第29話 希望の華⑦

(なんだ? ゴダルセッキさんが手の甲に希望華を植え付けたら、宙に五つの花が出て来たぞ……)

「――アレが彼の悪夢の形……いや、希望華の力だから、差し詰め、善夢の形と、言ったところか……」


 セリフを途切れ途切れにする彼女と、思考を働かせる俺の、不思議なやり取りの会話が交わされる。


(――今までとどう違うんだ?)

「……ほとんど、違いはないさ、ただ希望華の攻撃を、私に触れさせないでくれ……わずかにでも、この身に希望が宿ってしまえば、そこから亀裂が生まれて、内側にある、この世界の絶望が漏れ出てしまい……最後には数千年前の、光景が、この世界で再現されて、しまうだろう……」

(――ただの小市民に世界の命運を賭けるような言い方はよしてくれ、動けなくなってしまうじゃないか)

「それは、済まない……だが、そいつは私のセリフ一つで、和らぐさ……だから……そうだなぁ……気を付けて行っておいでホロム」

「――わかった」


 俺はゴダルセッキさんと向き合った。


「……誤算だ。キミが夢の力を扱えるようになっていたとは……」

「あなたこそ、その力をどうやって使いこなせるようになったんです」

「グラル氏の研究の成果を試してみたらこうなったまでだ……」


 ゴダルセッキが宙に浮いている、砲台のような五つの白い花を紹介する。


(――父さんはここまで踏み込んでいたのか)


「しかし、残念だが……そんな腕では私の希望の光は止められない」


 ゴダルセッキは希望華を植え付けていた手をこちらに差し向けて、


「――平等なる後光線」


 ――宣言した瞬間、彼の周囲に浮かんでいる円錐状の花がこちらへ、正しくは俺の背後にいるヴァラレイスに向けられた。そして花から輝く光が漏れ出して、それは膨れ上がり線となってこちらへ放たれた。


(――この光が彼女の!)


 俺はとっさに壁際に置かれていた大型の鏡に目を向けて、素早く水の腕を伸ばし、ヴァラレイスの盾になるように、ガラガラガラと車輪を回させて移動させる。


「――――!?」


 放たれた五つの光は、大型の鏡に反射されて散らばり、床・天井・柱・カーテンを焼いていく。光線がヴァラレイスに触れることはなかった。


「……今のが、ヴァラレイスの持っていた希望の光――(――アレに一切、彼女を触れさせないように気を付けなければいけないのか。全部で五つ、一つ一つ潰していくしかないのは厳しいな)」

「――気を張る必要はない。もう喧嘩ごっこは仕舞いだ」


 ゴダルセッキが両腕を広げると、その動きに合わせて、円錐状の花が二輪づつ左右に分かれる。鏡の向こうのヴァラレイスに両サイドから光を当てる狙いのようだ。


(――鏡を左に向けてくれ!!)


 俺の心の声を聞いてくれていたヴァラレイスは、瀕死な身体でも頑張って、指示通りに鏡を動かしていく。そうすることで左から迫る光を放つ花には対処できる。

 俺の方は、右から回り込んでくる二輪の花に対処する。床に敷かれていた絨毯を、水の腕で思いっきり捲り上げて、二輪の花に被せてやった。すると花からは光が放たれたようで、絨毯が――ジュワアアアアっと盛大に焼かれていき、そこから突き抜けた線が天井を焼いていく。


「一つ焼き散ってしまったか」


 燃えている絨毯から一輪の花を解放させたものの、もう一方の花は共に燃え尽きてしまい、その様子を冷めた目で見ながら、ゴダルセッキはぽつりと呟いた。


「ぜぇ、はぁ、はぁ……」


 ヴァラレイスの方も何とか、光を放った花に対処できたようだ。


「――だが、まだ一輪、こちらには残っているぞ……」


 ゴダルセッキの頭上にある一輪の花が、ヴァラレイスに向けて光の線を放っていく。


(――ヴァラレ――いや、俺でないと間に合わない)


 俺はイメージによって、すぐに水の腕を勢いよく伸ばし、希望の光線から彼女を庇う。――ジュワアアアアアア!! という音が、水の腕を蒸発させていく。水と光が衝突し、飛沫となって、神秘的な光景を作り出す。


「ほう、やはり夢の力は面白い。このような現象も起きるわけか」


 ゴダルセッキは手で誘うような仕草を取ると、円錐状の花を元の位置に帰らせていく。


「――四輪による同時光線ならば、突破は可能だろう」


 そう軽く口にして、周囲で漂う四輪の花へ、放つための光を蓄えさせていく。


「――済まないが、何度も、動いて、あげられない、んだ」


 疲労困憊のヴァラレイスは、何とか、か弱い力を振り絞り、鏡を盾とするため正面に向けていく。


(――わかった。頑張るよ)


 俺はもう一度、水の腕を現実に思い描いていく。そして壁際に掛けられている真っ黒いカーテンを、強引に引き千切って巻き付かせた。

 四輪から光線が放たれる。鏡を有効活用するために、わざとその場から移動したのだが――狙いは俺だったようだ。

 俺は光線にも構わず走り出し、真っ黒いカーテンを巻き付けた水の腕を早速盾に使うことにした。四本の光線を受けた水の腕は、しかし黒いカーテンを突破することなく防ぎきってくれる。


(――ここにある照明具は、日の光が差し込みそうにない室内なのに、これ程の輝きだ。本来――吸明液は日中に光を蓄えて――夜間に放出するもので――ずっと光を保持させておくことは出来ない。つまり、ここのカーテンがそれをさせない特別な物だからだ。例えば、光を長期間――保持させておける繊維で作られているとか)


 その考えは当たっていたようで、光を浴びたカーテンは何一つ影響が出ることはなかった。光を無力化して走り続ける俺は、ゴダルセッキへと接近――しかし、察知されて離れられてしまう。だが――水の腕を伸ばして一輪の花を掴み取り、潰して散らせた。


「――考えたな。ホロム……しかし、これならどうかな」


 膨大な光が、三輪の花のそれぞれに集中され、天井の一点に向けて放たれていくと、材質をぶち抜いて夜空の彼方へと希望の線が伸びていく。


(――破られた天井の瓦礫が!?)


 俺に向かって降りかかり――ドドドドドドドドドっと、フロア全体で轟音を響かせた。


「――ホロム!!」

(――い、生きているよ!!)


 ヴァラレイスの呼びかけに、俺は何とか応えて無事を報せた。しかし降りかかってきた瓦礫に真っ黒いカーテンはズタズタにされる。水の腕も集中を切らせてか、物理的に壊されてしまったのか、とにかく無くなっていた。何とか瓦礫を潜り抜け、視界を確保し、ゴダルセッキの姿を探していたが――いつの間にか、俺の真上に――三輪の円錐状の花が設置されているのに気が付いた。


「――――平等なる散光波」


 その一言で膨大な光が上から拡散し、


「――ぐがあああああああああああああ!!」


 俺は押し付けられるように希望の輝きを浴びせられた。それから逃れるためにがむしゃらに走り回って抜け出した。


「はぁ、はぁ……げっほ、ええっほ」


 俺は酷い灼熱感を味わった。


「――や、やりすぎだお前! 彼の精神を蒸発させる気か! 今の一撃、命を落としかねなかったぞ!」


 ヴァラレイスが珍しく声を張り上げた。し、しかも俺の為にだ。


「――案ずるな、そうならないように配慮はした。ホロムには今回の事で世話になったからな、止まってくれさえくれればそれでいい……」


「――っ!? せ、世話になった? どういう、ことだ……」


 身体の異常に耐えながら、声を振り絞って聞いてみた。


「なんだ? まだ気づいていないのか? 君は私のために働いてくれたというのに…………いや、自分の望みを叶えたつもりになっているのだから、勘違いするのも仕方がないか。ホロム、君はヴァラレイス・アイタンを呼び出す為の扉にだったんだ」

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