第18話 発芽③
「お、俺っちは、夢を……」
転ばされていたレレヤは呻く。
「ごめんよ。もう少し耐えておくれよ」
彼女が髪飾りを一つ外して、レレヤに向かって放り投げると、球状の檻の中へと、強引に収めてしまった。
「…………自分で動きを止められるんじゃないか。喧嘩の必要がなくなったぞ」
「こ、こっちにも都合があるんだ。いいから、私の話を聞きなさい……」
無感情の動揺があった。
「お前には、あの子と同じ力を使って喧嘩してもらう」
「……レレヤみたいに悪夢の力を使えばいいのか? ど、どうやってさ……だいたい俺は夢を叶えたから、悪夢力っていうモノがなくなってしまったんだろ?」
「いいや、悪夢を叶える必要がなくなっただけで、まだお前の中に力は残っている」
「……わかりやすく言ってくれないか?」
「お前には悪夢力はないが、夢を叶えた力がまだ残ってる。そういう力は夢幻力と呼ばれている。正当な方法で悪夢を叶えた者が、使わなかった力を持て余して行使できる力だ」
「……俺にも君みたいな特殊な力が使えるようになっているのか?」
「私の呪われし力とはまた違うさ。綺麗で清らかで希少な力だ」
「……その夢幻力で、レレヤみたいに腕を作って喧嘩をすればいいのか?」
「腕じゃなくてもいい。とにかくお前には可能性があるとを教えたかったんだ」
「……俺に夢を実体化させる力が、やっぱり、それも血と汗と涙を代価にするのか?」
「いいや、夢の力は、そんなものは必要としない。頭に思い浮かべるだけでいいはずだ。できれば人に見せられるような綺麗な物をイメージした方がいい。悪夢とは違うと明確に自分に課しておくことで、安定した物が実体化されるはずだ」
(……頭に思い浮かんだものか)
「まぁ……最初だ。あの少年と同じように腕でも出してみろ」
(……出してみろって簡単に言ったってそんなもの……)
試しに念じてみると右腕から、水のようなものが滲み出てくる。どんどん溢れて纏わりついてくるので、正直言って怖い。
「――――わわわっ!!!?」
「ああ、言い忘れてた。お前には私の純黒苦血を摂取せていたよな? それがお前の――この場合は夢の種か――それを制御する手助けをしてくれる」
「ど、どうすればいい!! どんどん水が溢れて大きくなっていくぞ!」
「落ち着け……それは水に見えるだけで、身体の水分ではない。お前の夢の実体化だ。そうだなぁ……目を閉じて思い浮かべろ、形とか大きさがどれくらいか……安定してきたら教えてやるからさ」
息を吐いて緊張を解く、そして瞼を下げる。
(……不思議だ。彼女の言葉を聞くと心が落ち着く、いや不安を肩代わりしてくれているのか。ってこれも聞かれてるのかなぁ…………いや、いつもみたいに話しかけてこない。それはそうか、今はイメージに集中させようとしているんだ。俺の気を乱すようなことはしないつもりなんだ……レレヤの声も聞こえてこない)
(形は……普通の腕でいいか。大きさは……とりあえず身の丈くらいでいいか。なるべく綺麗な見た目をしている方がいいな。そう、彼女の様な真っ白くて品やかな腕……)
自分の夢のイメージが完璧に固まったのを感じる。
――思考する最中に、その声が突然割り込んでくた。
「――おい、ホロム目を開けろ……」
彼女が声のままに、俺は瞼を上げる。そして右腕を見ると、イメージ通りの腕が出来ていた。
「――よし、狙い通り出来たみたいだ。これでいいのかヴァラレイス?」
「その気色悪い腕は誰の手だよ。まったくさ……まぁいい……喧嘩の準備はいいか?」
無感情の不機嫌を感じた。
「――よ、よくない! これをどうすればいいのさ!」
「……振り回せばいいだろ、あの少年みたいに……ほら、檻から出すぞ」
彼女は手をスッと上げ、レレヤを捕えた檻へと翳す。
「――ま、待ってくれ、こんな水みたいな腕で、本当に何とかなるのか!?」
「水ではないと言ったはずだ。それは夢幻力だ。そしてあっちの植物は、悪夢力。どちらも夢で、力と力は対等だ。これで覚えたな」
「掴んだり、振ったり、殴ればいいのか……レレヤに……」
「狙うのは植物の腕だけでいい。取っ組み合っていればいつか分解される…………もういいか? 檻から出すぞ?」
俺は覚悟を決めてコクンと頷いて見せる。ヴァラレイスは手の仕草だけで、離れた場所にある檻の扉をゆっくりと開いてみせる。
「ぐうぅ、夢を閉じ込めるならぁ~~――俺っちの敵だぁ!!」
瞬間――檻からレレヤが飛び出してくる。叫びの声は彼の口からではなく、植物の腕に開いた口から聞こえてきたものだったが、まごうことなき本人の声だった。
「では、やってみてくれ」
ヴァラレイスは宙にスッと浮かび上がっていき、俺とレレヤを一対一にして見守る。
「――お前が閉じ込めたんだなぁ!!」
(――俺ではないんだけどさ!)
怒りをぶつけるレレヤから根の腕が振るわれた。
俺は、透き通った水の腕で、不気味な根の腕を掴み取って止めた。
「――俺っちの夢を他人が掴むんじゃない!!」
せっかく水の腕で掴み取ったのに、レレヤの根の腕に暴れられて、振りきられてしまった。
(――力が強いな)
もう一度、水の腕を振るい、今度は根の腕を地面に抑えつけてみた。
じたばたと根の腕が動き回り、またしても抑えつけから抜け出されてしまう。
「――俺っちを捕まえておくのが、そっちの夢なら壊してやるぅ!!」
根の腕で力強い拳を作り、思いっきり振りかぶってくる。
(あっ、殴られる)――俺は反応を遅らせてしまった。
「――っうわぁ!?」
突然身体に浮遊感を感じた。なんと俺が宙に浮き上がってしまったのだ。代わりに拳が直撃することはなかったけど。
「危なかったな……ヒヤヒヤしたぞ……」
この浮遊感は、どうやらヴァラレイスが俺を危機から救ってくれたからのようだ。その後また地上に降ろされた。
「……あ、ありが――おっと!」
彼女にお礼を言う暇はなかった。レレヤの振ってくる根の腕を、避けていくことで精いっぱいだったから。
水の腕と根の腕がぶつかり合う中、レレヤの腕の方が少しずつ縮んでいるような気がした。
「よし、お前の腕より小さくなってきた、いい具合に悪夢力が減少している。そろそろ、拳を掴み取ってしまえ」
「――簡単にっ! 言うなよっ! っと!」
振るわれる根の腕を跳ね返し、間一髪のところで避けたりし、ようやく拳を正面から掴み取った。相手の力が弱まっているからか抜け出されることもない。
「よーーし、そのまま力任せに潰してしまえ!」
「――ふっぐうう!!」
俺は慣れない水の腕に力を入れていく。リンゴを握力で潰してしまうイメージも乗せてだ。すると、根の腕は絡まりが解けるようにバラバラに分散した。
「う、おおおおおおお、俺っちの夢が、夢が……」
それと同時にレレヤは足から崩れて倒れ込んでいく。
――パチパチとヴァラレイスが手拍子をこちらに送って来た。
「……喧嘩の素人にしてはいい動きだったよ」
「はぁ、はぁ……終わったのか……こ、これ、水の腕はどうやって納めるんだ?」
「……夢から覚めればいい。こんな感じで――――ほらっ!!」
パン!! と猫だましされて、俺が――ビクッとすると、まるで夢から覚めるように水の腕が消えていった。
「さて私の出番だ。お前は少し夜風に当たって休んでいるといい」
勧められたので、俺は近場にベンチに座り込んで、ヴァラレイスたちを見守る。
「――うあああおおああああ!! ああががあああああぐううあああああ!!」
純黒苦血を飲まされて、レレヤは苦しんで叫ぶ、とても聞くに堪えない声を上げていた。
数分してレレヤの叫びは止まる。ヴァラレイスは謎の力で彼を浮かせて、ギターと一緒にベンチまで運んできた。ここに寝かせておく為だろうと、察した俺はそこから離れる。
(……レレヤの、夢か……本当にこれでよかったのだろうか)
「よかったさ」
ベンチに寝かされたレレヤの表情は、憑き物が落ちたように安らかではあった。
「けど、もうギターは弾けなくなったんだろ? 何だか大事な物を奪ってしまったみたいで、心がスッキリしない」
「……お前は何を言っているんだ? また弾き始めればいいだけの話じゃないか」
「えっ? けどさっきキミは……叶えられないって」
「ああ、悪夢は叶えられない。もう私が貰ってしまったからな。けれど、この子にはこれからの未来がある。もし、またギターを手にして同じ夢を語れることが出来たのなら、今度こそ叶うかもしれない夢になるんだ……」
「…………それでも叶うかもしれない、夢なのか?」
「そう、叶うかもだ。夢というのは曖昧なんだよ…………そして、時に人を悪へと誘うくらい危険な力なんだ……大切なのは、夢を見ている間、本人が幸せでいられるかどうかだ」
ヴァラレイスが優雅に着物の袖を振ると、どこからか現れた布団がレレヤに掛けられた。風邪を引かせないための処置だろう。
「……いい夢見ろよ、少年」
まるで子供を寝かしつける母親の様にヴァラレイスが囁くと、眠るレレヤに僅かな笑みが浮かび上がっていた。
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