俺と彼女の大事な記念日

風見☆渚

初めて渡す、彼女へのプレゼント

21:48、帰宅。

22:03 入浴。

22:37 夕食。

今日の晩ご飯は、唐揚げ弁当か・・・

昨日は春雨ヌードルだけだったから、栄養面でも心配だな。

何はともあれ、今日も一日お疲れさま。


今日も日課の帰宅確認を完了。

俺が彼女を見守るようになってから、もうすぐ5年になる。

彼女の暮らすマンションは通りを2本と住宅地を挟んで真向かい。俺が今住んでいるマンションの空きを見つける為、俺は2年の労力を費やしやっとの思いで手に入れた物件。多少お高いとは思ったが、彼女の部屋がここからなら一望出来る絶好のスポットを見逃さなかった俺は大満足である。

俺の日課は、朝彼女が目覚める瞬間から始まる。枕元には、彼女の部屋に仕掛けてある盗聴器から届く音を聞き漏らさないようスピーカーが設置してある。彼女が目覚める瞬間は、絶対に逃さない。そして、リビングにある大画面テレビで彼女の部屋のリビングを撮影した画像を元に、昨日彼女が帰宅してからの行動をチェック。これは彼女の健康チェックと同時に、悪い虫が寄りついていないかという重要な任務でもある。


彼女との出会いは、俺が高校3年の頃。当時の俺は高校まで電車で通学していたが、ある日いつもの定期入れを落として困っていた。そんな時、彼女が偶然拾ってくれたと言って探している俺に声を掛けてくれた。その日から、俺は彼女の事が気になってしまい夜も眠れない日々が続いた。所謂、一目惚れというやつだ。

俺と同い年くらいだろうか。見慣れない制服だったが、路線上にある私立高校の制服だとすぐにわかった。輝くような長く細い髪が太陽の光を通り抜け、制服から伸びる長い手足は風で折れてしまわないか心配になるほど細かった。大きな瞳で微笑む彼女の笑顔は、まさに天使が降臨してきたと思わせる程だった。

彼女の事ばかりを考え悶々とした日々が約2週間経った日曜日、俺は駅前で偶然彼女と再会した。俺は後ろ姿でもその可憐な空気にすぐ彼女だと気づいたが、もちろん彼女は俺の事など覚えていない。しかし、お世話になったからと少し強引だったかもしれないが、彼女を食事に誘い楽しい時間を過ごした。だが、楽しい時間というモノはあっという間に過ぎてしまう。

彼女を駅まで見送ったが、可憐な彼女が危ない目に遭わないか気になった俺は、声をかけずにそっと後を追いかけた。途中彼女が周りを見渡す仕草もあったが、不審者と間違われないよう隠れながら後を追いかけ、彼女の家まで無事見送る事が出来た。

彼女の身を案じた俺は、翌日から彼女の登校を見届けてから自分の学校へ向かう事が日課となった。美しくも可憐な彼女に、もしもの事があってはいけない。そんな正義感から、雨の日も雪の日も、一日も休まず俺は彼女が家から学校まで無事登校出来る事を確認している。

時折周りを見渡す彼女に、俺の存在が知られてしまえば怪しく思われてしまうかもしれない。最善の注意を巡らせ、俺は彼女を見守った。彼女の志望大学もしっかりと把握し、同じ大学に通えるよう、必死に勉強もした。さすがに同じ学部とまではいかなかったが、同じキャンパスに通える学部を専攻し、俺も彼女と一緒に大学生活をスタートさせた。大学内で直接会う事は殆どなかったが、講義の時間割やゼミの日程など彼女の行動範囲を確認するには、やはり同じキャンパスにして正解だった。

大学生活を送りながら彼女を見守り続けて、もう5年か・・・

長いようで、あっという間だったな。

来週で、出会って丁度5年の記念日だ。彼女に何か送り物でもしようか。きっと彼女も喜んでくれるはず。だって、彼女の好みは俺が一番誰よりも知っているのだから。化粧品のブランドから最近変えたシャンプーの銘柄まで、彼女の事で俺が知らない事は何一つない。だからこそ、彼女が一番喜びそうなプレゼントはすでに決めている。

先々月彼女の誕生日だったが、渡すタイミングを逃してしまい結局渡せなかった。その失敗を教訓に、俺は5日前、やっと彼女のマンションの合鍵を入手する事に成功した。これでなかなか彼女に渡せなかった奥手の俺でも、彼女の部屋に直接プレゼントを置きに行ける。彼女は、どんな顔で喜んでくれるんだろう。楽しみすぎて、合鍵を手に入れた5日前からワクワクが止まらない。


待ちに待った出会って丁度5年の記念日。

俺は、彼女が喜ぶ顔を思い浮かべながら買った最高のプレゼントを持って彼女の部屋に行った。


――ガチャッ


彼女の部屋は暗く、彼女の不在を確認。

今日は、金曜日。

毎週金曜日、彼女はいつものおしゃれなカフェでアルバイト。コーヒーのいい香りが漂う店内に舞い降りた1人の天使。ミニスカな制服も、彼女の美脚を引き立てる素晴らしコスチューム。まさに俺好み。

今日は、彼女が頑張って働いている姿を見届ける贅沢を我慢し、大事な記念日のプレゼントを彼女に届ける大切な日。そう。絶対に失敗は許されない。

そういえば、彼女の部屋に入るのは何年ぶりだろう。大学1年になる直前、この部屋に引っ越してきた日に、俺はアルバイトとして部屋の片付けに汗を流してたっけ。まるで昨日の事のように覚えている。

少し模様替えでもしたのかな?

家具の配置はそこまで変わっていないけど・・・あ、このインテリアと間接照明はあのお店で買ってきたやつか~。こんな感じで使っていたのか。窓の外からじゃわからない事もあるもんだ。よし!カメラの位置も少し調整しておくか。

そういえば、彼女が一番大事そうに片付けていた部屋の荷物は何だったんだろう?

俺が唯一知らない彼女の秘密。女性なら秘密の一つや二つあって当然だよな。そこも魅力なのだから・・・

だが、今日は彼女との大事な記念日。だからこそ、彼女の全てを俺は知る必要がある。寝室に彼女の為に買ってきたプレゼントを置き、俺は玄関側にある衣装部屋として使っているであろう部屋のドアを開けた。

暗がりの中、周りにポスターのような物がたくさん貼ってある。彼女がアイドルとかのファンという情報は確か無かったはず?

俺は疑いもせず、部屋の灯りを付けた。


「っな!なんだコレ!!」


彼女が大事にし、段ボールに“宝物”とまで書いてあったその中身は、俺の写真だった。

部屋中に貼られた俺の拡大写真だけでなく、額に飾られた俺の写真の数々。本棚にはアルバムのような分厚いモノ以外にも、DVDのファイリングケースがずらりと並べられていた。各背表紙には、日付が間隔なく記入されている。

一番古いモノで、10年前の日付もある・・・

これは一体なんなんだ?


背筋の凍る感覚に襲われた俺は、彼女の部屋をそっと出て玄関の外に座り込んだ。俺の写真が、所狭しと飾られた部屋の情景を思い出しながら。


“怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い・・・”


無性に感じる恐怖に体が震えている俺のポケットで、マナーモードになっている俺のスマホが激しいバイブで誰かからの連絡を告げている。スマホの画面には、登録されていない見慣れぬ番号が表示されている。

こんな時に誰だ全く。迷惑電話か何かだったら、このイライラを当たり散らしてやる。そんな事を考えながら、俺は電話に出た。


「はい・・・誰?」

「もしもし・・・私です。」

「私って誰だよ!」

「あなたがずっと見ていた私です。」


「は?だから・・・」


電話の向こうでなかなか名乗らない女性の声は、何処となく聞き覚えのある声だった。


もしかして・・・


「君は・・・」

「そうです。私です。わかりますか?

今まで、ずっと私の事を見てくれてありがとうございます。私もあなたの事を、ずっと見てきました。あなたと初めて会ってから丁度5年目、それまではずっとあなたを影から見守るだけしか出来なかった私に、神様はあなたに話しかけるきっかけをくださいました。

そして、今日はあなたと初めて出会ってから丁度10年の記念日です。あなたはきっと私の為に最高のプレゼントを用意してくれたんでしょ?

だから私も、あなたに喜んで欲しくてあなたに私の手料理で喜んでもらいたいなと思っています。だから早く帰ってきてくださいね。

・・・絶対に寄り道なんてしないで、真っ直帰ってきてくださいね。」


ガチャッ――


彼女からの電話はそのまま切れた。

直後、俺のスマホにメールが送られてきた。


“今、私の部屋の玄関前で座り込んでいますよね?

早く来てください。絶対に寄り道なんてしないで、真っ直帰ってきてくださいね。

遅かったら、迎えに行きます。”


メールに添付されてきた写真には、俺の部屋で料理を並べている彼女の姿が映し出されていた。

そして、メールは1分毎に何度も同じ内容のメールが送られてくる。


まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?まだですか?


今から迎えに行きます。

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