Re:port 3/相良 未来の、狙い

「デートォ!?」

「あの直希なおきちゃんがぁっ!?」

「待って!? なんで複数!?

 あと、比率おかしい!

 初っ端から色々ハード過ぎない!?」

うちの看板愛娘を誑し込もうとは!

 一体、どこのじゃじゃ馬じゃ! 感心せんのじゃ!」

「はいはい、ボケたいのは分かったから静かにして、店長。

 いうても直希なおきちゃんも三十路、ぼちぼち巣立ちの時よ。

 そろそろ、私達も子離れすべきだわ。

 暖かく見守り、見送りましょう」

「あ、あの……これ、あれじゃないですか……?

 ほら……ドラマとかでよくある、産業スパイってやつ……。

 あるいは、ヘッド・ハンティングとか……?

 相手の人、例の方ですよね……?

 何故なぜ直希なおきちゃんさんのこと、あれこれ知り尽くしてたっていう、積極的な……」

「そりゃ大変だ。

 ところで直希なおきちゃんくん、ほれ。

 さっき、頼まれてたやつ。とりま既刊分、りったけ

 返却期限とか無いから、ゆっくりじっくり読んでくれて構わないよ」

直希なおきちゃんって、女子力の化身だよね。

 ってことは実質、百合なんじゃ……?」

「女子は実質、彼だけなので、ご心配には及びません。

 私と犬原さんが、きっちり手綱……失礼。リードするだけで、迎撃には事足ります」

「それはそれでどうなの……?

 あと、なんで臨戦態勢なの? 冴島さん……」

「ごめーん、遅くなった。

 ほい、お詫び兼差し入れ、旦那が作り過ぎて余った、たこ焼きと焼きそばとお好み焼きの、いつもの三点焼きセットー。

 いやー、ここが持ち込み自由で、おばちゃん大助かりだわー。

 でうちの、目に入れても痛くない孫娘がなんだって?」

「……」

 親睦会も兼ねて月一で開催されるカラオケ会。

 その席で俺は、いつも通り、集中砲火を食らっていた。



「……すんません。

 ツッコミどころしか無いんですが、えず一つだけ、共通項を。

 なんで皆さん、満場一致で、俺を女子扱いするんです? あと、精神年齢設定と、ちゃん付け。

 いや、今に始まったことじゃないですけど。デフォですけど」

 てか今更だけど、『直希なおき』『直希なおき』って何……?

 どこのボラーちゃんく◯だよ。



「よろしい。

 では、裁判だ」

「どこぞの少佐みたいなこと、言い始めた!?」

 店長からして、こうだもんなぁ。

 そりゃ、うちが変人(てかオタク)の巣窟にもならぁな。

 あと、なんみんなしてノリノリだし。一人位くらいこー距離を置いて、無言で飲み食いしてたり、スマホ弄ってたり、マイク放さないやつとか、たりしねぇ?

 いや、そしたらそしたでショックだけども。



ず、君が今、呑んでるのは?」

「ハニー・ラムネ・レモネード。モクテル」

「ここに来てから食べたのは?」

「テラ盛りフライド·ポテトのバター醤油、4種のチーズのコンボ。

 あと、オレンジとレモンのフロマージュと、カスタードたっぷりアップル・パイと、プチ・シュー風ドーナツ」

「今のポーズは?」

「両手に顎乗せ」

さっき、タツヤこと俺から借りた漫画のタイトル、及びジャンル」

「ひらめきのドラゴンボーイ。ラブコメ少女漫画」

一番いちばん、棚直しと商品検索が早いゾーンは?」

「少女漫画。次いでTL」

「三点焼き食べる時の、いつもの感想」

美味おいしいしありがたいけど、青海苔付いてるの誰かに見られたらだなぁ」

「お、お買い物で優先するポイントは……?」

「第一に色、次に値段」

「ご趣味は?」

「特撮とラブラ◯ブ。

 てか、冴島。関係無い上に分かり切った、お見合いみたいな質問すんな」

 女子力云々、どこ行った。

 てか、思い返してみれば確かに俺、女子力ヤベェ! 認めたかねぇが!!



「はいはーい!

 そろそろ、直希なおきさんの十八番、聴きたいっス〜!」

「いや、お前も自由だなぁ、犬原!

 あと俺、まだ許してねぇかんな!?

 お前が開始早々、『直希なおきさん今度、自分達と4人でデートするんスよ〜♪』とか、何から何まで余計な爆弾投下しやがったの!

 てか、まだ誰も曲、入れてねぇよ!『そろそろ』って言うには若干、時期尚早だよ!」

「それじゃあ不肖、犬原!!

 先陣、切らせてもらうっス〜♪」

「お前が歌うんかぁぁぁぁぁいっ!!

 自分の作った流れ、ガン無視かぁぁぁぁぁいっ!!」



 本っっっぉぉぉぉぉに……年がら年中、ツッコミの絶えない、明るく飽きない、アットホームな職場だよ、まったく。

 だからこそ、月一で飲み会なんか開けるし、強制参加でもないのに、余程よほどの事情がい限り、こうして全員が顔を突き合わせているわけなんだが。



「やれやれ……」



 苦笑いしつつ早速、ノリノリでアガり始めた犬原に合わせ、ずは頭を空っぽにして楽しむことにした。

 偉大なる長老も、その方が夢を詰め込めると言ってたしな。





相良さがら 未来みき、現着ー♪

 かーらーのー……ギュー♪」

「おわぁっ!?」

 後日。デートを明日に控えたタイミングで、人里離れた隠れ家的な喫茶店にて、俺は相良さがら 未来みきとコンタクトを取ろうとしていた。

 そして、出会い頭にハグを強要された。不可抗力だ。



「ナオくん、ナオくん、ナオくーんー♪」

 すりすりと顔を擦らせ、かと思えば止まり、鼻を動かすターゲット。

「はぁぁぁぁぁ……ナオくんのにほい……。

 し……ふ……くぅ……♪」



 これだけ見てると、ちょっと引くけど中々に可愛らしいリアクションだ。



 俺が当事者でなく。

 きちんとしたお付き合いをしており。

 なおかつ、相手の情報を(すべてではないにせよ)正確に把握しており。

 極め付けに、彼女が涎を垂らさんばかりにとろけていなければ。

 という、いくつかの前提が有ればの話だが。



「ん、んっ」

 強制イチャラブ展開に突入していた俺の後ろで、そんなわざとらしく出された咳払いを、二人で捉える。

 あ……もう一つ前提を入れるべきだった。



「……お二人共。

 仲良くするのは結構ですが、そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか。

 とりま座れ」



 ……この場に激オコ状態の顔見知り(特に上司)がなければ。

 も、含めるべきだった。





まったく……どうしてあなたは、こうも無軌道なんですか?

 お願いですから、少しは言う事を聞いてください」

「ねーねー!

 さっきの、『とりま座れ』って、何ー?

 もしかして普段は、あんななのー?」

「だーまーれっ。聞ーけっ」

「わー、また出たー♪ 面白ーい♪

 ずっとそうしてればいのにー。

 その方が私も気楽だしー」

「……君生きみじょうさん。すみませんが、お手上げです。あとはお任せします。

 自分の不始末は自分で何とかしてください。どうも私は、この方とも決定的に反りが合わないみたいなので……。

 今回の提案、及び同席を願い出た手前、フォローはさせて頂きますが、進行役は譲ります……」

「お、おう……。

 っても俺も、巻き込まれた側なんだが……」

いんじゃないですか?

 中身はともかく、見てくれは整っている訳ですし。中身はともかく」

「ご無体むたいな……」

ひどーい。中身もともなってるもーんだ。

 その証拠に」



 着席後。

 俺と冴島、二人と向かい合う位置に腰掛けた相良さがらさんは、頬を膨らませ不機嫌なのを露骨に示しつつ、スカートのポケットから一枚の用紙を出し、ドヤ顔で見せびらかす。



「これは、明日に備えて私の自己紹介をする場なんでしょー?

 だから、履歴書ー」

「いや、面接かよっ!」



 本当ほんとうに、どこまでも予想外の子だ。

 普通、そんなん用意すっか?

 別にお見合いや婚活でもないってのに……。



 などと思っていたら、横から鼻を啜る音が聞こえて来た。



 あー……居たわ。

 真面目まじめ過ぎるがゆえにバグ引き起こす、予想外なやつが、もう一人……。



「……相良さがらさん。

 どうやら私は、あなたのことを誤解していたようです……。

 よもや……よもやあなたに、多少なりとも、こんな真っ当な準備を済ませられるだけの知性と理性と常識と気遣いが備わっていようとは……。完全に、誤算でした……。

 これだけでも、この場を設けた収穫があります……。

 私は、うれしくてうれしくてなりません……」

「ふっふーん♪

 言っとくけど、リアの差し金とかでもないかんねー♪ 私が、私の意思で考えたんだかんねー♪

 ……待って今、サラッとディスらなかった?」

「『ストレートに』、の間違いです……。

 それより、君生きみじょうさん……」

「お、おう」



なお悪いっ!?」とツッコんでいる相良さがらさんを流し、俺は彼女にげる。



相良さがらさん。

 早速だが、それを見せてもらってもいですか?」

 一応お客様さまではあるので、俺が畏まると、彼女はそれまでの得意気な顔を崩し、見るからに鼻を曲げ外方そっぽを向いた。



「……ふんだ。

 いよ? ナオくんが『さん付け』と敬語、めてくれるんなら」

「いや……そういう訳には……」

いじゃん、別に。

 私、まったく気にしないし。

 むしろ、そんな他人っぽい態度取られてる方がまんない。

 カレカノっぽくもナオくんっぽくもないし」



 ……俺っぽいって、何……?

 何をもって、俺っぽいと判断出来んの……?

 そもそも、他人じゃねぇか……。



 とは思いつつも。

 これでは一向に進展しないので、折角せっかく彼女から与えてくれたチャンスをフイにしないためにも、俺はあきらめ、腹を括る。



 ちなみに、俺の左側に座る冴島は、ハンカチで涙を拭っていた。

 こいつに来てもらったのは、間違いだったのだろうか……。



「……分かった。

 じゃあせめて、なんて呼んで欲しいのかだけ、教えてくれ」

「えー?

 それくらい、ビシッとピタッと当てて見せてよー。男の子でしょー」

生憎あいにく、大人ってのはすべからく効率と正確性を重視する生き物なんだよ。

 いから、頼むって」

「……むー。何さー。

 そんなに私と一緒がなのー? 失礼しちゃうなー。

 ま、そんなダメダメなナオくんも可愛くて嫌いじゃないけどー。むしろだだ甘やかしたくなるー」

「……どっちだよ。

 てか、ちょいちょい思ってたんだけどさ。

 君は一体、どんだけ俺を好いてくれてんの? どうすれば俺を嫌いになってくれんの?

 いや、自惚うぬぼれてるとかでは断じてなく、ただただ純粋に不思議なだけで」



 俺が話を脱線させると、彼女は顔を正面に戻し目をパチクリさせ。

 数秒後に軽く笑ったあと、両手を組み顎を乗せ上目遣いで返す。



「何、その質問ー。

 無限で無制限、無敵で無期限に決まってるじゃーん。

 今更、嫌いになんて絶対ぜったいになれっこないよ。

 だって、私は……ミキは。君に、君を好きでいてもらう。

 ただそれだけのために産まれ、生きてるんだから。

 それに、万が一にも私まで君を嫌いになったら、君が君に愛想尽かしちゃうじゃん」



「まーた、そーゆー、厨二的なホラー発言を……」

ひどいなー。

 本気だし、それ以上、以前に本当ホントなのにー。

 あーあ、なんかまんなーい。これ、捨てちゃおっかなー」

「分かった、分かった、俺が、俺だけが全面的に悪かった。

 で? 俺は、なんて呼べばいんだ?」



 ゴミ箱を探し終え投げるフォームに入っていた右手を何とか戻し、俺が懇願する。

 相良さがらさんは、なおも少し不満そうに答える。



「……『未来みき』一択。

 まれになら『未来みきちゃん』『未来みきさん』『未来みきたん』とか、そんな感じでも可。

 ただし、名前呼びは厳守。他は永遠に不許可。

 ……これで満足?」

「お、おう。分かった。

 その……。

 ……未来みき……」



 名字被り以外の理由で異性を名前呼びするなんて、高校生の時以来なもんだから、中々に抵抗、ラグがあったが、どうにかクリアした。

 その証拠に、未来みきたちまち上機嫌になり、身を乗り出し「よく出来できましたー♪」と頭を撫でて来た。



 何はともあれ、これで難は逃れたか。履歴書も見せてもらえそうだしな。



「うぅ……。なんとエモい胸アツ展開……。尊み秀吉……。

 単体ならともなく、カプなら推せる……。

 あー……今なら天下統一出来るわぁ……」

「……ぇよ。する必要も。

 ハテナバグスタ◯でも倒してやがれ」

 ……ねぇお前、本当ホントに何しに来たの?



 てんで当てになりやがらねぇ、このカプ厨限オタ。



 それはそうとして。

 閑話休題し、履歴書を拝見した結果。



『名前:相良さがら 未来みきでーっす♪』

『スリーサイズ:ヒ・ミ・ツ♪』

『体重:林檎5個分♪』

『将来の夢:ナオくんが幸せになること♪』

『性格:ナオくんに一途♪』

『誕生日:ナオくん♪』

『趣味:ナオくん♪』

『好きな物:ナオくん♪』

『特技:ナオくん♪』

『好きな人:ナオくん♪』

『好きなタイプ:ナオくん♪』

『好きな芸能人:ナオく(以下無限ループなので割愛)』



「「……」」



 ……うん。もうツッコむ気力も湧かねぇ。

 つか、捌き切れねぇ。



 履歴書から分かったこと

 この相良さがら 未来みきという女性が、マジモンのアレだってこと



 これは冴島ですら流石さすがに閉口するわ……。

 いや、もー本当ホントなんつーか……。

「……ナニコルェ……」



「えー? どっからどう見ても履歴書じゃーん。

 だなぁ、もぉ、ナオくんのいけずぅ♪

 てか、ちょっと恥ずかしいから、あんまり見詰めないでよー♪

 あ、でもでも、私のことならいっくらでも見てくれていかんね♪ むしろ見れ♪

 きゃー♪ だ、私ったら悪い子、はしたなーい♪ 恥ずかしー♪

 君が悪いんだぞ、ナオくん♪ めっ♪」

「あ……あはは……。

 あははは……はぁ……」



 ……弱った。マジで弱ったぞ。

 まさか、ここまで話が通じない、進まないとは……。



「……ん?」



 消沈のあまりテーブルにぶつかりそうな頭を危うく両手で支えた頃、となりの関くん改め怪物くん改め冴島が、奇妙な声を挙げる。

 目をやると、冴島は神妙な面立ちをしており、ただ事じゃなさそうな雰囲気に当てられ、俺も真顔になる。



「あー、気付きづいた?

 本命」

「『本命』?」

「そっ」



 またしても軽く身を乗り出し、未来みきは冴島のにぎる履歴書の一番いちばん下の方を指差す。

 見てみると、冴島の視線の先も同じ箇所だった。



 答えを求め、俺も該当箇所に視線を運び。

 ……今までと違う意味で、息を呑んだ。



『志望理由

 私には、もう時間が無いから』


だよ……これ……」



 途端とたんに尋常じゃない空気に包まれる中、当人ミキは呑気にジュースを口にし、飲み込んでから明かす。



「見ての通りだよ。

 私には、もう残された時間が少ないの。

 いつになるかは分からないけれど、私はいつか、君の前からかならずいなくなる運命にある」



「運命? また厨二かよ」。

 そんなふうに、今までよろしく相手にしなければ良かったかもしれない。



 なのに、出来できなかった。

 目の前にいる少女が、たちまち大人、別人に見えるレベルで、さながら魔法にでもかけられたかの如く、真剣な表情に様変わりしていたから。

 姿や服装は一切、変わっていないのに。



「だから、それまでの間、私と付き合って欲しい。

 君がもう一度、君を好きになるために。

 君が、本当ほんとうの君になるために」

本当ほんとうの……俺?」

「そう。本当ほんとうの、君」



 未来みきはグラスの中の氷をストローで掻き混ぜながら続ける。

 この一時だけ、俺にはそのグラスが、俺自身の心に思えてならなかった。

 彼女に、内側から掻き乱されてならなかった。



「説明は出来ないけど……私は、君のすべてを知ってるんだ。

 君に関する、君が知らない、覚えてない部分も含めて、すべてを、ね。

 君が今、何を求め、何を望んでいるかも、よく知ってる。ともすれば君以上にね。

 っても、君は隠しときたいみたいだから、この場では伏せとくけどね」



 いや……搔き乱す、なんて生易しいもんじゃない。

 鷲掴みにされた上で串刺し、丸焼きにされた気分だ。

 それくらいに、俺は動揺していた。今直ぐこの場から離れたいくらいには。



 でも、出来できなかった。

 彼女のことを、もっと知らなくてはいけなかったから。

 そして……彼女の目に、態度に、言葉の節々に、脅されてる気がしたから。

『逃げるな』って。

 『いつまでそうしてるもりなんだ』って。



 などと警戒していると、不意に彼女はシリアスなムードを解き。

 普段とさして違わない、フレンドリーな色を見せた。



「あ。でも、誤解しないでね?

 別に、弱みを握ったとか、これをネタに揺すろうとか、そんなもりは全然、無いから。

 私はただ、君に分かって欲しいだけ。

 私ならきっと、君にとって最大、最良、最強、最寄りの理解者になれるよって」



 いつもの調子、会話に戻って安心したのかもしれない。

 しばらくフリーズしたあと、俺は無意識に声を上げて笑っていた。



なんだよ……。『最寄りの理解者』て……。

 コンビニや駅じゃあるまいし……」

「むー。いじゃーん、伝わればー。

 こーゆーのは、フィーリングが大事なのー。

 私は、いつもいつでも、誰よりも君のそばに居るよ、って事ー」

「ご、ごめっ……。ちょっと、黙っててくれっか……。

 あんたの声聞くだけで、腹筋に来る……」

「どんだけツボってるのさー!?」



 さしものナオくん至上主義者も我慢の限界らしく、テーブルの下から俺の両足を軽く、可愛く蹴って来る。

 正直、少しホッとした。

 何も、ピンからキリまで俺のイエスマン、という訳でもないことに。



相良さがらさん。一つ、よろしいですか?」



 そんな和やかなムードを、冴島が引き締めた。



「……ん。何?」

 奇異にも未来みきは、特に不満を零さずに了承した。

 いつもなら、『まだ敬語ー』とか『名前呼びー』とか言いそうなのに。どうやら、丸っきり空気が読めないってんでもない様子ようすだ。

 彼女の準備が整ったのを察し、冴島は単刀直入に質問する。



「『時間が無い』とは、どういう意味ですか?

 どこかに引っ越すということですか?

  あるいは……寿命、とか?」



「……っ!!

 冴島っ!!」



 限り限りギリギリを攻め過ぎた、ラインを踏み越えた発言に黙っていられず、俺は思わず呼び捨てし、立ち上がる。



 それに対して未来みきは至って冷静で。

 視線で俺に「座って。落ち着いて」と命じて来た。



「……わりぃ。

 カッとなった」

「ううん。

 私のために怒ってくれて、ありがと。

 そういう、誰に対しても親身になってくれるところが好きだよ、ナオくん」

「……んなんじゃねぇ。

 こんくらい、普通だよ。あんたと俺は今、仮にも付き合ってるんだから。

 それ抜きにしても、触れて欲しくない部分なんて、誰にでも有るだろ」

「お? 自覚が芽生えて来た?

 その調子、その調子」



 茶化したあと未来みきは冴島に向き合い、返す。



「……どちらでもある。

 てか、説明が難しい。

 多分、言っても到底、信じてもらえないし」



 また濁すのか……と面白くない気分にさせられる前に。

「でも」と、未来みきは続けた。



「でも、二つだけ。

 二つだけ、どうか信じて欲しい。

 私はナオくんの味方で、ナオくんを大切に想う気持ちに嘘偽りは一つも無いってこと

 そして、私のすべてはナオくん……ううん。ナオくんに、かかってるってこと

 これだけは絶対だって、間違い無いって。どうか、忘れないでいて。

 お願い」



 そう結び、未来みきは立ち上がり、目を閉じ深々と頭を下げた。

 想定外のアクションに、俺と冴島は顔を見合わせ、えず何とか彼女を座らせようという結論に至り、実行した。



「……分かった」



 目線が近くなっても尚、不安そうな顔色の未来みきに対し、俺は真っ向からげる。

 正直、この場で彼女との縁を切るってのも有りだと思っていたが……異性、それも自分を好いてくれてる相手にここまで言われて無下むげにするようじゃあ、俺は男として終わりだ。

 いくら、相手の手の内、胸の内が知れないとはいえ、な。



 ……いじゃねぇか。秘密が多くても。

 普段はオープンだし、ちょっとミステリアスなくらいの方がスリリングで燃えるってもんよ。

 それに、明日は何も、俺と未来みきの二人っきりてんでもないんだ。

 いつもはともかく、いざって時には頼りになる心強い仲間が二人も居るんだ。

 変なことになんて、きっとならねぇさ。



 だから……。

 俺は自分に言い聞かせ、奮い立たせ、拳を強く握り、今度はこっちから立ち上がり、会釈する。



「……相良さがら 未来みきさんっ!!」

「は、はいっ!」

「俺を、男にしてくれっ!

 俺と明日……デートしてくれっ!!」



 数秒、無言に包まれる店内。

 待てど暮らせど返答が無いので、目線だけ上げて彼女の様子ようすを窺うと。

 未来みきは少し呆けた顔を見せ、やがて爛々と目を煌めかせ、そっと、俺の手を握り、包んで来た。



「……うん。

 ありがとう……ナオくん」



 そんな、がらにもなくしおらしい態度で、わずかに涙しながら、未来みきは答えた。



「あ。やっぱり3つ目のお願い。

 明日、二人っきりになれない?」

「無理。

 色々ってーかすべてが怖い。確実に無事じゃ帰れなさそう。

 あと、◯龍かよ」

巫山戯ふざけろ」

「ちぇっ。ケチー」



 ……懲りねぇというか、油断も隙も有ったもんじゃねぇというか。

 あーあ……俺、ひょっとして選択肢、ミスったんかなぁ。





 二人と別れた後。俺は一人で、スマホをポチポチやりつつ紅茶を呑んでいた。

 別に、一人で黄昏れていたわけではない(いや、まぁ、静かになってホッとしているのは事実だが)。二人のあとに約束していた人物を待っていたのだ。

 ……正確には、その男が店を締め、晩飯を携えて俺の前に現れるのを。



「お」

 などと思っている内に目の前に、トマトとチーズの香りが何ともそそるミート・ソース、そしてフライド・ポテトとチキン・ナゲットの盛り合わせが置かれた。

 俺は有り付く前に、正面の位置に座した男を見た。

 着物にインバネス、さらにチェックの帽子。

 このご時世にそんなシックな格好をしていれば、ず間違い無く不審者だろう。

 この店が大正ロマンを売りにしておらず、なおかつ彼が一人で切り盛りしていなければ。



「よ、店長。

 悪かったな、いきなり騒がしくしちまってよ」

「……それは何か? 立ち行かなくなる寸前の隠れ家という事実に対する皮肉か?

 言ってくれる」

ちげーって。

 貸し切りにしてくれて助かった。

 あの二人、ぎゃあぎゃあうるせぇからなぁ。他の店になんて連れて行こうものなら、速攻で出禁できん食らっちまうし」

「代金」

 ……相変わらず、話の進行が早いこと、早いこと

 自分でボケといて無かったことにするんだもんなぁ。「それより」とか「ところで」とかも無しだもんなぁ。

 それでいて、まれに捻くれた返しもして来るんだもんなぁ。

 まぁ、食い気味ではないだけ増しマシか。

 まったく……なんだって俺の周りには、ここまで両極端なやつしかないのか。



 などと落ち込んでいると、店長が席を外そうとしたので、俺はあわててみずからのスマホを差し出す。正確には、その中に入っているデータを。

 店長は、自前のクロスで軽く拭いてから、それを操作し始める。



 ……しっかし、なんでグローブした状態で、あんなスムーズにスマホ操作が出来できるのやら。オープン・フィンガーでもないってのに。

 あと、タイムスリップした感、すごい。未だに違和感いわかん半端無ー。



「……」

 静寂に包まれる店内。

 当然である。この喫茶店は人里離れた山の中に立つ、専ら常連客(っても、何故なぜか俺は一度も他の客を見た事が無いが)で成り立っている隠れた名店であり、それ以前に今日はすでに閉店しているのだから。

 店長がかすかな物音すら快く思わない神経質なタイプなのを熟知している俺は、無言で合掌し、なるべく静かに食事を済ませる。

 そして、平らげ、厨房で洗い物まで済ませてもまだ店長はスマホに齧り付き、時折ノートに何かをメモしているので、いつも通り面白そうな本を物色し始めた。



 そろそろ、補足を始めるとしよう。

 これでも俺は、元来の本好きが高じ、子供の頃から小説家を志していた。

 そして最近、ネットの世界でひそかにデビューした。

 もっとも、当たり前のことではあるが、諸々と一向に伸び悩んでいるが。 



 そんな中、俺はある日、ニ連休を控えているのをことに心行くまで書き続け……気付けば、ここにた。



 店長曰く『店の近くで拾った』とのことらしい。

 何を拗らせたのか、アイデアなりストーリーなり設定なり文章なりに煮詰まった俺は、無意識のうちに森に入っていたらしい。

 いや、それどこの天才ゲームクリエイターことゴマ○だよ(ちなみにきちんと着衣はしてたらしいので心底、ホッとした)。



 で、救われた上に食事まで無料で提供された俺は、一宿一飯の借りに免じるためにも、恥を忍んで事情を懇切丁寧に、覚えている範囲で説明した。

 この店に並べられた無数の本棚と、店長の服装からして、あっちは俺如ごときじゃ到底、遠く及ばない無類の蔵書家なのを理解していたことも、後押ししてくれたかもしれない。

 一通り俺の説明を受けた店長は、無表情のまましばらく考えたあと、俺に一言、簡潔に告げた。

『その小説を最初に読み、批評する権利。それが今、そしてこれからお前が俺に払うお代だ』と。



 ようは、俺の下書きを読んでもらことで、店長が感想と飯をくれるということらしい。

 断っておくが、店長の批評は実に的確かつ、その衣装からは連想出来ないほどに甘口で、それでいてメシマズでもなく、種類だって多いし、なんなら俺のリクエストを受け付け最高の形で応えてくれたりもする。

 不可解かつネックなのは、こんなぽっと出の無名のアマチュアなんぞが書いた三文小説が、それだけの価値に見合っているのかという事実だけである。

 しかし、迷っているうちに提案を却下されそうになり、情けないながらも本心、誘惑に打ち勝てず、俺は受け入れさせてもらった。

 そんなわけで俺は、この喫茶店の常連となり、定期的に店長に批評をお願いし、未だに罪悪感を少なからず抱えながらも、待ち時間を食事と読書に充てている次第なのである。



 ここまで言えば、「何と羨ましい!」とやっかまれるかもしれない。

 ところがどっこい、そこまで上手い話が転がっている道理は無い。

 というのもこの店長、自分の好き嫌いはてんで明かそうとせず、それでいて書いた物に対する印象を、次に訪れた時に、料理でしか示さないのだ。

 事実、前に試しに、今の流行に沿っているだけの、大して中身も面白みオリジナリティも無い物を出した時には、最後まで読了したタイミングで有無を言わさずに追い出され、次に書き上げたのを持って来たら魚肉ソーセージ一本しか出されなかった(しかも袋に入ったままで)。

 つまり前回の、お世辞にも小説とすら呼称不可な紛い物に対する敬意、及び今回に対する現時点での期待値は、その程度でしか無かったというわけだ(っても多少は思う所が有ったらしく、新作を読み終えると黙ってキッチンに行きカルボナーラを作ってくれたが)。



 そんなこんなで、この関係は決していい事ずくめ、美味しいだけではなく、中々にリスキーな物なのである(いや、物書きの端くれとはいえ、そんな物を試験的に出した俺に全面的に責任が有るのだが)。

 おまけに、『なぜこんなボランティアをしてくれるのか?』はおろか、俺は店長の名前や素性、年齢さえも知らない(聞こうとする度に席を立たれそうになるためだ)。

 分かっているのは、ここの店長かつ唯一のスタッフであり、大の読書好きであり、男性であることくらいだ。

 そして、そんな店長に当てられると自信を喪失するからか、彼を前にすると何故なぜか、どうにも創作意欲が湧いて来ないことだ(小説には興味津々なので、取り分け執筆が億劫になっているだけらしい)。

 よくもまぁ、こんなミステリアスな関係を維持しているなぁと我ながら思うが、それも一重に店長の人柄がらと感想、美味しい料理が有るからに他ならない。



「趣味に走り過ぎだ。

 お前はコメディ、ヒロイックな展開を持ち味としているが、それをおざなりに優先するあま折角せっかく、積み上げて来た世界観が台無しになっている」

「おっと」

 そうこうしてる間に始まった。急いで戻らんと。



 俺は(あらかじめ店長からの許可が降りていたので)読んでいた本に栞を挟み棚に戻し、いそいそと店長の前に座った。

 その間、待っていてくれた店長は、すでに修正箇所や要点の纏められたノートと、下書きが写っている俺のスマホを渡し、再開した。



「読者や需要を常に意識しろ、自分の価値観や自我や嗜好を一方的に押し付けるなとまでは言わん。

 だが、ここはあらすじで連想される通りの、当初のシリアス路線のまま締めるべきだ。

 そうでないと、目的も話も展開も、前作と酷似した物となってしまう。

 例えるなら折角せっかく、完成した新作をケチャップや塩コショウや醤油やドレッシングや砂糖やソースなどをすべて用いて結局、出鱈目な味に調節してしまったかのようだ。

 悪いが、ネタでしかない。いや、ともすればネタにもならん。

 ここまで不一致だと、悪い意味ですら印象に残らない」

「そこまでではないが、実は自分でも似たようことを思ってた。

 でもよぉ。それだと、何か地味じゃね?」

「間も挟まずに二番煎じすら易々やすやすと下回る劣化版を出されるよりは増しマシだ。

 どうしても今回のような、勢いと印象重視のっ飛んだトンデモ路線が書きたいのであれば、別の話を一から作り直せ。

 き下ろしたが、決して発想自体は悪くはない。この話にはそぐわないというだけで。

 時間はかかるだろうが、お前にはシリアスという武器も備わっており、それでも充分に猛者共と渡り合える。これが分かっただけでも、意義は有った。

 違うか?」

「ぐぅ……」

 ホンッッッッット……フォローが下手なんだか上手いんだか、よー分からん人だ。

 でも、ま、悪い人ではないこと、俺の書いた話を店長が心待ちにしていたことだけは確かだ。

 その証拠に、今日はミート・ソースのみならず、フライド・ポテトとチキン・ナゲットも有った。

 これまで何回かに分けて紡いで来た方向性、そして今回にかける思いは、決して誤ってはいなかった何よりの証拠だ。

 だったらまぁ……全力で、全身全霊で答えるしかあるまい。

 こんな、右も左も分からない、ズブの素人とどっこいどっこいの作家の大切な、唯一のファンなのだから。



「ごっそさん。そろそろ帰るよ。

 ここまで言われた以上、今度はそれを作って来なきゃならんし」

「期待している」

 俺が立ち上がり虚勢を張ると、店長は目を閉じクールに返す。

 多分これで会話終わったよなぁ、と判断した俺が店長に背中を向けたタイミングで「待て」と呼び止められ、振り返る。



「あの女には、けろ。

 やつには、裏が有る」

「……」

 文字通り、言葉を失った。それくらいに、衝撃的だった。

 初めてだったのだ。店長が、小説以外のことで俺の話題に触れたのは。

 今まで、名前や年齢程度しか聞かれて来なかった。プライベートに関するアドバイスなんて、一度たりとも受けなかった。

 それに気を良くした俺は、すっかり得意気になり、鼻を掻き、背中を向けつつ目線だけ向けながら返す。



「ご忠告、痛み入るよ。ところでさ」

なんだ?」

「いやね?

 店長が今まで一番いちばん、好きだったっぽい作品。

 ほら? 次に来た時には、ピザとデザートまで提供してくれたやつ

 覚えてるか?」

「……それが?」

「あれさ。なんか店長に読んでもらって、家に帰って風呂入って寝て、起きたら全ページ分のPV付いてたんだけど。

 心当たり、有る?」

「出て行け」

 図星だったらしく、無愛想な照れ屋がやにわに背後まで迫り、俺を強制的に締め出し、バタンッ!!と、壊れそうな勢いでドアを締めた。



「お可愛いこと」

 こういう、分かりやすところが有るから憎めないんだよなぁと笑みつつ、俺はその場を去った。

 さて、今日は流石さすがに執筆も休み、明日に備えるとしよう。

 何故なぜなら明日は、ここの店長とはニュアンスが異なれども、これまた強烈なファンを相手にすることになるのだから。

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