第26話 希望の華④
自動昇降機が使用できなくなったので、それからは階段で上をと目指していくことになり、そして現在、一八階に到達していた。
暗がりの廊下を進んでいると、悪夢の瘴気というモノが濃くなっていたせいか、気分も身体も重くなってくる。
(あと二階で最上階……そこにあるはずの絶望華を何とかすれば、全てが解決するんだ。もう少し頑張れ……俺……)
重くなっていた足腰をなんとか動かす。
「……気分が優れないか? 丁度良かったなお前に休憩時間が到来したぞ」
「――――休憩? いや、俺は大丈夫だ……まだまだ行けるさ」
「違う、前を見ろ…………」
「――!?」
暗がりの廊下に目を凝らしてみると、奥から影の集団が覚束ない足取りで歩いてきたのがわかった。一〇、二〇、三〇、四〇、五〇とどんどん増えていく影は全て人だ。それもほとんどが高齢の老人で重苦しい長老の装束を身に纏っている。
「そーら、お勤めを果たしに来たみたいだぞ……」
(恐らくはこの国会樹義塔のお偉いさんたちだ……)
老人たちは、その微かに動く口元で皆して同じような言葉を紡いでいる。簡単にまとめると、不老でありたい、不死になりたい、というとても叶いそうにない悪夢を口にしていた。
「まぁ、あれくらいの年齢にもなれば、そういう悪夢を見てしまうのも仕方のないことだ」
「あの全員が植樹肉者……ヴァラレイスどうするつもりだ?」
「私が相手をすると言っただろ? いいからホロムは床にでも座っていろ」
彼女が手で示唆して来たので、その場に腰を下ろして見守ることにした。
ヴァラレイスは着物の袖を振り仰いで、お偉いさんたちと向かい合う。
「さて、私は先祖の代表というわけではない。けど、お前たちの見る悪夢の権化の果てに変わりはないだろう。……不老不死、いや、それ以上に悍ましいモノを腹に抱えてしまっているが、その成れの果てから言葉を一つ贈っておこう」
静かに語るヴァラレイスは、袖から髪切り小鎌を取り出して、着物の袖をバッと払う。
「不老不死、それは永遠の苦渋と絶望に行きつくだけだ……だから、悪夢からさっさと目を覚ましてしまえよ……」
赤子をあやすような安らぎのある口調は、きっと彼女なりの悪夢の和らげ方なんだろう。
「「「うううおおおおおおおあああああおおおおおお!!」」」
だが、言葉が引き金になるように、お偉いさんたちは一斉に叫びだし、各々が自身の持つ悪夢力を現実に発現させて、その姿を――まるで小説や創作物に出てくるような魔物の形状へと変貌を遂げていく。
(――!? 悪夢の形は、こんな化物にまで、人を変えてしまうのか。相手は、五〇人もいるみたいだけど、ヴァラレイスは本当に大丈夫なのか? に、逃げた方がいいじゃないのか?)
俺はチラリと視線を彼女に配る。彼女は無感情で冷静な顔つきのまま、髪切り小鎌で手のひらを切り裂いて、純黒苦血をダラダラと滴らせていた。
「「「――ウウウオオオオオガアアアアアアア!!」」」
魑魅魍魎の姿に化けたお偉いさんたちが、一斉にヴァラレイスへと迫り出た。駆け出し、飛び出し、襲い掛かっていく。彼女の背後にいるはずなのに、俺の方が逃げだしたいくらいの悍ましい光景になっていた。だから俺は立ち上がってその場から動こうとして、
「――だから座っていろ。すぐに済む」
ヴァラレイスは真っ黒い血が滴る手のひらを、迫りくる化け物たちに向けていた。
「――五〇の地獄手輪――」
彼女がそう口にした――瞬間、手のひらから純黒苦血が一気に噴き出した。ただ血が噴き出したのではなく、まるで黒い布がバッと広げられるような様でだ。さらに五〇の黒い腕に枝分かれしていくようにバラけていく。
猛スピードで伸びる五〇の黒い腕は、化物となったお偉いさんの首元に、それぞれが正確に食らいついていた。床で、壁で、宙で、黒い腕に掴まれた化け物たちは、藻掻くどころか身動き一つ取れず、完全に活動を停止していた。
「「「う、うううぅ、ああ、ぐがあぁ、あががぁ、うああぁ」」」
無力化された化物たちは――ビクビクと痙攣し呻いている。
「……ど、どうなったんだ? 捕まえて……何をしているんだ?」
「――黒い腕で首元に食らいつき、そのまま口に純黒苦血を流し込んでいる。動かなくなったのは私が身体の自由を掌握しているからだ」
「ゆ、輸血中なのか? 苦しむはずじゃ……」
「ご老体だからな……あまり苦しませるとショックで逝ってしまいかねないから、私が肩代わりしながらことを済ませている」
(……この状態で五〇人の苦しみを肩代わりしているっていうのか? それでもキミは表情一つ変えないのか?)
「……私にとって、これくらいでは苦しみの内に入らない」
ヴァラレイスは軽く言い放つ。そして、お偉いさんたちが元の姿に戻ることで、荒治療が終わったことを知ると、一人一人、そっと床に降ろして寝かせていた。同時に手のひらから伸びてた黒い腕も彼女の内側へと戻っていく。
「これでわかっただろ……私の内側には黒い物しか入っていないんだ。だから、お前はこれ以上、悪夢に憑りつかれるんじゃないぞ」
彼女は倒れたお偉いさんたちを避けながら、廊下の奥へと進んで行った。
(……わかっているさ。結局のところ俺は、叶わない恋を夢に見てしまっているんだけなんだ。それでも君が美しかったのだから、恋をしても仕方がないじゃないか)
俺はまた彼女について行く。けど、その距離はとても離れているように感じた。
そして俺たちは階段を上がりきり、国会樹治塔の二〇階に到達した。廊下を進んでいると扉の前に行きついた。
(……最上階、禁断室か。ここに絶望華があるといいんだけど……って、アレ?)
扉を見ていると、本来なら厳重に閉ざされていたであろう扉が、数十センチの隙間を空けて、開いていることに気が付いた。
俺はその数十センチだけの隙間を滑るようにして中に入り込んだ。
禁断室内に入ると、少数の小さな照明具がぼんやりと点灯していて、中央にガラスケースを外されて剥き出しなった一輪の華を目にした。
「――アレが絶望華なのか? って、ヴァラレイスどうしたんだ?」
俺は問いを返してくれない彼女の方を気にした。彼女は何故だか禁断室内に入ってこようとせず、扉の前で眉をひそめていた。
「……どこか不自然だ。まるで誰かに、ここまで誘われてしまったかのような気分だ……」
「ここまで来て何を言って……そもそも俺の他に、誰がキミにそんなことをするのさ。早く絶望華を何とかしよう、皆が異常の収束を待っているんだ」
「……ああ、そうだな。済まない、長年イヤな思いばかりしていたから、こう上手くことが運ぶと、疑り深くなってしまうんだ。そうだった、私はここに皆の苦しみを肩代わりしに来たのだった」
ヴァラレイスが禁断室内へ、数センチの隙間にも目もくれず、扉そのものを通り抜けて、やって来る。
「……それで、どうやって処理をするんだ」
「私の身の内に絶望華を取り込んで処理する。そして体内で華の個体成分を解析し、花粉の効果を中和する純黒苦血の粉を、ここから国全体へ行き渡るように散布する。そうすればこれ以上被害者は出なくなる」
「……植樹肉者は?」
「さっき私の多数の黒い手を見ただろ? アレを国全体に向けて無理やり解決する。もうお前が喧嘩をする必要もなくなるな」
ヴァラレイスと共に中央に置かれた台座、その上にある鉢に植えられた絶望華を見ようと――
「――あまり近づくな。気がおかしくなる危険がある」
彼女に忠告されたので、俺は渋々歩みをやめる。
「……これで終わるんだよな」
「……ああ、ご苦労だったなホロム……この絶望華を――――」
ヴァラレイスが華に手を伸ばす――その瞬間に異変が起きた。
――シャシャシャシャシャー! と禁断室を取り囲んでいた真っ黒いカーテンが開かれ、その奥から光が差し込んできた。光は絶望華のある台座へと、一点に収束するようになって、俺たちはスポットを浴びせられているみたいだった。
「――――うううっ!!!?」
光を浴びた瞬間――ヴァラレイスはその場でうずくまり、呻き声が口から洩れていた。
「――ヴァラレイスどうした!?」
「――うう、光だ。この光を、ぐうぅ、なんとかしてくれ」
「――わ、わかった」
光の発生源である吸明液の照明具を、もう一度、黒いカーテンで遮るために、紐引き状の仕掛けを探していたのだが、
そのとき――スパッと、何かが頬を掠り、(――痛っ? えっ、なんだこれ……傷が出来たのか?)手で触れると血が付いたので傷が出来たのだと知った。
「今のは警告だ」
「――――!?」
暗がりの禁断室内にもう一人の誰かがいた。
「吹き矢というモノは私も初めて使用してね、次はどの部位に当たるかわからない。だからこちらへは来ないでくれよホロム君」
「……ゴダルセッキさん?」
紐引きの側には、何故だか知らないがゴダルセッキさんが吹き矢を持って立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます