Re:port 1/相良 未来との、出会い
遠くから聞こえる、幸せを告げる鐘の音。
両目一杯に広がる、透明に澄んだ雄大な海。
けれど、その景色すら上回って、何よりも美しく、眩しく輝く、純白のドレス姿の女性の後ろ姿。
「遅い。待ちくたびれちゃったよ」
ベールに包まれブーケを持ちながら、俺に対して出会い頭に愚痴りながら。
彼女は、振り向いて笑った。
いや……違う。
俺は、初対面な
……
「ねぇ。
君の
舞い踊る花びらの中、彼女は妙な質問をする。
俺は、それに対する答えを、
にも
理由は不明だが、体が、心が、判断したのだ。
時期尚早だ、と。
「君は……。
俺の中で……」
俺が考えあぐねていると、彼女は俺に近付き、俺の唇に指で栓をして、
その笑顔は、晴れやかで、華やかで、爽やかで、たおやかで……密やかに、切なそうだった。
「……今の君は、ちょっと
だから、待ってる。ずっと、待ってるから。
君が、君になるまで」
瞬間、目も眩む光が迸り、視界を真っ白に染めた。
何もかもが不思議、不自然でしかない夢は、唐突に終わり。
現実の俺は、スマホのアラームによって、目を覚ました。
ガバッと勢い良く起き上がり、額に手を置き、記憶を辿ろうとする。
けれど、
その
あれは、とても大切な
「
今の……」
新作のイメージ?
昔、好きだった作品のワンシーン?
「うおっ」
などと
そろそろ飯にしないと、遅刻しちまう。
「へー、へー。
分ぁりましたよ、
軽く八つ当たり気味にぼやきながら消音し、伸びをし。
俺は、呑気にベッドから降りた。
この日から平凡は崩れ去り、俺の日常、現実は変わり始めていた。
そんな
※
「あのー、すみません。
そこの、
危うく傾きかけた体に、俺は
だって俺は、確かに店員ではあるが、間違っても『
どこにでもいる普通の、冴えない通り越してしがない、一介のフリーターに過ぎない。
それにしても、関係無いけど、
「おーい。聞こえてますかー?
へ・ん・じ。してくださいよー」
そんなモブに、声と言葉だけで性格の良さが取れる
何か用が有るのなら他の、それこそ彼女に見合ってそうな、イケメンで若い現役大学生バイトや、年下な上に後輩な癖して
こんな、
いや、そんな誕プレ、実際には
棚直しの途中だった俺は、整理していたストッカーを戻し立ち上がり一旦、深呼吸する。
そして、自分を褒めた。「よく耐えた! これで、
このご時世、何がセクハラに当たるか、分かったもんじゃない。
厄介事など、危ないと思った瞬間に前もって回避するに限る。
「むー……。
こうなったら……」
「……?」
どうした事か。心なしか、
ま、気の
さて、と。
理性も確立して来た
やっぱ、可愛い系の犬原か?
まぁ、ゆるふわな見た目通り、ぬいぐるみとスイーツ大好きだしな、あいつ。
純粋だし、ポジティブだし、基本的に引いたり怒ったりしないし、どんな事にも他愛ない話にも興味持って親身に聞いてくれるし。
優良物件ではあるな。
ただ若干、暑苦しいが。
それとも、クールな冴島かね?
確かに大人っぽいし、仕事出来るし、異性は
ま、ああ見えて熱烈なラブ◯イバーかつプリキ◯ア過激派なんだよなぁ。
それこそ、カラオケ行こうものなら、それしか歌わないレベルの。
ギャップが
まぁ、どっちも正体が割れたら別れる可能性大なんだが。
「……ん?」
目の前の光景が信じられず、俺は両目を擦り、目を凝らして再確認する。
しかし、結果は変わらない。見渡せど見渡せど、俺の左側には、俺以外のスタッフの姿が無い。
「ありがとうございましたー!」
「へ?」
などと不思議に思っていたら不意にカウンターの方から、緩さと元気を併せ持った声が届いた。
当店自慢のマスコット、犬原だ。
今頃いつも通り、愛想と笑顔を振り撒き、存在しない
「助かりましたー。ありがとうございますー」
「いえ。仕事ですので。失礼します」
「んぅ?」
かと思えば続け
え? 今度は、冴島?
いや、両サイドから互いに進んで来てるんだから、当然だが。
とんでもない、大嘘だ。
……ははーん。さては彼女、最初から冴島の方に
通りで、おかしいと思ったぜ。なーんだ。俺の勘違い、聞き違いか。そーりゃそうだわな。
俺
「えいっ」
「おわぁっ!?」
俺の自己嫌悪に満ちた回想は突然、絶たれた。
紛れも無く俺側に
てか、この子、(何がとは言わないが)でかっ!
しかも、服! オレンジのミニワンピとか、最高かよっ!
髪もオレンジだしさぁ!
「ふふっ。
俺の胸に顔を
「ナオくん、ゲットだぜ!」
……フリーターって、いつからポケモ◯扱いされる
※
「また有ったぁ!
ナオくんオススメの本!
これだよね!? ね!?」
棚の配置やシステムを簡単に説明した
彼女は一目散に、それでいて危なくない、誰かと衝突したりはしそうにないスピードで、次々に本を集めて行く。
まるで、タイム・セール中の
その度に、俺の方に戻って来ては、俺にアピールして来る。
その一連の流れは
……犬原の姉?
いや、でもあいつ、『一人っ子だったので、家族が増えたみたいで
入社当初、満面の笑みで。
じゃあ、大穴で母親? いや、
「むー」
俺が勝手に推理していると、やにわに彼女が頬を膨らませた。
いかん、いかん。理由は分からんが、お客様を不機嫌にさせたままなのは、よろしくない。
「あ、あの……どうしました?」
顔を元に戻した彼女は、腕組みし
「……ナオくん、全然、ナデナデしてくれないー。
リアは全然、参考にならなかったけどー。
ふんだー」
「誰だよ……?
いや、君もだけど……」
聞こえない声量で、俺は静かにツッコむ。
……
話せば話す
これ今、確実に苦笑いしてるなぁ、俺。
「
「うぉっ!?」
振り向けば、視線の先に居たのは、無表情で眼鏡を直す冴島の姿。
あー……これ、やっちまったかなぁ、ひょっとしなくても。
「い、いや、その……」
目を逸らし、頭の後ろに右手を当てつつ、俺は返す。
「お客様、対応……的な?」
俺の釈明が不満だったのか、冴島は細い目を更に鋭くさせ、俺を冷たく見詰める。
「失礼ながら、隣から盗み聞いた限り、とてもそうは思えませんでしたが。
公私混同は、感心しません。
イチャイチャしたいなら、仕事の後にお願いします。
それとも、もう上がりますか? 一向に構いませんが。
閉店間際ですし」
「いや、ごめん、きちんと働くっ!
働かせてください!
後生、後生だからっ!」
年中無休で財布がピンチな俺は、土下座しそうな勢いで懇願する。
冴島は再び眼鏡を直し、目を
やっぱ、何だかんだで
ただ不器用ってだけで。
「
おっと、思わぬ救援だ。
カウンターの方から、今日のリーダー目掛けて、犬原が駆けて来た。
タイミング、そして相性の悪さにより、冴島は複雑な顔をする。
「犬原さん……何度言えば分かるんですか?
業務中は、名前呼びは
「えー?
でも、でもっ。その方が自分、
なんか、こー、家族! 信じ合ってる! って感じで!」
「あなたとは本当に、どこまでも合いませんね。
敬語も依然として改善されないままですし。
それで? どうかしたんですか?」
「そうっス! 今、点検してたんスけど、どーしても不足が出るんスよ〜。
助けて欲しいっス〜!」
「はぁ……
でも、万が一という
凸凹コンビとしてコントを繰り広げた
冴島は俺の方に視線を戻し、一言だけ
「
そういう次第なので、これより私はカウンターに行きます。
このゾーンが最後なので、そのまま棚直し続行でお願いします。
くれぐれも、職務に忠実に。
それと、先程までの件、
よろしいですね?」
「い、いや……」
そんな
渦中の俺とて、何が何やらまるで一つとして把握してないのに、どう説明しろというのか。
「何か?」
なんて言っても、思っても、信じてくれませんよね!
そりゃそうですよね!
当たり前ですよね、はい!
「りょ、了解っ!」
犬原にリードされ冴島はこの場を離れた。
俺と、謎の女性と残して。
「ひゃー。聞いての通り、怖い人ー。
「だから、誰なんだよ……。全員……」
いつの間にか俺の腕を取って組んでいた彼女。
てか、清々しいまでに他人事だぞ。いや、紛れも無く
あと、フミとかリアとか、
「そういう
ふくよかな感触を惜しみながらも泣く泣く離れると、ともすれば塩対応な態度で俺は言い放つ。
「これから俺は、仕事をしなきゃいけないので。
すみませんが、お引取りください」
「うん。分かったー。
今日の目的は果たしたもんねー」
彼女は、俺がセレクトした(って言って
……ん?
『今日の』?
「じゃあ、また明日ね、ナオくんー。
お仕事、頑張ってー」
「やっぱかよっ!?
しかも、明日かよっ!?」
相変わらずの間延びした調子で、俺に背を向け、本を購入すべくレジを目指す。
「あ、そうだー」
かと思えば
チュッ、と。
右の頬に、軽くキスをして来た。
「……は?」
目線を下げた
そして、キス・マーク。
「は……?」
「ちゃんと出会えた記念。
お休み、ナオくーん。愛してるよー」
そんな、まるで恋人同士みたいな
「いやー、
超助かったっス〜!」
「私が行く前に紫藤さんが解決していたんですが……。
というか、お札の数え間違いって何ですか……?
典型的な凡ミスじゃないですか……。
次からは、もっとしっかりしてください……」
「うっス! 肝に銘じるっス!」
「脳か心に銘じてください……。
あなたの肝は、どうにも忘れっぽいし、ケアレス・ミスが多過ぎるし、全く当てにならないので……」
「おっス!
じゃあ方法、伝授してください!」
「それ
何でもかんでも、私に頼るんじゃありませんよ……」
放心状態に陥っていた俺の前に、たじたじな
見回り兼、報告兼、チェックといった
俺の予想は当たったらしく。
未だに一冊分のスペースも直された
「
これは一体、どういう
普段は優秀なあなたまで、私を困らせないでくださいよ……」
「
自分が応援するっス! 元気出すっス!」
「その前に、あなたはしっかり自省、自制してくださいよ……」
冴島の追求を華麗に受け流し俺は、流れにも仕事にも一切、関係の無い質問をする。
「……頬にキスって、ファースト・キスに含まれるんかな?」
「ん〜……ノーカンじゃないっスかね!」
「何を知れた
考えるまでもない。含むに決まっているでしょう。
頬でも唇でも、キスである
「わ〜。思わぬ助っ人〜」
いや、そうでもねぇか。
真偽、審議はともかく。
こうして
気を取り直し、俺は二人と共に棚直しを済ませた。
事情が事情、状況が状況なので、
彼女について、確実に分かっている事は4つ。
彼女は、
俺は彼女に連なる情報を、一つとして持っていない
彼女は、冴島が苦手らしい
そして、最後に……彼女は明日も、この店に現れる
彼女……
こんな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます