第25話 希望の華③

 中央区域の白葉の並木道を抜けると、フォレンリース国会樹治塔が見えてくる。

 全長五一メートルの円筒型の巨大建造物は、枝分かれするように別塔が取り付けられている。ここでは日夜、国のお偉いさんたちが難しい話をしているらしい。

 ようやくここへ到着した俺とヴァラレイスは、木のようにどっしりと構えている塔の全景を見ていた。


「……ここで当たりみたいだな。見ろ、指で地面をなぞってみたが、花粉がこれくらい採取できたぞ」


 ヴァラレイスの指先に付着した煤のようなものが、どうやら絶望華の花粉らしい。


「――ま、待ってくれ、花粉がこんなに充満しているなら、俺はこのまま迂闊に近づいていいのか? ここで呼吸しても大丈夫なのか?」

「安心しろ、花粉は悪夢種を作り出すだけだ。ほとんど害はない…………まぁ、この花粉自体にアレルギーを感じるのなら、咳やくしゃみはするかもしれないが、ここまで来てそんなこともなかっただろう?」

「……ないけどさぁ(咳やくしゃみか……けれど、気を付けることに越したことはないだろう……念のため口をこうしておこう)」


 俺はズボンのポケットから一枚のハンカチを取り出して、口と鼻に当てて呼吸をすることにしておく。


「好きにしろ……」


 ヴァラレイスが先行して、国会樹義塔の敷地内へと足を進めていく。


「――お、おいおい、堂々と門から入るのか。誰かに見つかってしまうだろ」

「ああ、そうだった……では、手を貸してくれ、皆の視界に入らなければ問題はない」


 俺はヴァラレイスの真っ白い手を取った。ひんやりとした冷たい手はスベスベとしていて手触りも――(――うわああああ!!)


「お前……また気色悪いことを思い浮かべているな。私の手の感触に浸るな。ザラザラでドロドロとした手に変てやってもいいんだ。もういい、やっぱり腕を引っ張って行こう」

「お、おい、照れなくてもいいじゃないか――――うおっとっと! (危ない、躓きそうだった……)」


 ヴァラレイスは、か弱い力でしっかりと俺の腕を掴み、塔に向かって引っ張って行く。正門を通り、近場にあった警備員の待機所も通過して、人目を気にせず早足で進んでいく。万が一誰かがいたとしても、こちらの姿が見られないように、ヴァラレイスが透明にしてくれているから安心だった。


「……ホロム辺りをよく見てみろ」

「?」


 俺は、国会樹治塔の敷地内にある花壇に、目を配らせてみると、よく手入れが行き届いているように感じた。あと、ここの役員がベンチで眠りについている姿も目に映る。だが、一人だけならまだしも、そういう人が数十人にわたって、至るところで見受けられ流石に不信感を抱いた。


「……眠っている人が多い。しかも、役員だけじゃなく、警備員まで……ヴァラレイスこれって――」

「……花粉の吸いすぎもいけないか。たぶん、夜中になると睡眠効果を作用させてしまうから、所かまわず眠るんだろうな。けど、朝になればまた目を覚ますさ。きっと彼らは、自分たちが疲れているだけなんだと、勝手に結論を出してしまうだろうが、全ては絶望華が原因だ」

(……国会樹治塔までこんな状態だったのなら、異常事態の対応が遅れてしまうのも当然か)


 腕を引かれて行きながら考える。


「……ここに保管されている可能性は高そうだ」


 国会樹治塔の正面玄関の前に到着すると、ヴァラレイスが建物を見上げて口にした。そして、また俺の腕を引っ張りだして、大きな扉に構わず突き進んでいく。わかりきっていたことだが、すり抜けて中に入るため、扉を開く動作も素振りも必要はない。


(初めてここへ来たなぁ、これが国会樹義塔の内部か……)


 塔の内部に入って真っ先に目にしたのは、一七体に及ぶ歴代の最長老たちの銅像だった。円形の広間の壁面には、上階へと続いていく螺旋状の階段が、取り付けられている。

 入り口付近には、塔内の案内板があり、目を通しておくことにした。


(……絶望華が保管されていそうな階か、国宝の保管庫とかあるのだろうか……――――っっ!? 最上階が禁断室?)

「……最上階に華を隠しているのか? ふん、わざわざ花粉を散布しやすそうな場所に安置するとは、この国の偉い人達というのは何を考えているんだ?」

「さぁ、何も知らないだけじゃないか? 数千年前からの古文伝に関わることだし、誰も近寄らせないために最上階に保管しているのかも……」


 塔内に他の人がいないことを確認して、ヴァラレイスに掴まれていた腕を離してもらう。そして


「……ヴァラレイスあっちだ。階段の他に自動昇降機があるそこから上に――――うっ!?」


 案内板からそちらに向かおうとした時、突然身体に寒気が走った。


「……ここは外よりもまずいな。複数の悪夢が混ざり合って瘴気にまで達している」


 ヴァラレイスが俺の背中にそっと手を当てきた。そうされると、身体のあらゆる不快感はなくなり、彼女が肩代わりしてくれたのだと知らされる。


「複数の悪夢? この上にも植樹肉者がいるっていうのか?」

「ここに絶望華が保管されているのなら、ここに入り浸っている者たちが、悪夢に一番目覚めやすいのは確かだ……」

「それも、そうか……この国の偉い人達は、対処に遅れていたんじゃなくて、最初から対応が出来ない状況だったのか……」


 広間に設置されている、歯車仕掛けの自動昇降機は、この高い高い塔を足を使わずに、どこの階でも自動で上げてくれる最先端の仕掛けが施してあるらしい。以前それを聞いたことがある。これを利用して、二人で最上階へと一気に目指すことにした。

 ――ガコンという起動音と共に、自動昇降機は上へ上へと俺たちを連れて行ってくれる。


「……これは凄いモノだけど、私の場合だと浮いて移動した方が早いな」

「君はそうかもしれないけど、俺は初めてなんだ。この体験の感動を削ぐようなことは言わないでくれよ」

「……ご、ごめん。そんなつもりはないんだ」

「い、いや、そんなにしょんぼりしなくてもいいさ、俺は別に怒っている訳じゃないんだ」

「…………そうか」

(ヴァラレイスは褒められたりすると気を悪くするけど、こっちの気が悪くなると申し訳なさそうな顔をするんだなぁ……)

「あーーあーー私の事は考えなくていいって――」


 その時――――ガゴン!! と自動昇降機の全体が揺れ、同時に停止してしまった。まるで天井の裏に何か重い物を落とされたような感覚だった。


「――っ!? この揺れは!?」

「――来たか! ホロムこの箱から出るぞ!」


 ヴァラレイスが自動昇降機に向かって、捻じるように手を動かすと、ナニかを謎の力が働いて、強引に扉をぶち破って外に出る。続けて俺も外へ飛び出すと、一七の数字を目にすることで、今いる階層を確認できた。


「――で、さっきの揺れは何だった……んだ?」


 俺は自動昇降機の方を見ると、ヴァラレイスが一人の男の口に指を突っ込んでいるところだった。そして指を取り出して、布で唾液と真っ黒い血を拭き取っていた。


「――ごがああ!! がああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 三十代くらいの男性が、悪夢に苛まれる以上の苦しみに身を沈めたような叫びを上げていた。恐らくここの役員の人だろう、そういう服装をしていた。やがて男性は苦しみの叫びを鎮めていく。


「植樹肉者だ。純黒苦血はもう摂取させた…………先を急ごう……」


 彼女は階段に足を掛けて上階へと昇っていく。


(――俺が階層を確認している間に決着がついたのか? また何も見られなかった)


 俺はヴァラレイスの背中を追いかけて、絶望華が保管されているであろう最上階を目指す。

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