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「ここの料理すっごく美味しいんですよ!」




 昼食には少し遅いためかほとんど人気のない、駐屯基地内にある食堂に連れてこられていた。


 正直ここに来る前に少し腹ごしらえはしたので、そこまでお腹空いてないのだが。




「竜騎士たちは貴族がほとんどでね、舌が肥えてる人が多いからって料理人も一流なんですよ。俺ももう虜になっちゃって!」




 メゾン家の人間がどの口で言ってんだろうか。


 公爵家って貴族階級で言えば第一位だ。舌が肥えているというなら、彼が貴族たちの中で良い物を食べているはずだというのに。


 ……この人、確かにあまり貴族っぽくはないんだよな。




「嫌いな物ないかな? なら日替わりランチがオススメなんですよー」と言いながら、カウンターで給仕の女性に『日替わりランチ』を2つ頼み、適当な席へ座る。


 席だけは簡易的に見えたが、座ってみるとクッションは低反発で背もたれも痛くない。テーブルも肌触りが良く、とても綺麗に磨かれていて顔まで映り込みそうだ。




 建物自体は普通だったのに、なんで食堂だけこれほどお金かけているんだろう。


 そんな疑問が顔に出ていたのか、ディックは「兵の士気を上げるには、衣食住を満足させることが大事ですからね」と答えてくれた。




「ま、まさかディックさんが……!」


「いやいや! 俺が愛情とお金をかけるのはドラゴンだけ! 建物の内装は上司の判断さ」


「それもどうかと思いますけど……、え。上司って――キリア様ですか?」


「うん、そう。兵士たちの宿舎もすごいんですよー。ちょっと狭いけど個室だし、ベッドふっかふか!」


 ディックの肩に乗っていたイルも「ふっかふか!」と鸚鵡返しして可愛い。いや、そうじゃない。




「それって竜騎士だけではなく?」


「うん、どこの部署もそんな感じ。食堂はウチの方がお金かかってるみたいだけど。あ、一応言っておくけど税金は使ってないですよ。ウチの建物の内装はキリア様だけど、他部署は本部長のポケットマネーだから」




 軍内部の事情なんて一般人が知れるわけがないのだが、それが本当ならキリア様と本部長様はすごい。己の懐から兵のためにと散財しているわけか。上司の鏡である。


 もちろん士気向上という理由づけはあるが、それでもなかなか出来ることではない。


 私の上司にも見習ってもらいたいものだなと、常に太い眉を顰めるでっぷりと太った巨漢を思い出し――ハッとする。




 あ、私まだ仕事全然進んでないじゃない!




「あの、そろそろディックさん自身のこと聞かせてもらっていいですか?」


「俺自身?」


「はい。その、転職先の職種とか、希望の職場があるとか、そういうのはありますか?」


 一応転職の話は秘密らしいので小声で聞けば、ああそっちね、と彼は給仕がちょうど持ってきた水の入ったグラスを受け取って口をつける。




「ん~、希望はないですねぇ。正直、俺自身何が向いてるか分からないし」


 メモ帳に“希望なし”と記述し、続けて問いかける。


「資格とか持ってます?」


「ないですね。そういうの、実家が許さないし」


 騎士になるには士官学校で卒業すれば資格がもらえる。逆に言えば、それ以外の資格はとろうとしてもとれない。




 士官学校は全寮制だし、そのまま軍人として就職してしまえば他の資格をとる勉強も試験も出来ないだろう。


 まぁこれは分かってたことだと、メモ帳に更に“資格なし”と記述。




「得意なこととかあります? 長所とか」


「得意……?」そんなものあったかなと頭を傾げるディックに代わり、イルが答えた。


「ディックはねぇ、ドラゴンのことならなんでも知ってるよ!」


「なんでもってことはねぇやい」


 何故か照れるように頬を赤らめるディックを無視し、なるほどと考え込む。


 確か彼はドラゴンが好きで、自作でドラゴンの餌とかおやつを作っているんだったか。




「それならドラゴン関係の仕事が紹介出来ます。生態調査を専門とする研究所や、ドラゴンが摂取出来るフード製造工場とか」


 即座に脳内でピックアップし、思いつく限りの社名をバインダーに挟んだ紙に書き込もうとして「ま、待って!」と制止させられてしまった。


「ごめん、出来れば違うのが良いかなぁ~って」




「?……ああ、もしかして好きなことを仕事にしたくないって理由ですか?」言いながら、あれ、それならそもそも竜騎士だってそうじゃないか、と思ったがディックが「そうそう、それそれ!」と頷いたのでそっちへ意識を向ける。


「なんかあれなんだよねぇ。う~んと、………ああ、そう! ドラゴンを研究対象として見たくないというか。実験体にしたくないというか」




「でもディック、前にぼくがいやだって言ったのにオヤツの実験――」


「しーっ! イル、しーっ! ちょっと静かにしててねお願いだから!」


 イルの口を塞いでシーウィの方へ引き攣った笑みを向けてきたが、それは誤魔化しているつもりなんだろうか。


 ……まぁ、訳ありの依頼人なんてたくさん見てきてるし。依頼人の希望に添った職を斡旋するのが私たちの仕事だから良いけど。




「では希望の給与額、休日、職場の位置などはありますか?」


「え、ああ……えっと。給料はとりあえず生活出来るぐらいあれば。休みはできるだけ多いと嬉しいなぁ。場所は実家と基地から離れていれば良いですね」




 ふむふむ。


 基地や貴族の居住区から離れている場所となると、都市郊外あたりがいいかもしれない。




「ディックさん軍人だし、力仕事でも大丈夫そうですね」


「あのぉ………ぶっちゃけ楽して稼げる仕事ってないですかね?」


 ぴくり、とシーウィの左眉が動く。


 そのとき、ちょうど給仕が料理を運んできた。




 ほかほかの湯気が立ちのぼるその日替わりランチは、普通の一般人が口に出来るような代物ではなかった。そもそも見ただけ分かる高級食材が使われてる。


 厚顎鮫ガブリエシャードのフカヒレスープ、蒸した合唱鴨がっしょうがものサラダ、鬼剛雷牛ファグビスのフィレステーキ。




 なんだこれ、いつもここの騎士たちはこんな料理食べてるってこと?


 食費ってどうなっての? これも全部キリア様のポケットマネーなの?


 庶民には信じられない料理を前に動揺するが、ディックが普通に食事を始めたので同じようにナイフとフォークを手にする。あれ、持ち方これで合ってる?




 何度もディックの作法を見て真似し(やはりそこは貴族らしく、食事マナーも作法もなんかすごく綺麗だった)、緊張しすぎて味の分からないランチに舌鼓を終えると、まさかのデザートまで運ばれてきた。


 得体の知れないケーキとかだったらどうしよう、食べ方分からんと思っていたが、普通のバニラアイスだったので安心した。




 いや、もしかしたら普通のではないのかもしれないけど、そこは気にしないこととする。


 スプーンで掬い口の中に運べば、甘さ控えめの濃厚なバニラが口いっぱいに広がる。なにこれ美味しすぎでは!?




「――で、シーウィさん。俺に出来る仕事ってありそうですかね?」


 アイスを食べ終わる頃を見計らってディックが尋ねると、シーウィは勿体ぶるように水を飲んで一息吐き。




「まず一つ言わせていただきたいのが――仕事、舐めないでくれません?」


「え」


「楽して稼げる仕事があれば、今も無職で公園を彷徨っている浮浪者へ斡旋してます。それに誰だって、そんな都合の良い仕事があれば就きたい。ですが現実、そんなものはありません」


「は、はあ」




「いいですか。繁華街や歓楽街でよく目にする看板は嘘ですからね。『楽して高収入!』とか、犯罪スレスレか犯罪に加担した仕事して、最終的にわけも分からぬまま逮捕ってこともありますからね!」


「そ、そうなんですか」


「そうなんです! だから地道に稼ぐ正攻法がいいんです。もちろん悪徳企業や闇ブラック企業なんかに転職しないよう、こちらで安心信用出来る職場を斡旋しますから」




 効率の悪い稼ぎ方だと鼻で笑う人もいるが、上手く稼げる手段を知ってる人はそもそも職業斡旋所には来ない。来る必要がないからだ。


 斡旋所に頼る人はそういうやり方を知らない。知ったとしても上手く活用出来なかったり、結局誰かに騙されることが多い。




 それにディックは貴族で世間知らずっぽい。騎士以外で働いたことはないしお金の価値も分かっていないだろうから、まずは地道に稼いで庶民の仕事と稼ぎ方というのを分かってもらうのが一番だろう。




「ディックさん。とりあえず数社、職種もバラバラですがピックアップしました。私の方で話はつけておくので、上から順々に半月の試用期間働いてもらうことにします」


「おお!」


「もし試用期間を終えて“この仕事続けたい”と感じたなら、おっしゃって下さい。会社とも相談し、そのまま採用という流れもありますので」




 転職の流れが具体的に形になっていくのを感動したように喜び「ありがとうございます! やっぱり頼んで良かった!」と頭を下げるディックに、これなら意外と早く決まるかもと安堵した。


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