第17話 発芽②

 夜が訪れと共にとヴァラレイスは目を覚ました。

 そして二人で家を飛び出すと、悪夢種が異常を起こす街へと徘徊していく。

 事件の手がかり、あるいは解決の糸口を探すことにした。


「なかなか、トラブルには出くわさないな……」

「正直その方がいい……トラブル続きで人が苦しむなんて、私にとっても悪夢なんだ。なんだって私がずっと負々敗々の因果を背負っていたというのにこんなことになるんだ。話が違うじゃないか…………はぁ~~、あのとき願っただろぉ? お月様ぁ、ずっと皆を幸せにしてってさ……なんだってこんな……」


 空を見上げてブツブツと小言を始める。


(……ずいぶん、イメージと違ったなぁ……美しいは美しいけど、どこか幼さがある)

「――ババ臭いんだよ、私はな。お前みたいな気色悪い奴に、女性としての配慮なんかするものか!」

「……あのさ、心の声を聞かないでくれるかなぁ」

「聞かせてきているのはそっちだろう。耳障りでしょうがない」


 言い合いながら道を歩いていると、街有数の大きな公園に通りかかった。


「……待て、この森にいるぞ」

「森じゃなくてさ……訂正すると、ここは公園ってところだ。それで何がいるんだ?」

「……悪夢種が発芽状態にまで達した者だ」


 ヴァラレイスが腰ぐらいまでの柵を軽やかに飛び越えて公園に入る。俺もその後を追う。

 公園全体は木々に囲まれており、園内には色鮮やかな花壇に、ボートに乗れる湖と、整備された丘や、芸術的なオブジェなどが楽しめる。今は夜の暗さで隠されてしまっているけど。


(ん? 何か音が、これはギターか……?)


 丘の近辺を歩いていた時に、ふとボロロンという音が耳まで届いてきた。


「ギターというものは知らないが、あの丘の上にいるようだ。そろそろ覚悟を決めておいてくれ、これから喧嘩になるからな」


 そう言いながら丘の中心部へと歩み寄って行く。何やら複数のオブジェも設置されているらしい。


(喧嘩か……何をどうすればいいのか。未だにわからないけど……)


「なぁに、ただ怪我をさせないように、打ち負かすだけさ」

「だから、それがどういう――っん!?」


 奏でられていたギターの音が激しい曲調に変わり、俺の警戒心が一気に強まる。

 ギターを弾く者もヴァラレイスと俺が接近してくるのに気が付いたようだ。

 オブジェに腰掛けていたそいつは、その頂点から飛び降りて、草の上に軽やかに着地をして見せた。しかも、そいつの顔を見て俺は驚いた。


「レレヤ……?」

「ん? なんだ、お前の知り合いか?」

「あ、ああ、友達なんだ……」


 友人の表情は暗がりの為、よく見ることができない。


「レレヤどうしたんだ? こんな時間に出歩いてると危ないぞ? トラブルに巻き込まれたりしないうちに早く家に……」

「……いいじゃないか」

「……何だって? 聞こえなかった。もう一度言ってくれないか」

「――俺っちが、どこで何をしてようが別にいいじゃないか!!」


 普段と全く形相の違うレレヤは叫んだ。しかも自分の恋人とまで言ったギターを乱暴に放り投げてしまう。


「夢を見て悪いかーー!!」


 叫ぶレレヤが俺をめがけて一直線に走ってくる。


「お、おい待て――落ち着けって!」


 慌てふためく俺の前に、ヴァラレイスが盾になるようにスッと入って来た。

 彼女は手を口元に持って来て、走ってくるレレヤに対し、まるで花びらでも散らすように――ふぅっと息を吹きかける。


「――おおあっ!!」


 レレヤはその息に合わせて、元の場所へと飛ばされていった。


「ホロム、あの子はお前のお友達らしいが、今は悪夢にさいなまれている者だ。お前の事は見えてないようだから、まともに話は通じないだろう……」

「レ、レレヤが、君の言っていた、発芽状態に達した者か……?」

「ああ、間違いない。悪夢の力が他者よりも強いのを感じるよ……」

「お、俺はどうすればいい」

「まぁ、待て、まずは説明しよう。彼には申し訳ないが、もう少し悪夢に苛まれてもらうことになる。今後の為には必要なことだ。ふん、私ってつくづく地獄が相応しい女だよなぁ」


 着物の少女が夜風に当てられながら、草の上をサクサクと歩き、レレヤに近寄っていく。


「なぁ、少年。夢はあるか?」

「……ゆ、め……夢ならあ、ある」


 吹き飛ばされ地に倒れ込んでいたレレヤが、グラつきながらも起き上がる。


「どんな夢だ?」

「ギターを使ってコンテストに優勝する。そして、俺っちは皆に、ちやほやされるんだ。そしたら、みんな上手くいく、恋も、勉強も、将来も、バラ色の人生だ」

「なるほど、君の夢はわかった。けど、それは悲しいけど叶わない。いや、私は叶えられない」

「――な、んだと!」

「それは悪夢なんだ。叶えてしまうと余計に苦しむ。いつか、何もうまく行かなくなる…………私は君に幸福になってもらいたい、だからここでソレはもらっていくよ」

「――くぅ! お前もか! お前も俺っちの夢を壊すのか! 俺っちだって! 夢を見てもいいだろ!」

「ダメだ。君の見る夢は叶わない……」

「どうしてだ! ギターくらい好きに弾かせてくれよ! 俺なら絶対優勝できる! その自信があるんだ! 夢を叶える自信が!!」

「……無理だよ。世の中には、君と同じ夢を見ている人が他にもたくさんいる。彼らも彼らで夢を叶えようとしている。ほら見てごらん少年……」


 ヴァラレイスが指を差したのは、レレヤが丘の上に放り捨てたギターだった。


「……君は今、夢に到達するために必要な、ギターという物を乱暴に手放してしまったんだ。それは自分で夢を捨ててしまったことと同じなんだよ…………ギターをこよなく愛する人の夢に、ギターを愛さないキミの夢が追いつくことはない」

「――や、やめろ!?」


 それはレレヤにとっては訊くに堪えないセリフだったはずだが、


「ごめんよ少年。だから悪夢から覚めておくれ……」


ヴァラレイスは冷徹にも告げてしまう。心苦しい優しさだ。


「やめろって言ってるだろぉーーーー!!」


 レレヤが吠える。それと同時に、彼の右腕から植物の根のようなものが飛び出して、身の丈の数倍以上の腕になった。


「な、何だあれ! レレヤに何が起きてるんだ!?」

「……これが発芽状態にまで達した者だ。あの彼の腕こそ、内面で展開されている悪夢そのもの、それが表面まで湧き上がって、この世界に実体を持って現たわけだ。この特殊な力を悪夢力という……」

「……あれが、あの植物の根のような腕が、レレヤの悪夢?」


植物の根がウネウネとしながら、腕の形を保っている。


「……見てみろ、あの顔を……気づいていたか?」


彼女が促すので、俺は暗がりに隠れているレレヤの顔を、目を凝らして見てみる。


「あれは……眠っているのか?」


 目を半開きにして涎を垂らす彼を見て、俺は呟いた。


「眠らないと悪夢は見られないからなぁ……この場合、悪夢を見ているのは私たちの方になるが――――ああ! 今のは例え話だぞ! べつに彼の夢の中いる訳ではないからな」


 夢ではないと彼女は補足するが、とても現実感のある光景ではない。レレヤの植物の腕は、形が安定するまで暴れていた。周囲のオブジェを壊し、丘を抉り取っている。


「あのままに、してはおけないよな……?」

「当然だ。悪夢力を構成している成分は、人の血と汗と涙を糧にこの世界に現れている。放っておけば衰弱よりも酷い乾いてしまった人体が出来上がる。まぁ、そうならない為に、身体に必要な栄養の補給も、悪夢が面倒をみているけど――」


 ヴァラレイスの話は途中で聞こえなくなってしまう。それは雄叫びが上乗せされたからだ。


「――うおおおおおおおおおおおお!!」


レレヤは植物の腕を構えながら迫ってきていた。


 ヴァラレイスが――ふぅっと息を吹きかけると、またレレヤは追い払われる。


「……とまぁ、悪夢を実体化させた者を、植樹肉者というんだ」

「レレヤもキミの血を飲ませれば、元に戻るのか?」


「ああ、だから喧嘩をしてきてくれ……」

「…………ああぁ……どうして?」

「血を大人しく飲ませるためさ。あの少年を動けなくして欲しいんだ」

「……ここで、あの状態のレレヤと喧嘩? …………いやいや俺には無理だ。それに植物の腕をどうしろって言うんだ。あんものに殴られたら、ただじゃ済まないぞ?」

「もちろん。お前もあいつと同じ力を使えばいい……」


 風に髪を靡かせて、少女は簡単に告げた。

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