第33話 希望の華⑪

「無理して壊さなくていいか……あぁ~~終わった終わった」


 トンカチを手にした状態から姿勢を崩した。


「――お、おい、何勝手に終わっているんだ。早く叩き割ってくれ、お前も希望は潰してくれるって同意しただろ……」

「――さっきはさっき、今は今さ……別に壊さなくていいじゃないか」

「だから、私には必要ないから壊してくれって言っているんだ」

「う~~ん、だったらさぁ、キミの希望、俺にあずからせてくれないか……?」


 何となく提案してみた。


「――なっ!? いや、叩き割ってくれないと困る。この地に悪夢が残ってしまうじゃないか。言っておくが希望の種は、この壊れてしまった禁断室とやらを元に戻すこともできるんだ。さらに最初のトラブルのあった日から、今日まで続いてきた悪夢を全て、まるで夢であったかのように忘れさせ、痕跡をぼかす。だから、皆の為にも――」

「君が肩代わりをする……だよね?」

「ん? あ、ああ……」

「ゴダルセッキさんと同じこと言うつもりはないけどさ、俺も少しだけ、ほんの少しだけは必要だと思うんだ。苦い思い出が……」

「……なんでさ、そんなものを残しておいても怖いだけじゃないか……」

「怖いから……もうそんな考えを生み出さないために、覚えておくんだ。だから少しは信じてくれないか? 俺たちが――この世界がそんな苦みに簡単に敗北したりしないって……」

「……………………」


 ヴァラレイスにとっては予想外の提案だったのだろう、面食らって俯き、少し考えているようだった。


「……ふん、私が肩代わりした方が絶対いいに決まってる」


 相変わらずの物言いを返す。


「ははは…………」


 乾いた笑いが出てしまった。


「……けれど、どうせ君はいなくなってしまうんだろう? だったら記念に取っておいてもいいじゃないか……大切にしておくからさ。こんなに美しいのに壊してしまうなんてもったいない」

「……やはりお前は気色悪い」

「照れなくていいのに」

「――くっ! もう勝手にすればいい……だが飽きて捨てたくなったら、粉々に叩き壊しておけよ」


 そう言うと彼女は踵を返して、禁断室から出ていくために足を運んでいく。


「……飽きたらねぇ~(……そんな時は、きっと来ないさ)」


 俺は立ち上がると、ポケットに希望種をしまい込んで、彼女の後ろ姿を追いかけていく。


「……ふん」


 彼女のそれは、単に鼻を鳴らしただけなのか、心の声に対する返事のつもりなのか、分からなかった。


 フォレンリース国会樹治塔から外へ出ると、まだ辺りは暗い夜中のままだった。なんとか朝が来る前に全てを終わらせられたみたいだ。ヴァラレイスが先刻話していた――既に身の内に宿ってしまった悪夢種の処置――を実行していた。純黒苦血を空へと放出し続け、雨のように国中に降り注いでいった。これで完全に事件は解決するらしい。処置を終えたヴァラレイスは屋形車を出現させる。それから俺たちは車内に乗り込むと、最初に出会ったあの立ち入り禁止区域に戻るため、車輪が回りだして移動を始める。

 しばらくは流れる夜の街を背景に、屋形車の車内で過ごすことになった。

 そして目的地である禁止区域に入り込み、それから大穴の底へと降りていく。

 深い深い大穴の底に到着すると、屋形車から降りて、黒い華が咲き誇る地に立つ。そして屋形車は血と髪飾りに戻り、ヴァラレイスへと還っていく。


「……キミの小鎌、戻しておかないとな」


 中央の祭壇に目を向けながら、そんなことをポツリと呟いた。


「……ああ~~、いや……元々の持ち主は私だ。お前みたいに、私へ好意を抱いてくる変人が、他に出ないとも限らないし、危ないから最終焉郷に持っていくさ……」

「……そうか、その方がいいかもな」


 小鎌でしようとしたことを、俺は思い出して――ポツリと呟いた。

 黒い華に埋め尽くされた地を、二人で静かに歩いていく。


「……数千年経ったこの世界はどうだった? 楽しかったか?」


 俺は心残りを残さないように、会話を切り出した。


「う~~ん、楽しかったと訊かれても、そういう感情は最終焉郷に落ちていくとき捨て去てしまったから、よくわからないんだ」

「そうか……それは哀しいな」

「ああ、けど苦しみならわかるんだ。ここに来て、色んな人の悪夢とか苦痛を肩代わりしたが、昔ほどではなかった。それだけで皆がずっと、平和で幸福な日常を送ることが出来ていたんだと、それくらいならわかるんだ」


 また重そうな世間話になってしまう。


「……なんて言えばいいのか……あ、ありがとう」

「感謝の言葉はやめてくれ、色んなところがむず痒くなる。謝罪もいらないぞ、別に私は犠牲になったなんて思っていないんだ。むしろ、感謝を贈りたいのは私の方なんだホロム。まぁ、こんな黒い感謝なんて入らないかもしれないが……」

「――――――?」


 祭壇に行きついた。


「――君のおかげで私が、なぜ絶望の海に落ちることが出来たのか、知ることができた……」


 ヴァラレイスがこちらに振り返ってきて、告げてくれる。


「――そう、私はこの全世界と、そこに生きている人々に恋をしていたから、あの時、暗い底に落ちたんだ」


 無表情な微笑みがあった。


「礼は苦手だから……まぁ、やはり言わないでおくよ」

「……………………」


 彼女が締めくくりに入ったので、少し寂しくなる。


「……お、お」




「俺は言っておきたいことがあるんだ。聞いてくれないか?」

「…………はぁ~~、本当は聞きたくないが……それくらいは、叶えてやろう」

(……それくらいしか叶わないか……まぁ、いいさ。一生伝えられないより、遥かにマシだ……)


 後悔を残さないように決心した俺は、彼女の目を見つめて告げる。


「――ヴァラレイス、俺は君が好きだ――どうかこの気持ちに応えてほしい」


「……………………お断りだ。気持ちが悪いよ」


 答えを言ってくれた。それだけでも嬉しい。


「……はぁ…………酷いな。せっかく告げたのに夢も希望もないセリフだ」

「それが私なりの応え方だ。いいか? 私を諦めろ――あと決して落ちてくるなよ。次やったら――お前は私の敵だからな……」

「わかってる。夢は叶ったんだ、もうしないさ……」

「……いい子だ。それじゃ私は落ちる、精々この世界で幸せに生きろ」


「ああ……(さようなら、俺の初恋の人)」


 俺はヴァラレイスに手を振ってあげた。無表情の彼女は背を向けてしまうが、きっと照れ隠しだろう。そうであって欲しい。


(……失恋か)


しばらくしても彼女は消えない。


「どうやって戻ればいいんだ?」

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