第三話
時刻は十七時を少し過ぎた頃。
冬に差し掛かってきたということもあり日が落ちるのがだいぶ早くなってきた。辺りは薄暗く吹き付ける風は冷たい。
厚めの上着を選んできて正解だったなと思いつつ、規制線の向こう側を見つめた。
友人と来たのは昼間だったからまだ良かった。ちょっとの先だって見えないほど山の入口は闇に支配されている。時折聞こえる葉が擦れる音にさえ過剰に反応してしまって先が思いやられた。
約束の時間は過ぎているのに彼が現れる気配はない。
時間だけが無慈悲にも過ぎていき、辺りが真っ暗になったところでようやく彼は悪びれる様子もなくひょっこりと現れた。闇に目が慣れてきたため彼の後頭部の髪がぴょこんと跳ねていることに気付く。きっと寝癖だ。
寝癖がついていることに気付いていないのか、はたまた気にしないタイプなのか。彼は遅れたことに謝罪する素振りも一切無いまま隣を通り過ぎては規制線を跨ぐ。
しかし彼にとっては些か規制線の張ってある位置が高かったのか、跨ぎきる事ができず足をひっかけて前につんのめった。どしゃ、という音とともに盛大にずっこけた彼の姿は早々に記憶から消しておいた方がよさそうだ。
「誰だこんな高く規制線を張った奴は!? あそこの連中はやはり阿呆と馬鹿と頭のおかしい奴しかいないんだな!?」
誰に対して怒っているのか知らないが規制線を跨いで転んでいる彼に手を差し伸べる。ぶつぶつと文句を呟きながら立ち上がった彼は衣服についた枯葉や砂をぱんぱんと叩いて払う。そうして何事もなかったかのようにザクザクと落ち葉を踏みながら山の奥へと歩みを進めた。
「大丈夫なのか……?」
その後ろ姿に不安を覚えつつも着いていくしかないため大人しく彼の背を追いかける。
数歩先を行く彼は目指している祠がどこにあるのか分かっているかのように足取りに迷いがない。
「紫崎さんはここに来たことがあるんですか?」
「何だ急に」
「いえ、足取りに迷いがないな、と思って……」
彼の背に向かって問いかければ訝しむような声が返ってくる。聞いたらいけないことだったのだろうか。
「……確かに僕は君の言う通り何度かここに来たことがある。だがそれ以上言う気は無いぞ」
スパッと切り捨てるように言って彼は口を閉じた。二人の間に思い沈黙が流れる。
そうしてどのくらい歩いただろうか。ふと誰かに緩く手を引かれた気がした。
「……?」
距離からして彼ではないことは確かだ。だとしたら一体誰が?
そう思い視線を自分の右手へと向けた__次の瞬間。
「え、」
ぐんっと力強く腕を引かれる。振り払うこともできず体が大きく傾いた。
視線の先には自分の右腕を掴んでいる何本もの青白い手。まだ幼い赤子のような手もあれば枯れ木のように細い老人のような手もある。
これは自分にしか視えないやつだ、と直感で悟った。つまりはそう、この世のものでは無い、人ならざるもの。この場合はきっと彼が教えてくれたように、生贄として捧げられた人々の怨念が形作ったものなのだろう。
「……っ、兎川くん! 危な……っ」
彼の声が聞こえたのと浮遊感を感じたのは同時だった。落ちる、と思った時にはもう落ちていた。
斜面を転げ落ちる感覚、遠くなる意識。
為す術もなく背中に鈍痛を感じ、そのままふっと意識を手放した。
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