Re:port 7/相良 未来の、願い
一体、どんな夢を見たというのか。
いつもと変わらない就寝、睡眠時間だった
「んー……ん〜っ……」
伸びをした両腕をだらんと倒し、軽く肩回しをした。
「……かつてない快眠、清々しさ……」
枕カバーを新調した
いや、枕ならともかく、カバーでそこまで変わるか? 決してネガキャンとかではなく。
それに……
この、
いや……それ以前に。
「『誰か』、って……。
……誰だ?」
その
夢の中での話……だったりするのかな。
「なーんてな」
自分の考えを一笑に付していると、犬原からメッセが入る。
確認、要約すると、『今日のカラオケも楽しみ。先に目的地に行ってる』という内容だった。
「おっと」
そうだった。今日は犬原、冴島との、週一カラオケ会の当日だった。
先週は半日スラブラに明け暮れてたから、今日はカラオケか。
こうしちゃいられねぇ。俺も、そろそろ準備せにゃな。
そう思った俺は、『了解。ちゃんと着替え直してから来いよ』と返信し、
※
「いやー!
やっぱ、皆さんで来ると楽しいっスねー!」
「私も嬉しい限りです。
お二人が
お二人がいなくては、録音済みの自分の歌声をタイムリーに合わせるのが少々、手間なので」
「いや、叫んだり手を振ったりはするんかよっ!
しかも、面倒ってだけで、不可能ではないのかよっ!」
「当然です。推している以上、
推して推して推し捲り、けれど
それが、ファンという物です」
「鑑だなぁ、
カラオケ開始から
俺達が声をかけられたのは丁度、部屋に戻ろうとしていた時だった。
「あのー。
ちょっと、
「ん?」
呼ばれた気がして振り向けば、女性が一人、立っていた。
オレンジ色の長髪と、レモンの
俺たちは3人で顔を見合わせ、女性に尋ねる。
「……俺達?」
「うん♪ 君達♪」
手を合わせた彼女は、こちらに近付き上目遣いをし、両手を背中で組みながら提案して来た。
「君達、3号室で歌ってた人達でしょう?
すっごく
ね、ね? よかったら、相部屋しない?
店員さんには、もう話は通してあるから、君達さえ良ければ
後ろに運んでいた両手を前に戻し、「あっ」と何かに
「ごめん、ごめん、忘れてた。
それと、もし部屋が狭いってんなら、広い所に移ってから再開でも全然、構わないよ。
それも、店員さんにオッケー
で、どうかな?」
「……」
いや……それを抜きにしても、
こんな、良くも悪くも目立つ存在と知り合ったら、記憶から薄れるなんて
あと、彼女が好みのタイプだからか、
理性が仕事してない気がするというか……。
「
俺と冴島が思いあぐねている間に、犬腹が勝手にバパッとノリノリで進めてしまう。
そして、「ね!? ね!?」と、俺達に遅ればせながら答えを求めて来る。
「……ま。ここまで詳細なら、断る理由は無さそうですね。
三人だけだと、遅かれ早かれ後半、喉が荒れ、グダグダになるのを恐れる
あと、めっかわ」
「だな。俺も賛成。めっかわに関しても。
えと……」
あれ? 名前、
などと思っていると、またしても女性が手を合わせ、軽く謝って来た。
「ごめん、ごめん。自己紹介、まだだったね。
私は、
「お、おう。よろしく、
ところで、
「あー、うん。
実は私、君達の
本屋で働いてるんでしょ? とっても息ピッタリで、羨ましかったんだー。
だから今日、こうして会えて、めっちゃ
ってもレイヤーだから、心当たり無いだろうけど」
「お、おう……」
ま、まぁ……それなら然程、不自然でも
ネームも付けてるし、名字で呼び合ってるし、名前を覚えられてても不思議じゃない。
てか、
「そうそう。もう一人、紹介するよ。
ほら、こっち来な」
俺達に向けていた視線を右後ろ斜めに動かす
その先には、彼女に瓜二つの、雲みたいな真っ白いフワフワな長髪と、青空みたいな両目、白いワンピースが印象的な、ちょっと内気そうな女子が
「あー! もう!
まーた隅っこに引っ込んで!」
「ぼ、僕の
そもそも、増えるなんて聞いてない!」
「
ほら、こっち!」
「……
ミキの、双子。
ま……適当に
極力、居ない者として扱って」
「いやいやいや……」
『適当』て。『居ない者として扱って』て。
あ、あれ? でも、この子を見てたら、
自分よりテンション低い子が相手だから、逆にリラックスしたのか?
……そんな
「それじゃあ早速、お部屋にゴー♪」
「おー!」
「……オッス」
などと考えていたら、早くも意気投合した
「まぁ、何とかなるでしょう。
最悪、私が何とかしますし」
「頼むぜ?
ネタとかフリとかじゃなく。お願いだから、やられてくれんなよ?」
「何を仰る。
私はプライベートでさえ常に極めて、努めて冷静沈着ですよ?」
「裁判長。
ここに、あなたが絶叫してる動画が
「さて、行きましょうか」
眼鏡を直しドヤッてる冴島に向けてスマホを見せびらかすと、そそくさと後を追った。
おい、どこが『常に冷静』だ。
先が思いやられるなぁ……などと嫌な予感を覚えつつ、俺も部屋に帰った。
※
「
お嬢様達の名にかけて!! テンションMAX!!
めっちゃ、メラメラだぁぁぁぁぁ!!」
「ほれ見た
五分だぞ!? 入って、たったの五分!! ご・ふ・ん!!
こんな短時間、一曲! まどマ◯のOPだけで、籠絡されやがってやぁ!!
興奮し過ぎて思わず方言、出ちまったじゃねぇかよ!!
どーせまた、『双子の、ロマンシス……プライスレス』とか思ってんだろ!? どーせ!
ってか、現に口にしてたじゃねぇかよ!
ミヤジマ◯みたいなポーズや名乗りまで完璧にこなしやがってやぁ!!
「あはは♪
冴島、
「……ツレが痛過ぎて、さーせん……」
「うーうん♪ 面白いから平気♪
激痛バージョン♪」
「『激痛』て!!」
こっちも大概だよ!!
名前をご唱和でもして欲しいんですか何なんですか!?
何が
「ん?」
ふと横を見やると、食い入る、食い付く
漂わせていたアンニュイな雰囲気が消え失せ、目を爛々と輝かせ、涎すら出しかけている姿は、
「ねぇ」
俺の服の裾を軽く引っ張り、アピールする
「お? あれで頼めるぞ?」
電話を指差すと、
「無理難題」
「
じゃあ、我慢しろ」
「土台無理難題」
「お前も造語使いか。
んじゃあ、しゃあないから、俺がオーダーすっか? こっちも丁度、注文する
味は? チーズとバターで
あと、サイズ」
「問題無い。ミキとシェア。
褒めて使わす。超特別」
「はいはい、どーも」
「生意気」
「どっちがだよ!」
ところで、
姉共々、変な
「むー」
そんなやり取りをしていると、唐突に姉が不満そうに絡んで来た。
文字通り、俺の腕に抱き着く形で。
「何さ、
私じゃ物足りないっての?」
「誤解を生む発言は謹んでくれたまえ。
あんたと俺は、何も始まっちゃいねぇ」
「あっ……」
ごく自然のリアクションを取った
「ご、ごめん。そだよね。
全部、無かった
「は?」
「ううん、気にしないで、こっちの話。
それより、
「えー。僕、先にご飯したーい」
明らかにペースを狂わされた様子の
何やら体よく
それ以上に、彼女の言葉と態度が気掛かりで、何故か
※
「
お疲れ様」
「うぉっつっ!」
カラオケを終え解散した後、コンビニで買ったチキンやポテトで腹拵えしようとしていた俺に、
驚いた拍子に変な声を出した
「……わ、悪い。腹ぁ減ってさ。
よかったら、一緒に食べてくれっかな?」
「うん。じゃあ、お相伴に
使い方は間違ってないのに、今度は使い所を誤った表現が出て来て、堪らず吹き出した。
「そんな立派でもリッチでもないって」
「確かに。
立派なのは
「要らないんだな?」
「わー! 要る、要る!
ナオくんの意地悪ー!」
「な、『ナオく』……っ!?」
突然の親近感に、危うく袋を落としてしまいかけた。
が、
「ご、ごめん。つい、地が出ちゃった。
あーあ……隠し通せる
「い、いや……別に……。
ところで、妹は? 一緒じゃないのか?」
気恥ずかしい、
「う、うん。
先に、
あの子、人混みや、外の空気が苦手なの。内気ちゃんなんだ」
「あ、そ……」
……
そして、冷たく不気味な、嫌な感じ。
マーク・テストの解答欄を間違えた時の
何か……
何やら、
「食べよっか。
あと、やっぱ『ナオくん』って呼んで
「……おう」
ダサいのは承知で、言われるままに座り、二人で仲良く食べ始めた。
※
「……」
ご飯のお礼。
そんな建前での
建物が立ってる。これは、普通だ。
俺達の
問題なのは、フッツーに草原の上に建造物が設立されてるって点だ。
いや、おかしいだろ、どう考えても。
これ、世に出回れば間違い無く、満場一致で駄作認定されんぞ!
いや、それ以外にもおかしい!!
明らかに、
そして、極めつけに、あのボード!!
どーゆーシステムだよ!!
意味、分かんねぇよ!!
「あー、気にしないで。
VRだよ。フェイク。
私の知り合い、こーゆーの作るの上手いんだー」
「ゴーグルも無しに!?
てか、普通に歩ける、触れるんだけど!?
何これ、怖っ!! ただただ、怖っ!!」
「細かいなぁ。
それより、ほら。こーこ」
腰を下ろしトントン、と原っぱを叩く
隣に座れ、という
「……」
仕方無いので、倣った。
てか、えー……。
しかも、きちんと
「心地良いでしょ?」
「ま、まぁ……良くはある、かな」
気もそぞろで正直、それどころじゃないが、それで期限を悪くさせ、この異世界染みた空間に置いてけぼり食らったら堪ったもんじゃないので、当たり障りない程度に
「ふふっ。だよね。
私も、この場所が好き。
だから一度、ナオくんにも、きちんと見て
多分……これが、最後だから」
「え」
思わず、疑問符さえ付けるのを忘れた。
そんな俺を置いて、
「里帰りするんだ。私。
今のままじゃ、新しい私を叶えられそうに無いから。
だから
もっと自分を、知りたい。
もっと色んな
そう語り、俺から
それでいて、
そして、まただ。
また、謎の感覚に陥る。
虫食い状態の
誰かを……何かを、忘れてる
『先に、
『だから
「!?」
思い出した。全部、全部。
そう……そうだ!
「っ!!」
居ても立っても居られず、俺は地面を蹴り、フラつきながら、後ろから
「……ミキィッ!!」
ミキを、強く抱き締めた。
「……あーあ。
やっぱ、そうなっちゃうかー」
さほど残念、計算外じゃなさそうに、
「ナオくんってさー。
いっつも、そうだよ。こっちの気持ちや事情なんて、お構い無しで、突っ込んで来てさー。
ツッコミ役って、そーゆー意味じゃないよね?」
「
あまつさえ、
……
質問でも尋問でもなく、罵声を浴びせるみたいに荒々しく、俺はミキに言葉を、思いの丈をぶつける。
ミキは瞬間移動し俺から離れ、
「理由は三つ。
一つ目は、ファースト・コンタクトに失敗したから。っても、私の中では、及第点レベルだけどね。
そして、二つ目は、
それで、あの日にナオくんと関わった人達、全員の
ミキは一本の花を掴み、花弁を摘み、風に乗せて飛ばした。
思いを馳せる、託す
「向こうの事情は、そうしなきゃナオくん
こっちの事情ってのは、そもそも、ブレストの力を使って、ブレストが自分から呼び出したとはいえ。
本来、人間、それも主ではない存在が
こんな夢の世界に長居したら、どんなに善人でも味を占めるに、
じゃなきゃ、ナオくんや私は間違い無く、あのまま倒されてたから」
歌う
「最後に三つ目。
私は、もう。君の前から、
それがもう、どうしようもない、どうにかなっちゃいそうな
君や
「じゃあ……じゃあ、行くなよ!!
ずっと、俺と一緒に
ミキが、名残惜しんでる。キツいって、苦しいって、訴えてる。
まだ、チャンスは
「俺の自殺願望云々の
それなら、ハクさえ
ハクさえ
それに、今までお前と
あとは俺が、もっと大人に、クールにさえなれば、それで万事解決なんだろ!?
じゃあ、今までよりもっと一緒に楽しも「ナオくんは、何も分かってないっ!!」
気付かなかった。いや……見て見ぬ振りをしていた。
ミキが、拳を握り潰そうとしている
ーーミキの気持ちと、事情も。何が一番、苦しいのかも。
「『忘れた』なんて言わせない!!
私は、ナオくんの理性、ナオくんの好奇心、ナオくんその物!!
私が
ナオくんは
私の、『ナオくんが好きっていう感情』を、『ナオくんが自分を好きになれる気持ち』を入れる、カウントする
つまり、『私』が
だからって、『じゃあ、ライキングなんてどうでも
ライキングは、私の
私の、『君に、君を好きになって
前に踏み出し、より強く、俺に向かってミキは叫ぶ。
「てか、『もっと落ち着く、クールに』って何!?
そんなの不可能に決まってるし、無理矢理捻じ曲げるのも違う!!
私は、今のナオくんのまま、ナオくんらしさを損なわないまま、ナオくんに自分を好きになって欲しいの!
だって、これ以上ナオくんがナオくんらしくなくなって、それでも『ナオくんが好き』って思える、この
私は、憎くて悔しくて、苦しくて恥ずかしくて、
ナオくんに、分かる!?
不満が
この、不気味で、
辛さが、切なさがっ、儚さがぁっ!!
プレストでも
全身を使って勢い良く叫び過ぎた結果、
それでも収まらなくて、ミキは腕を地面に振り下ろしたり、デタラメに花を刈る。
俺はもう、少なくても今は、彼女に対して何も言えなかった。
そんな資格、俺には一つも無かった。
彼女の事情を多少なりとも知っておきながら、それを強引に無視し、捻じ曲げ、無かった
そんな、最低な俺には。
「違う……!!
全然、まるで、何もかも、違うの!!
こんなの、解釈違いでしかない!!
満たされない、満たされたくない!!
私の、ナオくんに対する『好き』は、そういんじゃない!!
私は、ナオくんの『特別』に、『恋人』になりたいんじゃない!!
私の夢は、『ナオくんを1位にする
断じて、『ナオくんの1番になる
君を知り尽くしている私が君に接する、尽くす
遅かれ早かれ連れ戻され
俺に近付き、胸倉を掴み、ミキは訴える。
逃げるな、逃してなるものか、と。
「分かってるよ!!
私だって、ちゃんと分かってるよ!!
これは単なる『使命』であって、私自身の『意思』じゃないって!!
私は所詮、ナオくんのイメージ、趣味を模して作られた、紛い物!!
本物の感情なんて持てる、持ってる
そんな私が、ナオくんに、『ジシン』だとか『感情』だとか偉そうに
でも、
人間の心に宿る、好奇心の化身、ブレスト!!
中でも私は、取り分け大事な、『理性』担当!!
本来なら、軽はずみな行動を取らない
数年
その製造、存在理由さえ忘れ、職務放棄し、一時の私利私欲に走った結果が、この前の大惨事!!
罪の
ナオくんさえ、全人類さえ、消しかけたんだよ!?
あんな悲劇、二度と御免に決まってるじゃん!!
でも、今のままじゃ、同じ轍を踏むだけ!!
私は、そういう繰り返しを、引っ繰り返したいの!!」
一頻り話し終え、クール・ダウンしたのか。
ミキは俺を解放し、殊勝に頭を下げた。
「……お願いです。
臆病で、勝手で、あやふやで、向こう見ずで、
どうか
私は、あくまでも君の友達、アクセルとブレーキ、親代わり、監督なんです。
それなのに、君の黒歴史を知り、君と心を通わせてから、君への好奇心が、溢れて脈打って蠢いて渦巻いて、止まらないんです。
でも私は、君を、そういう意味で好きになってはいけない。
君に生み出された理想、脳内彼女。
私が君の横に
君は、君を好きになれない。
君も、私も、満たされない。
それどころか、昨日みたいに、君自身を滅ぼし兼ねない。
果ては、無関係で善良な人達、世界すらも危険に晒すかもしれない。
ハクはどうにかなったけど、似た
だから、今日が、最後の我儘。
君とはもう、現実では会えない。
これ以上、私は、こっちの世界で、君と一緒には
結ばれない運命なんじゃない。
私と、ナオくんは……結ばれる
ミキは、顔を上げようとしない。
俯いたまま、涙を流したまま、必死に訴える。
「君の
君が選んだ、好きになった人との未来を、見届ける。
やり抜いて、生き抜いて、旅立った
ボロボロになった君を、今度こそ大っぴらに、『お疲れ様』って抱き締める。
それが今の、私の願いです。
だから、どうか……その
私を、どうぞ突き放してください。
そして、掴み取ってください。
人間の、
「……みらい……」
依然として思考も体も上手く動かないまま、ぼんやりと繰り返した。
「もう
これから一緒に歩んで行きたい、人生のパートナーを、君は
今までは、尻込みしてるだけだったけど。
これからは、違うでしょ?
そりゃ状況、条件は特殊だったけどさ。
君の中で、
多少なりとも、勇気は持てた
だからさ、ナオくん」
俺の手を離し、俺から離れ、ミキは深々と会釈した。
「お願いします。
どうか、私を見放し、見送ってください。
そして、私に見せてください。
君が、もっと素的に、好きになった姿を。
君が、味わった物、感じた
そして……君の思い描いた、未来を。
私はきっと、そこで待ってるから」
頭を覚ます、冷ますには、丁度良かった。
「……大好きだったんだ」
深呼吸し、右手で顔を隠し、それでも足りず、顔をクシャクシャにしながら、俺は心情を吐露した。
「正直、最初はひたすら怖かったし、訳分かんねぇ言動取ってばっかで引いてたけど。
俺の理想とする、いっつも笑ってばっかの明るい子で。
不甲斐ない俺をリードし、励まし、肯定し、『好きだよ』って言ってくれて。
趣味とか完全に一致してて、聴きたい曲、歌って欲しいと思った通りの形、タイミングで歌ってくれて。
髪や目の色とか、服とかもドストレート、ドストライクで。
でも、そればっかじゃなくって、
俺がピンチに陥ったら、
俺の
……初めて、本気で、好きに……手放したくないって思っ、て……」
泣くな。泣くなんて、みっともない。
俺達には、
ミキが言ってた。『素的に、好きになったナオくんを見せて欲しい』って。
だったら、
その
彼女を……送れない。
「……
やっぱ、離れて、別れて正解だわ。
俺……強くなるよ。
もっとレベリングして、ランク上げて、仲間増やして、正直に、自分を好きになって、男磨いて、人間として、大成しねぇと。
じゃなきゃ……お前の望む未来を、見せられねぇ」
気合で涙を振り払い、ニカッと笑い、俺は宣言する。
俺に、ミキに、二つの世界に、俺達の未来に。
ゆっくりと俺の方に歩き、俺の左頬に手を当て。
俺の右頬に、そっと、ミキは口付けた。
「……やっぱり。
ナオくんを好きって気持ちが、よくも悪くも、微塵も動かないの。
こんなのって、無し寄りの無しだよね。
まるで、ロボットみたいに扱ってくれちゃってさぁ。
でも、うん……悪くないし、
これが、私だもん。
私は、ナオくんの心の守護神。
その為に、私は生まれたんだから。
常に公平に、ナオくんと関わらなきゃ」
「ミキ」
俺もミキの頬にキスをしようとする。が、ミキの人差し指に阻まれた。
「
有り得ないとは思うけど。
それで少しでも私の気持ちが揺れたら、そこで満足しちゃう気がする。
そんなんじゃ、
私が目指すゴールは、もっと先だから。
ここで自堕落にコース、ドロップ・アウトしたくない。
そもそも、
ナオくんにはもう、気になる人が
しかも、相手は自分とか、ナルシー過ぎて虫酸が走る。
だから……ね?」
「……分ぁった」
不承不承って顔の俺に、ミキは頭撫で撫でして来たから。
そして、胸に手を当てながら、締めに入り始めた。
「ナオくんの話って、
ジャンルがゴチャ混ぜだし、勢いやアイデア、インパクト任せでページやペース配分、起承転結なんて考えてないし、同じ表現や言葉ばっかだし、難しい単語を使おうとして誤用するから電子辞書は必須だし、引き出し少ない
お
「最後までダメ出しかよ。
てか、フルボッコ通り越してリンチじゃねぇか」
「ちーがーう。
褒めてるんだけどなぁ」
「それっぽい要素、一つも無いんですけど」
「えー?
こんなに悪い部分ばっか
「この、捻くれ者」
「パパで、息子で、好きな人で、御主人様で、期間限定の偽彼氏な、意中の人に似たんだよ」
「
大体、最後のはニュアンス違う!!」
互いに思いっ切り笑った
ここに来て
「私達、こんなだからさ。湿っぽいのなんて、似合わないよね。
だから、最後。
背中で手を組み、迷いも後悔も
「またね、ナオくん。
また、未来」
……やっぱり、ミキはミキだった。
俺のアレな部分を知り、自分のアレな部分を知り、少し大人になり。
それでもやっぱり、
俺の最高傑作で、理想の彼女で、未来の嫁さん候補。
「……ああ。またな、ミキ」
仮想世界の太陽、夕日、満月、満天の星に照らされ、徐々に透けて行くミキ。
恐らく、ハクと俺がジシンを確立し、
真相は、依然として不明ながらも。
恥も外聞もかなぐり捨て、俺は穏やかに、静かに返す。
「また……未来」
「っ!!」
居た堪れなくなったのか、ミキは俺に抱き着き、俺の胸に無言で顔を押し付ける。
俺も、黙って彼女を受け止め、抱き締める。まるで、この世界にも、俺自身にも、彼女が消える所を見せまいとする
彼女の
「ナオくん……。
残念ながら、愛してはは、いないけどさ……。
大好き、だよ……。
ずっと、ずっと……」
「〜っ!!」
見るな。
今は、そのときじゃない。そんな、ムードじゃない。
今は……無理してでも、笑う時だ。
「『最後』ったじゃねぇか……。
この、大嘘
「えへへ……。ごめん……。
我慢、
嗄れてもないのに消え入りそうな声で。
産まれたての赤ちゃんの手よりも弱々しい力で、俺の背中を掴み。
立ってる
焦点さえ合わない両目で、俺を見て。喋る
「あ、り、が……とぉ……」
今度こそ。その言葉を最後に、ミキの体が、笑顔が消え。
やがて蛍火の
それを
※
「『明日から
冴島と犬原とのカラオケを終えた翌日。
俺は非番にも
「……どういう
頭を上げて、きちんと申し開きしてください」
俺は姿勢を直し、はっきりと
「……やらなきゃいけない
「ずっと、ウダウダ、グダグダ、ダラダラと燻ってた。
錆びて、古びて、萎びてたけど、俺……物語を書きたいんだ!
ラノベも、特撮も、漫画原作も、小説も、脚本も書きたい!!
受け手側だけじゃなく、与える側になりたいんだ!!
ずっと、ずっと、夢だったんだ!!」
「なら、休みの日に進めるか、勤務時間や日数を減らせば
比較的真面目で、無遅刻で、
……こう、なるよな。やっぱ。
「……分からない」
「
聞くからにブチギレてそうな、冴島のトーン。
けど、どうしようもない。実際に、分からないんだ。
何か劇的な、掛け替えのない、メイン・イベント級の大事な、けれど綺麗に無残にすっぽ抜けた、何かが起きた。それしか、分からない。
これ以上、不確かで無責任な発言は
だから、朧げな感覚、景色の中で、まだはっきりとした部分を精一杯、伝えるしか無い。
「誰かと……約束、したんだ。
今より、成長するって。
もっと大人に、立派に、逞しくなって、
その
俺の、心にっ! 本能に、記憶に、引っ切り無しに訴え続けてるんだ!!
『成すべき
こんな調子じゃ、こっちの仕事に確実に差し支える!
そうなるって分かり切ってるのに職場に
だから、そうなる前に、告白しに来た!」
冴島に向けていた体を今度は店長に転換させ、改めて頭を下げる。
「
ご不満なら、このまま解雇してください!!
正直、今までの職場で断トツで
軽はずみに、生半可な気持ちで今、ここに来た
答えを、二人の顔を直視したくなくて、顔を上げずにいた。
「……どう思う?」
「『どう』、と申されましても……。
一つしかないでしょう……」
「だよねぇ。
いやー、参った。
よもや、ここまで見事に合致、的中するとは」
「
あの悪夢に感謝しなきゃですね」
ん……うん?
「あ、あのぉ……
ここまで不自然、不明瞭な会話をされると思わなかった俺は、
二人は、困ってるというより困惑している
「
「ぐぇっ!?」
いきなり開けられたドアの向こうから現れた犬原に倒され、奇声を発する。
あ、あれ? こいつも、非番だった
「信じられないと思うっスけど!!見たんスよ、自分!
自分だけじゃなく、ここで働く全員が、今日!! つい
「は……はぁ?」
押し倒された状態で向こうを窺うと、全員が神妙な面立ちをしていた。
その中には、俺や
一体、何が何やら……。
「どうやら、改めて審議を重ねるまでも無い
でも念の為、確認しておきましょうか」
そう言い、冴島は
「多数決を取ります。
「ゆっ……!?」
冴島に真意を問う前に、冴島や店長も含め、小さく、勢い良く、おずおずと形は様々だが、全員が一斉に手を上げた。
小柄な犬原に至っては、両手のみならず片脚まで挙げている上に
いや、なんか
「あーあ。これで、可決されてしまいましたね。
では誠に遺憾ですが、
「待て待て待てぇ!!
別に、有給くれとまでは言ってねぇよ!!
そんな図々しい
てか今、お前も手を挙げてただろが!!」
「ご冗談を。
ここでしか働いておらず、貯金さえままならなさそうなあなたが、長期も休める
それに、これは他に誰一人、あなたの後生の頼みを聞き入れなかった時に備えての、せめてもの情けですよ。
いやはや、困りました。よもや、こんな結果になろうとは。完全に計算外でした。
せめて私だけでも、反対の意を表しておくべきでしたよ。おろろ。
ま、なってしまった物は
これまで積み重ねて来た日々の行いが報われたんでしょーね。
わーい、おめでとーございまーす。
残念でなりませんよ。
どーぞ、我々全員分の合計さえ容易に上回るタイトなタスクに一人で追われ、ヒィヒィ、ブヒブヒ言ってください」
「後者は、言わねぇぞ!?
多分!!」
「そうですか。
ところで、期限は明日から一週間。5日分の有給、2日分の公休とします。それ以上も以下も不許可です。
なぜなら、
どこかは
一日に一万字半以上も書けば、どうにか間に合うでしょう」
「……」
お前、
ほんで、皆して理解良すぎない? 俺ってそんなに貢献度、好感度高いの?
そもそも、その都合良すぎる悪夢、
「ファイトだよ!
「テンアゲてこ〜!!」
「実際、店舗を上げて応援してる
「あ。タツヤは、無料配達もしてっから。その内、差し入れとセットで持ってくわ。
疲れた時にでも読んで休んでくれなはれや」
「あ、あの、その……。
き、気楽に、励んでください……」
「ガンドコっス!!
最高っスよ、
「陰ながら、応援してるよ。
ただ、もう『辞める』だなんて、勘弁してね? せめて、十年前には言ってね?
要は、独立するまでは
渾身のボケ、エールの
言葉、通じてる?」
「ブルルルルルァックホールが吹き荒れる男の弟子ですか、店長。
心配なさらずとも、だだスベってますよ。
あと犬原さんは、そろそろ体勢を戻してください。その、『アチョー』的なポーズ、解いてください」
「オッス!!」
命じられたままに犬原が元通りとなり敬礼した頃、眼鏡を直し、
「……言っときますけど。何もかも全部、あなたの
あなたが散々、『違いが分からない』などと意見し、仕舞いには、こんな突飛な
こっちは、まだ練習中だっていうのに、人の気も苦労も知らずに、いけしゃあしゃあと……」
「……ごめん。
「だっ、だからぁ、そのっ……」
普段は平坦かつ饒舌な冴島にしては
「……負けんなよ。
「……」
うん。
次に何書くかとかまだ一切、決めてないけど、
もう、ダーメだこりゃ……。ブヒブヒするっきゃねーわ……。
あと、こいつ、やっぱ
こんなお可愛い奴、手放せるかよ……。
「……てろ。……らい」
「は、はい?」
俯き小声でボソッと口にした
「……待ってろ、未来ぃぃぃぃぃっ!!
うぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉっ!!
おぉれぇはぁ、やるぜぇぇぇぇぇ!!」
「……いつ封魔◯か結界◯にジョブ·チェンジしたんですか。喜び過ぎです。
そんなんじゃ、本番はどうするんですか」
「うぉぉぉぉぉ行けぇぇぇぇぇ!!」
「こっちは、炎の転校◯……」
そんなやり取りの後、俺は晴れて缶詰となるのだった。
どうやら俺の、俺達の日常には、どこまでもいつまでも騒がしさが付き纏うらしい。
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