第27話 希望の華⑤

「――うううっ、ぐうぅぅ」


 ヴァラレイスが呻き声を出してうずくまっている。禁断室の照明具の光を浴びせられているからだ。急いでカーテンを閉めたいと考えているのだが、意外な人物に立ちはだかった。


「ゴダルセッキさん……その吹き矢は、一体何の真似ですか。危ないのでしまってくださいよ」

「これをしまえば、君はカーテンを閉めるのを諦めてくれるかな?」

「…………ど、どういうつもりなんだ? おじさん」


 冗談抜きで真剣に訊いてみる。しかし、おじさんは答えない。


(――ああ、そうか、ここは国会樹治塔しかも禁断室だ。ここの議員であるゴダルセッキさんが、おいそれと部外者に入ることを許してくれるわけがないんだ。それなら事情を説明してわかってもらわないと……)


 俺は真面目に答えることにする。


「――ゴダルセッキさん、ここまで無断で来てしまったのは謝ります。けど、今はそれどころじゃなくて、知っているでしょう? 街で起きている異常事態を、その原因がここに――」

「知っているとも、そしてキミたちは原因である絶望華を処分しに来たのだろう?」

「はい、そうなんで――(――ん? どうして絶望華が原因だって知っているんだ?)」


 その疑問をヴァラレイスが解消する。


「――そうか、お前が、花粉を、振り撒かせたんだな……?」

(――!? 何だって!)


「――キミがヴァラレイス・アイタン。やはり伝承にたがわぬ美貌の持ち主だ。あえて光栄に思うよ」


 ゴダルセッキさんが軽くお辞儀をした。


「(ヴァラレイスがわかるのか? いや、それよりも)――花粉をふりまかせた? 一体どういう――――っ!?」


 ――フッと、俺の目の前を矢が通り過ぎた。ゴダルセッキさんが吹き矢を使用したのだ。


「言い忘れていたが、キミに動かれて、ヴァラレイスを光から出してしまっては本末転倒なんだ。そのまま立っているんだいいねホロム」


 俺は身動きを封じられた。


(――ヴァラレイス、どういうことなんだ?)

「……ううぅ……罠、か」


 俺の心の声を聞き取ったヴァラレイスは続けて答える。


「お前、ううっ、私をこの世界に、くぅ、招いたな……?」

「……まぁ、この状況から導き出される結論はそれしかあるまいね」


(――招いた? ゴダルセッキさんがヴァラレイスを?)


 俺は、ヴァラレイスに心を読み取って貰えることを前提とした質問をする。


「……はぁ、ま、まず、絶望華から出る花粉を、ここから外にばら撒いて……人々に悪夢の種を発現させ……ぼ、暴走させ衰弱させ、その苦しむ声を、最終焉郷にまで届かせて、わ、私をこの場所まで、引きずり上げたな……?」


 途切れ途切れのセリフをヴァラレイスが口にする。


「……ゴダルセッキさん、いまの彼女の話は本当なんですか? あなたが一連の異常を作り出した張本人にされているみたいですが……」

「……ああ、見事当てられたことに感心しておるよ」

「――――そんな!? 本当に絶望華を使って皆に悪夢を見せているんですか!? それも彼女を、ヴァラレイスをこの世界に呼ぶためって……どうしてしまったんだゴダルセッキさん。あなたがそんなおかしなことを考えるはずがない」

「おかしなことを考えて、彼女を呼び出したのはキミの方ではないかな?」

(――――!? どうしてそれを知っているんだ!?)


 しばし、禁断室が静まり返る。


「――はぁ、はぁ、私を呼び出して、何がしたい?」


 ヴァラレイスの問いに、ゴダルセッキさんは――ゴホンと咳払いして答える。


「――この世界の大いなる絶望を返してもらいたい」

「…………お前、正気か……?」


 無表情の睨みを利かせる。


「大いなる絶望って何の話だ?」

「負々敗々の因果の事だ。君もよく知っているだろう? 遥か昔の数千年前――全世界が危機に瀕していた時――人々は終わらぬ戦争に嘆き、蔓延り続ける疫病に苦しみ、続けざまに起きる災厄に慄く、という負と敗しか存在しなかった時代の話を……」

「もちろん知っています。それら全ては、ヴァラレイス・アイタンが地獄の底に落ちることで肩代わりされ、数千年間、世界は俺たちの時代まで幸福と平和に包まれ続けた。それが……大いなる絶望を返す話とどう繋が――――なっ!?」

「……ほう、理解したね? つまり彼女はその身体に数千年分の負々敗々の因果を、未だに宿していることになる。だから私はそれを全て返してもらおうというのだ」

「――――――っ!!!!」


 絶句した。


「おいおい、そんな顔をせずともよいだろう。彼女に絶望を押し付けているのは我々の方なんだ。本来この世界が背負うはずだった物を返してもらい、彼女を楽にしてあげようと、そう提案しているだけではないか」

「ふん、ぬかせ、微塵もそんな気遣いは、感じないぞ」


 胸を押さえて口にする。浴びせられている光を何とかしたいのだが俺は動けない。



「……ゴダルセッキさん、彼女にこれまでの絶望を返してもらったとしますよ。それで、この世界が無事で済むとは考えられない。これまで起きたかもしれない、戦争・疫病・災厄、積もりに積もったものが爆発するだけじゃないのですか」

「それでいいではないか」

「――!?」

「――ははは、冗談も大概にしておけよ? 温厚な私でも怒りをぶつける時はあるんだぞ」


 それにしては無感情なセリフを吐いている。


「――冗談ではない。キミにも責任があるんだヴァラレイス・アイタン」

「その責任をすべて背負って、私は絶望の底へ落ちたんだが……」

「いいや、君は背負いすぎたんだ。だからこの世界はこんなにも、何も起きず退屈な物になってしまったのだ」

「わからないなぁ。私が絶望を返したとしてお前に何の得がある。世界の平和を満喫して一生を終えるそれでいいじゃないか……」

「それでは人類が進化できない」


 ゴダルセッキさんが一呼吸する。


「いいかな、ヴァラレイス。君の与えた平和というのは、一見すると誰も傷つくことのない素晴らしい世界だ。皆変わらない毎日を充実に暮らし、有意義な人生を送れる仕組みになっている」

「…………続けろ」

「……しかし、それは君が負々敗々の因果を背負っているという前提での話だ。もし何かしらの原因でその法則が解かれたしまったら、我々は起きる戦争・疫病・災厄にどう対処すればいい? 何もできないではないか」

「……考えすぎだ。私の肩代わりは絶対だ。私の存在も永遠だ。この法則を崩してしまうことは決してしないと――この世界に生きる全ての人に誓う」

(……ヴァラレイス)


 この時、彼女は苦手な光の中でも堂々と宣言していた。


「では、今回の事件はなぜ起きた。私の仕業だとしても、キミに肩代わりが出来ているのなら、そもそも悪夢種など出てくるはずもないだろう。これこそキミの肩代わりの力が弱まっている証拠ではないのか?」

「それはお前が、絶望華に惹かれてしまったせいだ。何故それが、ここにあるのか知らないが、こいつは、そういう悪い物なんだ。お前も悪夢を見ているだけだ」

「……確かにそれも一理ある。偶然それを目にしてから、私の考えは変わったかもしれない……」

「――何が望みですか」


 俺も質問を投げかけた。


「簡単なことだ。ヴァラレイスから大いなる絶望を返還してもらい、この世界に戦争と疫病と災厄を再現させて、人類に自力で乗り越えてもらう力をつけさせる」

「……それは全世界の悪夢だ。目を覚ました方がいいゴダルセッキさん、そんなこと考えてはいけない」

「――安心しろホロム、私が絶望を返してやらなければいいだけだ」

「ほう、唯一無二にして絶対永遠の最敗北者とまで語られているキミにしては、楽観的な考え方ではないか……やはり近い将来、この世界には、キミに押し付けた分の不幸が降り注がれる前触れと言ったところか……」

「ゴダルセッキさん。彼女がこう言うんだ交渉は無理だよ。だからもうカーテンを閉めてあげてほしい」

「……ホロム、私は最初から交渉する気などない。どういう答えが返ってきても、これを使うだけなのだから……」


 ゴダルセッキさんは懐から小さなケースを取り出した。それは鉢の役割をし、中に一輪の華を咲かせていた。とてもこの世の物とは思えないほど、黄金に煌めく綺麗な華だ。


「――――忌々しい華を……」


 無表情で見せられた華を嫌がっている。


「何の華だ、絶望華に形が似ている」

「これは、かつてヴァラレイス・アイタンが捨ててしまった希望が華となって咲き誇ったモノ。希望華だ」


 ゴダルセッキさんは手にした華から、俺に目線を映して、あることを告げる。


「ホロム、キミのお父さんが知った真実を教えよう」

「――――えっ!? 父さん?」

「そう、グラル氏の残してくれたこの最後の手紙に書かれている、ヴァラレイス・アイタンの真実の姿だ」


 衝撃の事実の連続はまだ終わらないようだ。

 俺はチラリと彼女を見てみると、全てを受け入れようと耐えている姿がそこにはあった。

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