『泥仕合』という言葉は無いようです!

 お前、毎回、言ってるだろ! 感動してばっかいないで、讃える方か讃えられる方の身にもなれ!

 以上、ライキングでしたー、また明日ー!!」

 オチ要員としてユウが弄ばれたタイミングで、今日のライキングは終了し、ホビッグ達は解散、ワープした。

 視聴してるだけだった私達(フーたん以外)も、徒労によって誰からともなくグダッとした。



「相変わらず……個性というか、一発ネタの化物達ね……。

 胃もたれしそうだわ……。

 胃、無いけど……」

まったくですわ。

 私達が未だにライクイン出来できないのは、そこにあるのかも知れませんわね」

「……あんたが入り込めないのはボスが、ラブコメには興味津々のくせして、現実の恋愛にこれっぽちも興味無いからでしょ?

 そもそも、私達はともかく、風呂とか布団ふとんとか、そっち方面に思いっ切り密接に関わってそうなフーたんが未だに子供の姿って時点で、そういう場所ではボスが意図的に、そういう思考をシャット・アウトしているっていう、何よりの証拠では?」

「リアさんが入れないのは、小説家を目指してるくせして、生来の自信の無さにより煮え切らないスタンスを取り続けていて、中途半端なしかしてないからですわよねぇ?」

「ま、まぁまぁ……」

「フー。ケンカ……めっ」

 メンチを切っている二人を、フーたんと一緒に宥める。



 ま……気持ちは、分かるんだけどね。

 私だって勿論もちろん、ライキングに入りたいし。私もナオくんのブレストいちぶだし、恐らく最初で最古のブレストだし。

 それに何よりナオくんには、もっと自分を好きになって欲しいし。

 あー……でも、あれかな? 1位=ナルシストってことになったりもするのかな?

 だったら、ちょっといやだなぁ。怖いもの見たさで、ほんの少し興味も有るけど。




 

「……ん?」

 自宅に戻った私は、テーブルの上に見慣れない物を見付けた。

 ……変身ブレス? ……ううん。似てはいるけど、この形状のアイテムは初見だ。



なんだろ? これ」

 めつすがめつ見ていると、底面に英語で文字が書かれているのを見付けた。

 えーっと……。



「び、ふ、れ、す、と……。

 ……『ビフレスト』?」

 確か、あれだよね。マイティー・ソ○で出て来てた、世界を繋ぐ橋の名前。

 でも、にしたって形状が明らかに違う気が……。そもそも、こんな小さくない……。

 などと記憶を家探ししていると、不意にビフレストとやらが私の右手に装着される。



「え、え!?

 何、何、何ぃ!?」

 戸惑う私を他所に、私の体は勝手に、ビフレストを着けた右手を掲げていた。



 次の瞬間……目が焼けそうな眩しい光に包まれ、私は意識を失った。





「おねーちゃーん。

 だいじょーぶ?」

「……ん……」

 フーたんを男の子にしたような幼い声に導かれ、どこかで眠っていた私の意識は覚醒した。



「いっ……たぁ……」

 何やら痛くなった全身に鞭打ち、どうにか上半身だけ起き上がらせる。

 頭を押さえつつ瞼を開いた先に映ったのは、一面が灰色に染められた景色だった。

「……どこ……?

 ここ……」

 俯いていた私は顔を上げ、えず周囲を見回す。



 およそファンタジー感の無い、見慣れない建物や機械の数々。

 こちらを遠巻きから心配そうにチラチラと窺う、奇異さへの興味を含んだ視線。

 ライキングを発表している訳でもなさそうなのに、何だか妙に騒々しい空気。

 ここまで判断材料が出揃えば、もう結論は一つしか足せない。



「もしかして……人間?」

 私を起こしてくれた男の子は、座り込んだ私と目線を合わせつつ、不思議そうに首を傾げた。



「……?

 おねーちゃんもでしょ?」

「あー、まー、うん……。

 そう……かな?」

 言ったところで信じてもらえない、あるいは不審者扱いされるだけなので、私はフワッとさせた。



 えず、外界げかい……本物の人間が暮らす、趣味界ホビジョンの外の世界なのは間違い無い。

 てことは……あのビフレストとやらは、二つの世界を行き来するためのアイテムというわけか。



「あれ?」

 ビフレストを装着していた(正確には、させられた)右手首へと目線を下げるも、視認がかなわなかった。

 けていたから気付かなかったけど、そういえば付けてる感触も無かった。

 ……え。もしかして、あれ、片道切符的な物だった? 一度使ったら消滅する、的な?

 てことは、ひょっとしなくても私、帰れなくない?



「詰んだ!!」

 先程までとは違う意味で頭を抱え、「うゔぉぉぉぉぉ……」と奇声を発し呻きながら下を向く。

 えー、何それ! こっちに来れたのは最高だけど、向こうに帰れなきゃ意味無いじゃん!

 ライキングが無いと、ナオくんが自分を本当ホントに好きなのか決定付けられないじゃん!

  それじゃ、駄目ダメじゃぁん!!



「はっ!!」

 ここに至って私は大切な、優先すべきこと気付きづいた。



「ねぇ、ボク!!

 この近くに本屋さん、無いかな!?

 そこに、私の一番いちばん、大事な人がるのっ!!」

 ぐ様、目の前の男の子の両肩を(痛くならない程度に)つかみ、答えを求める。

 ややビクッとした(ごめん!!)あと、おずおずと彼は右手を上げ指差した。



「あ……あっち……」

「向こうだね!! ありがとっ!!

 ギュ~!!」

 お金など、お礼として渡せそうな物を何も持っていなかった私は、フーたんにするみたいに男の子にハグをした。

 ちょっとグレーかもだけど、この子を恋愛対象としては見てないし、感謝はきちんと伝えなきゃだし、今でも間違い無くナオくんに一途だし、セーフだよね!?



「よーっし」

 男の子から離れた私は、(本来なら必要は無いけど気持ち的に)準備運動を済ませ、最後に再び男の子を見る。



「色々、親切にありがとっ!!

 格好かっこかったよ! ナオくんの次に!!」

 男の子の未来に思いを馳せつつ、私はクラウチング・スタートの姿勢を取り、その場から駆け出した。そんな私に、男の子が大声をお別れの言葉を届けて来てくれる。



「おねーちゃんも可愛いよぉ!!

 あと、よく分かんないけど、ナオくんって人も格好かっこいよぉ!!」

「ありがとぉぉぉぉぉ!!」

 私よりもナオくんが褒められた方がうれしい辺り、私は本格的に末期なのかもしれない。

 てか、つくづく感心する子だなぁ、本当ホント

 そんな性格イケメンと別れた私は一路、ナオくんのバイト先を目指すのだった。





馬鹿バカ!! ずっと探してたのよ!

 てか、なんでビフレスト持ってるのよぉ!?』

 それからしばらくして、人目につかなさそうな、橋の下のベンチの辺りに着いた頃に再びビフレストが、私の右手に装着された状態で現れた。

 ホッとしたあと、適当にボタンを押していたら、リアとつながった。

 どうやらビフレストは通信も出来できるらしい。



「むー……」

 コスパばかり気にするくせに探し回ってくれてたらしいリア。

 そんな彼女に感謝、懺悔をしつつ、私は頬を膨らませた。

「……リアさ。

 なんで、ビフレストのこと、知ってるの?」

『……っ!!』

 向こうで、言葉を詰まらせたような声が聞こえた。

 ははーん……やっぱり、そうなんだ。



「ま、別にいけどね。最終的には、こうして外界こっちに来られたし。

 でもさぁ。あんまりだと思うんだ。

 私、いつも言ってたよね? 『ナオくんと同じ世界に行けたら、ナオくんと直接、話せたら、きっとナオくんはナオくんを好きになってくれるはずなのに』って。

 何度も何度も。来る日も来る日も、言ってたよね?

 なのに、フーたんは子供だし可愛い喋るの苦手だしし多忙だから除外するとして、リアもロマもユカリも、みんなして私に黙ってたんだ?

 外界げかいに行くための手段どころか、そんな方法がことすら、隠してたんだ?

 あんっっっなに普段から、常に一緒にるのに」

『……』

 言葉を失うリア。向こうで疲れた顔をしているのが、容易に想像出来できた。



『あんたって……どうしてこうも、要らん時に要らんこと気付きづくのかしらねぇ』

「今、そういうの、どうでもくない?

 そういう話をしてるんでもしたいんでもないんだけど」

『真偽なんて、それこそどうでもいじゃない。

 あんたの言う通り、あたしは知ってた。

 てか、今のブレストだったら全員、知ってたわよ。

 あんた以外はみんな、持ってるもの』

「あっそ。だと思った」

 リアの自白に、私は素っ気なく返答した。本当ほんとうに聞きたいことは、これから先にるから。



「で?

 なんで、こんな重大なことを、ずっと教えてくれなかったの?」

『……あんたが、特別だからよ』

「何それ。

 確かに私は長い間、眠ってたりしてたし、世間知らずだし子供っぽいけとさ。

 にしたって、仲間外れにすること、無くない?」

 ひどてのひら返しだと、我ながら自覚してる。

 普段、リアに対して塩対応っぽく振る舞ってばかりいる私は、本来なら言えた口ではないと。実際、罪悪感だってる。

 でも、それすらも上回る、忘れるほどの悲しみ、ショックが今の私を覆い、突き動かしていた。



 ナオくんを変えられたかもしれないチャンスを意図的に伏せられていたから?

 ……ううん。それだけじゃない。

 何だかんだと言いつつ、私はリアのことも憎からず思っていたんだ。バソコンいじってばっかだし、こっちの顔なんてほとんど見ないし、つれない態度を貫いてるし、いっつもまらなさそうな顔してるし。

 それでも、こんな私に何だかんだで付き合ってくれてるリアのことを、私は仲間、友達だとひそかに位置付けていたみたいだ。



 ……私って、自分で思ってた以上に面倒だったんだなぁ。

 ナオくんに申し訳が立たないや。



『……諸々、謝るわ。

 でも、これだけは信じて頂戴ちょうだい

 すべては、ミキ。あんたのためなのよ。いては全ブレスト、そしてボスを思ってこそ。

 仕方無かったのよ。あたしだって、不本意でしかなかったわ』

「……意味分かんない。

 私の願いは、ナオくんに自分を好きになってしい、ただそれだけ。

 なんでそれを全員でわざと妨害することが、私やみんな、ナオくんのためなの?」

いずれ、ちゃんと説明するわよ。時期が来たらね。

 えず現状、あたしから言えることは三つだけよ。

 あんたは、ビフレストの使い方を根本的に誤ってるってこと

 そして、あんたの覚悟に反して、あんたが外界げかいで手に入れる、変えられる物は何一つ無いってこと

 そして、ブレストが人間、特に主と直接的に関わることは、禁止ではないけれど危険極まりないってこと

「……」



 駄目ダメだ。てんで、話にならない、進まない。

 私が今、最も聞きたいのは、ビフレストの詳細なんかじゃない。『どうして、私にビフレストの存在を明かしてくれなかったのか?』、この一点に尽きる。

 だってのに、リアは頑として、本題に触れてくれない。私の気持ちを、すべて把握しておきながら。



「……ごめん。もうい。

 ロマに代わって」

『任意に変えられるわよ。あんたが願えば、オートでね。

 あと、尋ねる相手を変更したところで、あんたのオーダーには誰も応えちゃくれないわ。フーたんですら、かたくなに口を噤むでしょうね。

 お願いだから、もう少しだけ時間を頂戴ちょうだい

 別にあたしも、他のみんなも、あんたを仲間外れ、子供扱いしたいんじゃない。

 まだ時期尚早、ただそれだけの話なのよ』

「私にとっては、遅過ぎるくらいだよ」

 依然として素気すげなく返すと、私は次にロマにつないだ。



『ご機嫌よう、ミキさん。ただ、その……』

 電話口から、ロマのシリアスな声が届いた。正直、面食らった。

 一回り分に趣味界ホビジョンで起きた変化について私に解説してくれた時でさえ緩かったロマが、こうもピシッとしゃべるなんて。



 若干、気を削がれた私は、開き直ることにした。

 どうせみんなして、肝心なところは教えてくれないんだ。だったら、必要以上にえて拗ねる、執着するのはそう。

 もどかしい心境を我慢し、スイッチを切り替え、それでも私の助けになろうとしてくれているロマの気持ちに応えよう。

 それと、あとでリアに軽く謝ろう。向こうだって、私に謝罪してくれたんだから。



「……ううん。

 大丈夫。気にしないで。

 それより、ロマ。ナオくんの今のタイプとかって、分かる?

 いや、今の私が理想のヒロインだってのは重々、承知なんだけどさ。アクセント? スパイス? そういうのがしいってーか……。

 あと、いつもの調子に戻ってくれない? かえって落ち着かないから。

 いや、私に合わせてくれたっぽいのに、ごめんだけどさ」

『……分かりましたわぁ。

 そういうことでしたら、普段通りで、お力添えさせて頂きますわぁ』

 ふふっと、私は笑った。やっぱり、こっちのが落ち着く。

 まさか、このトロけそうな声と喋り方が恋しく思える日が訪れるなんて、夢にも思わなかったなぁ。



「うん。

 ありがと、ロマ」

『あんた達……まだあたしともつながってるってこと、完全に忘れてない?』

「ぎゃっ!?」

『あらぁ』

 突然リアの声が割って入って来て、私は盛大に、ロマはのんびりと驚いた。

 び、吃驚びっくりしたぁ……。これ、同時に複数と話せるんだ……。

 シンプルな作りなのに、意外と便利だなぁ。



『……ま。別にいけどね。それより、ミキ。もう平気そうね』

 リアに確認され、ハッとした。そういえば、リアに謝らなきゃだった。

「り、リア。

 その……アレなことして、ごめん……」

 いつも難しい顔してる上、怒らせるだけの心当たりがいくつも所為せいで、口籠る。

 しかし、リアは小さく溜息ためいきこぼし、あきれてるような苦笑いしてるような声色でげた。

『あら? 普段から妙に噛み付いて来るくせに、今日はヤケに素直ね。

 ま、許してあげなくもなくってよ。

 認めるのはしゃくだけど、あたしにも落ち度は多少なりともったわけだし』

「〜っ!!」

 な、何さ!? その反応!

 こっちは散々ヤキモキしてたってのに!


 

「ふ、ふんだ!! 知らない!

 それより、ロマ!」

『作戦会議、ですわねぇ。

 畏まりましたわぁ』

『……先が思いやられ過ぎるわ』

「いつまで参加してるの!?」

さっきも言ったわ。あんたがその気にさえなれば、いつでもあたしは落ちれるのよ。

 つまり、あんたの本心はあたしにも意見すくいを求めてる』

「あ〜、あ〜、あ〜!!

 聴ぃこぉえぇなぁいぃぃぃぃぃっ!!」

『……本当ホントに子供よね、あんた』

 そんな感じで仲直りも済ませたらしく。いつも通りに戻った私達は、あーでもない、こーでもないと話し合いを始め。

 一通りディスカッションを済ませたあと、ナオくんのとファースト・コンタクトに臨むのだった。


 

※ 



 現実世界の、未だに少し慣れない、大人のナオくん。

 本人にそのもりは皆無にせよ、あんな一発屋集団みたいなブレストたちをライキング入りするレベルまで(ひたすら趣味を楽しむことで無意識に)育てていたところからも察した通り、色んな属性は付いていたけど、根本は同じ、優しいままだった。



 ま、知ってたけどね。

 ちょくちょくモニターしてたし、そうじゃなくても、私の愛して止まないナオくんは、悪い子になんてなりようが無いもん。

 こんな、風変わりで突飛で危ない面ばっかな私のことも、何だかんだ受け入れてくれるんだもん。やっぱりナオくんは、私の一番いちばんで唯一だよ。



 ナオくんと一緒にる間に、いつしか私の方針は変わっていた。

『一刻も早くナオくんに、自分わたし一番いちいにして欲しい』から、『少しずつでも、ナオくんに自分を好きになってもらいたい』にスイッチしていた。

 そんな怪しい、乱暴な形で、関係を変えたくない、壊したくないと思うようになったのだ。

 

 だって、ナオくんはまだ三十路。人生半なかばだ。まだまだ人生じかんは沢山、半分以上もる。

 だったら、ナオくんの気持ちを尊重しつつ、ナオくんをリードしたり励ましたり叱ったりしながら、連れ添うように、寄り添うように、これからを歩んで行こうと。

 私が共に味わえなかった、12年もの歳月、穴を埋められるくらいに。



 ーーそうなれるなら、それで、それだけで、満足だったのにな。どうして、こうなっちゃったのかな。

 やっぱり私は、要らなかったのかな?

 ナオくんにとって邪魔、天敵でしかなかったのかな?

 私がした事はすべて、無意味どころか逆効果だったのかな?

 所詮、私達は……心を通じ合えない、出逢ってはならない運命だったのかな?

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