1-3


「――何もしなくていいとは言ったけど、女を連れ込めとは言ってないわよ」


 任務を終えて戻ってきた竜騎士隊たちが戻ってきた。

 そして愛騎のローズから降りたファナの棘を含んだ物言いに、慌ててシーウィは咄嗟に「そ、そんなんじゃありません!」と否定する。


「じゃあ誰? 何しに来たわけ?」

「それは……」

 鋭い瞳を更につり上げた恐ろしい眼孔にたじたじになりながら、自分の身分を明かしていいのかとディックへ視線で問う。首を横に振られた。――ダメですかそうですか……。

「まあまあ、いいじゃないっすかファナっち!」

 適当に誤魔化そうと口を開きかけたとき、間に割ってファナを宥めたのは小柄で爽やかな青年だった。


「ちょっと! 変なあだ名で呼ばないでって言ってるでしょ!」

「カリカリしてるのはカルシウム不足っすよ? 俺っちの煮干しあげるから落ち着いて落ち着いて♪」

 どこから取り出したのか煮干しをファナの口に放り込んで黙らせてから、彼はディックの方へ向き直ると敬礼をした。


「――第2班、第4班、無事に任務を遂行し帰還いたしましたっす! 報告は後ほどにした方がいいっすか?」

「うんうん、さすがアラン。任務もファナのお守りも完璧だね。……報告は後で班長会議あるし、そのときでいいよ。どうせいつもの嫌がらせだろうし」

「承知しましたっす」

 敬礼を解いた青年アランはくすんだ砂色の短髪を揺らし、「ほらファナっち! 部下たちが指示貰えなくて休めないっすよ!」と口いっぱいに詰められた煮干しを必死に嚥下しているファナを引きずって去って行った。


「すごい……」

 自分より年下に見えるのに、とってもしっかりしてるように感じる!

 それこそディックよりも、と彼へジト目を向けると何を勘違いされたのか満面の笑みで返されてしまった。

「さっきはごめんね。まだここを辞めることは上司にしか言ってないんだ」

「上司、ですか?」

「ドゥーワ王国第5王女キリア・ドゥーワ・クランプ様ですよ」

「キリア様が!?」

 キリア・ドゥーワ・クランプ。この国の王女で第7位王位継承権を持つ、齢15の少女である。

 穏やかな物腰と金髪碧眼という天使のように可憐な人で、戦略家として軍にも協力している才女だという噂だ。


「え、でも竜騎士隊創設は戦争の前ですよね……?」

 帝国と開戦したのは8年前。それより以前だとすれば、彼女は7歳以下だ。

「創設したのは王女様の父親だよ。戦争で亡くなられて、それ以来彼女が隊の実権を握ってる」

 この国にとっての切り札でもある竜騎士隊をまとめているのが十代半ばの少女なのか……。戦争が終わった今でも小競り合いが続いている情勢の中、まだ幼い彼女への重責はどれほどなのだろうか。

 しかも英雄は役立たずと化し、更に心労が祟っていることだろう。


 思わず見たこともない王女へ同情していると「ねぇねぇ、それよりも厩舎見に行きません? 俺、ドラゴンたちを愛でる日課をまだこなしてないんだ!」と手を引かれた。

 ――この人、本当にブレないなぁ。


「ディック、あの竜臭い場所に行くなら儂は部屋に戻るぞ」

「ばぁさん嫌いだもんな、あそこ。気をつけて戻れよ」

 ふん誰に言っとる、と肩にいたスライムがもぞもぞとシーウィから降りて行ってしまった。


「……あのー、私のような一般人が見てもいいんですか?」

「基地内歩いててもしょっ引かれなかったでしょ? ここは重要な機密情報扱ってないんで、その辺寛容なんだよねぇ。だから飛竜見せたところで問題ありません! たぶん」

 たぶん? たぶんって言ったぞこの人。

 ほらほらこっち! と顔を引き攣らせるシーウィを連れて、厩舎へ向かった。




「これがうちの自慢の飛竜相棒たちです!」

 大きなドーム型の厩舎には色とりどりな飛竜たちが繋がれていた。そこには先ほどファナが連れていたローズという紅い飛竜も見える。

「す、すごい! こんなに飛竜がたくさん……!」

 竜種の中でも飛竜は数が多い。だけど仲間意識と矜恃プライドが高く、手なずけるのは結構難しいらしい。

 だからドゥーワ王国ほど竜騎士隊が多い国はほとんどないのだ。


「ローズとクィンガはさっき頑張ったから、おやつをあげよう!」

 初めてまじまじと見る飛竜たちに感嘆していると、ディックがポケットからビスケットのようなものを取り出した。それをローズとねずみ色の飛竜に与えると、二体とも目を細めて嬉しそうに食べている。


「あのねずみ色の飛竜がクィンガだよぉ。アランの愛騎だねぇ」

 パタパタ羽を動かし、シーウィの頭の上に乗っかったイルが説明する。

 ……あれがアランさんの?

 他の飛竜に比べて大きい。ガタイが良いと言うべきか。

 小柄のアランが乗れば、更に対比がすごそうだ。


「あれ、隊長とさっきの人じゃないっすか」

 噂をすればなんとやら。

 鼻の下を伸ばして飛竜のハーレムを味わっているディックの向こう側に、水の入ったバケツを持った少年アランが立っていた。

 どうやら彼は飛竜の世話をしていたようだ。


「ん、隊長? ま、まさか――」

 そしてアランは自分の愛騎とローズがもぐもぐと先ほどのおやつを咀嚼していることに気付いて顔色を赤くし、ディックは「あ、やべ」と目にも止まらぬ速さでシーウィの背後へ回る。「ディックさん……?」


「――隊長! また任務に出た飛竜におやつあげたっすか!? 隊長が作るおやつはカロリー高いから一ヶ月に一回にして欲しいって嘆願したじゃないっすかぁ!」

「!?」爽やかな青年の髪の毛が逆立ち、目がつり上がる。それだけですさまじい迫力だ!

「ご、ごめんって! つい!」

 隊長であるディックですら彼が怖いのか、なんか震えてる気がする。

「ついっていつもじゃないっすか! 飛竜たちが最近太り気味なの報告したはずっす!」

 え、これで太り気味なんだと横にいた飛竜を見てしまう。

 その深緑色の飛竜はアランの手元にあるバケツへ首を突っ込み、飲み始めた。

 ……自由だな!


「だって頑張ってる子には甘やかしてあげたいんだもん」

「だもんじゃないっす! 太ったらその分動かさないといけないじゃないっすか! 俺っちのクィンガも今月入って散歩時間1時間増やしてるんすよ!?」

 そのクィンガは散歩が好きなようで、壁に備え付けてあったリードを口に咥えてじっとアランを見つめているが。


「まあまあ、落ち着きなよアラン。ほら、自分の煮干しでも食べなよ」

「――そうっすね、これじゃあファナっちと同じっすもんね。……だから、モガ爺に言いつけるっす」

「え」

「泣きついてやるっす。孫の特権使うっす」

 モガ爺? と首を傾げていると「王女様の執事だよぉ」とイルが教えてくれた。

 なるほど、ディックの上司に仕える人に話せば、そのまま王女様にも伝わるということか。

 これはもうディックに勝ち目はないだろうと背中に縋りついてくる残念男を振り返れば、彼はものすごい勢いで首を横に振り回していた。


「じ、じいさんだけは……! モガルドフ元大佐だけは……!」

「おやつは月に一回。餌も規定のもの以外与える場合は一度に500gまでっす! 分かったっすか?」

「りょ、了解!」シーウィの背後から出てくると、アランに向かって敬礼した。

 アランもそれに一つ頷くと手元のバケツを飛竜の水飲み場へ持って行った。


「……どっちが上司なんだか」

「ディックはいつもこんな感じで、部下の人たちに怒られてるよぉ」

 学習能力ないのか、この人。

「――さて、怒られてお腹空いたし! ご飯でもどうですか!」

 何事もなかったかのように笑顔を浮かべてお腹を押さえてるディックは、やはり懲りていないように思えた。

 今までもこうやって部下の人たちが苦労してきたことが窺えた。


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