Re:port 2/相良 未来は、AI

「いや〜! にしても、良かったっスよ〜!

 昨日の直希なおきさん、なんかちょっと元気無さそうでしたけど、今日は大丈夫そっスね〜!

 やっぱり、元気が一番いちばんっス!」

「同意します。

 まぁ……あなたの話を聞く限り、すべくだんの女性が原因らしいですが。

 調子が悪くなったタイミング的にも。

 一体、何者で、何を考えているのやら……。

 えず、例の女性が現れたら、私が極力、対処します。

 目的の君生きみじょうさんでなく、どうやら苦手らしい私という意味でも、お誂え向きでしょうし」

「……ご心配とご迷惑をおかけしました。

 あと、何卒よろしくお願いします」



 謎の女性との邂逅かいこうから一夜明け。

 今日も今日とて我らが書店をオープンした頃合いで、そんな言葉を二人がかけてくれた。

 ありがたい事この上無い……。

 特に犬原に至っては、性格が似ているだけで親縁でもなんでもない赤の他人だという言質も取ってるし、余計にホッとする……。



「すみません。買取、お願いします」



 などと安心していると早速、カウンターに、お客様。

 綺麗な長い黒髪と、吸い込まれそうな青い瞳、そして空色かつオフショルのスリット入りワンピースが特徴的な、大人おとなしめの女性だ。



 と思ったら、また気持ちが悪くなって来た。



 あ、あれ……?

 俺、別にミソジニストではなかったはずだし、女性スタッフとか他の女性のお客様には、特に変な兆候は出なかったはずなのに、なんで……?

 二人が、現実離れしたレベルで美人な上に、見た目といい印象といい服の色やデザインといい、俺のタイプ盛り沢山だからか……?



「な、直希なおきさん?」

「顔色が優れないです。

 もしや、彼女が……?

 一旦、バックヤードか休憩室で休まれた方が……」



 ハッと我に帰った俺は、自身の心に鞭を打ち、笑顔を必死につくろう。

 どんだけアレな顔してたんだよ。

 普段は鈍い犬原にまで見抜かれるとか、相当だぞ。



「平気、平気。開いたばっかで迷惑かけねぇって。

 サンキューな、二人共」

 正直、かなりキツい。

 でも、このままじゃ初中後しょっちゅう、二人を過度に頼るようになってしまう。

 そんなん、給料泥棒もところだ。

 金貰もらってるんだから、それに見合った働きは最低限、しねぇと。



 昨日に続き深呼吸し、気持ちをリセットする。

 分かり切ってはいたが、それだけでは気分の悪さが直らなかったが、気合いは入ったので、臨むとしよう。



「お待たせ致しました。

 いらっしゃいませ。

 お売り頂ける物でよろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」

 クールな女性は、これまた大人っぽい肩がけ鞄から、数冊の本を出す。

 俺は、それに違和感いわかんを覚えた。



 なんの因果か、それは昨日、謎しか無い女性が手に持っていた物と、一つ残らず合致していた。

 気の所為せい? 錯覚?

 いや……間違い無い。これは、あの時に販売した物だ。

 ラベルも、値段も、状態も、完全に一致してる。

 一体全体、どういうトリックだ……?



「あ、あの……差し支えなければ、お教え頂きたいのですが……。

 ご兄弟など、いらっしゃいますか?」

「あら? お兄さん、私に興味が有るのかしら?」

 言いつつ、彼女はみずからの胸の前に手を置く。

 その所作が、実に色っぽかった。

 


「い、いえ……そういうのではなくてですね……。

 決してやましいアレとかではなく……。

 あ、でも、だからといって、興味が皆無という訳でも……」

「うふふ。可愛い人。

 嫌いじゃないわよ」

 惑わされながらも作業の手は止めず、俺はスムーズに査定結果を出し、了承を頂く。

 そう。ドギマギしてはいるものの、ここまでは、割りかし順調だったのだ。



「では、こちらに必要事項をご記入頂いた後、ご本人様確認書のご提示をお願いします」

 そこがターニング・ポイントだった。

 それまで大人びた雰囲気を醸していた彼女のメッキが剥がれた。



「……えっ?」

「え?」

 あまりにイメージから異なる素っ頓狂な声を出され、釣られて変な声を出してしまった。



「え、えっと……ちょ、ちょっと待ってください……」

 そう言い少し距離を取り背を向けると、彼女はスマホを取り出し小声で電話を掛ける。



「ちょっと、リア……。聞いてないんだけど……。

 ……え、そうなの? 先に言ってよ、もう……。

 ……名前? あー……考えてなかった、どうしよっ……。

 ……本当ホント? ありがと、助かる……。

 ……分かってるって。ちゃんとストバで買って帰るから……。

 うん、うん……。じゃあ、またあとでね……」



 最早、別人なまでに印象がガラッと変わった女性。

 彼女は、再び俺の前に立ち、鞄から財布を出し、その中に入っていた保険証を用紙の横に置き、それを見ながら記入欄を埋めて行く。



 おいおい……どこまで怪しいフラグを乱立して行こうってんだよ……?

 てか、本当ホントにカタギなんだろうな……?

 ブラック・リスト入り待った無しじゃねぇかよ……。

 諸々、あとで冴島に報告して、全員で情報共有せにゃ……。



「お兄さん。終わったわよ」

「ひゃ、ひゃい!?」



 余計かつ、ともすれば失礼に当たることを考えたあと

 俺は、またしても奇声を発しつつ、保険証と記入欄を照らし合わせ、確認する。

 どうやら、偽物ではないらしい。

 と思ったら、住所だけが未記入だった。保険証にも、用紙にも。

 そして、何より不思議な事に、俺と生年月日が一つ残らず一致していた。



「あ、あの……」

「住所よね? ごめんなさい。

 私、まだこっちに来て日が浅くて、自宅が無いのよ。しばらくホテルに泊まってるから。

 ただ、授受ミスとかさえ無ければ、特に記入してなくても平気なのよね?」

「え? ええ、まぁ……。

 それと、お誕生日……」

「別に不思議でもなんでもないわ。

 あなたと私は、互いに生まれた頃から、運命共同体、一心同体なんですもの」

「話はそれだけ?」とでも言うように、女性は妖艶に微笑ほほえんだ。



 俺の本能、直感が派手にアラートを鳴らす。

 これは、深追いしたら不味まずいタイプだと。

 やはり不可解な点が多い、というかそれしか無いが、ここは引くべきだと。

 最低限の情報は抑えたし、保険証は間違ってなかったのだから。



「……畏まりました。失礼致しました」

「結構よ。進めてくれるかしら?」

「承知いたしました」

 不承不承ながらも、俺は残りの作業を終え、彼女にお金を渡す。



「ありがとう。またあとでね、ナオくん」

 受け取ったあと、彼女は財布にお金を入れ、さっさと退店した。

 刹那せつな、胸の辺りで荒れ狂っていた何かが、まるで天変地異でも起きたかのごとく、ピタリと止まった。



「ぐっ……」



 回復したことに逆に違和感いわかんを覚えていると、体が倒れそうになる。



 が、崩れる前に即座に、冴島が支えてくれた。

 続いて、犬原も駆け付け。

 二人は俺の両腕を各々おのおのの肩に回し、俺をバックヤードまで運んでくれた。



「ナイスファイトっス、直希なおきさん!

 自分、感動したっス!

 ただ正直、こっちまで気が気じゃなかったんで、次からは控えて欲しいっス!」

めずらしく犬原さんと意見が合いましたね。

 恐らく、最初で最後です。

 次からは、ご無理をなさらないでください。

 あなたも、当店の貴重なマン・パワーなんですから」

「……了解。

 本当ホント……サンキューな、二人共」



 自分の足だけで立てるようになった俺は、二人の肩から手を離す。



 呼吸も落ち着いて来たタイミングで、改めて用紙を、サイクロ◯プスにでもなったかのような心持ちで確認する。

 そして、脳に、記憶に、胸に焼き付ける。

 どうやら因縁浅からぬらしい、その名前を。



相良さがら……未来みき……」




「いや〜! 絶好調っスね、直希なおきさん!」

「ふはははっ!もっと崇め奉れ!」

「よっ! 直希なおきさん、日本一!」



 数時間後。

 日本一とまでは本気で思ってないが、俺は本調子になりつつあった。



 本を大量に選び過ぎて困ってる人がたらぐに籠を持って駆け付けるし(おかげで「サンタさん」などと呼ばれるようになったが)。

 オタク知識をフル活用し誰よりも早く目的のコーナー、商品にご案内出来てるし(結果「キミペディア」などと呼ばれ以下略)。

 ゴミ出しも積極的に行くし、整理整頓もこなすし、レジサポにも入るし、クレーマーをファンに変えてみせたし、トイレ掃除を任されたらピッカピカにしてみせるし。



 我ながら、ここの業務も板についたものだ。

 まぁ、勤続年数そこそこ長いしな。

 っても、冴島にはまだまだ遠く及ばねぇが。

 いつかっ倒すけど。



「ん?」

 などと高を括っていると突如、誰かに裾を掴まれた。

 振り向いた先には、桜色のワンピースを纏った、どこかはかなげな、黄緑色のロングヘアをした女性の姿。



 あ……と思うよりも先に三度、例の感覚に落とされた。

 まるで、今にでも自殺したくなるような、ここが断崖絶壁だったら今直躊躇無く身投げしそうな、そんな感じのやつ



 3度目にして、遅ればせながら正体が分かった。

 これは、『自己嫌悪の念』、『自殺願望』。

 ようは、『自分に対するヘイト』だと。



 とんでもない失敗したり、見て見ぬ振りしたり、やりたい事が思うように進まずスランプになってしばらく滞っていたり、主に車や税金の所為せいで見る見る内にお金が飛んで行ってしまったりと、そんな時にささややつだ。



 確かに俺は、普段から自殺願望は絶えず持っている(無論むろん、そんなことは誰にも明かしていないが)。

 さっきまでのお調子者っぽい振る舞いは、ようは弱い自分を隠すためのフェイクで、これが俺の本性だ。

 でも、ここまで激しくなるようなトリガー、失敗は、最近では無いはず

 少なくとも、俺の思い付く限りでは。



 なのに何故なぜこんな、暗く不気味で底無し沼な感情に今、襲われているのだろうか。

 本当ほんとうに、勘弁して欲しい。おかげで、自分の好きな物がどんどん、嫌いになりそうだ。



「……平気?」

 こちらの内側を読んだのか、女性が俺を案じてくれる。

 なんだ。すごい子じゃないか。

 いや……思い返してみれば、最初のオレンジの子も、水色ワンピのお姉さんも、心象は決して悪くなかった。

 ただ、色々と疑わしかったし、接する度に気が触れてしまいそうになっていただけで。



 ……駄目ダメだな。こんな態度じゃ。

 この不調と彼女達の間に、何らかの繋がりが有るのは確定だし、彼女達自身にも何か関係、共通項が有るのはほぼ間違い無い。それまでに、あからさまだ。

 でも、だからといって、何もかもを押し付ける訳には行かない。とどの詰まり、俺のメンタルが豆腐なのが悪いんだから。

 優しいと思しい彼女達を、諸悪の根源にしてはならない。そうじゃなくても、求められた以上、俺は全力でサービスしなくてはいけない。

 俺は今、職務を全うしているんだから。



「……平気です。

 失礼しました。ありがとうございます。」

 三人の中で特に小柄な彼女は、フニャッと笑ってみせた。

 安堵したのだろうか。癒やし系だな、この子。ヤベ、妹に欲しい。



「お兄ちゃん」

「ぐっ……」

 一時、胸で暴れる悪魔を忘れそうな高揚感に包まれるも、俺は気を引き締め、歯を食いしばる。

「は、はい。なんでしょうか?」



「うん。あのね? どうしてお電話、くれないのかなー? って」

 その意味を、意図を咀嚼するのに、数秒を要した。

 やがて動きを取り戻した頃、恐怖と好奇心に突き動かされ、口が勝手に動いた。



「……どういう事でしょうか?」

 少女の前に立つ俺は、さぞかし滑稽だった事だろう。

 しかし、それでも俺は、知らなくてはいけない。たとえ早まった、愚かな選択だとしても、選ばなくてはならない。

 い加減、こんな感情で、自分の弱さで仕事に支障が出ることが、我慢ならなくなって来たのだ。



未来みきさっきお兄ちゃんにお電話番号、教えたの。

 どうして、お電話してくれないの?

 お兄さん、お休憩してないの?」



「……」

 こいつは……いよいよもって、本格的にきな臭くなって来やがった。

 三姉妹で同一人物を演じて、俺をからかうとか、そんな可愛い、ちゃちなレベルじゃない。

 まだ得体は知れないが、明らかに、何かが常軌を逸脱している。

 第一、そんなドッキリを水面下で準備してくれそうな気安い相手なんて、職場の同僚や家族を除けば、俺には存在しない。



「……お客様。

 差し支えなければなんですが……お名前、よろしいでしょうか?

 誓って、悪用はしないので」

 頼む。頼むから、そんな狂気に満ちたホラー展開には突入しないでくれ。

 ただでさえ怖い物は苦手だし、それが現実に起こるだなんて勘弁だし、フィクションのドロドロは好きではあるが、実際に巻き込まれたいかって言われたら当然、答えはノーだし。

 冗談抜きで死にもの狂いで祈るも、どうやらすでに遅かったのか、あるいは神様とやらが聞き入れてくれなかったのか。



相良さがら未来みき

 運命は、俺に仇なした。

 罪状を、目的を俺に明かさないまま、実に残酷な、罰を与えた。



「はい」

 俺が何も言えず固まっていると、彼女は自分から保険証を提示した。

 寸分違わず、先程の大人っぽい女性が出した物と、一緒だった。



「ヒィッ!!」

 自己嫌悪の念すら打ち消した恐怖心が侵略され、俺は大きな悲鳴を上げ腰を抜かし、後ろに倒れる。

 不幸中の幸い、その先には誰もなかったが、そんなことを気にする余裕は、今の俺には無かった。



君生きみじょうさん!?」

直希なおきさん!?」

 ピンチに気付いてくれたのか冴島、犬原がほぼ同着で来てくれた。女性がワンピースを着てるという事実、そして俺の尋常じゃないリアクションから、二人はぐに察してくれたらしい。

 先に動いたのは、冴島だった。彼は犬原を見て、即座に指示を出す。



「犬原さん。すみませんが、私と一緒に君生きみじょうさんを休憩室まで運んでくれますか?

 さいわい、今はアイドル・タイムで、人も足りているので、少し早いですが休憩に入りましょう。

 もしもの時のために、他のスタッフ全員には話を通してあるので」

「わ、分かりました!」

 空気を読んだのか、犬原がうちに来て初めて正しく敬語を使う。

 改めて、痛感した。これは、只事じゃないと。



「お客様。誠に申し訳ございませんが、いくつか質問がございます。

 お手数ですが、ご同行頂けますか?」

「ご同行?」

 相良さがら未来みきを名乗った少女が、首を傾げる。理解するのが難しかったらしい。

 かといって、あんまり幼稚な表現にすると、反感を食らう恐れが有る。

 そんな板挟みに遭ったのか、冴島が思いあぐねていると。



未来みきっ!! やっと見付けた!」

「あー。リアー」

 新たに、彼女の関係者と思われるバリキャリ風の女性が現れる。

 彼女は相良さがら未来みき怪我けがが無いか簡単に調べたあと、鞄から名刺を出し謝罪する。



「失礼致しました。

 私、こちらの養護施設で働かせて頂いております、桐谷きりや 怜里れいりと申します。

 この度は私の監督不行き届きにより、当施設の子が数日に渡って何度もご無礼を働き、誠に申し訳ございません。

 つきましては、今回の分も合わせ、彼女絡がらみのすべての不祥事に関するご説明、及び釈明を、私の知っている限りでさせて頂きたく存じますゆえ、よろしければ、どこか静かな場所にご案内頂けないでしょうか?」



「「「……」」」

 なんだ? この、いやにスマートな感じ。

 慣れてると取るか、あるいはあらかじめ用意していたと取るか……。

 普段は細かい事を気にしない犬原すら若干、引いてるレベルて……。



 それに……なんだ?

 さっきまでは自殺願望や恐怖心しか無かった俺の体を、今度は「ブッチしたい」「サボりたい」という感情が駆け巡り始めた。

 この、桐谷さんとかいう保護者? が現れてから、ずっとだ。



 っても、まぁ……現状、誘いに乗るしか無いし、こちとら事情を把握したいところだ。このままじゃ、プライベートにまで関与されそうだしな。ここらでぼちぼち、多少なりとも落ち着かせたい。

 そんな感じの意思疎通をアイ・コンタクトだけで済ませたあと、代表して冴島が答える。



「失礼しました。

 一緒に、来て頂けますか?」

「はーい」

 少女は、実に容易たやすく返答した。状況が状況なら今頃、拍子抜けしていたことだろう。



 こうして俺達5人は一路、休憩室へと向かう。

 何か底知れない、ヤバい予感を拭い去れないまま。





「ベジ……所謂いわゆる植物状態だったんです」

 マネージャー・ルーム(通称マネルー)に案内され着席した桐谷さんが、出会い頭の謝罪の次に噛まして来たのは、あれすらもジャブ程度に霞んで見えて来る、重く鋭いストレートだった。



 聞けば彼女、相良さがら 未来みきは、中ニの頃に事故に遭い、それから四年前まで、実に一ニ年もの長きに渡って意識が無かったらしい。

 彼女の言動の所々に常識の欠如が見られ、彼女との間に一回り分のジェネレーション・ギャップを覚えるのは、それだけの時差、精神の成長差、勉強不足が有るがゆえだと言う。



 その間に彼女の両親は旅立ってしまい、親戚をたらい回しにされた果てに身内には見捨てられ、最終的に施設に保護されたのだとか。

 通りで、施設に居る割には、俺と変わらない年齢だった訳だ(ちなみに、誕生日に関しては『ただの、まったくの偶然』らしい)。

 確かに、ちょっと変わってはいるが、まるで話が通じない訳ではなかったので、不思議に思ってはいた。



「わー♪ 犬原、ナオくんの次にすご〜い♪」

「いやいや〜!

 自分なんて、直希なおきさんどころかあきらさんの足元にも及ばないんで〜!」

「え〜!? あの鉄仮面も、スクステやってるの〜!?

 ウケる〜♪ ギャップ、ヤバ〜♪」

 ……もっとも、それ以上に不思議なのは、このシリアスな状況下で、当の本人が、自分からはフォローさえ一言も挟まず、数分前に真面まともに会ったばかりの人間とすでに打ち解けてる上に、すげーナチュラルにうちのナンバー2を指差して笑ってるという現状だが……。



 これ、下手ヘタすると中学生レベルってんでもないんじゃあ……?

 てか、最初に話した時のがほとんどベースだったのか……。

 あと一々、俺を例えに出してアピールするの、止めて欲しい……。多分、俺がプレイしてるところを見た事すら無い身で……。

 あーでも、この子ならアカウント特定されてても違和感いわかん皆無だなぁ……。



「……っ」

「さ、冴島さん。ドー、ドー」

「誰が祭田ゼッ○ですか」

 こめかみに怒りマークを浮かべかけていた冴島に、冷静さを装いつつ声をかける。

 向こうは、あたかも平静かのごとく眼鏡を直す。

 なお、冴島とは大学入学から卒業までを共にするくらいの長さで付き合いの有る俺は、それがこやつの不機嫌サインだと熟知しているので心中、穏やかでない。

 業務に関係無い私語を快く思わない冴島が、仕事中に特撮絡みのツッコミ入れてる時点で、完全に仕事モードが解けかかってるし。

 あー……でも一応、打刻は(他のスタッフに)切ってもらってるし、休憩扱いではあるんだっけ。

 犬原も、相良さがらさんに『なんか面白い事して♪』と誘われたからって、フッツーにスクステやってるし。



 なんにせよ。こりゃ、俺が早い所、話を終わらせんと。そもそも、訳も分からず巻き込まれた側とはいえ、俺が原因なんだしな。

 巻き込んだ側は、どうにも危機感というか責任感というか、自覚が薄いようだが。

 いや……でも彼女には悪いが、ああでもして大人しくしていて貰った方がスムーズに進行するか。



「……すみません、うちの子が。重ね重ね」

 などと失礼な事を考えていると、頭を押さえつつ桐谷さんが、今度は好意的な印象で、自然に詫びて来た。

 なるほど。すべてにおいて計算通りではないのか。

 少しイメージ変わったわ。



「い、いえ。

 それより、続きを」

「はい……」

 少し沈んだあと、気を取り直した桐谷さんは話を再開した。



 4年前に目覚めた彼女は、10年以上も時間が経過している事、そして両親がすでに亡くなった事、一人娘だったがゆえに兄弟や姉妹もいなかった事、他の身内は当てに出来ない事などに激しくショックを受けた。

 それでも、桐谷さんを始めとする施設の人達の支えを受け、長く苦しいリハビリに耐えた。

 そして、それ以外に彼女を助けていたのが、誰を隠そう……俺らしい。



「施設の子供達や職員が、こぞって似たような内容を、私や未来みきに口にするのです。

『この本屋に勤める君生きみじょうさんというスタッフさんが、実に親切に対応してくれた』。

君生きみじょうさんが薦めてくれたお陰で、未来みきにプレゼントするのにピッタリな本が、何冊も見付かった』。

 と」

「は……はぁ……」

 という事らしい。

 っても、俺は別に特別扱いなんて不平等な事はせず、誰に対しても普通に振る舞って来ただけだし、その職員さんや子供達の顔や名前すら、俺は特定出来ないんだが……。

 今まで、そういった補足を受けた事が無いし……。

 かく、そんなこんなで、相良さがらさんは俺に興味を持ち、つい最近めでたく退院した事も有り、噂の君生きみじょうさんこと俺に接触して来た……と。



 ここまでは理解した。

 にわかには信じがたいが、円滑に進めるためにも、今は流されておこう。

 でだ。



「それで?

 なんでそこから、『運命』だの何だのなんてっ飛んだ話に?」

「思春期の女子には、よく有るではないですか。

 そういう、なんの信憑性も現実味も含まない、ご都合主義に他ならない思い込みに陶酔している時期が」

「まぁ……ですね」



「では」

 ようやく調子の戻って来た冴島が、クールに質問する。

「彼女は何故なぜ、あの様な奇行に走っていたのでしょうか?」



さっきの説明と同じです。

 お年頃の女子宜よろしく、好きな異性のタイプを探るべく、手を変え品を変え、ついでに見た目も変え、リサーチ及びアプローチをこころみたのです」

「……その割には少々、色々と手が込み過ぎていたような……。

 演技に設定、特に身長なんて、どう言い訳しても説明が付かない気が……」

「頑張ったのです。彼女なりに。不器用なりに」

 ついには力技で強引、問答無用で捻じ伏せて来やがった!?



 いやいや、いくなんでも、そりゃぇだろ!?

 最初と最後は大した差が無いからいとしても、2番目の姿は維持出来ねぇよ!

 高いヒール履いてたとかならまだしも、思いっ切りスニーカーだったじゃねぇか!

 てか、スリットから普通に、背伸びすらしてない素足が見えてたじゃねぇか!

 シークレット・シューズでも、あそこまでの偽装は流石さすがかなわねぇよ!



 こっわ!!

 あっちもそうだけど、この人もこの人で、違う意味で、こっわ!!

 てか犬原、いくら互いにコミュお化けとはいえ、よく未だにあんなに仲良く楽しそうにやれてるな!?



「「……」」

 俺と冴島は再びアイ・コンタクトを取り、納得し合った。

 この件については、これ以上、触れてはならない、タブーだと。

 ず間違い無く、向こうの機嫌を損ねるだけだ、と。

 かといって、彼女絡みのほとんどの話は、桐谷さんが(最後以外は)中々に効率的に済ませてくれたので、こちら側からの次なるアクションが不鮮明だ。

 動くに動けない。もしやこれ、デッド・ロック状態では……といやな汗が吹き出て来た。



 その時だ。「さて」と、桐谷さんが切り出して来たのは。

「こちらからの要求は、一つだけです」

 ホッとしたのも束の間、どうにもいや感が頭をぎり、思わず俺は身構えた。

 おいおい……この期に及んで、何を仕出かそうってんだよ……。

「……要求?」



「単刀直入に言います。

 あなたに、あの子とデートをして欲しいのです」



 ……は?



「はぁぁぁぁぁ!?」

 思わず立ち上がり、声を出してしまう。

 しかし、冴島でさえ口をあんぐりと開けている辺り、俺の反応も、一般的には、それほど不自然ではないだろう。



「デート!?」

 と、そこに来て初めて相良さがらさんが、こっちに混ざって来た。

 っても、駆け寄った先にたのは桐谷さんだが。



「デート出来るの!?

 ナオくんと!?

 やった〜♪」

「ええ。そうよ、未来みき

「よく分かんないっスけど、おめでとうございます!

 流石さすが直希なおきさん、感服したっス!」

「犬原ぁ!?」

 ただでさえカオスな状況で、よく分かんない状態で、味方のお前まで火に油を注いでんじゃねぇよ!?

 いや、でも、ここまで相良さがらさんを引き止めていたのをかんがみると、こいつ何気に一番いちばんの協力者、功労者だな!?

 あとでジュースでも奢ろう!



「デート、ですか。

 その真意をお聞きしても?」

 引き攣った笑みを見せながら、感情や勢いに流されずに、気丈に振る舞う冴島。

 撤回する、そっちもすげぇよ! よくこのタイミング、状況で攻められるよ!?

 こっちにもなんか奢ろう!



「簡単です。

 この子は上述の経緯により、初恋すら迎えていないのです。

 だからこそ、良い面ばかり聞かされ、間接的に救いとなったあなたに、必要以上に憧れを抱き、理想を重ね、一方的に押し付けているのです」

「そんな事、無いも〜ん。

 ナオくん、カッコいいも〜ん」

「こんな風に」

 ……イレギュラーさえも証拠にしやがった。どこまでしたたかなんだ。

 いや……予期していた? あるいは、導いた節まで有る。

 どこまでも恐ろしい人だ……。本来なら、絶対ぜったいに関わりたくない人種だな……。

 一番いちばん恐ろしいのは現状、そんな桐谷さんにしか、この謎過ぎるビンチを打破する事が出来ないという事実だが。



ゆえに一度、同じ時間を過ごし、実際に触れ合う事で未来みきに、あなたの人間性をじかに確かめてもらいたいのです。

 もしあなたが、噂にたがわぬ根っからの善人、ジェントル・マンであるか、あなたが未来みきを気に入ったのであれば、そのまま友達になるも付き合うも良し。

 いなであれば、この通り子供っぽく気紛れな彼女なら、程無くしてみずから身を引くことでしょう。

 個人的には、これが現時点で最効率、最適解、最速だと思うのですが、如何いかがでしょう」



 ……この、提案してるようでいて有無を言わせない感じ。

 どうやら、もう桐谷さんの中では、俺達のデートは決定事項らしい。

 いよいよもっつのりにつのった不信感が爆発しようとした時、前に出ようとした俺を、冴島が横から右手で制した。



「……分かりました、ただし。

 そのデート、私も同行させて頂きます。

 保護者であるあなたの前でこんな発言をするのは大変に不本意であり、誠に申し訳ありませんが、私はどうにも、その方を一人で自由にさせるのか心許こころもとなくてならない。

 うち君生きみじょうの意思を少しでも尊重しない節が見受けられたら、その時点で即刻、お帰り頂き金輪際こんりんざい、彼には関わらせない。

 そう最低限、確約して頂けるのであれば、店長代理として、特別措置として許可します」

「……」



 危なかった。

 いくら桐谷さんと性格が似ているからって、気心の知れた仲間まで疑うところだった。

 そして……もう少しで、泣いちまうところだった。



「そういう事なら、自分も乗ります。

 自分も直希なおきさんが傷付いたり悲しんだりするところ、見たくないんで。

 直希なおきさんには、なるべく笑ってて欲しいんで。

 てか、今の今まで大した事出来てないし、そういうの抜きにしても、恩返しも兼ねて、直希なおきさんをサポートさせて欲しいんで」

「……っ!」



 やっと状況を正しく理解してくれた犬原から二発目の不意打ち(てかとどめ)を続け様に喰らい、

 俺はついに堪え切れなくなった。



 けど、泣いてばかりもいられない。

 俺の仲間が、こんなダメダメな俺を信じてくれている、大切に思ってくれているんだから。その気持ちに、応えないと。

 そう決意した俺は、みずからを奮い立たせ、袖で目元を拭い、桐谷さん、相良さがらさんとぐ、正面から向き合う。



「……受けて立ちましょう。その挑戦。

 今度の休み……四人で、デートしましょう」



 こうして俺は、突拍子も無い形で、人生初のデートを決行することとなった。

 それも同僚二人や、AIみたいな少女と共に。





「一ニ年も寝てたのに四年でリハビリが終わるなんて、釣り合ってなくないか?」



「最初に謝る事でマウントを取り、彼女の辛い秘密を明かした事で同情を買い、完全に自分のペースで事を進めてないか?」



「やっぱり身長とか、運命共同体とか、生年月日が丸っきり被ってるとか、おかしくないか?」



「そもそも、なんで彼女達が現れる度に、俺は生気しょうげなり働くモチベなり失いかけるんだ?」



 今になって思い返してみれば。

 俺はこの時点で、そんなふうにもっと疑問に思うべきだったかもしれない。

 危機感を持ち、もっと色んな可能性を視野に入れた上で臨むべきだったのかもしれない。



 あるいは、そんな細かい事は無視して、公平に接しておくべきだったのかもしれない。

 それこそ接客、同僚と絡むみたいに、彼女に対しても普通に。



 もしくは……そんなことをしても、なんの意味も無かったのだろうか。



 あらゆる嘘と思いの裏に隠されていた、あまりに残酷で切ない秘密。

 それは、俺のみならず、この世界の誰もが想像もつかない物だったのだから。

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