第24話 希望の華②
フォレンリース国の中央区域では、白葉の木が至るところで生えている。
夜空の下でも白葉の木が輝きを放っているのは、照明具が巻き付かれているからだ。季節によっては白葉の木を背景に、祭りごとを催すこともある。それを目当てに多くの人が集まってくる場所でもあり、常に道は綺麗に整備されている。
俺とヴァラレイスは中央区域を闊歩していた。ただひたすら目的地めがけて道を歩き続けている。向かう場所は絶望華が保管されている可能性が高いフォレンリース国会樹治塔だ。
「……どうした? 遅いぞホロム」
「……はぁ、はぁ、ご、ごめん。け、けど、疲れているんだ。最近何かと気が休まる暇もなかったし……少し多めに見てくれないか」
「…………確かに私も働かせすぎたところはあるな。わかった少しだけ休みを取ろう」
「――う、うわっ!!」
俺の身体がヴァラレイスの不思議な力で浮き上がった。彼女は手を上に動かしただけなのだが、この現象に理屈が働いていない。
「――そうだ。こ、この力を使って、俺を運んでくれればいいよ。い、急いでいるんだろ」
「私は別に焦っている訳じゃない。日が昇るのもまだ先だし、時間ならある。だが、いざという時、お前が使い物にならないと意味がないんだ……だから、ここで少し休んでいろ」
ヴァラレイスの念力? で移動させらた俺は、白葉の木の下に安置されていた木製のベンチに座らされた。
「そうは、言っても……って、どこに行くんだ」
「いいから待っていろ、期待させたくないから何も教えないが、すぐに戻ってくる」
そう言ってヴァラレイスは宙に浮かび上がってどこかに行ってしまった。
しかし数十分後、彼女は両手に色んな果実を抱えて戻ってきた。
「……これどうしたんだ?」
「どうしたって、お腹を空かしては、力も出て来ないだろうと思って、持って来たんだ」
「いや、だからどこから持って来たんだ? お店か? まさか人様の育てている果実畑から無断で取ってきたりしていないよな」
「誰がそんなおサルみたいなことをするものか! もっとマシな入手の仕方をしてきた。いいから食べろって」
「……じゃぁ、いただきます」
果実を一つ手に取って、かじりつきムシャムシャと食していく。みずみずしく甘みのある果実は疲れた身体を癒してくれた。
「……お、おいしいか? 食べられるものになっているか?」
カブリッ――「……どおいう、意味へ言っへいるんは?」――ゴクン。
「……知らない方が幸せだと思う」
なにか含みのあるセリフに聞こえた。
(……? まさかこの果実には何か秘密があるのか? 彼女はああいう口ぶりだけど、本当は世界の全ての不幸を肩代わりした女の子なんだ。本音はいつも隠しているんじゃないのか? なら、この果実には何かしらの彼女が込めた思いがあるんじゃないのか? 例えば……遠回しに俺への告白をしているとか)
「――腐っていた果実の負と敗を肩代わりし、熟して間もない状態に返してやったんだ」
呪詛のようなセリフが飛んできた。
「――――ゴ、ゴフゴッフ!! ――な、なんだって!?」
「口にしても問題なかったろ? なら気にするなよ。どうだ感想は? おいしかろう……?」
無感情の皮肉が来た。
(――彼女は腐った果実にさえ、そんな優しさを見せるのか。なんて素敵な女性なんだ)
「はぁ~~、ほんとに気色悪いなぁ……」
俺の心の声を聞いてしまった彼女は、もの凄く呆れ果てた溜息を吐き出していた。
それからしばらく俺たちはベンチで身体を休ませて、白葉の並木道を眺めていた。その間、ヴァラレイスは髪切り小鎌で自らの手首を切り裂いて、漏れ出た純黒苦血を綿状にして、フヨフヨと飛ばしていた。その時、祈るような慈しむような表情に俺は見とれていた。
「……さて、そろそろ行こうか?」
俺が先に提案して立ち上がると、ヴァラレイスも腰を上げて歩き出す。白葉の並木道を二人で行く。目的地である大きな塔は、既に視界に入ってきていた。
(街はやけに静かだな……ここの人たちも、避難していなくなったのだろうか)
「絶望華の花粉が風で流されてしまっているとはいえ、悪夢種の発現にも個人差はあるさ…………例えば日頃、なにに不自由することもなく暮らしている者とかな……夢すらないなら種も表れようがない」
「そうか、確かに白葉の区域の人たちはフォレンリースでは上流層の人たちが多い。叶いそうにない夢を見たりすることとは、縁遠いのかもしれない」
「……まぁ、ただ眠っているだけだろう。それにあの花粉には、夜中になると強い睡眠効果が作用する。ちょっとやそっとで起きることはないから、多少の騒ぎが身近で起きていても目覚めないだろうな」
「そこまでの効果があるのか…………ん?」
話しているうちに、白葉の並木道から大きなかけ橋に足を踏み込んだのだが、橋の中央部分に大柄な人影があった。
「あれ? あの人は確か禁止区域の警備員の人……」
以前、親切にも俺の質問に答えてくれた警備員さんがそこにいた。
「ふん、どうやら植樹肉者に成り果ててしまったみたいだな……」
真夜中の橋で佇む警備員の表情は、やはり以前とは違い、歯をむき出しにして怒りの形相を表していた。
「うぅ~~うぅ~~――ううっ!?」
警備員はこちらに気が付いて怒りの顔を向けてくる。
(この橋を渡れば国会樹義塔はすぐそこなのに、また喧嘩をしなくちゃいけないのか……向こうへ行くために遠回りなんてしても、あの人は悪夢を見たままだから、放っておくわけにもいかない)
いつ警備員がこちらに向かってきてもおかしくない、俺の警戒心は強まっていく。
「――俺はもう突っ立て居るだけなんて我慢がならないんだああああああああああ!! だから、好き勝手に暴れてやるんだああああああああああ!!」
突然――警備員が好き勝手に叫びだすと、両腕に丸太のような物が装着されてしまった
「(アレがあの人の、悪夢の形か)――ヴァラレイス下がっていてくれ。今度も何とかしてみるよ」
俺は彼女の前に一歩踏み出して格好をつけてみた。そして瞳を閉じて、脳内の意識を傾ける。
(とりあえず、まだ夢幻力の使い方に慣れていないから、ここは水の腕で対処してみよう。えっとまずは……夢を思い描くように――)
――そのとき、俺の思考を途切れさせる自体が発生した。
「お、おおおおああああああああああああああああ!!」
「――――なんだ!?」
突然――警備員の絶叫が耳の奥にまで響いてきて思考は中断された。俺は瞳を開いて状況を確認する。
警備員が倒れて藻掻きながら苦しんでいた。その傍らにはいつの間に移動したのか、ヴァラレイスが立っている。警備員の苦しむさまを、無表情ではあるが心苦しそうに見つめていた。
「――ヴァ、ヴァラレイス! いったい何があったんだ!? どうして警備員さんが苦しんでいるんだ!?」
「何がって、お前も見てただろ。純黒苦血を輸血して悪夢の苦しみを、さらなる苦しみで上乗せし慣れさせると……って、何度説明させる気だ……?」
「――そうじゃない。それは悪夢力を弱らせてからだったはずだろ? その為にはまず喧嘩をしないといけないって話じゃなかったか?」
「そうだとも、だから悪夢力を弱らせて、純黒苦血を輸血したんだ」
「……えっ、けど……俺はまだ喧嘩の準備すらしていなかったぞ?」
「なんだ……目を閉じていたのか? やったのは私だよ」
「――やったって……君が弱らせたのか?」
「時間もそろそろ余裕がなくなって来るだろう? だから、さっさと済ませた。回復したばかりのお前を使うのも、勿体ないしな」
(……俺が目を閉じていた一瞬で? 全部一人でやってしまったのか……)
橋の上で苦しんでいた警備員の叫びはやがて落ち着き、いびきを掻き始め熟睡していた。
「さぁ……行こう」
(……なぁ、ヴァラレイス。キミは一人で全てを片付けてしまえるのに、どうして俺に喧嘩をさせているんだ?)
「……………………」
俺の心の声を聞かないようにしていたのだろうか、彼女は問いに答えることもなく、ただ国会樹義塔を目指して歩いていくだけだった。
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