第28話 希望の華⑥
「父さんの最後の手紙? そんなの身に覚えがない」
「当然だろう。事故の報せと共に送られてきた物だ。私しか内容を知らないし、他の誰にも触れさせていない」
「…………父さんが知った。ヴァラレイスの真実の姿……」
俺の興味は自然と手紙に吸い込まれていく。
「古文伝では、ヴァラレイスは周囲の幸福を願って落ちたと、言い伝えられているな」
「はい」
「この手紙の内容は違う。グロム氏が提唱するヴァラレイスの真実の姿が書き連ねてあった。キミも読んでみたまえ……」
ゴダルセッキさんがこちらに手紙をスッと放り投げる。すると、俺の足元まで届き、拾い上げる。
(ヴァラレイス……)
一応、彼女に関することなので、読んでいいものかどうか確認を取るために目配せをする。
「……構わない」
うづくまりながら呟いた。許可をくれたので手紙に目を通す。
(……間違いない、父さんの字だ)
ここから手紙を読み込んで行く。
私の名はグラル・ターケン。しがない歴史家だ。
今回、私はヴァラレイス・アイタンに深い関りのある遺跡へと赴き、その地で気づいたことをまとめておく。
古文伝では、彼女は全世界に望まれて、自らの意思でその身を地獄の底へと落としていった。と伝えられているが、今回新たに分かったことがある。
遺跡にて、見落としてしまいそうな場所に、隠し部屋の存在を我々は知った。念入りの調べて、ある暗号を発見し解析した。それにはこう書かれていた。
――ヴァラレイス・アイタンは全世界に望まれたキノコ。
このキノコという言葉は、当時は希望の子を意味する希の子と呼ばれてのものだ。
この一文からわかることは以下の通りだ。
実は数千年前の、あらゆる負と敗の現象は全てヴァラレイス本人が原因だった可能性が高い。とは言ったものの、彼女はごく普通の少女に変わりはなく、何かしらの力を使用して、自らの意思でそうしていたわけでもない。
彼女は世界に望まれすぎていた。その一点に尽きるだろう。
すなわち彼女こそが、その時代の全ての希望だったという説だ。
だからこそ数千年前、世界に絶望が満ちていたのではなく、彼女の誕生が世界の希望を持ち去ってしまったのではないかという新仮説が浮上した。
絶望にまみれた世界の住人は、ただ一人だけ希望を手にしている彼女が許せなかったはずだろう。そうなれば、彼女は底へ自ら望んで落ちたのではなく、世界に押し付けられて落とされたことになる。
そうして彼女の持っていた希望は、この世界へと循環され、逆にこれから世界で起こるはずだった絶望の数々が、全てが押し付けられたのだとしたら、その恨みと憎しみは相当深いものになるはずだろう。
とりあえずここまでをまとめておく。
こうして書いてみてわかったのだが、あまり彼女の真相に近づくべきではないのかもしれない。
我々の追及が、彼女の癪に触ってしまえば、命すら危ういかもしれない。
それでも知らなくてはならない。我々の日常が、彼女の犠牲で成り立っているのなら、世界中で感謝の意を示さなくてはならないのだ。
だから私は明日も遺跡で調べようと思う。
いつの日かヴァラレイス・アイタンが恨みや憎しみを持ってこの世界に舞い戻ってこないように。
私は真相を追いかけて、せめて彼女の無念の声を代わりに広めようと思う。
(……親愛なるヴァラレイス・アイタンどうか、我々の行いを今しがた許して欲しい)
そこで文字の列はなくなった。
俺は手紙を最後まで読み切り折り畳んで、ポケットにしまっておく。
そして――ちらりとヴァラレイスの方を見ると、顔を伏せたまま、浴びせられた光に耐えていた。そしてゴダルセッキさんと向き合う。
「……読んだね? つまり彼女は絶望を肩代わりしたのではなく、その身に宿てしまった世界の希望を、強引に取り出されてしまった。というのが、グラル氏の残した内容だ」
「……こんな走り書きした内容を、素直に信じるんですか? 論文にも仕上っていない。まだ検証の最中じゃないですか」
「では、本人に聞いてみようじゃないか」
「――――!」
俺はヴァラレイスの方へと振り向いた。
やがて、顔を下げたままの彼女が呟いた。
「……ふん、確かに希望の子と言われていたよ」
(――!?)
「私は世界の希望を、この身に宿して生まれて来た。その後、私以外の全てが絶望に沈んでしまったんだ。だが、決して誰も私を恨んだり、憎んだりしなかったよ。私はこのまま生きていればいい、そう言われていた。……けど、それが凄く苦しかった。皆、私が生まれてきてしまったせいで苦しんで行くんだからさぁ……そして私が存在し続ける限り、誰も救われることはない。それが嫌で嫌で……あの儀式に乗っかることにしたんだ」
「……じゃあ、君は誰かの幸福を願って底に落ちたわけじゃなく……」
「そうさ、この身が持っていた、皆の希望とやらを捨てて、自分の苦しみから解放されたかった。いわば自己満足…………私の罪滅ぼしなのさ」
(そうだったのか……あの壁画の少女の気持ちを綴った文字も、美しい微笑みの表情も全ては、ただの偽りの伝承だったのか)
「ああ……そうだよ」
俺の心の声を聞いた彼女は白状した。
「だからこそ、我々は返すべきなのだ。彼女に希望をな……」
ゴダルセッキさんは、黄金に輝くその華を見せつけてくる。
「……その華は何ですか」
「――アレは希望華。かつて私が捨ててしまった希望が、この世界に華の形となって咲いたんだ。たぶんその一輪だ」
問いに答えてくれたのはヴァラレイスだった。
「希望華……それをどうするつもりです」
今度こそ、ゴダルセッキさんに答えてもらう。
「先ほどから言っている。希望を返すと、そうすれば彼女の内に秘めている、あらゆる絶望が再び漏れ出して、世界は本来あるべき姿に戻るのだ。そして我々は自らの力でその降りかかる絶望に抗い、克服するために進化し続けるのだ」
「それは、全ての人民の、総意なのか? それとも、お前一人だけが見ている、悪夢なのか?」
胸を押さえたままのヴァラレイスが問う。
「――国会の平和に浸りきっている老人たちには何も伝わらない。だが、崩してしまえばそうも言ってられないだろう……」
「そんなことのために、あなたは悪夢を振り撒いてしまったのか……」
「私だけの非ではない。元を正せばヴァラレイスが絶望を持ち去ってしまったのが原因なのだ。希望をその身に宿していながら、世界のために何もしなかったナマケモノにも非があるのだぞ」
「…………そうだな、私にも非が――」
「――非なんてない。少なくとも、ゴダルセッキさんの語ることより、君の考えは間違っていない」
俺は自信をもって否定する。
「ホロム……」
「――君は、彼女を苦しみから解放しようとは思わないのか? 数千年も孤独にさせた彼女に、希望を返したいとは思わないのか? ヴァラレイスの熱烈な信奉者ではなかったのか?」
「――思わない。だって彼女はそんなこと望むような女性ではないから……」
ハッキリと発言する。
「……色々と植え付けたつもりだったがな、結局…………キミを決定したのは両親の血か」
ゴダルセッキさんの声色が黒に変わった。
「――ヴァラレイス、言ってくれ俺は何をしたらいい」
「…………ふん、私の希望を潰してきてくれ」
彼女は珍しいことに口角を笑みの形にしていた。
「――わかった」
俺は早々に夢をイメージして、水の腕を現実世界に表して見せた。
「……こちらもわかった。やはり誰にも、この崇高なる大義は理解できないらしい。ならば、一人で戦うしかない――――力ずくで返してもらう。我々の持つべき大いなる絶望を、そして未来の永遠の発展を――」
ゴダルセッキは希望華を鉢から引っこ抜いて、右の手の甲に植え付けていた。
すると彼の周囲に、光り輝く円錐状の花が五つ展開された。それはまるで歴史会館で見た砲台のようだ。
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