Re:port 5.5/ミキは絶対
ナオくん(とお供達)とのデートを終えた夜。
私は、
「うっ……」
見渡す限りの、本、本、本。
無数の本棚から発せられる存在感、威圧感に押され、私は早くも、この窮屈でしかない場所を抜け出したい気持ちになった。
別に、部屋が寒かったり狭かったりする
ただ、この、四方八方、地面から屋上まで本棚がズラーーーーーっと並べて広げられている、この景色が苦手なだけだ。
何より……ここは説教部屋としても、悪名高いからだ。
うーん……今回は、どんな用件かなー。やっぱ、ビフレスト
リアにさえ、あんなに苦言を呈されたもんなー。4人には、バレない
そりゃあ、『ずら』と『本』と来れば、ねぇ……。
「ひっ!!」
ギギギッ……と、巨人でも通るのかってレベルで大きな門が開かれ、入って来た部屋の主の手の振りに合わせ、バタンと締められた。
そして、色んな雰囲気に当てられビクビクしていた私を、この場で際立って物々しいオーラを発するフミが、睨んだ。
「……来ていたのか。
お前が俺より先に
「い、いやー……。
「……ふん。お前も多少は成長したという
そろそろ俺も、
「あ、あはは……。
お褒めに預かり、恐悦至極にございまする……」
……よもや、この
ていうか私、
いや、別にリスペクトとかまでは求めてないけど、もう少しこー、
「ん?」
態度に困り、隠す
そして、気付けば私の目の前に立っていたフミが、自分のを右手に装着した状態で、ビフレストを見せびらかして来た。
……奪われた?
「返してっ!!」
それまで殊勝なスタンスを貫いていた私は、即座にビフレストを強奪した。
意外にも、フミはすんなりと、特に拒む色も無く取られてくれた。そして、空いた右手で本を生み出し捲り出した。
今日も今日とて、考えが読めない。不気味だ。これだと、何か尋問されてるみたいだなぁ。何か
「ミキ。お前はビフレストについて。
いや……ブレストが
それについての説明のあらましを、リア達から受けたか?」
「うぇっ!?」
大して意に介してなさそうな反応に意表を突かれつつレモ○みたいな声を発し、手遅れなのを百も承知で、私は敬語なんぞ使い出した。
「え、えと、まぁ……一応?
はい……」
「なるほど。本質には至ってない、か……。
ここまで
カッ、カッ、カッと音を出して明後日な方向へ歩き天井を仰ぎ、キュッと靴を鳴らし一旦、本を閉じ振り向くフミ。
「よかろう。ならば、俺が語らん。状況が状況なのでな。
このまま野放し、看過など到底、
事態は一刻を争うのでな」
「え」
あ、あれ?
いつもはもっと、偏屈ってか、関係無い所までガミガミ説教する
それ
「時に、ミキ。
我等が主とお前が共に
主は、どこか疲れた
「え?」
フミに誘導され、私はナオくんと会っていた時を回想した。
……言われてみれば、確かに不調だったかも?
「……うん」
「では、リアに会っていた時はサボタージュを望んではいなかったか?」
……そういや、ニ倍疲れてそうではあったな。
てっきり、強烈なのに連続で絡まれたからかとばかり。
「……うん」
「では、フー……リラクゼーション担当に会っていた時は、眠気や疲れを忘れてはいなかったか?」
……確かに、急にシャッキリしてた。フーたんの可愛さに魅了されてハイになってたのかと。
関係無いけど今、仏頂面のフミが初めて可愛く思えた。
そっかぁ……『フーたん』って呼べないのか。恥ずかしいんだ。あれが正式名称だしなぁ。
「ぎゃっ」
余計かつ不名誉な
く〜っ……書籍担当だけあって、こういうのも作れるのか……。紙ではあるしなぁ……。
にしても前言撤回、やっぱり長ったらしいなぁ……。
「結論を言おう」
数秒後。頭を襲う痛みが治まった頃、そうフミが切り出した。
「ミキ。
お前が現在、行っているのは
ピタッ、と。一瞬、私の動きが止まった。
それまで脱線した
「……
静まり返った図書館の塔。
「
「お前は我等、通常のブレストとは根本的に似て非なる存在である
私の両手を穏やかに払い、フミは種明かしをする。
「ミキ。よく聞け。
お前は、この
お前の不在……それ
ーーナニヲ、イッテルノダロウ。
ーーイッタイ、フミハ、ナニヲイッテルノダロウ。
「お前も知っての通り、我等ブレストは主、
我等の不在は、趣味の有無に等しい。
同様に、リラクゼーション担当と会した場合には、主は眠気や疲れを忘れていた。
つまり、ブレストが
そして」
曖昧模糊とした私を覚醒させる
まだ完全に目覚め切れてなくても、はっきり言える。
それは、苦虫を噛み潰した
そして、この展開も、今のフミの姿も、妄想や悪夢、記憶違いや錯覚では無いという
「ミキ。お前の不在は最大、最悪の損失だ。
お前が
ただ、それだけの
「……」
視界も足も思考も定まらないままフミから、
一歩目から踏み外し、バランスを崩し、私は派手に転んだ。
最早、事故ったと言った方が適切なレベルで。
「おい」
私に駆け寄り引っ張り起こしてくれようとするフミ。
そんなフミの手を、私は出せる限りの力を込めて叩き、拒絶した。
「……あんたがやれば
そして最低な、どこまでも自分勝手な
「私が眠ってた時みたいに!!
あんたがデータや規律を守れば
私が寝てようが外に
結局、働いてないんだからぁっ!!」
「そうはならん。
そもそもビフレストとは、主が五感で捉えた物しか覚えられない我等が見聞を広める為の物。
『百聞は一見に如かず』の精神の下、就寝中など主の心に悪影響の無い時分に、
加えて、実際に主の面前に立ち、主が無意識の内に主の精神、
本来の用途であれば、さして気に留めるまでもない、些細な案件なのでな。
故に、お前が
俺に代わりを務めさせようなどと
事実、他者はさておき俺自身は、お前の代わりを満足に務められていたなどとは口が裂けても言えん。あの混沌と後悔と自責の念でのみ構成された十三年間は、俺の生きて来た中でも最大、最低の黒歴史だ」
「そもそも、そこがおかしいじゃん!!
だったら、私の代役を作り直せば
「理性と
それ以前に、お前が眠っている間、主は何にも興味を持たなかった。
無趣味、孤独を貫いていたのだ。
お前は
お前が起きてから必要によって新たに補填された者を除けば、お前の睡眠以降、ブレストは一体も作られなかったのだ。
リアも、ロマも、リラクゼーション担当も、最初から実在していたのだ。
それまで存在していたブレストだけで、
成長さえ許されないまま、な」
「……っ!!
私が実際に目の前に現れても、ナオくんは懸命に動いていた!!」
「古本屋、及び喫茶店には、主の仲間が
分かるか? 主は、自分の
お前や、主の仲間の
お前も思っていた
「……」
……
「解したか?
自分が
自分の一方的な、目先の目的ばかり優先し、
「……ないじゃん」
「……
私は、
最初に作られたブレストなんだよ!?
一人の人生と精神が、そのまま担当分野なんだよ!?
ナオくん本体に他ならないんだよ!?
他にもやらなきゃ、意識してなきゃいけない
痛かった。
頬よりも、フミが静かに流している涙が。
そこまで彼を追い詰めたのが自分という事実が。
「……それだけか?」
メリメリと拳を強く握り、爪を食い込ませ、歯が折れそうなまでに食い縛り、フミは続ける。
「仮にも仲間である俺に。
お前にとって仇敵でもある俺に、ここまで言われて。ここまで罵倒され、現実を痛感させられ、自分の仕出かした大罪と向き合わされて。
その果てに
そんな、無責任でしかない、空っぽな
だとしたら、俺は
お前なら、『最後の試練』も乗り越え、主とも理想的な関係を築いて行けるかもしれんと。
そう少しでも期待を寄せた俺自身をも、蔑むぞ」
「……」
ここに来て私は、やっと正しく理解した。
どうしてリアもロマもフーたんも、詳細を語ってくれなかったのかも。
普段は目の敵、目の上のたんこぶでしかないフミが、
結局の
『
ここまで
「ごめん……なさい……」
フミに当てられたか。
気付けば私も、ボロ泣きしていた。
「もう……こんな軽はずみな
今度こそ、本当に反省しました……。
私が……私が、間違ってました……」
土下座し、床に額を擦りつけ、非礼を詫びる。
ここまで本気で、全力で誰かに謝ったのも、生まれて初めてだ。
私は、知らない
「……俺も、言い過ぎた。
よくぞ、改めてくれた」
フミは、そう仕切り直し手を伸ばし。私に対して、微笑みかけた。
今日は初めて、新鮮な
「頼む。いつものお前に戻ってくれ。どうか、立ち直ってくれ。
俺も、お前の求める答えを授けよう。
俺の知る限りの、
「……うんっ」
やっと元気になって来た私は、フミの手を掴み起き上がった。
別に、
明るい部分だけだと、ナオくんを本当に知る、好きになる
「ねぇ。この
ナオくん、私の寝てる間、苛められたりしてた?
てか、私が長い間、気絶してたのって、
「……」
言葉を噤んだ
「ああ、そうだ。そうじゃなきゃ、お前はもっと早く目を覚ましていた
お前が再び起きられたのは、主に家族以外の、
「だよねぇ。
ちょっと残念だけど、ある意味、ラッキーかも。苦しんでるナオくんなんて、見たくないしなぁ」
「ほう?
その間に
無表情のまま、私の頬をフミが抓って来る。「痛い、痛い」と、じゃれ付く
「じゃあ、もう一つ。『最後の試練』って、何?」
「
「……あ……」
そこまでヒントを出され、私は悟った。
リアやフミが『無意味』『裏目に出ている』と言っていた、
「ナオくんへの興味を司る
ナオくんは、ナオくん《わたし》を、好きになれない……?」
コクッと、フミは無言で肯定した。
なるほど……これは、確かに無意味で、裏目に出てて、リスクに反して得る物が一つも無い
だって、どれだけ私が向こうでナオくんにアピールしても、私が
「つまり、何?
私が、ライキング1位、ホビッグになるには。
これから私は、ナオくんの目の前に現れずに、ビフレストで連絡取ったりも
そんな無茶な……。遠距離恋愛ですら、ここまで
こっちは、世界すら分かたれてるってのにさぁ……」
「それでも、やるしか無かろう。俺は不可能だったがな」
「え? どゆ
私が率直に尋ねると、フミは
「……お前が主と訪れた喫茶店。
あそこの店長は、誰を隠そう、この俺だ」
「……」
チッ、チッ、チッ……と、私の脳内で時計が進み。
「……えぇぇぇぇぇ!?」
盛大に、タイマーが鳴った。
「いやいやいや!!
おかしい、おかしい!!
「無しではなかろう。
俺の場合は、主が創作意欲を失うだけだ。命や生活とは現状、そこまで密接には
それに、俺を視界に入れさえしなければ、我等が主は小説に心血を注げたのだ。問題は万に一つも無い
そして何より、最初から最後まで、これっぽちも気付かなかった、お前が悪い。『
「え〜……。何それ〜……。
最初から料理出揃ってたし、ドリンクバーだったし、『いらっしゃいませ〜』とかも無かったから、気付く
「ん? 口に合わなかったか?」
「そういう話じゃないよね!? サービス云々の話だよね!?
あと、大変美味しゅうございましたぁっ!!」
私に散々、説教垂れといて、これだ。
「……自分で言うのも
どれだけ料理で釣っても、どれだけ真摯に、親身になろうとも、思わしい改善は
腕組みし、本気で疑問に思っているフミ。
私が彼に対して親近感を覚えた、記念すべき、決定的瞬間だった。
「分かるっ!!
予想外の共感者が現れた
考えるまでもなかった。だって私達は、ナオくんの
思い返してみると、今日は
けど、まぁ……ナオくんの
ーーなんて気を抜いていたから、
「フミ!!」
「フミさん!!」
フミを呼ぶ荒々しく大きな2つの声と共にヒロハル、アカリがノックも無しにドアの向こうから入って来た。
そのただならぬ雰囲気に押され、私とフミは手を放し、
「ミキくん!!
君も、ここに
「良かった!!
あなたも
妙なアゲを受け私は若干、戸惑った。
……
私は今まで、一方的に嫌悪し続け、
今までの態度を
「どうしたの?
何が
「あいつが……」
(本来、ブレストには呼吸は要らないので、恐らく精神的な負荷により)息も絶え絶えな状態で、ヒロハルが叫ぶ。
「ハクが……ハクが、蘇った!!」
「
あなたも、一緒に来て!!」
「『ハク』?」
察するにブレストだろうけど、聴いた
なのに、こう……
どうして、その名前を耳にするだけで、こんなにも不思議な気持ちになるんだろう。
懐かしい
「……
それまで無言を貫いていたフミが、とても苦しそうな顔色を見せ、私を見た。
助けを求めている
「ミキ。撤回しよう。
どうやらお前にとって最後、最大の試練は、たった今らしい」
フミ……ううん。他の
これは……応えないと、嘘だよね。
「……分かった」
自分の背中を押すべく一歩、前に出た私は、なけなしの勇気を振り絞り、逞しく、頼もしく見える
「受けて立つよ。案内して」
※
生き地獄。
私が駆け付けた現場の惨状に最適な表現は、それしか無いと思った。
この
ナオくんが基本的にカラッとしてる
「なに……。これ……」
無惨に壊され、真っ暗闇となった景観。
連鎖的に飛び交う、絶望と悲しみで染まり切った悲鳴。
目の前で次々と消されていく、仲間達。
極め付けに……
私達が到着した時点で、私の親友は、
残りのブレストは、私達4人だけとなっていた。
「……誰……」
いつもの崖で崩れ落ち、拳を地面に叩き付け、得体の知れない相手に怨嗟の声をぶつける。
「誰が、こんな
「僕だよ」
「っ!!」
闇夜に轟々と響く
彼とも彼女とも分からない敵は、オバケみたいな動きでゆっくり飛んで来て私の目の前まで迫り、フードの下の素顔を晒した。
「……初めてまして。いや……久し振り、かな?
姉さん」
彩度の低い中でも、夜目を持たなくても分かる
「だ、誰……!?」
服装や所業に似合わず真っ白い長髪を不気味に揺らし、緊張感も無く首を傾げ、口元に人差し指を当て考え込む悪魔。
「うーん……どっちかっていうと、『母さん』、が正しいのかなぁ」
「答えろっ!!」
腕を振りかぶり、殴りかかる。しかし、相手はヒラリと90度旋回し、難なく避け笑ってみせた。
「あははっ。そうカッカしないで。
仲良くしようよ」
「誰が……!! あんたなんかと!!」
再び距離を取って舞い上がる敵を、私はキツく睨み付ける。
フミ、ヒロハル、アカリの三人も並び、似た
それでも
「えー。
だって、君と僕は」
紙で作った大型の手裏剣を飛ばす
横目で捉えた彼の顔は、先程までとすら比べ物にならない、憎悪に満ち満ちていた。
「それ以上、余計な
ただでは済まさんぞ……ハク」
フミの命令すら一笑に付す、ハクというらしい何者か。
挑戦と受け取ったフミは、続けて手裏剣や刀、斧やクナイを
そして
「ははっ」
やった!! 誰からともなく喜んでいると突然、後ろから不気味な笑い声が届き。
振り向くよりも早く、フミ、そしてヒロハルとアカリが蹴り飛ばされていた。
「やれやれ。邪魔しないで欲しいなぁ。
さて、と」
シュタッと地面に着地したハクは、私と再び向き合い、語り出す。
その時になって
今日は、とことん濃い、シリアスな日だった
「ミキ。
僕を生み出したのは、他でもない、君だよ。
十六年前に。
だから僕は君を、『母さん』『姉さん』と称したんだ」
「……ぇ……」
言葉が出ない。その現象が実際に起こり
私は、現実と夢の区別は
ハクは、私の混乱する
「自分の記憶の一部を消去したから、君は覚えていないだろうが。
十六年前、中学に上がった頃から、僕達の父さんは陰湿な苛めに遭い始めた。
でも
それで
それに比例し、ずっと彼の中で静かに燻っていた自殺願望が静かに肥大化し、確かな意思を持ち、本格的に動き始めた」
フワフワと宙を舞い、
「もうお分かりかな?
この僕こそが、自殺や終焉への興味を司るブレストさ。
「なに……いってる、のよ……」
そんな私を嘲笑うかの
「嘘だと思う?
僕は
そして、その父さんのメンタルにシンクロした君の体を媒介に現出したんだ」
「私の……体……?」
「そうとも」
再び私から離れ、滑空し始めるハク。その表情は、どこまでも純粋だった。
彼女は、純粋に、不純だった。
「彼は根っからの善人。どれだけ冷遇されても、
でも、
そうした負の感情が、やがて一つとなり、僕を形成するに至った。
でも、それだけだ。ブレストとして現出するには、どうしても
そこで、君の感情を利用させて
父さん
そして、君の体から産まれたタイミングで、他のブレストの面前で僕に全てを語られ絶望した君は、受け入れたくない拒否反応により、中学に入ってからの
父さんのバックアップも担当する君には、それが可能だったし、君が僕の
しかし、気が動転していた
悔しい。そうとしか、私は思えなかった。
だって、ハクの明かす真実は、全て辻褄が合っている。
私の体も、心も、それが偽り、ブラフでないと訴えている。
そして、何より……そこまでしたのに、また復活させてしまったという事実が
「素直な
僕が、僕自身の目で絶えず見ていた物を、ね」
またしても唐突に私の前に降りたハクは、不気味な
「がっ……!?」
これは……風景?
そうだ。私が、これから何十年を費やしてでも消したいと願った、黒歴史中の黒歴史。
ナオくんが……苛められてた記憶。
『
面白いからに決まってんだろ。そんな
お前、マジで生きてる意味、
でも、良かったなぁ。俺等に遊んで
お前みたいな
ちったぁ感謝しろよ、おらぁっ!!』
『おいおい。寝惚けた
お前がいなくなったら、誰を練習台に的当てしろっつんだよ。
とっとと立ちやがれ、木偶の棒!! 倒れた分だけ、外周追加だからな!!
退部したいだなんて二度と言えなくなる
『おめーの両親は、誰かの希望になって欲しくて名付けたんだろ?
だったら
それしか
この、
「い、いや……!!
……
頭に両手を当てたタイミングで、私はバランスを崩し、膝を曲げながらゴロゴロと転がる。
錯乱する私を、ハクは悦に入りながら見下した。
「僕の中に存在していた記憶を、プレゼントしたのさ。
データバンクも担当する君から産まれたんだもの。僕にだって、この程度の
いや……もっと
「っ!?」
のたうち回っていた私の体を操り、隣に立たせるハク。
したり顔の彼女は、私の前に二つの映像を投射した。
片方は自室に
もう一つは、空に広がった巨大なスクリーンで、それを見ていたブレスト達。
「なん、で……」
ナオくんが、自分の部屋で、ベッドの上に座っている。
これだけなら別段、取り上げる、取り糺す
問題なのは、今のナオくんが、
『もう
仕事なんて、どうでも
「……え……」
普段のナオくんなら、
『ち、ちょっと、ボス!! 何言って
仕事担当のリアが直ぐ様、抗議を
仕事への関心を無くした
さも
「くっ……!!」
「おっとぉ」
手足を動かせない状態でも
「いけないなぁ。仲間の最期の勇姿を、きちんとご覧よ。
あははっ」
「……あんた……!!
それ以上、何も言えなかった。
私の口は、見えないジッパーを付けられ閉じられたかの
「分かるかな?
僕は別に、有無を言わさずにブレスト達を始末した
『要らない』、『まやかし』、『どうでも
そう父さん
「そこまで追い込んでおいて!!
私の横に立つハクに向けて、剣を構え特攻するヒロハル。
ハクは、彼を見ただけで、ヒロハルを即座に突き飛ばした。
「いや……少し、違うな。
僕は彼女に消される寸前、彼女の肉体に、僕の
そして彼女が目覚め、またしてもストレスを、今度はピークに達するまで溜めたタイミングで、僕が過去に用いていたビフレストを送り、
そして、彼女が父さんと関わっている
いとも
その中に僕が介入し、同化、増加させるなんて、実に自然、
そして、君がフミと駄弁ってる間に、力を最大まで高めた僕が、夢の世界に入り込み意識が不鮮明になった父さんの体と心を完全に侵食、支配。闇一色で染め上げたという
ちょっとでもネガティブな
「よくも、そんな
どうにか戻って来たアカリが、ハクを責める。体を反っていたハクは、目線だけアカリに送り、続ける。
「『
僕はただ、
ま、君達ときちんと向き合う、話し合う
僕と君達とでは、読んで字の
「あっ!!」
足を挫かれたのか、アカリが倒れる音がした。
そして、仲間が消された
「そもそも僕は、ブレストという仕組みからして疑問なんだ。
知ってるかい? 『ブレスト』とは、『感情』を意味するが。
ボク達の場合の『ブレスト』のスペルは『b-rest』。
つまり、『ボディ』を『レスト』させるという意味さ。
僕達は、
じゃあ、その僕達自身は、いつ休むんだい?
毎年、毎月、毎週、毎日、毎時間、毎分、毎秒。ずーっと、
主が趣味に明け暮れていない時でさえ、自分の担当分野の情報整理に追われる。
終いには、飽きたら問答無用で消される。
視線を戻したハクが、ここに来て初めて真顔となり、自分の悲願を語った。
「だから、僕が改革する。
当初の目的通り僕が、この
そして、食事と睡眠も
一気に四十近くの興味を失い気絶した彼が今、どこに
発狂していた彼は、通報を受けた警察官により病院に運ばれ、完全に愛想を尽かされたが
そして今、仕上げとして君達を否定、拒む
彼は
……最高のシナリオだと、思わない?」
「……思っている。最低な、
未だに
が、掠る寸前で、その刃がハクの前で、フミの体ごと静止した。
「……やれやれ。
一抹の希望を抱いていたのだけれど……やはり君達とは、根本的に相容れないらしい」
興醒めした
『無理だ……。
俺に、小説なんて書けやしねぇ……。こんな……心が、不安定な
「がっ……!?」
フミの体が透明になり、やがて光となって消滅した。
それまで私が見させられていた、消えたブレスト達の
『そうだ……。
ヒーローなんか、この世に
可愛いからって、
「ぐっ!!」
「あぁっ!!」
続いてヒロハル、アカリが、私の目の前から
今、ナオくんの内側を構成しているのは、記憶のコピーと、理性と、
「さて、と。
そして今、それすらも、失われようとしていた。
私の目の前に立つハクが、私を消そうとしていた。
「僕に体をくれてありがとう。
どうか、見守っていて。この
操り人形でも操作するかの
『もう、何もかも、どうでも
俺なんて……死んでも、誰も、何とも思わねぇよ……。
誰も、
「……」
果てしない寒気に包まれた。私がまだ産まれたての頃、体が不安定だった時の比ではない
やがて私の視界は、白に覆い尽くされ……何も、分からなくなった。
※
「フー。フー」
「ん……ぅ……」
誰かに優しく揺り起こされ、私は目を開けた。
あれ……。ていうか、この声……。
それに、口調……。
「フー……たん……?」
「フー。
ミキー。だいじょーぶ?」
涙していたフーたんは私に微笑み、ゆっくりと体を起こしてくれた。
「ありがと……。
でも、
「フー。フーの、ちか
フーは、ゆめをみせ
「『夢』……?」
フーたんから答えを聞かされ、程なくして私はハッとした。
そうか。確かにフーたんは、睡眠中に大忙しなブレストでもあった。
つまり、ハクにブレストが消える幻を見せ、ブレストが消える前にナオくんの遠隔精神操作を止めさせ、ボードに幻覚を被せ、何かのテクスチャを貼る
そして先程も、同様に私を助けてくれたのだろう。
「フー……。
ごめんなさい……。
ミキしか、まも
フー……みんなを、しなせ、た……」
自責の念に襲われるフーたん。私は、そっと彼女の手を取り、次に彼女を優しく包んだ。
「……あなただけでも無事でいてくれて、
私を助けてくれて、ありがとう……。
あなたは、何も悪くない……」
「……ほんと?
フー……みんなに、ミキに、きぼら《あ》わ
「嫌いになんて、なれる
「ふ、フー……」
私に拒まれなかった
フーたんは、声を上げて
その間、私は彼女を、ずっと抱き締めていた。この一時だけでも、世界から彼女を切り離すかの
やがて鼻を啜る素振りすら無くなったフーたんは、袖で涙を拭い、どこかを指差す。
あっちは……確か、ライキングのメイン・ステージの有る方角だ。
「フー。
パパマスター、あそこ」
「え?」
あ、そっか。ナオくんは今、
「フー……。
ミキ……やっぱ
「……うん。そうだね。
私達のパパのピンチだもん。見過ごせないよ」
立ち上がり、スカートに付いた埃を軽く払い、私は覚悟を決めた。そんな私に影響されたのか、フーたんも気を引き締めた。
「フー。フーも、いく。
ミキとパパマスター、たすけ
「ありがと。
じゃあ、お手伝いしてくれる?」
「フー」
エイエイオーと言わんばかりに、フーたんが拳を挙げた。
私も
「ナオくん。
待ってて。今、助けに行くから」
ハク。あなたは、分かってない。
ナオくんは、ずるずる引きずりながらも、きちんとやり遂げようとする根性を持っている
強くも眩しくもないけれど、決して
だから、私も負けない、曲げない。
何度だって、いつだって、どこでだって、誰が相手だって、どんなに勝ち目が無くったって。
「
自分を奮い立たせた私は、フーたんを連れ一路、最終決戦の場……メイン・ステージへと、一目散に走り出した。
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