第23話 希望の華①

「う、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 真夜中の路上で、イルフドが悲痛な叫びを上げ続けている。相変わらず聞くに堪えない。

 彼はヴァラレイスの純黒苦血を口から輸血されて、悪夢の克服をしている真っ最中だった。


「――お、おい! イルフドはいつまで苦しまないといけないんだ!? 本当に大丈夫なのかヴァラレイス!」

「言っただろ? 悪夢を克服するには、それ相応の苦しみが伴うってさ……彼の悪夢はそれだけ根強いんだ」


「うあああぁぁぁ、ぐあああああああああぁぁぁ、あああああああぁぁぁ!!」


 もう数十分も二人で、彼の苦しみを見守っているのだが、なかなか悪夢の克服が終わらなかった。それから数分後、叫びが収まったイルフドは、安らかな顔で寝息を立てて眠りについていた。


 夜道の傍らにイルフドを寝かせて俺たちはその場を後にする。

 静まり返った道を、ヴァラレイスは地図を見ながら、俺は疲労に耐えながら、並んで歩いていく。


「ところで、倒れていた女の人たちはどうなったんだ?」

「安全な場所に寝かせておいた。被害時の恐怖を貰い、一連の事件による精神的な疲れも頂いてな。目覚めはさぞ清々しいことだろう。あと、不足した水分を女たち全員の口に含ませるのには結構手間取りはしたが、みんな無事だ問題はない」

「……そうか。ありがとう」

「寒気のするお礼はいらない。私は当然の処置を施したまでだ……それでお前の方はどうだったんだ?」

「どうって? ああ、イルフドのことか……うん、俺が振りまいてしまった悪夢の責任は取れたと思う……」

「……さぞ、気色の悪い喧嘩だっただろうな。よりにもよって私が原因の悪夢がもう一つあったとは……」


無感情に呆れられた。


(……ヴァラレイスに……言わないと)

「――おっと、謝るなよ。流石にこれ以上食らうと気持ちが悪くなるからな」


 先に彼女が片手を上げて制してきたので、俺は口を閉ざすしかない。


「わかった、この話は終わりにしよう。それじゃあ、悪夢種の発生理由についてだけど、どうやって手がかりを探そうか……このままただ歩いても何もつかめないような気がする」

「私も同意見だ。まるで悪夢を掴もうとして道に迷い続ける植樹肉者と、何も変わらないのが現状だ」


ヴァラレイスは地図と街道に、目をチラチラと移し変えながら進んで行く。


「トラブルの発生は、この青葉の区域から始まった、だからここに何かあると思うんだけど……」

「……ホロム、その考えはもう古い。トラブルが始まったのはこの区域なのだろうが、悪夢種が出来てしまった原因はここではないと私は思う」

「えっ? どうして、そう思うんだ?」

「さっき女たちの容体を調べていた時に気づいたことだ……体内に少量の粉が見つかった」

「粉?」

「簡単に言えば花粉だ。しかしただの花粉ではない。体内に入り込み悪夢の種を生み出してしまう絶望華から発せられる花粉だ」

「絶望華?」

「ああ、醜く穢らわしいその華の有様を見た者には深い絶望感を、放たれる香りを嗅いだ者には損失感を覚えさせる。華言葉は名の通り――絶対的な絶望。本来は最終焉郷でしか咲くことがない、この世には存在しないはずの華だ」

「存在しない華? そんなものがどうして俺たちの世界にあるんだ……?」

「……知らない。むしろ私の方が知りたい。なぜ、あの地獄にしかない物がこの世界に存在しているのか」

「勘違いをしているんじゃないのか?」

「だとしても、ここで起きている異常事態は、あの華一つで全ての説明出来てしまうんだ。花粉を吸い込み――内側の悪夢を種として心に宿し――時と共に種から芽を出して――悪夢を叶えるために暴走させ――あるいは悪夢に抗い続けて衰弱し――発芽からの成長過程で悪夢力が現実に滲みだし――植樹肉者となってどんどん悪夢に染まっていく。どう考えても真相はこれくらいだ。 ――くっ、私としたことがこんな簡単なことに気づかなかったとは……どうやら私も、万全の状態での現界ではないようだ。色々と忘れてしまっている」

「……な、なんとなく言いたいことは分かったけど、それでことの発端はどこになるんだ?」

「……ここだ」


 ヴァラレイスが持っていた地図のある一点を指差し、その場所を示して見せた。


「中央区域……?」

「そう、この国の中央に絶望華があるはずだ」

「どうして、場所までわかるんだ?」

「ふん、まだ分からないのか? では、ヒントをだしてやろう……」


 彼女は髪に絡まった花飾りを一つ取り出し、飾りを本来の形状に戻した。

 それはクルクルと回る一本の風車だった。


「…………風車が、なんだって? ――――あっ!? そうか、風だ!」

「そう、このフォレンリースの国の風は、この風車が示すように流れている」


 風車が向かい風の影響で緩やかに回り続けている。


「風は、中央区域の方からこの区域にやって来ているのか」


 俺は風の吹いてくる方向、道の前方にある中央区域の方向を見る。


「この区域は風下のようなんだ。だから花粉は、中央区域からの風に乗って、ここに流れてくる。あたかも異常の発端のように見えてしまったが、実際は中央から各区域へと被害が広がっているんだ」

「中央区域が原因だったのか……」

「だから、こうして移動しているわけだが……着いたら着いたで、また捜索には行き詰ってしまう。自然発生してどこかに咲いているのなら、歩き回っていればその香りから場所も嗅ぎ取っていくことが出来るが……」

「出来るが?」

「考えられないが、何者かが保管しているなんてこともあり得なくはないかもしれない。そうなってしまっては見つけるのは困難だ。どこかないか? 絶望華を補完しておけるような場所は……アレが人目に付くようなところにあるとは思えない。それだけ危険なものだからな」


(中央区域で人が近づけないような場所……? さらに危険なものが置いておけるような場所……それだけじゃ、絞り込めないな)


「…………禁止区域というのは、私を祀っていたあの大穴の場所だけか?」

「たぶん、あそこだけだと思うけど……禁止区域か……」


何かが頭の片隅で引っ掛かった。


「なんだ……?」

「いや、ヴァラレイスに関係あること全般に言えるんだけどさ、あらゆる負と敗を持って行ったキミは…………その言いにくいけど、不幸の象徴なんだ。あまり深く調べたりすると、身に災いが降りかかるって、皆に伝えられている」


「嬉しいな~~、不幸にならないように私を避けてくれている訳だ。ああぁ~~本当に嬉しい。それでこそ落ちていった甲斐があるというモノだ。なのにお前ときたら……気色悪い信仰を、私に向けやがって……」

「今は話を聞いてくれ、俺が言いたいのは、キミの存在はフォレンリース共和国どころか、世界的にぃ~~そのさぁ~~危険視されているんだ。だから色んな事が世界ぐるみで隠されている」

「ふむふむ、それで……?」

「キミに所縁の深い絶望華が存在するとしたら、この国そのものが隠していてもおかしくはない」

「絶望華をこの国そのものが隠していると言いたい訳か……そうだとしたら、どこに保管されている」

「……中央区域の国会樹治塔。そこは国の偉い人達が集まっている場所なんだ」

「では、そこを目指すとしよう……」


 ヴァラレイスは風車を元の髪飾りに戻して、髪に括りつける。そうして地図を広げて目指す場所へと、また歩みだして行く。

「……なぁ、俺も一つ知りたいことがあるんだ」


 歩き出した彼女を、俺は呼び止めた。


「?」


顔は動かさず、目線だけをこちらに合わせてくる。


「……事件が解決したらヴァラレイス・アイタンはどうなるんだ?」

「……ふん、わかりきったことを聞くなよ。ホロム」


 彼女は何の感情もない声を吐き出して、地図に目を移し、道に沿って足を進めていく。俺も今はとりあえず彼女のあとについて行くことにする。


(わかりきったことか。そうだ、彼女はまた落ちていくだけなんだ。この世界が幸せになることを願いながら……)

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