Re:port 6/ミキはもう寝ない

いよいよか……」

 メイン・ステージが見えて来た辺りで、私は軽く屈み、フーたんと目線を合わせる。



「ごめん、フーたん。

 私、これからフーたんに、かなりひどいお願いする。

 それでも……付いて来て、くれるかな?」

 フーたんは目をパチクリさせたあと、おずおずと手を挙げ、上目遣いで私に尋ねる。



「フー……。

 パパマスターや、ア、マ、ユカ……みんな、たすけ?」

「……うん。絶対ぜったい、全員、助ける。

 そのためにも、フーたん。これからする私のお願い、叶えてくれるかな?

 フーたんがなきゃみんなを助けられないの。

 けど、フーたんがお手伝いしてくれたら、みんなを救えるの」

「……フー。分かった」

 まだ不安そうながらも、決心するフーたん。

 気持ちを新たに、私達はハクの元に赴いた。



「そこまでだよ!!

 この、親不孝者!!」

 メイン・ステージのセンターに立っていたハクは、私からの罵倒を受け、振り向いた。



「……ちょっと驚いたよ。まさか、生き延びていたなんて。

 通りで、フルレストアが叶わなかったわけだ」

「『フルレストア』?」

「簡単に言うと、ゼロから作り直すってことさ。

 父さんはすべての感情を失い、肉体と命さえ捨て、来世で新たに生まれ変わる。

 そして僕は、すべての趣味界ホビジョンを破壊し、同胞達を解放する」

 演説めいた調子でしゃべり、ハクは右に移動する。

 先程までハクに隠されていたが、奥にナオくんが捕らえられていた。

 十字架に縛り付けられ、鎖につながれ身動き一つ取れない状態で。



「み……き……」

「ナオくんっ!!」

 急いで壇上に登り駆け寄ろうとした私の前に、ハクが立ちはだかった。



「あんた……!!

 何、してくれてるのよっ!!

 あんたのご主人、父親なのよっ!?」

生憎あいにく、僕はもう彼に見切りを付けている。

 このせかいも、もう崩壊寸前さ。

 あきらめるんだね」

「誰がっ!!

 そもそも、ナオくんが死んだら、あんただって!!」

「そう。死ぬね。それが何?

 どうせ、ブレストなんて、いつ死ぬか分からない不安定な存在じゃないか

 自分で死期しきを選べるだけ、増しマシじゃあないのかな。

 それに、ご心配く。

 僕の分身を、他の人間の精神に宿し、別の趣味界ホビジョンに引っ越し、あたかも住人のように振る舞えば、なんの問題もく生き延びられる|。

 そうして、すべての人間の精神を壊し、外界をブレストの天下にする。

 それが、僕の最大の望みなのさ。

 とってもいアイディアだろう? 

 ねぇ、父さん」

 不気味に笑い、ナオくんに答えを求めるハク。

 ナオくんは、俯きながら弱々しく返す。



「……ミキ……。そいつに、全てを教えられた……。

 悪かった……。お前の事情……俺は、何一つ知らなかった……。本気で知ろうともしてなかった……。

 まさか、こんなダメダメな俺に、あそこまで尽くしてくれる存在が現れようだなんて……」

「『ダメダメ』なんかじゃない!!

 ナオくんは、格好かっこいよ!!

 私のことなんて、何も気にする必要無いっ!

 そもそも、分かる、信じられるわけいじゃん!

 私がわざと、伏せてたんだよ!」

 消沈、傷心中のナオくんにぐにフォローするも、ハクに蹴り飛ばされ、私の言葉は断ち切られる。



「謝り合う、慰め合うのは一向に構わないんだけどさぁ。

 僕もるって、忘れてない?

 出来れば直接、手に掛けないのがポリシーってだけで、その気にさえなれば」

 ナオくんと離された私に右手を翳し、闇のオーラを溜めるハク。



めろ……もう、めてくれぇ!

 お前の標的は、俺だろ!? これ以上、その子を傷付け

 ハクが遠隔操作した鎖に口を塞がれ、何も離せなくなるナオくん。

 ハクは、億劫そうに頭を掻いてから、再び私を捉えた。

「もう忘れた?

 僕は前回の反省を活かし、徹底的に、完璧に物事を終わらせる方針にシフトしたんだ。

 そういうわけだから、姉さん。僕の手でじかに、始末してあげるよ」

 闇の力をボール状に纏めたハクは、それを私に飛ばして来る。

 触れた刹那せつな、私の体は爆発に巻き込まれ、たちまち木っ端微塵となった。



「ミキッ……!!

 ミキィィィィィッ!!」

 どうにか話せるようになったナオくんが、悲痛な叫びを上げる。

 ハクは、やや満たされた表情のまま、このせかいの中心……宙に浮かぶ、消されたブレスト達の情報が載ったボードを見。

 そして、怪訝そうな顔色を見せた。

「……なんで、表示されない?

 確かに、たった今、この手で」

「簡単だよ」

 我に返り振り返って語ったハク。その画面に空中回し蹴りをお見舞いし、私は危なげ無く着地した。



「まだ倒してないからだよ。

 私は、何事も慎重派、正確性重視、神経質、ようは臆病なナオくんの理性だよ?

 無策で感情的に、勢いとご都合主義任せで特攻仕掛けられるほど、イケイケガンガンじゃないの」

「ミキッ!!」

 まだ私が生きているという事実を、ナオくんが泣きながら喜んでくれた。



 そんなナオくんは突如、自由の身となり、さらに姿を隠す。

 その様子ようすを目を見開き刮目していたハクは、それまでの柔和、無邪気な雰囲気を無くし、ぐに私に怒声をぶつけて来る。



「何を……何を、したぁ!?」

「ナオくん助け」

 ニィッと口角を上げてみせ挑発する。



 さも私の手柄のように振る舞っているが実際には、私の分身を作り、姿を眩ませ、偽の鎖でカモフラージュしつつナオくんを本物の鎖から解放し、ナオくんが動けるようになったと同時に同じく不可視化してくれたと、全てフーたんのおかげである。

 そうとは露知らず。ついに沸点に到達したのか、ハクは黒い騎士を何体も作り、私を取り囲む。



「消してやる……!!

 一思ひとおもいに、消してやるぅっ!!」

「ふーん」

 余裕振りつつ私は、先程までナオくんのた場所までジャンプで移動し、ナオくんを縛っていた鎖を騎士に向かって蹴り付ける。

 案のじょう、爆発した。やっぱり、さっきのボールと同じ素材か。

 つまり、あの騎士に指一本でも触れたら、ドカーンッと。分かりやすっ。



「ふむふむ」

 割とピンチな状況で、私はマイペースにストレッチし。

「おりゃぁぁぁぁぁ!!」

 正面から、敵陣目掛けて突っ走り。

 触れる→爆発→無傷、触れる→爆発→無傷。といった具合に、駒を掃除して行く。



「ば、馬鹿バカな……!?

 なぜ、消滅しない!?」

「よっと」

 爆風が消え去ったタイミングで、服すら元通りのまま現れた私は、ハクを指差し断言する。



「決まってるよ!!

 私は、ナオくんを幸せに、自分を好きにさせなきゃいけないから!

 こんなところじゃ、形じゃ終われないの!!

 せめて、ナオくんに素敵な奥さんが出来て、何人も出来た子供も独立して、ナオくんに可愛い孫達とイチャイチャ、デレデレしてもらい、天国でナオくんを褒めるまでは、意地でも見守り、生き抜いてやるんだから!!」

「訳の分からんことを……!

 いつまでも、垂れるなぁ!!」

 騎士達を一斉に操り再び取り囲み、一気に仕掛けるハク。



「よっと」

 ヒョイッと跳躍し、わけも無く掻い潜り着地した私は、激突し、他の騎士達たちをも巻き込んで爆散するさまを見て得意気になる。

 そのまま腰に手を当て胸を張り、ハクに喧嘩を売る。



「どう? 大人おとなしく、みんなに謝る気になった?」

「……」

 私からの質問に対し、無言を貫くハク。てっきり、兵を全滅させられ、怒り狂ってるのかと思った。

 しかし、違った。私は忘れていた。

 彼女もまた、ナオくんから生まれていたのだということを。



「フー!!」

「おわっ!?」

 最初にフーたん、続けてナオくんの悲鳴が、私の耳に入って来た。

「!?」



 声の聞こえた方を見やると、隠れていたはずの二人が姿を晒して転んでおり、おまけにすでに囲まれていた。

「く、くくくっ……あはははははっ!!」

 黙っていたハクが、ここに来てようやく口を開き、私に挑戦的な視線を向けた。



「甘いよ、姉さん。

 父さんのデータや理性しか担当していない、なんのスキルも持たない姉さんが。

 あれだけ僕に痛めつけられたというのに、おめおめと乗り込んで来るわけい。

 姉さんに協力者がことなんて、最初から読んでいた。

 いや……考えるまでもく、瞬時に取っていたさ。

 あとは、姉さんに悟られよう、最初は姉さんの思い通りにことが運んでいると錯覚するように泳がせ、父さんが離れるまで自由にさせて、そして今、こうして追い詰めたのさ」

 溜めていた分も含め一気に捲し立てたハクは、再び狂気的に笑んだあと、ステージを降り周囲を見回す。

 


「チェック・メイトかな?

 さて、と。そろそろ出て来なよ、本物の姉さん。

 今まで倒される度に作られてたのは、偽物なんでしょ?

 早くしないと、父さんたちが無事じゃ済まないかもよ?」



 やれるだけのことは、やった。

 思い付く限りの、手は尽くした。

 精一杯、最後まで足掻いた。

 それでも、敵わなかった。流石さすがに、もう何も出来できない。

 ……万事休すだ。



「……ナオくん。

 ごめん」

 中途半端にしか助け出せなくて、ごめん。

 多分、これからいやな思いをさせることになるけど、ごめん。

 腹を決めた私は、フーたんと作戦会議をしていた、建物の裏から姿を現した。



「……これで満足?

 二人には、手を出さないで。

 全部、私が……一人で、引き受けるから」

「ミキッ!!」

「ミキィィィィィッ!!」

 二人からの、悲痛な叫び。

 申し訳ないけど、今度ばかりは、どうしようもない。

 ハクの、勝ち誇った顔が、何よりの証拠だ。



 私は、負けた。

 私が消えることで、ナオくんは本当ほんとうに死んでしまうだろう。

 理性を失った状態で、新たにブレストを設けることは不可能だし、フーたんには悪いけど、まだ幼い彼女に代役は荷が重過ぎる。

 そもそも、仮に務まったとしても、その前にナオくんの心が崩壊してしまう。



 本当ほんとうに……これで何もかも、おしまいなんだ。

 ナオくんは……死ぬ。



「……フーたん。

 巻き込んで、ごめん。

 あんなこと言っといて、格好かっこ悪くて、ごめん。

 ナオくんも……色々、ごめん。

 ホント……ダサダサだよね、私。

 でも……最後くらいは、きちんと締めるから。

 ほんの、数秒だけでもさ。

 最後まで二人を、守ってみせるから」

「フー!!

 ミキィ!!」

なんだよ……!!

『最後』だなんて、言うんじゃねぇよ!!

 いつもみたいに……!! ……俺みたいに!!

 本当ホントりもしねぇ空虚な自信ひけらかして、『平気』だって!!

『何とかなる』って、笑ってみせろよ!!

 お前らしくねぇじゃねぇか!!」

 自嘲モードの私は、なおも私を見捨てまいとする二人に土下座しつつ、静観していたハクの前に立った。



「……ほら。好きにしなよ。

 ただし、二人にまで手ぇ出したら、承知しない」

「そんなことはしないさ。君さえ消えれば、事足りる」

 不敵に私に微笑むと、ハクはてのひらを広げ爆弾ボールを作り、振りかぶる。



「これで……ゲーム・オーバーだ」

 私に向けボールを投げようとするハク。

 やはり怖く、悲しくなり、私は目を閉じ。



 ーーようとしたタイミングで、ハクの動きがピタリと止まり。

 その表情が、困惑で染められた。



「なん……で……」

 まるで心当たりが無かった私は、ハクに続いて後ろ……ナオくんとフーたんが倒れている場所を振り返り。

 ハク同様に、絶句した。



「ふー」

「ざっと、こんな所でしょうかね」

 ナオくんとフーたん以外には、物言わぬ騎士達たちしかなかった空間。

 その、すで騎士達たちが殲滅させられた場所に二人、言語を解する存在が、間違い無く立っていた。

 フーたんが実際に会ったことい、幻覚なんて作れるはずい、紛れも無く本物の人間。



 冴島と、犬原が。



「ふ、フー……?」

「あ、あー、うん。大丈夫っスよー。

 自分たち直希なおきさんの知り合い? 親友? 戦友? 同僚? オタ友? カラオケ同盟?

 まーかく、君の味方っス!

 ね? あきらさん」

「言わずもがな。

 そもそも、こんな、可愛さのバーゲンセールみたいな尊い存在を平気で、笑顔で傷付けられるほど、私は落ちぶれてなどいませんよ」

あきらさん! それ、セウトっス!

 そこはかとなくない犯罪っス!! 」

「失敬な。拝み、崇めるのみですよ。そこら辺は弁えています。

 それより、立てますか? 直希なおきさん」

「あ、ああ……。それより、お前等……」

 なんの答えを求められているかを瞬時に悟った冴島は、ナオくんを引っ張り直立させたあと、ポケットから一枚の紙を出し、クールに眼鏡を整えた。



「あなたと向かった喫茶店。その帰りがけに、このメモが店長によって仕込まれていました。

 ブレストの事情はすでに把握済みです。

 開き直り受け入れ順応さえすれば、この程度を理解することなど、店のマニュアルを一晩でマスターした私にとって、造作もことです」

「で、自分にも情報共有されたっス!

『もし趣味界ホビジョン崩壊のピンチが目前に迫ったら、ユカリさんの力で呼び寄せるから、協力してしい』って!!」

「彼女が消せるのは、直希なおきさんが生み出し、直希なおきさんに拒まれたブレストのみ。

 つまり、他の世界の、ましてやブレストでもなんでもないれっきとした人間である私達を、消すこと出来できない。

 ゆえに、あのボムへ……失敬。爆発する騎士に触れても、なんのダメージも受けなかったというわけです」

 そういえば、ナオくんと行ったのは、フミの店だった。

 つまりフミは、あの時点で諸々を予見し、先手を打っていたというわけだ。



 まったく、恐れ入る。

 まさか、この私にすら、なんの説明も無いだなんて。

 敵を欺くにはず味方からとは、よく言ったものだ。

 


「冴島と犬原だけじゃないぜ!!」

「私達もるわ!」

「俺もだ!」

「自分も!」

あたしも!」

「私も……!」

「え?」

 屈強な男性。

 逞しそうな女性。

 如何にも店長という風貌の人物。

 しっかりしてそうな壮年。

 今時風の女子。

 ちょっとナヨナヨした女子。

 ベテランっぽい奥様。

 聞き覚えのい声と共に続々と助っ人が現れ、ナオくんに駆け寄った。



 いや……話したことは無いけど全員、見覚えだけはる。

 みんな、ナオくんと同じ古本屋で働くスタッフ、同志達。

 その全員が、この場に揃っていた。



「こ、こんな馬鹿バカな……!?」

 さしものハクでも劣勢と踏んだのか、後ずさる。

 そんな彼女に対し一歩、前に出た冴島がクールに告げる。



「あなたは、物を知らなさぎる。

 人間にとって、最大の武器。

 それは、全幅の信頼を置ける仲間と、絶やさぬ日々のコミュニケーションと、迅速かつ確実なるほうれんそう

 すなわち、絆です。

 喫茶店で手紙を頂いてから、その日のうちに、直希なおきさんには秘密裏にグループを作り、いざという時に備え、我々は改めて結束していたのです」

 眼鏡を直した冴島が、強気に嘲笑った。



「あなたは、舐めぎていたんですよ。

 人類……いや。君生きみじょう 直希なおきという我々の、かけがえのい、大切な仲間を!!

 過去? 自殺願望? 知ったことか!!

 我々が求め、必要としているのは今の、うちで働いてから今日まで見て来た、これからの直希なおきさんただ一人!!

 それを阻まんとする愚か者は、たとえ人外だろうと、直希なおきさんから生み出された存在だろうと、神だろうと悪魔だろうと天使だろうと、全力をもって排除するのみ!!」

「そうっス、そうっス!」

「もっと言ったれ、未来の店長!

 色付けるぞ!!」

「いや、店長あなたからも何か言ってくださいよ。恥ずかしいでしょう?

 あと、このタイミングでいきなり引き継ぎしないでください。

 ところで、如何いかほどですか?」

うち切ってのエンジン、オアシス、潤滑油、マスコットを奪おうなんざ、そうは問屋がおろさねぇぞぉ!!

 直希なおきなくなるなんざ、閉店も同然なんだよ!!

 そもそも、直希なおきがいなきゃ、俺の秘蔵、自慢コレクションを誰かに貸し出したい欲求を誰で発散しろってんだよ!

 タツヤは不滅、年中無休なんだよ!」

「常にみんなことを第一に考え、気にし、助け、敬い、非番の日ですら話題になるほどに全員に好かれてる直希なおきちゃんがてくれるからこそ!

 うちは、そこそこ穏便に、喧嘩けんかやストレスもさほど無く綺麗に纏まってるのよ!!

 それを抜きにしても、こんな優しい子を奪おうだなんて、罰当たりにもほどるわよ!! 冗談じゃないわ!!

 おばちゃん、許さないわよ!」

「他の手下共は全員、やっつけてやったわ!

 あとはあんただけよ、この悪魔め!

 あたし達全員を敵に回したこと、たっぷり後悔させてやるんだからっ!

 けちょんけちょんにしてやるわ!!」

「は、はい……! します……!

 けちょんけちょん……!」



 ……たまらない。

 たまらなく、うれしい。



 ナオくんは……私が愛して止まないナオくんは、本当ホントに恵まれている。

 私よりやや劣るレベルで愛してくれてる人が、こんなに沢山、るんだから。



「ま、待ってくれ!!」

 すっかり流れが出来できた頃、ナオくんが一同を止めた。

 最初に喋ったのは、冴島だった。



なんですか?

『俺とはもう関わるな』。

『お前等ことなんて、どうでもいいし、なんとも思ってねぇ』。

 そんな馬鹿バカな、馬鹿バカにしてるようにしか思えないことを、また言うもりですか?」

「そうだ!

 俺は、みんなひどことをした!

 本性隠して、ずっと騙してたし、迷惑かけ続けたし、仕事だって満足にこなせたもりは更々、ぇ!

 今日なんか、最悪だ! そいつに操られていたとはいえ、体調が悪いわけでもくせに無断欠勤し、あまつさえ心配して家に来てくれたお前と犬原を、最低な台詞セリフで突き放した!

『お前と俺は違う!』『曖昧な関係でしか付き合ってない、結局は赤の他人でしかないお前に、俺の何が分かるってんだよ!!』ってな!

 見放されてしかるべきじゃねぇか!!

 だってのになんで、こんな俺なんかのために、ここまで!?」

「ナオくん……」

 私は、考えが甘かったかもしれない。

 別に私が連れて来た訳でもないし、不測の事態ではあるけれど、こうしてリアルの世界から大勢の救援が来たというのに、ナオくんは未だに自分を卑下している。



「ははっ……はははははははっ!!」

 ナオくんに一言物申そうとした矢先、ハクの笑い声が戦場を駆け抜けた。

本当ホント……幸せだよ、君達全員。

 際限なく幸せな思考回路だ」

 遠回しに煽り、天高く腕を突き上げ。



「ぐっ……!?」

「がっ!!」

 誰ともなく胸を抑え、苦しみ出し一人、また一人と崩れて行った。

 私とフーたん、ナオくんを除いて。



「確かに僕が消せるのは、父さんのブレストのみ。

 人間に対して危害を加えることなど、不可能だよ。

 しかし、おかしいとは思わないかい? 何故なぜ一年間以上にも渡って父さんを虐めて来た連中が、ある日を境に忽然と大人しくなったのか。

 簡単だよ。彼僕等の夢の中に僕が侵入し、それまで父さんがやられて来た一年分の痛み、苦しみを、業の深さによってオマケも付け、ほん一夜ひとよの睡眠の間に凝縮して味わわせたからさ。

 ゆえに、『君生きみじょう 直希なおきを虐めると、とんでもない悪夢を見させられる』なんて、当たらずとも遠からずな噂が広められ、虐めは無くなったんだ」

 私から離れ、ナオくんの同僚達の間を、ハクがゆっくり歩く。



「更に言うと、君達の意識は今、僕の趣味界せかいに存在する。

 君達は今、人間としてではなく、ブレスト、精神その物として扱われているんだ。

 となれば、虐めの現行犯達の夢の中に侵入し間接的に痛めつけるよりももっとシンプルに、剥き出しの君達にダメージを与えられる。

 丁度、ミキと会っていた時の父さんみたいに、ね」

「な……に……」

 ここまでは流石さすがに想定外だったらしい。

 仕事モードでは真顔をキープしてばかりいた冴島の顔に、冷や汗が見え始めた。

 他のみんなも、露骨に苦悶の表情を浮かべ、動くことさえかなわない状態にあった。


 

 ハクだけが唯一、この場でなおも笑っていた。

 しかし彼女は、冴島達への攻撃をめ、やっとみんなが落ち着いた様子ようすを見せた頃合いに、ナオくんに残酷な提案をする。



「さて、父さん。

 そろそろ、終わらせることをお勧めするよ。

 さもないと、如何に精神体とはいえ、大切なお仲間がピンチだよ。

 ひょっとしたら、このまま、父さんの心の中で、父さんの所為せいで、父さんのために、消えちゃうかもよ?

 父さんが植物状態になるのと、みんなが陥るの。

 果たして、どちらが早いかなぁ?」

「っ!!」

 意見しようとする同僚達。

 が、空かさず冷たい視線を向けられ、自分達の命が未だに握られたままなのをアピールされ、押し黙ってしまう。

 薄情、だなんて思わない。下手したら死ぬかもしれないんだ。おまけに、自分達の所為せいで、かえってナオくんを追い詰めてしまった。

 誰だって、口を噤むに決まってる。



「……」

 静寂に包まれる中、ナオくんが一歩、前に出た。




「〜っ!! 駄目ダメッ!!」

 ハクの挑発に乗り、みずからを捧げようとしたナオくんを、全力で止める。

 ナオくんは私には目もくれず、ひたすらハクだけを、自分が消える未来を見詰めていた。



「……ミキ。分かってくれ。

 これ以上、みんなを傷付けるわけにはいかないんだ。

 俺が、みんなを巻き込んだんだ。

 俺が終わらせるのが、道理だろ」

「だからって!!

 何も、そんな方法で終わらせることいじゃんか!!」

「他に方法が無い。時間は、もっと無い。

 頼む。分かってくれ」

「……っ!!」

 なんで? なんでなの?

 ……なんでっ!!



「ナオくんのっ……!!

 馬鹿ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 ナオくんの左手を封じていた体を離し、私はりったけの力を右手に込め。

 思いの限り、心の命じるままに、ナオくんを引っぱたいた。



 意識が回復したフーたんが、倒れていたナオくんに慌てて駆け付けた。

 そんな二人や冴島達に罪悪感を抱きつつ、私は涙ながらに叫ぶ。



なんでっ!!

 なんでナオくんは、いつもそうなのさっ!!」

 倒れていたナオくんの胸ぐらを掴み、私の目線の高さまで掲げ、訴える。 



「私だって、常にナオくん至上主義なわけじゃない!!

 私はナオくんのアクセルであり、ブレーキなのっ!

 そこら辺も思い出してもらった前提で、言わせてもらうよ!

 なんで、そうまでかたくなに、自己犠牲するの!?

 どうして、そんなにまで、自分を雑に扱うの!?

 そんなことされても、君の周囲にみんなが悲しむ、辛くなるだけじゃん!

 みんなは君の、そんな顔が見たくて、そんな台詞セリフが聞きたくて、危険を承知でここに来たわけじゃない!!

 君を助けたい、守りたい、力になりたい、生きてしい!! そう願ったからこそ、ここにるんだよっ!!

 そんなことされたらかえってキツいって、どうして分からないの!?

 いつまでも気付きづかないりして、末読スルーし続けていないでよ!!

 通知が来た瞬間に消して既読スルーして、自分は確認しといて、無かったことにしないで、ちゃんと見てよっ! 」

 私に同調するかのように、後ろにみんなが、言葉を発することすら出来ないまま、必死にうなずいてみせた。


 

い加減、認めてよ!!

 今のナオくんには、ナオくんをきちんと理解してくれてる大切な人が、沢山居るのっ!

 みんな、まだナオくんのすべてまでは知らなくても、知ろうと、知りたい、教えてしいと、受け入れたいと思ってくれてる、ナオくんが好きで好きで仕方ない人達なのっ!

 自分を傷付けることでしか生きてる実感を持てなかった、昔とは違うのっ!!」



「っ……!?

 お前、なんで……!?」

 それまでだんまりを決め込み、バツが悪そうに明後日の方を何となしに向いていたナオくんが、私の方を正面から見た。

 その眼差しは恐怖で満たされていて、わずかばかりの諦念が見え隠れしていて、やり方を間違えたのだと悟った。



 ……分かってる。激しく怒るだけが、叱り付けることじゃない。

 私がさきに言いたいことは、もう言った。

 ここからは、もう少し緩やかに行こう。

 そう自分に言い聞かせて、言い方や言葉、声色にまで気を遣い、私は喋り始める。



「知ってるよ。正確には、思い出した。さっき、無くした記憶を植え付けられたから。

 私は、ナオくんの理性だよ? ナオくんの思考、感情は、そのまま私にじかに伝わるの。

 君が苦しんでた時……私だって、君と同じ分だけ、苦しんでたんだよ?」

 そろそろ精神的に耐えられなくなって来たのでナオくんを降ろし着地させ、そっと彼の手を取り、続ける。



「そんな私だからこそ、言わせてしい。

 もう、君自身を責める、攻める、縛る必要なんて、どこにもい。

 君の周りにはもう、君を傷付けたいだけの、悪趣味極まりない乱暴者はないの」

「え? 僕は?」

うっさい。少しってか、永遠に黙ってろし」

「我が姉ながら、ご挨拶だなぁ。

 こっちは、こうして茶番に付き合ってあげてる上、君の仲間達も一時的に解放してあげたというのに」

 自分が諸悪の根源なのを棚に上げ、他人事みたいに言い放ち、かたすくめるハクを余所目に、私は再びナオくんを見た。



「君はもう、自分の命のためじゃなく、自分の心のために、誰かを助けていんだよ?

 ううん……本当ホントはもう、君は無意識の内に、そうしてるのかもね。

 本当ホント……もしかしたらナオくんって、私よりも知らないことだらけかもね。

 人との付き合いを散々、意図的に避け、怠って来た所為せいで、人との付き合い方とか、本来なら知ってて不思議じゃないこと、てんで分からないんだもん。

 まぁ……そのお陰で好かれてる部分も多分にわけだから、結果オーライってか、不幸中の幸いだね」

 私が後ろを振り向くと、冴島や犬原くんを筆頭に、みんなが無言でうなずいた。

 本当ホントは自分達も一言、届けたいけど必死に堪えてるのが、全身から伝わって来た。



「ね? ナオくん。

 私、ナオくんのこと、好き。大好き。大、大、大、大、だーい好き。

 だって、そういうふうにプログラムされてるから。

 でも、こうして、設定とかじゃなく、きちんと、正しい形で、ナオくんの人柄がらを心から好きになってくれた人が、なん人もるの。てくれてるの。

 まだ出会ってないけど、君を正攻法でオトしに来てくれる人も、きっと現れる。

 だから、ナオくん。その人達のことを、うんっっっと大切にするためにも、自分もきちんと好きになってあげて。

 きちんと自分の本心と、良い面と悪い面と向き合って、話し合って、守り、敬って。

 だって、今までもこれからも、ナオくんがいっち番、長く付き合って行くのは、他でもない、ナオくん自身だもん。

 いつまでも粗末に扱ってちゃ、その内、みんなにまで愛想尽かされちゃうよ。

 折角せっかく、ナオくんを好きになってくれた人達なのに、そんなの、勿体無いと思わない?

 こんなナオくんを、大切にしてくれる人達なのに」



「……なんだよ。『こんな』って。

 しかも、なんで俺がオトされる側なんだよ」

「え?

 だってナオくんのポジ、どう考えてもヒロインだし、実際に現在進行系で捕われてるし、私=君だからって今のところナオくん、主人公のくせして見せ場も背景もてんでいし、そもそもオラオラっぽいくせして実は自信が無いとか確実にヘタレってか姫、健気、乙女受け「OK、ブレーキ、ミキ」」

 あらぬ方向に拍車がかかった私の口を手で塞ぎ、調子の戻って来たナオくんは、私に救いを、掬いを求める。



「俺……面倒めんどいぞ?」

「熟知してる。そこが可愛いのも」

「誰かに親切にした分だけ、相手にも同等の対価を求めてるぞ?

 むしろ、それ目的でやってる節もある」

「君がきちんと見てないだけで、君はすでに充分、与えられてるよ。

 だからこそ、今日まで生きやって来れたんじゃん。

 本心なんだから、偽善じゃないだけ増しマシだよ。

 気持ちは分かるけど、高望みはしちゃ駄目ダメだよ」

「この年になって、誰かに褒めてもらいたくて仕方しかたんだぞ?」

「今まで、真面まともに褒められたことが無かったんだもん。

 いーっぱい、甘えればいよ。

 ただし、多くを求めぎたり、調子に乗り過ぎないでね」

「『言葉を交わさずとも通じ会える関係』に、未だに憧れてるとか、笑えるよな?」

「君が相手の動きを観察してれば、何も言わずとも、自ずと出来できようになるんじゃないかな?

 でも、最低限は話そうね」

「普段の大人おとなしそうな口調なんて、偽物だよ。

 本当の俺は荒くれ者で、そんな自分が嫌だから偽ってる、隠してるんだ」

「人間なんて、多かれ少なかれキャラ作ってるよ。

 大事なのは、それによって皆が助かってるか、迷惑してるかじゃないかな」

「俺……俺……」

 自分の駄目ダメところを挙げようとするも、弾切れになったのか、俯いたまま何も言わなくなるナオくん。

 私は、そんなナオくんの頬に両手を当て、微笑ほほえんで見せた。



「もう終わり? じゃあ、私の勝ち。

 ナオくんは、口程ほどにも駄目ダメじゃありませんでしたー、パチパチパチ~。

 本当ホント、チョロインだよね、ナオくん」

「……うるせぇよ。

 また変な言葉遣いしやがって」

「素直じゃないなぁ、本当ホント

 ま、そこもいんだけどね。それより」

 そろそろハクが本気でキレそうなので、私は本題に入ることにした。



「ナオくん。私は、まだほんの一部だけど、君の暗部を受け入れたよ。

 だから君も、君の悪い、弱い部分を、受け止めてよ。

 私が全部、壊さず、落とさず、損なわずに、抱き締めるから」

 宣言通りにナオくんを包み込み、私は彼に懇願する。



「大丈夫。怖くないよ。

 みんな、私と同じ気持ちだから。

 だから、ナオくん……いつもより、ちょっとだけでい。

 君のこと、好きになってあげて。

 格好かっこ悪い自分のとこ、許してあげて」

 ナオくんは暫く戸惑ったあと、やがて静かに涙を流し、私の背中に手を当てた。



「……ああ。……サンキュー」



 ーーあぁ。やっとだ。

 ようやくナオくんが、自分を認め、許してくれた。

 本心ナオくん理性わたしが、綺麗に嵌り、溶け合ってくれた。



 混ざり合い、手を取り合い、シンクロする心。

 それを証明するかのように、ナオくんと私を、白く優しく大きな、けれど眩しくない、不思議な光が包んだ。



「な、なんだ……!?

 ……この光はぁっ!?」

 不測の事態に混乱し、後ずさるハク。

 しかし、首を左右に振り迷いと恐れを振り払い、ハクは再び、条件反射的に、至る所に爆弾騎士を差し向けて来た。



未来みきさんっ!?」

「危ないっ!!」

 それまで静観していた犬原くん、冴島が、流石さすがに我慢の限界だったらしく、自分が消されるのを承知でナオくんと私を庇おうと迫って来る。



 それよりも先に、目の前に、ヒーローが現れた。

 ちょっと変わってるけど、こういう時には本当ホントに頼もしい、このせかいの英雄が。



「……ヒロハルッ!!」

 興奮、喜びのあまり、ヒーローショーを観覧中の子供みたいに、彼の名前を叫んだ。

 ヒロハルは、こちらに目線だけ寄越して微笑ほほえんだあと真面目まじめな顔をする。



「中々に待たされたが、許そう。

 何故なぜなら、私は……ヒーローだからだっ!!」

 いつもの口上を終えたヒロハルはぐ様、両手剣を構え直し、双剣や薙刀、果ては拳銃などに変化させ、次々と闇の騎士達を斬り伏せて行き、ハクを唖然とさせた。



「な、何故なぜお前が!?

 間違い無く消したはずっ!!」

「そう。ヒロハルは、消された。

 そして、蘇ったの」

「何!?」

 ヒロハルではなく私が、ハクからの問いに答える。



「簡単な仕組みだよ。

 私は、ナオくんのバック・アップ。

 だから、ナオくんと私の記憶、心を共有、同期し、最適化、更新させた。

 そして、引き継いでコピペした。

 それだけだよ」

巫山戯ふざけるな!

 そんな力、さっきまで片鱗すら無かったじゃないか!」

「そりゃそうだよ。だってナオくんってば全然、自分わたしを好きになってくれなかったんだもん。

 私の固有、ユニーク・スキルが覚醒してなかったんだよ。

 でも今、ナオくんが自分のデメリットを認めてくれたことで、やっと少しだけ、私は力をフラゲ出来できたんだ」



「そういうことだ」

「っ!?」

 先程と同じく、ハクの懐に入り、剣撃をお見舞いするフミ。

 不意打ちを成功させたフミは、私のそばに瞬間移動し、日本刀を終い、軽く口角を上げた。  



「上出来だ、ミキ。

 お前なら、気付きづいてくれると信じていた」

「だって、おかしいじゃん。

 私、シキやアカリが能力を使ってるところは、文字通り毎日見てたけど、リアやロマのは見たこと無かった。

 あれって、二人がホビッグ未選抜だったからでしょ?」

「そうだ。

 ブレストはライキング入りすることで、初めておのが能力を手に入れられるのだ」

「で、この場にたブレストは、私とフーたんだけ。

 となれば、こんな状況でもナオくんを助けようとする私がライキング入りするのは、自明の理だよね。

 まぁ、ナオくんが自分を嫌い過ぎたばっかりに、それでも時間掛かったのは、かなりアレだし。

 出来れば、こんな不戦勝、繰り上げ当選みたいな感じじゃなくて、きちんと実力、努力で選ばれたかったけど」

 すでなかば勝ったような心境で、私はハクに対し、強気に言い放った。



「感謝するよ、ハク。

 私が力を手に入れるには、フミから口頭で伝えられただけでは足りなかった。

 あんたが私に押し付けてくれた自分のデータ、ナオくんの黒歴史を、私が真正面から肯定したから、ナオくんは多少なりとも自分を好きになってくれた。

 学校の成績と同じだよ。真にナオくんに必要だったのは、得意分野の底上げやキープじゃなく、苦手分野の克服だったんだ。

 駄目ダメな部分こそを、きちんと武器プラスに変えるべきだったんだ」

「何を訳の分からんことをっ!!」

「おおっと!

 ハク選手、ここに来て焦りが見え始めたぞぉ!!

 ついにギブアップかぁ!?

 解説のメディさん、如何いかがですかっ!?」

「ダッ……! サッ……!!」

「『誰が見ても負け確! 最後だね!!』だそうです!!

  なんと、初めて頭文字だけでも伝わりました!! 配慮、あざーっす!!

 でも、そこまでするなら、次からは普通にしゃべれー!!」

 ハクが性懲りもなく騎士を作るよりも先に、レナとメディの名コンビが軽快に、遠距離から精神攻撃を仕掛しかけ、牽制する。



「今だ!! シカッと決めるよ!

 ところで君、誰?」

「はっ! 現実世界所属、直希なおき先輩の元気担当、犬原 晴留はるっス!!

 文化祭のライブにも出てたので、バンド経験者っス!

 以後、よろしくっス!」

「私がステージに招いたのよ。

 折角せっかくなら、最後までお手伝いしてもらいましょう」

「ギャラリーがシレッと飛び入りなんて、い音、乗ってるね! ロックで大変よろしい!

 それじゃあ、晴留、アカリ、ユカリ、ロマ!! ギュイーンッと、行っくよぉ!!」

「恥ずかしいけど……帰らないよう、精一杯、頑張るわっ!!」

「ところで私達の名前、似過ぎじゃないかしら?」

「努力の方向とタイミング、間違えてますぅ。

 それはそうと、ラブリー・ビート・ボンバー、行くですぅ」

「な、何その、変で安直で恥ずかしい名前っ!

 だぁ、もぉ!

 やっぱり、帰るぅぅぅっ!!」

「オッス!!

 ド派手に噛ますっスよぉ!!」

 メイン・ステージで即興バンドを組んだロクト、アカリ、ユカリ、ロマ、犬原の五人が、楽器やマイクから特殊な音波を出し、騎士達を浄化させた(ちなみにアカリは、何だかんだでぐにノリ気になった)。



「敵のハートにターゲット、ロック!

 冴島!!」

「皆さん、バリヤバです!!

 カワイイとスマイルとハッピーがノンストップな、最高のワンダー・ワールドです!!

 男も混ざってるのが残念でなりません!!」

「違う!! 仕事!!

 特別に あたしパソコン貸してるんだから、きちんと働きなさい!!」

「失礼しました!

 ホーミング機能、エンチャント!!」

「よし!! じゃあ、一緒に決めるわよ!!

  総員……!」

「「アタック!!」」

「ゲーム・スタート!! うぉぉぉぉぉ!! 」

「ぶっつけかつ初めてのくせして意気投合&ダブルでさまになりぎて、引くっ!!

 ついでに、トリガーを、引くっ!!」

「特別サービスでスイーツ〜。

 絡めるカラメル、心行くまで、たっぷり味わってくださイートンメス〜」

「美味しくしてあげる……」

「いや、食べんなし! トリ○ちゃうわ!

 引くっ!」

 リアのサーチング及び冴島のバフを受け、ユウがバズーカからミサイル、ビビがチューブからインク、アマネが絞り袋からホイップやらカラメルやら、シキが同じく絞り袋からケチャップやマヨネーズを出し、騎士たちを倒し、捕縛して行く。

 見る見る内に駒を失い、心なしか、ハクは顔面まで真っ白に染まって行く。



「このっ……!!」

 高みの見物をめたハクは、完全に自棄ヤケになり、無差別に衝撃波を放ち、ブレストたちを消して行く。

 しかし、一秒と経たぬ間に全員、記憶を維持したまま、再生される。

 消されても、消されても、何度でも蘇り、やがて消されることすら無くなった。



「もう悪足掻きはめなよ」

 いきなり目の前に立たれたことで、ハクがたじろぎ、腰を抜かす。

 そんな彼女を見下ろし、私は告げる。

い加減、年貢の納め時だよ。

 ナオくんは、あんたなんかに屈しない。

 今のナオくんは、趣味わたしたち、仲間と共に在るから」



「……まれ……。……黙れぇぇぇぇぇ!!」

 ギシッと強く噛み締め、ハクが私に手を翳す。

 刹那せつな、十五年前の光景がフラッシュ・バックした。



「もう一度だ!!

 お前の心を支配し、もう一度、お前にリセットさせてやるぅぅぅぅぅ!!」

 私に向けて伸ばした手を、ハクがにぎる。が、そのてのひらは虚しく空を切っただけだった。何一つ、つかめなかった。

 そんな真似マネを何度か繰り返したあと、ハクは自身のてのひらを見詰めた。



「な、なんで……」

「当然じゃん。

 今の私は、心が定まってるから。

 自殺願望あんたなんかには、二度と屈しない。恐れをなさない」

 強く大地を踏み締め、(必要無いけど、気持ち的に、ルーティン的な感じで)深呼吸し、私はこのせかいに、みんなに向けて叫ぶ。



「私は、もうっ!! 二度と、寝ないっ!!

 このせかいを、ナオくんの未来を、命をっ!!

 永遠に、守り抜いてみせるっ!!」

 私の宣言に呼応したのか、あるいはハクの心境の変化によるものか。

 雲が晴れ、嵐と雷が止み、瞬く間に青空が広がり、壊されていた建物が直って行き、消えた他のブレスト達も帰って来て、ライキング・ボードも元の仕様に戻った。



 いや……一つだけ、違う。

 第1位の座に輝いているのが、新顔。

 ……私、だ。



「〜!!」

 状況が状況なら今頃、ひたすら舞い上がっていただろえう。

 周囲に誰かが居合わせていたのなら、たとえ相手がリアや冴島であっても、手を取って一緒に踊っていたに違いない。

 けれど、残念ながら、今はそんな空気じゃない。

 だから私は、その結果を励みにし、次へとつなげなきゃいけない。

 そのために、私が第一にしなきゃいけないのは。



「ハク」

 恨み深き相手の名を呼び。私は、晴れやかな笑顔で、手を差し伸べた。

 思った通り、ハクは拒絶する様子ようすは見せず、彼女の視線は私と、私の差し出した右手を行ったり来たりしていた。



「もういよ。

 この期に及んで反抗期なんて、みっともない、水臭いと思わない?

 あなただって、ナオくんの趣味いちぶ。根っからの悪人ではないはずだよ。

 今はただ、使命が悪趣味で、理解者が、友達がなくて、ちょっと理由が違うけど、昔のナオくんみたいに、拗ねてるだけなんでしょ?

 だったら……ううん。そういう、言い訳めいたのを抜きにして。

 単純に私、あなたの友達になるよ」

「……なれるわけい。

 僕は、君達とは違う。

 罪人だ」

 いつまでも握ろうとしない頑固者に痺れを切らし、私は自分から、ハクの手を無理矢理、取りに行き、彼女を立ち上がらせた。



「なれるよ。

 だって私は、車ぶつけられても一切、怒らなかった、ナオくんの一部だよ?

 あなたの壊し、奪った物は、すべて元通りになった。

 長きに渡る悪夢は、もう終わりにしよう。

 それでもなお、あなたが自分を許せないのなら。

 その罪を私が一緒に背負い、一緒に罰を受け、一緒に出直し、やり直して行くよ。

 だって私は、あなたのお姉ちゃんで、お母さんだから」

 一旦、手を放し、ハクの頭を穏やかに撫でる。

 そこで、ハクの心が、涙がせきって溢れ出した。



「思った通り。

 あなたもやっぱり、きちんとナオくんの心だよ。

 チョロくて、可愛くて、捻くれた頑固者で、ちょっと面倒な。

 とってもい子」

「うっ……!!

 ……わぁっ……!!

 うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!

 ごめんなさい、ごめんなさいっ……!!

 ごめんなさぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!!」



 覆い隠していたコートが消え、目の曇りが晴れ渡り、そこから透き通った綺麗な空色を覗かせ、キャノティエが目を引くゴスロリ衣装を纏ったハクは、私に夢中で抱き着き中々、泣き止もうとしなかった。



「あ……」

 重大なことを言い忘れていたと気付き、私はナオくんや一同に向けて、即座に補足する。



「言っとくけど、断じて浮気じゃないから。

 これくらい、いつもフーたんにしてるから。

 母性とか、そういうんだから。

 いや、ナオくんほんたい、男だけど」

 私の弁明に、全員が目を丸くし。

 やがて誰からともなくドッと沸き起こった笑い声が、趣味界ホビジョンを駆け巡り、満たした。



「こりゃかなわねぇわ。

 ったく……ママ味まで身に付けやがって。

 向かう所敵無しじゃねぇか」

「やっぱり、どこの世界でも直希なおきさんは最強!!

 ってことっスよね!?」

「もういよ、それで。

 考えるのもツッコむのも億劫だ。

 疲れた……」

「姉妹、親娘間の、ロマンシス……。

 ぽよみがえぐい……。マジ、てぇてぇ……」

「前言撤回。やっぱツッコむわ。

 お前、語彙力と意識と常識と冷静さ、とっとと取り戻して来い」

 人間トリオの即興コントで、再びにぎやか、和やかなムードに包まれる。



 こうして、私とハクの姉妹? 母娘? かく喧嘩けんかは終わり。

 趣味界ホビジョンに、一日振りの平和が訪れ。

 外界げかいにもまた、新しい一日、朝が来ようとしていた。



 そう。

 良くも悪くも今までとは似て非なる、まったく新しい朝が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る