第19話 発芽④

 俺とヴァラレイスは公園を後にすると、再び街を徘徊していき、悪夢種が出現する原因を探っていた。


「……世界も随分変わったなぁ」

「暗がりの街並みが見えるのか?」

「……ああ、ずっと暗い底にいたからハッキリと見える」

「キミのいた時代か……どうだったんだ?」

「毎日……とても悲惨な光景が続いていたよ……人々の憎悪と苦痛と悲哀が永遠と……」

「あっ……(馬鹿か俺は、彼女の時代を知っていたはずなのに、よりにもよって、なんて話題を……)」

「ふん、別に今でもよく思い返すから大したことではないさ。むしろ気に病むな。そっちの方が気分が悪い」

「ああ、そうだよな……ごめん」

「お前、全然わかってないだろ」


 俺たちは顔を見合わせずに会話をしていたのだが、街の様子に変わったところがないか、注視しながら歩いていたからだ。


「……やはり効率的ではないなぁ、手掛かりの見当さえつかない」

「この辺りは、まだトラブルが少ないから――(待てよ!?)」


 ふと脳裏であることを思い出した。


「どうした?」

「……最初のトラブルは時計塔の近くで起きたんだ。けど、その一件を引き金に、次から次へとトラブルが続出するようになった」

「……何が言いたいんだ?」

「――区域さ。最初の事件が起きた区域から、トラブルの発生が少しずつ広がっているように感じるんだ」

「……ふん、なるほど、最初の場所か……そこに立ち寄ってみよう」


 二人で時計塔の建っている青葉の区域へと向かう。

 しばらく歩いてその場所まで辿り着いた。


「着いてそうそう、ここは結構な数の悲鳴が聞こえるな」


 髪切り小鎌を取り出して、手のひらを裂くと黒い血が滲み、無数の綿となって宙へと散らばっていった。


「これで大体の悪夢種からは、その効力を奪い取れるだろう」

「大体……?」

「ああ、トラブルを起こしたり、衰弱したりする者たちは、今の綿を取り込ませるだけでいい。しかし発芽状態に達した者はあの程度ではどうにもならない。お前に喧嘩をしてもらったように、弱らせてから取り込ませないと、夢を見ている精神そのものが破壊されかれないんだ。要するに動かない人間になってしまう」

「……昔はあった植物人間のようなものか?」

「ああ、そんなところだ……」


 青葉の区域を二人で歩き続ける。


「……あの辺りに時計塔があるんだ」



「……あの塔か? 時計というモノは知らないが……私の時代にもああいったモノがあったよ。土を固めて作っていくらしいんだ」

「ははは、そんなに脆い素材はもう使われてないよ……今は鉄の土を使っているんだ」


 少し笑いが出ると、ヴァラレイスは無表情な悔しさを見せる。


「……よく分からないが、嵐が起きても塔が倒れない時代が来てくれたのなら、私も地獄へ落ちていった甲斐がある」

「……その嵐は今まで来たことがないけどね」


 近場にフォレンリース共和国の全体像が把握できる案内看板があったので、ヴァラレイスに見せてみる。


「ここの辺りに俺の家がある。そして公園がここにある。ここから、こういう風に俺たちは歩いてきて、今はこの区域にいるんだ」


 案内板を指で差し、現在地とか、どこがどうなっているのか説明していく。


「ほう、これは分かりやすいなぁ……街を巡るのに役に立ちそうだが、持っていけないのか?」

「なら、地図を持って行こう。これは自由に持っていっていいモノなんだ」


 ヴァラレイスは地図を受け取ると、まじまじと見ながら歩き出す。

 街の構造と地図が正しいか確かめているようだった。スタスタと早足で歩くので、俺はついて行くのに難儀した。


「おっ、本当に同じ印の店があった……こいつは何だ? 私を導いてくれるのか」


 曲がり角を曲がって、地図の正確さに驚いていた。


(……迷わないようにしなきゃ、地を図にしている意味がないんだよ)


 心の声すら聴いていない彼女は、まだ地図とにらみ合っていた。


「へ~~、この印は何の店だろう。ここへ行くには、どう――――ごあぁ!!」


 ヴァラレイスが街路樹に――ゴン!! と頭をぶつけた。地図に目を落としていたために、下を向いて前を歩いていなかったようだ。


「ごめんごめん。わざとぶつかった訳ではないんだ。許してくれ」

「暗がりでわからないのか? 人じゃない、ただの街路樹だよ。それ……」

「なに? お前、この木にも命があることを知らないのか? 痛みと苦しみは全ての生命にとって皆平等だぞ」

「私の不注意だ。木よ、今の痛みはもらっていくからな、でも私の事は許さなくていいぞ……」


 彼女はそっと手を木に当てて沈黙すること数秒、手を離して木に背を向けた。木の痛みまで貰っていく。


「さて、遊びが過ぎたな。手がかりを探そう」

「ああ、木が羨ましい……」

「――気色悪い!!」


 手掛かりの探索を再開する。


「しかし、異様に人の気配が薄いみたいだが、本当にこの辺りの屋敷に人が住んでいるのか?」

「……トラブル事件が多発したおかげで、大半の住民は別の区域に避難したんだ」

「まぁ、そうか……自分たちの身の安全を考えることが普通だったな」

「…………君だって事件を解決しようとしている。それも普通の事さ」

「違うな。私は“負々敗々の因果”を肩代わりしに来ただけさ……」


 ヴァラレイスが地図を目に落としながら、冷たさのあるセリフを口にした。

 彼女が時計塔を目指していく様はどこか愛らしい。俺はその背後から、子をお遣いへと送り出した母のような気持ちで見守っていた。

 しばらく歩いていたら、ヴァラレイスは道の真ん中で立ち止まり、地図を畳んで前方を見据える。


「? ヴァラレイ――っ!?」


 俺はすぐに彼女に追いつくと、その道の前方に複数の女性が倒れているのがわかった。


「また衰弱した人たちか? けど、キミの綿の効果で」

「いや、彼女たちに悪夢種はまだできていない……恐らくトラブルの被害者だ。前を見ろホロム。新しい植樹肉者がいる。つまり、お前の喧嘩の時間だ」


 俺はゴクリと息を飲み込んで、何者かがいるらしい、道の向こうを見据える。

 すると闇夜の向こうから足音がし、ゆっくりとその正体が露になっていく。

 意外な人物が姿を現した。


「……イルフド?」


 夢でも幻でもない。精気の抜けた表情をした友人が、俺の目の前に佇んでいた。

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