僕らはこのまま付き合っていいのだろうか?

シロクマKun

第1話


 僕はポカーンと口を開けて固まっていた。


「ちょっと……聞いてる?友也くん?」


 僕と同じ体操着を着たクラスメイトの小野悠おの ゆうがそう言いながら、僕の顔を覗き込んでくる。

 ふわりと舞ったショートのサラサラヘアーから、シャンプーのいい匂いがして、僕は思わずのけぞった。


「き、聞いてるけど……えっと……ゴメン、もっかい言ってくれる?」


「もうっ、聞いてないじゃん! もう言わない!」


 小野はプイっと横を向いて、その小さなかわいいほっぺたを膨らました。

 うーん、これは困った。いや、ホントに聞いてなかった訳じゃないんだけど。ただあまりの衝撃に、ひょっとしたら僕の聞き間違いじゃないかと思っただけなんだよね。

 でも、小野の態度を見るに、どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだ。


 


 ……って事はやっぱり、僕は小野に告られたらしい。







 三月に入り、六年生はそろそろ卒業と、中学校入学のための準備に忙しくなるって頃、どういう訳だかウチの小学校には最後に皆んなでキャンプに行こうという謎イベントがある。

 保護者達からはこのクソ忙しい時にと、もっぱら不評なこの行事も、僕らにとってはクラスの仲間と遊べる最後の機会だし、すごく楽しみにしてた。 

 一方で、誰かを密かに想っている人にとっても、告白する最後のチャンスとして重要視されてるらしい。 


 僕はまだそういうのピンとこないから、全然関係ないと思ってた。

 

 キャンプ最終日の自由時間に小野悠に呼び出されるまでは。







 

 小野の視線が刺さる中、僕は完全に固まっていた。

 えっと、こんな時なんて言えば良いんだろう?

 返す言葉が見つからない。


「あの……友達じゃだめ? かなぁ?」

 何とかそれだけ絞り出すように口にした。


 僕を見つめる小野のくりんとした瞳がうるうるしていくのがわかった。


「知ってるよ? 友也くん、美希の事が好きなんでしょ? そりゃあの娘、凄くかわいいし、頭もいいし、性格もいいお嬢様だもん……」


 奥歯の銀の被せ物が見えるほど大きく口を開けて叫ぶように言いながら涙ぐむ小野は次の瞬間、パッと身を翻しダッシュで森の奥へと駆けていく。


「小野、そっち危ないって!」

 入っちゃいけないと注意されてた方へ突っ走っていく小野を見て、僕は慌ててその後ろ姿を追いかけた。


「……美希に負けないからっ、友也くんは絶対譲れないからっ!」

 なんか無茶苦茶恥ずかしい台詞を叫びながら小野が突っ走っていく。


「小野、待てって!」

 ほとんど獣道みたいな所をどんどん奥へと走る小野。

 ヒーヒー言いながら追い掛ける僕。 


 いったいどれだけ走っただろう?

 

 何とか捉えていた小野の後ろ姿が突然消えた。

 同時にドボンという、大きな水音が聞こえた。


「おっ、小野ー⁉」


 僕が辿り着いた先にあったもの、それはこじんまりとした池というか、沼だった。

 濁った水面に大きな波紋が広がり消えていく。

 これはヤバイ。どう考えても小野が沈んだとしか思えない。


「おのー‼」

 いや、叫んだってどうにもならないだろ? 

 早く何とかしないと。


 そう思った時、突然水面が光出した。

 辺り一面、ひと昔前の音楽番組みたいなスモークが立ち込め、なんとなく厳格感を醸し出してくる。

 沼の真ん中付近から何かがすうっと出てきた。

 

 それはとてもとても綺麗な金髪の女の人だった。

 外人さん?いや、水の中から濡れてる様子もなく出てきたんだから、人外さんだよね?

 めっちゃ怪し過ぎるわ。


 その女性はおごそかに僕にこう言った。


「あなたが落としたのは金のオノですか?」


「……は?」


 ……なんだろう、金の小野って? 思わず金髪でヤンキー座りしてる小野を想像してしまう僕。

 今日からオノは‼ とか言ってる場合じゃないわ。

 つかだいたい、僕が落とした訳じゃないんだけど?

 この人外さん、大丈夫か?

 

 って、これアレだよね? 木こりの泉?


「……」


「……」



 変な間があって、早くしろと言わんばかりに人外さんが睨んできたので、取り敢えずお約束どおり否定する。

「……違います」


「では、あなたが落としたのは銀のオノですか?」


 あ、やっぱりそうくるか。

 なに、銀の小野って? 

 ター○ネーターの新型みたいな?

 流動的でメタリックな小野。


 あ、それネタとして面白いかも。

 ……ってないわ。大体、面白がってる場合でもないわ。


「……違います」

 当然、否定する僕。





「では、あなたが落としたのは普通のオノですか?」


「そぅ……」

 言いかけて止める。


 いや、ちょっと待て。

 ここでそうだって言っちゃうと、もれなく金の小野と銀の小野まで付いてきちゃうんじゃないか?


 なんかお得感が……

 いやいや、ここでネタに走っちゃいかんでしょ?

 金と銀のエンジェルを集めたら貰える缶詰じゃあるまいし。


 僕は少し考え、やがてこう言った。


「普通の小野だけ返して下さい。金の要素も銀の要素もいらないので」



「ファイナルアンサー?」

 

 ……アンタ、どこの司会者だよ?



「ファイナルアンサーで」




「わかりました」

 人外さん(女神?)はそう言うと、ホントに普通の小野だけを、抱えて戻ってきた。


 小野は眠っているのか、気を失っているのか、目を閉じていた。


 僕はその普通の小野を貰い受ける。

 不思議と全く濡れていなかった。


 こいつ、こんなに柔らかかったっけ……


 背負った小野の感触に戸惑いながら、僕はキャンプ場を目指して歩き出した。



           「美希には負けないんだから……」




 背中から、うわ言のように呟く小野の言葉が聞こえたが、僕は聞こえてないふりをするのが精一杯だった。











 その数日後に行われた小学校の卒業式に小野はいなかった。

 

 キャンプの後、すぐに引っ越したからだ。なんでも、親の仕事の都合でずっと前から決まってた事だったらしい。

 小野の希望で、クラスの皆にはわざと言わなかったんだそうだ。


 結局、小野は僕に想いを伝えるだけで満足したのだろうか?

 

 僕としては、どう答えればベストだったんだろう?

 

 でも、あの時はああ言うしかなかったように思う。

 僕にとって小野は親友とも呼べる存在ではあったけど、決して恋愛感情なんてなかったもの。





 そして僕は密かに片思いしてた(小野にはバレてたけど)、美希に告白した。


 結果、信じられない事にOKをもらい(お友達からって事だけど)、僕らは付き合いだした。

 でも、もともと合わなかったのか、どっちも幼な過ぎたのか、僅か半年程で自然消滅してしまったのだった。





 ◇







 今でも卒業式と入学式の時期になると小野の事を思い出す。


 

 あれから数年、僕は高校生になった。

 しかし、悲しいかな男子校、付き合ってる彼女もいないし、この先出来るとも思えない。僕は女の子との付き合い方がよくわからない。

 美希とはほんの僅かな期間だけ付き合ったけど、アレは単なる「ごっこ」だったんじゃなかろうかと今つくづく思うんだよね。

 

 





 賑やかな声が聞こえてきて、ふと前を見ると、華やかな女子高生の一団がいた。

 この辺りでは有名なお嬢様女子校の制服を着ている。

 道行く人は思わず目を奪われる、そんなオーラを纏った少女達だった。


 何気なく見てると、その内の1人と目があった。

 美少女集団の中でもダントツで1番可愛い、サラサラしたショートヘアの少女だった。

 ヤバイ、変なヤツがジロジロ見てると思われたかも。


 すぐ立ち去ろうとした僕の前に、その少女が駆けてきた。





「友也くん?」


「へ?」

 僕は声をかけてきたその少女をマジマジと見る。

 むっちや睫毛長い切れ長の目に、通った鼻筋、陶器のような白い肌。

 見れば見るほどドン引きするくらいの美少女だ。


 誰だっけ?

 いや、こんな美人の知り合いなんているわけないし。


「ちょっと……聞いてる?友也くん?」


 そう言いながら僕の顔を覗き込む彼女。

 サラサラのショートヘアからふわっといい香りがして、思わずのけぞった。


 ん? なんかデジャヴ……


「ま、まさか小野⁉」


「そーだよ。やっとわかった?」

 美少女はそう言って輝くような笑顔を見せた。

 真っ白い歯が眩し過ぎるっ!


「随分久し振りだね。元気だった?」


「いや、僕は変わりないけど……。お前めちゃくちゃ変わったな…」


「えへへ。綺麗になったでしょ?昔、フったの後悔してるんじゃない?」


「いや、後悔はしてないけど……お前、その制服、聖心女子?」


「そう。聖心女子校生だよ」

 小野はスカートの裾をちょっと持ち上げて、くるりと1回転して見せた。


  ほんの少し見えた小野の綺麗な太腿にドキリとしながら、僕は呟いた。


「いやいや、どうやって女子校に入れたんだよ⁉




 


 すると、小野は僕の唇に自分の人差し指を押し当ててきた。


 そして僕の耳元に顔を寄せて囁いた。


「そう、昔は男だったよ。でも今は完璧に女。あ、性転換手術とかじゃないからね。あなたが女にしてくれたんだよ?友也くん。キャンプで遭遇した木こりの泉覚えてる? わたしは薄っすらとしか記憶ないんだけど、あの時、友也くんが言ってくれたのははっきり覚えてる。金の要素も銀の要素もいらないから、普通の小野だけ返してくれって」


あっ、確かにそんな事があった。

あまりにも現実離れしてたから、記憶の奥に封印してたけど。


「それがどうして…?」


「だから、わたしは銀と金を無くして戻された訳。銀の歯の詰め物と……金の……」



 ……たまげた。





 


 その後の小野の説明によると、あの怪しい人外さん(女神?)はナニを取るだけでなく、ちゃんと女性化の仕事を完璧に行ってくれたらしい。どうやら小野の心の奥底にあった願望を汲んでくれたようなのだそうだ。

 つまり、小野は元から女になりたかったのか。



「だからね、このおっぱいも本物なんだよ?」

 小野はそう言って僕の手を取り、自分の胸に押し当てた。


「なっなっ、なにを……」

 慌てる僕を見ながらニッコリ微笑む小野が言う。


「どう? Eカップの感触?」


「い、イーね」

 僕はしどろもどろに呟く。


 そんな僕に小野は嬉しそうに自分の腕を絡ませてきた。


「美希から聞いたよ? あんまり長く続かなかったって。でも私となら絶対上手くいくと思わない?」


「えっ、まぁ……そうかな?」

 ああ、泉の女神さま、どうやら落とされたのは僕のようです。



 そして小野は僕の耳に顔を近づけて囁いた。


「ほら、最後に勝ったの、私だったでしょ?」



 その言葉を聞きながら僕は思う。








 僕らはこのまま付き合っていいのだろうか?

















〜『僕らはこのまま付き合っていいのだろうか?』〜



  完












 















 



 



 

 

 

 

 

 

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