Re:port 4/相良 未来は、ネガらない

 いよいよ、謎のストーカー紛い、未来みきとのデート当日。



 空は晴れ、隣を歩く未来みきの表情も晴れ晴れ。

 対する俺はと言うと……出だしどころか始まってすらいない時点で言うのも何だが正直、しんどかった。

 というのも、これまでデートなどというリア充イベントなんざ一度も経験したことの無い身で、こんな個性が人の姿を被って歩いているようなのと臨もうってんだから、寝不足になってしかるべきである。



 ところで、なんでこの子、俺の家の前でスタンバってたんですかねぇ?

 そんでもって、待ち合わせ場所に向かう前から二人っきりになってて、あまつさえ腕組みなんぞに及んでるんですかねぇ?

 いや、まぁ、ぶっちゃけ想定内だったけども……。



「フー。ミキー」

 激しい緊張と、それを上回る眠気に襲われていると、不意に未来みきを呼ぶ子供の声がした。

 と思えば突如、その発生源とおぼしき、熊のパジャマに身を包んだ少女が、目の前に現れた。

 すると、どうだろう。生気しょうげや正気、仕事のやる気と来て、今度は眠気を忘れた。



 相変わらず、この謎現象の正体は掴めてはいないが、ここに来て初めて、俺はこの流れに感謝した。

 ま、どうせいつも通り、この声の主がいなくなれば効果が解除されて、また数秒前までと同じく夢の世界に旅立ちそうになるのだろうが。



 ……話は変わるが、今この子、いきなりワープして来なかったか?

 あれ? あまりに眠過ぎて見逃したのか?

 あるいは幻覚? 錯覚?



「フーた〜ん♪

 応援に来てくれたの〜!?」

「フー。きたー。

 ミキー、がんばー」

「……『フーたん』?」

 風子? もしくは、風花?

 ともかくフーたんらしき人物に、未来みきは抱き着き、かと思えばたかいたかいをし、自分を軸に回り出した。



「珍しいな。

 あんたが俺以外に、ここまで興味を示すなんて」

 未来みきのリアクションが意外だったので、そんな感想を無意識の内に明かしていた。

 犬原とは意気投合してたけど、あれは性格が似てたからに他ならないし、その間も俺を自慢してたりしたしノーカンだろう。

 にしても、これだけ聞くと俺、とんだナルシスト野郎だなぁ! 痛さが留まる所を知らねぇぞ!



「フーたんは特別だよ〜♪ だって、こんなに可愛し〜♪

 ほら、見て〜♪」

 と、未来みきは俺にフーたんを突き出して来る。文字通り、目と鼻の先に映るフーたんは、ボーッと眠たそうまなこで俺を指差した。



「フー。パパマスター」

「う……うん? どういう意味かなー?」

 相手に合わせて口調を緩くしてみせると、目の前にいたフーたんが姿を眩ませた。

 今度はワープではなく、未来みきあわてで俺から離したからだ。



「だ、駄目ダメだよ、フーたん!」

「……フー。ごめんなさい。

 ミキー。ギュー」

「はいはい、も〜。甘えん坊さんなんだから〜。

 私も、ごめんねー。言い方とか扱いとかキツかったねー」

「フー……。

 うーうん。ミキ、すきー」

「私もだよー、フーたん」

 フーたんを軽く叱ったあと、ミキは彼女を肩に載せ、優しく背中をでる。

 程なくして、フーたんは熟睡し始めた。



「その子も、施設の子か?」

「私の最推し、オアシス、妹分。

 ごめん、ナオくん。ちょっとフーたん返して来る。

 先に行ってて?」

「お、おう?」

 何やら答えになってるようでなってないような……ニアミスってるような……。

 などと疑っている間に、未来みきは駆け足で、なぜか周囲を見回し、道に迷ってるような、人目を避けてるような素振りで行方を眩ませた。

 ……方向音痴なのか?



「んお?」

 彼女を見送ったタイミングで眠気が、生気しょうげを連れて帰って来た。

 公園の近くに居た俺は、タイムリーに見付けたベンチに座り、腕時計を確認する。まだ約束の時刻まではまだまだ余裕が有った。

 そういえば、起き抜けに玄関の前で未来みきの姿を確認したもんだから大分、早く家を出ていたんだった。



「ほぁ……」と欠伸あくびをした俺は、丁度いいのでしばらく寝ていることにした。

 思うが早いか、俺はスマホのアラームをセットし、襲い来る睡眠欲と陽気に身を委ねるのだった。





「なーおーきーさーん。

 起きるっスよー」

「……んぁ?」



 聞き慣れた声に誘われ、意識が覚醒した。

 視界が定まって来た頃、俺の前には後輩、そして今日のデート仲間、犬原の姿が有った。



 ……自分で言っといてなんだけど、『デート仲間』ってなんだ?

 いや、まぁ……他に適した言い方が思い付かないが。

 寝惚けてるのか?



「おざっス!

 いやー、ビックリしたっスよー。まさか、こんな限り限りギリギリの時間に、当事者が居眠りなんてー!」

「……まだ一時間以上有るんですけども」

「え? 一時間前行動が絶対厳守じゃないんスか?

 自分、部活でもサークルでも、ずーっと、そう教わって来たんスけど」

「いや、まぁ……わりぃ、なんでもねぇ。

 起こしてくれて助かった」



 起こされたこと、寝顔を見られたこと、上手く説明出来ないことで生じたバツの悪さを隠せず、俺は照れ隠しに髪を掻きながら素直に詫びる。

 犬原は、嫌な顔一つせずにカラッと返す。



「どーって事無いっス!

 それより、ほら! 早く行くっスよ!」

「そだな。

 ……いや、ちょっと待った」

「ん? 何スか?」

「いや……『何スか?』じゃなくてだな……」



 よし。一旦、整理しよう。

 俺達は、これからデートに赴く訳だ。

 んで、女友達同士のはさておき、両方が混ざったデートってなっと多少は、異性ってのを意識する必要が有る。



 だってのに……こいつ、なんでランニング・ウェアなの?

 え、絶対それ汗が気になるやつじゃん。てか、すでに額に掻いてるじゃん。

 こいつ、なんで平気そうなの?



「あー、これっスか。

 自分、ランニングが日課なんで、折角せっかくだから一緒に済まそっかな〜なんて。

 交通費浮くしー、健康的だしー、着替え直す必要も無いしー」

 そうだった。こいつ、毎日のランニング通勤を物ともしないバイタリティーを持った、ガッチガチの体育会系だった。

 まぁ、その、なんだ。人の趣味にとやかく口を挟むもりは更々、無い。

 しかしだなぁ……。



「お前……そういうとこやぞ」

「も〜。何なんスか? さっきから。

 もっとはっきり言って欲しいっスよ〜」

「だから、そういう……」

 こいつ、てんで懲りてねぇ……。

 初出勤日にユニフォームを汗だくにして1時間前に現れたもんだから、こってり冴島に絞られて、次からは店で着替える事、もう少し遅めに来る事を義務付けられたくせして……。

 さいわい、職場では改善されたが、よもや私生活にまで脳筋のうきんりが及ぼうとは……。頭マッスルギャラ◯シーかよ、こいつ……。

 ……しゃあねぇ。いくなんでも、このままにはしておけねぇ。

 っても、こっから犬原ん家までは距離が有る。



「……行き先変更だ、犬原。

 お前を今から、俺の家に強制連行する」

「おっ!? もしかして、これから二人でスラブラ大会っスか!? 負けないっスよ〜!

 ところで大会って、選手が二人だけでも開催出来できるっスか?

 ……あっ、そっか! CPUも混ぜるんスね!

 流石さすが直希なおきさん!!」

「……うん。本当ホント、そういうとこな、犬原」

 そんなこんなで、犬原を自宅に連れて行き、家族のお古を着させ、気を取り直して俺達は待ち合わせ場所、駅前の花壇及び噴水前へと向かった。

 失礼なのは百も承知だが、犬原に未だ恋人が出来ない理由を、俺は改めて、身を以て思い知った。





「ねぇ、ねぇ。あのクール系の人、カッコ良くない?

 声かけちゃう?」

駄目ダメだよ。

 あの人、さっきからツレっぽい人と、ちょこちょこ話してるじゃん」

「え? やっぱ、そうなの?

 の割りには、かなり距離有るし、ずーっとRAINレインだけで会話してて時々、電話で話しつつ啀み合ってる時でさえ離れてるし顔合わせてないからコントみたいになってるんだけど……」

「どっちかってーと、修羅場じゃない?」

「……はぁ」

 いや、うん、知ってた、知ってましたとも。

 俺と犬原が一緒に行動してたってことは、残った二人はおのずと、こうなるって。

 でもさぁ……そこまで徹底しなくても良くない? ただでさえ二人共、目を惹く外見してるのに、余計に目立ってるじゃん……。

 そもそも、冴島に至っては、まーた誤認されてるし……。まぁ、無理もぇけどよ。やっぱ、そうにしか見えねぇよなぁ。

 すっかり初対面じゃなくなった俺でさえ、今でもまれに勘違いしそうになっし……。



直希なおきさ〜ん。まだっスか〜?

 てか、なんで合流しちゃ駄目ダメなんスか〜?」

 俺の横でさっきから『待て』状態にある犬原(かろうじてデートっぽい格好になった)が、ウズウズしながら俺の指示を仰ぐ。

 ……しゃあねぇ。ちぃとばかし心が痛むが、これが最適解か。



「……よし、犬原。ゴー」

いんスね!? 了解っス

 おーい、お二人さ〜ん、おざ〜っス♪」

 うん! お馬鹿バカキャラって、こういう時便利だよね!!

 だって、地雷原に入ろうとも、巻き込まれない上に爆弾解除してくれるんだもん!

 それに加えて犬原は、天然ワンコ属性のオマケ付き!

 これは、勝つる! 俺にはず飛び火しない!

 などと、割と最低なことを考えつつ様子ようすを窺っていると、しばらくして二人が俺の方に視線を向け、犬原が手招きし始める。

 頃合いだな。



「うぃーっす。お疲れー」

してください、直希なおきさん。

 昨日まではさておき、今日は完全にプライベートなんです。無礼講で行きましょう。

 でも、言われたからには返させて頂きます。お疲れ様です」

「……その格好かっこで言われても、説得力皆無だぞ?」

なんでですか。

 きちんと口調なり呼び方なりラフかつフランクにしてるでしょう?」

「根本的な部分が変わってないってんだよ! 視覚的な部分!

 あと、分かりづれぇ! 中途半端!」

 スーツて。デートに、スーツて。

 そんなだからクール系イケメンとか言われるんだぞ……。



「やっほー、愛しのナオくん♪

 さっきりー♪」

「自分は数秒りっス! お疲れっス!」

なんで犬原まで挨拶してるんだよ!

 ずっと一緒にたろ!?」

「えー、何それ、聞いてない! ズルーい!」

「いや、あんたとも途中までましたけどぉ!?」

「待ってください。

 なんで私とは、今日はこの場が初対面なんですか? 不公平、理不尽、不燃焼です。

 待ち合わせイベントを改善した上でのリテイクを要求します」

「知っか! 全部、主にタイミングと相手側の性格の問題だよ!

 それより、とっとと行くぞ!」

 このままだと延々とコントを繰り広げそうだったので、俺は雑に切り上げ、その場を後にした。

 ……こんな調子で大丈夫なんだろうか? 不安しかぇ。





「……来たぞ」

「来ましたね」

ついに……来たぁ!!」

「ウルトラ◯ンかオール◯イトっスか?

 ……はっ! もしかして、スーツ!?

 ショー&握手会っスか!?」

「違うわ」

 敬礼するかのごとく額に右手を当てキョロキョロし出した犬原の天然ボケを軽く流し、俺達は本日のデートコース一箇所目に到着した。

 俺と冴島と犬原が週一で訪れている、ある種のホーム・グラウンドであり、人間性が色濃く出る場所であり、俺達がもっとも自由かつ熱く騒げる場所。何を隠そう、そことは。



「念願の……カラオケだぁぁぁぁぁ!!」

 そう。マイクが要らなさそうなレベルで放たれた未来みきのシャウトの通り、俺達の前に立つはカラオケ·ボックス。

 これから、四人で仲良く(←ここ大事!!)楽しみつつ、未来みきの本性、趣味、及び俺との相性を適正に判断するには、打って付けのスポットである。



「それでは皆さん、本日の予定を確認しますよ。

 最初に、限界までここで歌いまくる。

 フリー・タイムかつドリンク・バー付きで、フードはオーダー自由ですが割り勘ではなく各自負担で。

 人間関係、あるいはコンディションなどにより続行不可と判断された場合、退店後、別の場所に向かうか解散。

 以上です。何か質問は? 相違、りませんか?」

「犬原、未来みき、ゴー」

「イエ〜イ♪

 って、なんで私、先じゃないのぉ!? 彼女なのにぃ!」

「お任せあれっス、ヒャッホー♪」

「あ、こらっ!

 人の話は、最後まで聞きなさぁい! 同意したと見做みなしますからねぇ!?」

「やれやれ……」

 何はともあれ、これで未来みきが俺と全体的にベストマッチなのか測れるってぇわけだ。

 さてさて……どうなることやら。





「フッフーン! どーんなもんだいっ! そろそろい加減、分かって来た?

 私が、この私こそが、ナオくんに『アルティメットマッチ!!』な、あなたの理想のヒロインだって事が! 」

「「「……」」」

 部屋に入ってからおよそ1時間後。胸に手を当て誇らし気、高らかに言い放つ未来みき。対する俺達は、同意なり否定なりの意志を示す気力すら失っていた。



 というのも……この女、さっきからずーっと、一人で歌い続けているのだ。

 しかも、上手いし、選曲が(オタク向け的な意味で)絶妙なもんだから琴線にピンポイントに触れて来るし、あれから一度もジュースやのど飴の力を借りずにいるのに、一向に喉が枯れないし息切れすらしていないと来た。

 さしものクール、元気系代表の二人でさえ、開いた口が塞がらないでいる。



 こいつ……何者だ? 中学ではバンドでもやってたってのか?

 本当ほんとうに……何から何まで規格外な、すえ恐ろしいやつだ。

 一緒にればほど相良さがら 未来みきという人間のことが分からず、深みに嵌まっていく。



 どうやら俺達は、自分達のペース、ベース、スペースに持って行けると高を括りながら、とんでもないチャレンジャーを敵に回してしまったらしい。

 そもそも、なんで新しめのやつまで知ってるんだよ。あんた、12年近く寝てたって話だったじゃねぇか。

 俺好みになるために猛勉強してくれたのか?

 それとも、何か? 俺達に油断、同情させるためのブラフだったってか?

 あの桐谷って人なら有り得そうなのが、また不気味だ……。



「いやー。い反応だねー。

 ラーニングした甲斐が有ったってもんよー♪」

 などと抜かしつつ、腰に手を当て高笑いする未来みき

 どうやら、やっぱり覚えてくれたっぽい。そういやこいつ、俺絡みのことになるとたちまち勤勉になってたな。昨日の履歴書然しかり(内容は置いといて)。



「っても、いつまでも独壇場じゃ心象、悪いよね。ナオくん、デュエットしよ♪

 とりま、ダブ◯ク制覇ね♪」

えずでヘビーなの持って来んな!?

 てか、あんたが歌う事自体は現状維持か!?」

 ……どうしよう。違う意味で、無事で帰れる気がしなくなって来た。

 俺……ひょっとしなくても、とんでもないファンを生み出してしまったのでは……?





「恐れ入る……っス……」

 俺同様にデュエットに付き合わされ、なんならトリオやカルテットにさえ駆り出された犬原が、横でグデッとし始めた。

 最早、揶揄からかことすらかなわない。

 よもや本領発揮されるのがラブ○イブからで、一曲で全員分を演じ分け、アドリブで台詞セリフパロまで入れる奇跡を、日付けを跨いでから営業時間スレスレまで起こし続けていたのだから。

 俺達の中でも取り分け愛の深い冴島に至っては、「感無量大数……」「マイ・ロード……マイ・ミューズ……」などと意味不明なことをぼんやりと口にしつつ、手を合わせ崇めて、今まで見て来た中で断トツ、それこそ殿堂入りレベルで綺麗な涙を流している現状である。

 いや、お前、気持ち分かるけど扱いと態度、ガラッと変わり過ぎだろ……。あんだけ敵対しといてからに……。



「さてさてさーて。ぼちぼち時間なんだけど、どう? 思い知ってくれた?

 私の、ナオくんに対する気持ちのでかさ。

 私はナオくんのために、ナオくんのためだからこそ、ここまで成長出来たんだよ?」

 かれこれ半日近く熱唱し続けているというのに一切、衰えていない、鈴を振ったような声で、まるでフィクションの名シーンのごとく、演技がかった調子で、マイクを片手にゆっくりと歩み寄って来た。



「これから、もっともっと、あなた好みになりたい。

 私のすべてを、あなた色に染めて欲しい。

 私のすべてを賭してでも、あなたに笑顔、幸せに、素直になってしい、だから」

 俺の目の前に立った未来みきは、まるでラブレターを渡すように、俺にマイクを差し出し、頭を下げた。



「こんな、ハチャメチャな私で良ければ、本採用してください!!

 私を、あなたの彼女に……1位に、唯一無二に、してくださいっ!!」

「〜っ!!」

 未来みき、と。そう言いかけて、かろうじて留まった。


 

 驚いた。

 彼女は微塵も、恐怖を感じていない。

 てんで、ネガらないのだ。



 であれば。

 次に俺が放つべき言葉は、そんなんじゃない。

 ここで俺が彼女に届けるべき一言は、たった一つしか無いんだって。

 そんな、覚悟を決めた俺の雰囲気に当てられたのか、犬原と冴島も、静かに見守ってくれた。

 全員の視線を一度に受けながら、俺はマイクをつかみ、立ち上がる。



「……完敗だ。

 そして、乾杯してくれ。俺に」

 一同が息を呑む中、俺はえて勿体振り、イントネーションも忘れて叫んだ。

「祝えっ!!

 こんな俺に……!! 人生初めての……!!

 ……彼女が誕生した、奇跡の瞬間であるぅぅぅぅぅっ!!」

「〜っ!!

 ナオくぅぅぅぅぅんっ!!」

「うぉぉぉぉぉっ!!」

「非公式カプが公式に……!!

 エモエモのエモォォォォォ!!」

 未来みきが愛、犬原が語彙力の無さ、冴島がオタクっぽさ、最後に全員が喜びを全開にして、俺を祝福してくれた。

 実に感動的なシーンだろう。だが、待って欲しい。俺にはまだ、言わなきゃいけないことが有る。



ただし、やっぱり恐怖を拭い去れないので、しばらくはこの四人でデートさせてください!

 それが無理なら、最低でも三人で!!」

「え〜!? 何それ〜!?

 ナオくんの甲斐性無しぃ!! ボッケナス〜!!」

仕方しかたぇだろ!

 冷静に考えてみろ! こんなの、ビビるに決まってんだろ!?

 俺のヘタレっりと、自分のハイスペックりを侮んなよ!!」

「あははっ! 直希なおきさんっぽいですね!

 自分はいつでも、大歓迎ですよ!

 基本フリーだし無病息災なので、いつでも誘ってくださいっス!!」

「また、女神の恩恵に預かれるというのなら……この冴島 あきら、意図的なシフト調整も仮病も辞さない覚悟でございます!!

 是非とも未来永劫、あなた様のお慈悲を頂戴ちょうだいつかまつる所存でございまする!!」

「いや、もう、何言ってるんだか分かんねぇよ!!

 お前のポジならシフト調整とかガチで出来るし!!

 あとい加減、キャラ戻せ!!」

「ギャラ!? いくらですか!?

 十諭吉までは出せます!!」

「ギャラじゃねぇぇぇぇぇ!!

 カズミ◯みてぇなことしてんじゃねぇぇぇぇぇ!!

 てか、タメじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」

 ……うん。なんかもー、疲れた。色々と。



 今度からは、なるべく犬原だけ誘おっかなぁ。

 でも、こいつ、誘わずとも来そうだなぁ。

 んで、次のシフトの時とかに無茶な配置されそうだなぁ。



 いや、プライベートでの怒りを仕事で返すなよ。

 こいつ本当ホント、実際には大人っぽくねぇなぁ。





 結局、未来みきの狙いが今ひとつ掴めないまま、関係だけ進展したまま、その日のデートは終わり。

 自宅に帰り諸々を済ませた俺は、床に就こうとしていた。



 ところで、あれ……本当ホントにデートでいのか?

 オタクが、男女の境目も年甲斐も無く、どんちゃん騒ぎしてた、ただただ痛々しいカオスな祭りだぞ?

 まぁ……全員が楽しんでたんだし、未来みきおおむね満足してたし、良しとすっか。



 にしても、疲れたなぁ。

 こちとら、今の職場に入るまで、団体行動とは無縁の人生を送り続けてたからなぁ。

 散々さんざんソロを満喫してた弊害だな。

 早い所、慣れないと。



「ナオくん、お疲れ様。

 ご褒美に、私がマッサージしてしんぜよう」

「おぉ、サンキュー。

 頼むわ、未来みき

「お任せあれー♪」


 

 ベッドに座っていた俺の後ろに回り込み、肩や背中をほぐしてくれる未来みき

 力加減といいポイントといい、い感じだ。

 こっち側は、一人じゃどうにもならんからなぁ。

 いやー、助かるわぁ。



 で、それはそうとして、だ。



「……君、なんんの?」

「そりゃあ、私の家だしー」

「いや、俺んですけどぉ!?」

「あー。

 そういえば、そうだったねー」

「そう言うまでもなく、そうなんですけど!?

 てか、どうやって!?

 一体、いつの間に入って来たんだよっ!?」

「まぁまぁ。

 細かい話は、置いといこうよ。

 ね?」

「細かいか!?

 そして、さも『俺が聞き分け悪い』みたいな感じで纏めようとすんな!?

 いよいよもってストーカー染みて来たじゃねぇかよ!!」

「はいはい、分かったから、良い子にしててー。

 もうぐ終わるからー」

「だ〜か〜らぁ〜!!」


 

 正論をぶつけても、意に介さない未来みき

 仕方しかたく、そのままマッサージは続行。

 えず、彼女に従う他るまい。

  


 数分後。

 大分、楽になった肩を回してから。

 改めて、未来みきを問い詰める。


 

なんるんだよ」

「簡単だよ。

 今日のデートでの、唯一の不満点の解消。

 すなわち、ナオくんと二人きりの時間がしかったの。

 だから、解散した後にナオくんけてー。

 ナオくんのドアが開いた瞬間、こう、スルスルーッと。

 で、ベッドに潜んでたー」

「そうか。

 帰れ」

「あーん♪

 ナオくんの、いけずー♪」

「楽しそうだなぁ、あんたぁ!!」


 

 ベッドから降ろさせ、立たせ、背中を押して追い出さんとする。

 が、強制退去させられてなるものかと、こっちを振り返りつつ、未来みきも抵抗する。



「てか、ナオくん的には平気なの?

 仮にも彼女の私が、こーんな真夜中に、狼さんの群れに解き放たれるなんてー」

「だったら、施設の人に迎えにでも来てもらえっ!!」

「それこそ、無理だよぉ。

 リアに、『戦利品も無しに帰って来るな』って言われてるもーん。

 今のままじゃ、帰ったら帰ったで、大目玉だよー。

 おまけに、リア、もう寝てる時間だしー」

「じゃあ、ホテルにでも泊まっとけ!!」

「私、お金持ってないし、ホテルの場所も知らないよー。

 ナオくんだって、まだ足りないしー」

「手詰まりじゃねぇか!!

 しかも、なんで俺、成分みたいになってんの!?」



 愕然とし、ひざをつく。

 そのまま髪を掻き毟りつつ、折衷案とも妥協案ともなれる何かを模索する。

 が……相変わらず、劣勢のままだった。

  

 

「あんたさぁ。

 状況、分かってる?」

「ここは、ナオくんの実家でー。

 ナオくんのママとパパは、都合良く旅行中でー。

 ナオくん、一人っ子でー。

 つまり今、この家には、ナオくんと私しかなくってー」

「そうだ。

 男女、寝室、夜間。

 なにも起きないはずがく。

 みたいなシチュが、図らずも成立しちまってるわけだ」

すごいね!

 ワクワクするね!」

「そうだな。

 『迷』、『困』。

 略して『ワクワク』だな」

「もぉ♪

 ナオくんの、照れ屋さん♪」

「……」

  


 そういや未来みきって、中学の辺りから時間がストップしてるんだっけ。

 つまり、そこら辺の知識と認識、機微で相違が生じるのでは?

  


 ……よし。

 試してみるか。

  


未来みきさぁ。

 サンタクロースの正体、知ってる?」

「え?

 それって、あれでしょ?

 クリスマスに、幸せを届けてくれるっていう。

 私にとっての、ナオくんみたいな?」

「まぁ、それでいや。

 じゃあ、次のクイズ。

 赤ちゃんって、どこから来るか知ってる?」

「コウノトリの運んで来たキャベツを食べた新婚さんが、初めて一夜を共にしたらでしょ?」

「色々混ざってんな!?

 それでいて整合性、たもってるな!?

 奇跡的に、かろうじて!」

「違うの!?

 もしかしてナオくん、仕組み知ってるの!?

 ズルい!!」

ズルくねぇんだわぁ。

 むしろ、アラサーなら知らない方が、おかしんだわぁ」



 結局、根負けし。

 俺は未来みきに、仕組みを教える羽目になった。

 なにが楽しくて、い歳して未経験の男が、仮とはいえ恋人相手に、教師でもないのに、自宅に不法侵入噛まされた直後に、ヘトヘトな状態で、保険の授業なんぞせにゃならんのか。

 


 当然のことだが、実地訓練ではない。

 念のため、断っておく。


 

「なるほどー。

 赤ちゃんって、そうやって出来るんだねー」



 パンッと手を合わせ、得心する未来みき

 どうにか、人心地ついたらしい。



 なにはともあれ。

 これで、妙なことにはならんだろう。

 あとは、上手いこと説明して母親の部屋を借りて、そこで休んでさえもらえば済む話だ。

 


 やれやれ。

 偉い目に遭った。



「そうだよ。

 分かったら、今から部屋を移れ。

 親には、俺から掻い摘んで話しとくからよ」



 話が丸く収まった。

 少なくとも俺は、そう解釈したタイミングで。

 ちゃんと理解した上で、意図的に。



 未来みきは、俺を押し倒し。



「私……。

 ……ナオくんと、寝たい……。

 ナオくんと……一つに、なりたい……」


 

 大人の意味、雰囲気をともなって。

 そう、俺に求めて来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る